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03 悪役令嬢の末路
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――悪役令嬢? 断罪劇?
庶民が使う流行り言葉なのだろうか? アディはときどき意味のわからない単語を使う。だが経験上、アディが意味のわからない単語を使って説明したときほど、事がうまく進むことを知っていたため、とくに単語のもつ意味に注意を払わなかった。
卒業の祭典で、私はアディと対になる衣装を身にまとい、彼女をエスコートした。
衛兵に取り押さえられたリルが、「身に覚えがない」と泣き叫ぶ。私が贈ったこの場に不釣りあいなほど豪華な白いドレスは、床に押し倒され汚れていた。
私のマントをきゅっと握り震えているアディを、リルは琥珀色の瞳を怒りに染めあげ、睨みつけていた。
リルがアディにしつこく文句を言っていたと報告は受けている。ああ、やはりリルは……リルは私が愛したアディを嫉妬のあまり傷つけていたのだな……そう確信した。
「アディ・フィーリー男爵令嬢にたいしておこなった罪、すべて白状させろ!」
「アルト様、リリラフィーラ様にご慈悲を! 牢屋などには入れないで」
アディ、リルのことを庇うというのか? なんて、心根の優しい乙女なんだ……きっとこういう優しい子が国母となれば民も幸せかも知れない。父上に進言してみよう……
「私は自分の非を認め、罪をつぐなっていただければ満足です」
「本当にアディは優しいな」
「そうだわ。ブィア鑑別所がいいわ」
アディの顔が、よいことを思いついた! というようにかがやいた。鑑別所か……たしか罪を裁き処刑まで入れておく牢屋と違って、罪をつぐなうための再教育と労働奉仕をさせる軽犯罪者用の施設として、実積を残しはじめていたな。
「嫌ですわ! アートどうか、わたくしをそんな恐ろしいところへやらないで!」
幼いころの愛称で私を呼んだリルに、いらだちを感じた。
「黙れ! すなおに罪を告白し反省しろ! バリィ侯爵令嬢をブィア鑑別所へ送れ」
「アート! 嫌よ! わたくしは、なにもしていない! わたくしに罪があるというのなら、それはあなたを愛したことだけ! どうか修道院へ! 修道院へ行かせて!」
リルは恥も外聞もなく泣き叫びながら、すがるように私に手をのばした。衛兵の甲冑のかげから白い手だけが見え、ゆらゆらと揺れる。そして彼女は祭典会場から連れ出されていった。
会場は帝国で唯一の侯爵家令嬢の断罪に、ざわついた雰囲気になってしまったが、私の側近となることが決まった生徒代表運営委員のメンバーたちの働きにより、しだいに落ちつきを取り戻していった。
断罪に成功したアディは、誘われるままにたくさんの生徒とダンスを楽しんでいる。
「アルトヴァルツ殿下よろしいのですか?」
「なにがだ? ケイオス」
「バリィ侯爵令嬢をブィア鑑別所へ送ることについてです」
「ああ、そのことか。修道院で神に祈ってすごすより、ブィア鑑別所での労働奉仕で民の苦労を少しでも感じれば、アカデミーで皆にかけた苦労にも気づくことができるだろう。このさい徹底的に教育しなおしたほうが、リルのためにもなるさ」
ケイオスが驚いたような顔をして、私を見つめた。そして、ふふっと笑うと芝居がかった礼をする。
「民の心によりそった、精励勤勉なアルトヴァルツ殿下に、バリィ侯爵令嬢はふさわしくないと思っておりました。では再教育の手はずを整えに行ってきます」
「ケイオス様、よろしくお願いね。きっと今度はリリラフィーラ様も殿方に好かれる、すなおなレディになれるわ」
「ええ、そうですね。アディの望みのままに」
ケイオスがアディの名を呼び捨てにするのが気にいらない。アディは生徒代表運営委員のメンバー全員と仲がよい。身分の区別なく、人付きあいができることは美徳だが、少し妬けてしまう。これが嫉妬という感情か? アディのことをはやく父上に報告し認めてもらわなければ……
国王陛下との謁見の申し込みは、卒業の祭典のあらましが伝えられていたためか、すぐ叶えられた。
