そして彼女は別世界へ旅立った

く〜いっ

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05 無理ゲーだったクリア条件

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「男爵邸へ帰りたいのかい? 寂しいこと言わないで、アディ」
「違うわ! ぜんぜん違う!」

 わっ! と、泣きながら怒るアディに驚き、彼女を抱きしめ頭を撫でた。

「落ちついてアディ」

 泣きつづけるアディをなだめながら、どうにか話を聞きだす。彼女は結婚式で歌われる祝福の歌が聞きたかったらしい……そういえばアカデミーの音楽祭の準備も、意欲的に取り組んでいた。アディは歌を聞くことが好きなのだな。

「楽団を離宮に呼んで、私とアディだけの音楽会を開こうか」
「なら今年、アカデミーの音楽祭に出場した生徒を全員呼んで! 祝福の歌を歌って! って、条件もつけて!」

 卒業後、すぐ離宮に閉じこめてしまったのが、寂しかったのかも知れない。いつも、ひかえめだったアディの我がままに驚いたが、頼られているようで嬉しかった。
 しかし今年のアカデミーの音楽祭の参加者で、アディの心をつかむほどの歌い手はいなかったと思ったが……音楽祭では毎年、1人や2人、大人気になる歌い手が誕生した。自然と歌姫と呼ばれ、その者が歌った歌詞はアカデミーで大流行する。人気の高い歌姫には、卒業の祭典でも歌ってもらうことになっていた。
 今年はめずらしく、そんな流行はうまれず……誰が歌姫に選ばれて、卒業の祭典でなにを歌ったのか、記憶になかった。

 アディを喜ばすために開催された音楽会は、けっきょく彼女の暴走でさんざんな結果に終わった。

 離宮に招待された今年の音楽祭に出場した歌い手たちは、王宮との繋がりが得られることへの打算もあったのだろう……私とアディを讃える祝福の歌詞を曲にのせて、披露してくれた。
 だが、一小節も歌い終わらないうちにアディの興味は薄れ、つぎつぎ歌い手の交代が言いわたされる。

「違うわ! まったく違う! この歌詞じゃない! これじゃあ祝福の輪は見つけられない!」

 いくら王太子の愛妾の座についているとはいえ、もとは庶民出身の男爵令嬢だ。アディの剣幕と無礼な態度に、来てくれた9名は怒り帰ってしまった。なにがそんなに気にいらなかったのか? ちゃんと私達を祝福してくれている歌詞だったのに……

「9人?! そうだわ、なぜ9人! 音楽祭の歌い手は、毎回10名と決まっているはず! 来なかったのは誰?」
「今年の歌い手は、あの9名だけだよ」
「嘘よ! そんなはずないわ! 祝福の歌を歌う者が、かならずいるはずだもの! ケイオス様を呼んで! きっと欠席者を知っているはずだわ」

 緑の大きな目は血走り、ふわふわ揺れて私の目を楽しませていたピンクローズの髪は逆立ち、まるで鬼の形相だ……うんざりした気持ちを奮い立たせ、ケイオスを呼ぶ。

「ケイオス様、今年の音楽祭の歌い手の欠席者は誰? その人を呼んで祝福の歌を歌ってもらわないとダメなのよ」

 離宮に呼びつけられたケイオスが、アディの気迫にあとずさる。困ったような表情で私を見つめてきた。

「今年の歌い手は9名だっただろ? 欠席者がいるはずだとアディが……」
「ああ、そういうことですか。いえ、今年は9名でしたよ」
「そんなはずないわ! 絶対、10名だもの!」

 ぐすぐす泣きだしたアディに、もう手を差しのべるのも面倒になっていた。

「はぁ……では、歌う予定だったが、歌わなかった者は?」

 ため息まじりに聞いてみると、いがいなことに該当者がいた。

「リリラフィーラ・バリィ侯爵令嬢ですよ。あ、もう廃嫡されていますからただのリリラフィーラ嬢ですね」
「嘘よ――――――――――――!」

 鼓膜が破れるかと思うほどのアディの叫び声に、ぎょっとして彼女を見た。ケイオスも得体の知れないものを見るような表情で、アディを見ている。

「だって、だって、リリラフィーラ様が音楽祭に参加すると、我がままを言って進行がめちゃくちゃにされるから……」

 アディは真っ青な顔をして、ひざから崩れ落ちた。

「ライノルト君に頼んで侯爵邸に帰ってもらっていて……わ、私が頼んだのよ。リリラフィーラ様を参加させないほうが、音楽祭が成功するって」

 呆然と虚空を見つめるアディの瞳には、目の前にいる私もケイオスも映っていないようだった……

「なんで悪役令嬢がランダムに決まる歌い手なのよ……こんなの……無理ゲーじゃない……音楽祭を成功させて、祝福の輪の情報を集めなくちゃダメだったのに……なんで、音楽祭を失敗させる悪役令嬢が、クリア条件のヒントを歌う歌い手に選ばれているのよ……」

 アディは自分の殻に閉じこもってしまったように、いつもの意味のわからない単語をブツブツつぶやいていた。

 離宮での音楽会以降、アディの言動はさらにおかしくなっていく……

 彼女の妄想では、ここは『乙女ゲーム』とよばれる物語りの世界で、自分は主人公のアディ・フィーリー男爵令嬢を動かしてクリアを目指しているプレイヤーとのことだった。
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