「バリィ侯爵令嬢をブィア鑑別所へ送ったそうだな。あそこは戦時中、他国の諜報員を教育しなおす役目も持っていた場所だぞ。なにを聞き出そうとしている?」
「自分の犯した罪のすべてをですよ父上。罪を告白し、労働奉仕でその罪をつぐなうために」
父上は、ふむっとしばらく考えこむ。
「うまくバリィ侯爵家の内情も聞き出させろ。嘘の証言でもかまわぬ。わが帝国、唯一の侯爵家は力を持ちすぎている」
卒業の祭典のいきさつを報告していたときは困ったような表情をしていた父上も、今は為政者の顔つきになっていた。父上もまた、バリィ侯爵家の持つ影響力に苦労してきた国王のひとりだ。リルの失態を利用し、侯爵家の力を削ぐお考えらしい。
「アルト、リリラフィーラは王妃教育を終えています。けっして他国へ出さぬように」
母上の言葉にうなずく。リルはアカデミーに在籍しながら、王宮へかよい母上から直接王妃教育を受けていた。
「ですがアディ、あの娘はダメです。家格が釣りあわなすぎる」
「彼女のことは母上もお気にいりだと思っておりましたが?」
「アディの話はおもしろく、気にいっていますが、しょせん庶民あがりの男爵家の養女。せいぜい愛妾どまりですよ。4大伯爵家から新たな婚約者候補を募りましょう」
王族の婚姻とはそういうものだ。真に愛する乙女を私の離宮に囲えば、政務に疲れたときの癒しとなってくれるだろう……アディの優しい笑顔を思い愛妾にすることを了承した。
その日のうちにリリラフィーラ・バリィ侯爵令嬢は、王太子の婚約者としてふさわしくない罪を犯したためブィア鑑別所へ送られ、私との婚約が破棄されたことが正式発表された。
バリィ侯爵家から、なんの連絡もなくリルをブィア鑑別所へ送ったことに対し抗議がきたが、アカデミー内の問題は『学問に政治不介入』の条約に守られ侯爵の抗議は聞きとどけられなかった。
「殿下、少しでもリリラフィーラにお心が残っているのなら、修道院へ送っていただきたかった。こんなことなら望まれても、リリラフィーラをあなたの婚約者にしなかったものを」
私の執務室に押しかけてきていたバリィ侯爵が、悔しそうにつぶやいた。
「待て! リルとの婚約は、そなたのほうからの申しいれではなかったのか?」
なにか、取り返しのつかないことをしたような……ドロリとした不安が背筋を振るわせた。
庶民が使う流行り言葉なのだろうか? アディはときどき意味のわからない単語を使う。だが経験上、アディが意味のわからない単語を使って説明したときほど、事がうまく進むことを知っていたため、とくに単語のもつ意味に注意を払わなかった。
卒業の祭典で、私はアディと対になる衣装を身にまとい、彼女をエスコートした。
衛兵に取り押さえられたリルが、「身に覚えがない」と泣き叫ぶ。私が贈ったこの場に不釣りあいなほど豪華な白いドレスは、床に押し倒され汚れていた。
私のマントをきゅっと握り震えているアディを、リルは琥珀色の瞳を怒りに染めあげ、睨みつけていた。
リルがアディにしつこく文句を言っていたと報告は受けている。ああ、やはりリルは……リルは私が愛したアディを嫉妬のあまり傷つけていたのだな……そう確信した。
「アディ・フィーリー男爵令嬢にたいしておこなった罪、すべて白状させろ!」
「アルト様、リリラフィーラ様にご慈悲を! 牢屋などには入れないで」
アディ、リルのことを庇うというのか? なんて、心根の優しい乙女なんだ……きっとこういう優しい子が国母となれば民も幸せかも知れない。父上に進言してみよう……
「私は自分の非を認め、罪をつぐなっていただければ満足です」
「本当にアディは優しいな」
「そうだわ。ブィア鑑別所がいいわ」
アディの顔が、よいことを思いついた! というようにかがやいた。鑑別所か……たしか罪を裁き処刑まで入れておく牢屋と違って、罪をつぐなうための再教育と労働奉仕をさせる軽犯罪者用の施設として、実積を残しはじめていたな。
「嫌ですわ! アートどうか、わたくしをそんな恐ろしいところへやらないで!」
幼いころの愛称で私を呼んだリルに、いらだちを感じた。
「黙れ! すなおに罪を告白し反省しろ! バリィ侯爵令嬢をブィア鑑別所へ送れ」
「アート! 嫌よ! わたくしは、なにもしていない! わたくしに罪があるというのなら、それはあなたを愛したことだけ! どうか修道院へ! 修道院へ行かせて!」
リルは恥も外聞もなく泣き叫びながら、すがるように私に手をのばした。衛兵の甲冑のかげから白い手だけが見え、ゆらゆらと揺れる。そして彼女は祭典会場から連れ出されていった。
会場は帝国で唯一の侯爵家令嬢の断罪に、ざわついた雰囲気になってしまったが、私の側近となることが決まった生徒代表運営委員のメンバーたちの働きにより、しだいに落ちつきを取り戻していった。
断罪に成功したアディは、誘われるままにたくさんの生徒とダンスを楽しんでいる。
「アルトヴァルツ殿下よろしいのですか?」
「なにがだ? ケイオス」
「バリィ侯爵令嬢をブィア鑑別所へ送ることについてです」
「ああ、そのことか。修道院で神に祈ってすごすより、ブィア鑑別所での労働奉仕で民の苦労を少しでも感じれば、アカデミーで皆にかけた苦労にも気づくことができるだろう。このさい徹底的に教育しなおしたほうが、リルのためにもなるさ」
ケイオスが驚いたような顔をして、私を見つめた。そして、ふふっと笑うと芝居がかった礼をする。
「民の心によりそった、精励勤勉なアルトヴァルツ殿下に、バリィ侯爵令嬢はふさわしくないと思っておりました。では再教育の手はずを整えに行ってきます」
「ケイオス様、よろしくお願いね。きっと今度はリリラフィーラ様も殿方に好かれる、すなおなレディになれるわ」
「ええ、そうですね。アディの望みのままに」
ケイオスがアディの名を呼び捨てにするのが気にいらない。アディは生徒代表運営委員のメンバー全員と仲がよい。身分の区別なく、人付きあいができることは美徳だが、少し妬けてしまう。これが嫉妬という感情か? アディのことをはやく父上に報告し認めてもらわなければ……
国王陛下との謁見の申し込みは、卒業の祭典のあらましが伝えられていたためか、すぐ叶えられた。
「バリィ侯爵令嬢をブィア鑑別所へ送ったそうだな。あそこは戦時中、他国の諜報員を教育しなおす役目も持っていた場所だぞ。なにを聞き出そうとしている?」
「自分の犯した罪のすべてをですよ父上。罪を告白し、労働奉仕でその罪をつぐなうために」
父上は、ふむっとしばらく考えこむ。
「うまくバリィ侯爵家の内情も聞き出させろ。嘘の証言でもかまわぬ。わが帝国、唯一の侯爵家は力を持ちすぎている」
卒業の祭典のいきさつを報告していたときは困ったような表情をしていた父上も、今は為政者の顔つきになっていた。父上もまた、バリィ侯爵家の持つ影響力に苦労してきた国王のひとりだ。リルの失態を利用し、侯爵家の力を削ぐお考えらしい。
「アルト、リリラフィーラは王妃教育を終えています。けっして他国へ出さぬように」
母上の言葉にうなずく。リルはアカデミーに在籍しながら、王宮へかよい母上から直接王妃教育を受けていた。
「ですがアディ、あの娘はダメです。家格が釣りあわなすぎる」
「彼女のことは母上もお気にいりだと思っておりましたが?」
「アディの話はおもしろく、気にいっていますが、しょせん庶民あがりの男爵家の養女。せいぜい愛妾どまりですよ。4大伯爵家から新たな婚約者候補を募りましょう」
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その日のうちにリリラフィーラ・バリィ侯爵令嬢は、王太子の婚約者としてふさわしくない罪を犯したためブィア鑑別所へ送られ、私との婚約が破棄されたことが正式発表された。
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「殿下、少しでもリリラフィーラにお心が残っているのなら、修道院へ送っていただきたかった。こんなことなら望まれても、リリラフィーラをあなたの婚約者にしなかったものを」
私の執務室に押しかけてきていたバリィ侯爵が、悔しそうにつぶやいた。
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