上 下
1 / 25

01 仕組まれた断罪劇

しおりを挟む
「リルの無罪は証明された。ブィア鑑別所へ連絡を! 彼女をバリィ侯爵家へもどすように手配してくれ。彼女が望むなら、私の婚約者へもどすことは可能か?」
「アルトヴァルツ殿下……リリラフィーラ様は流行病で亡くなったとしたほうが……」

 側近のケイオスの言葉にムッとし、眉間のシワが深くなる。リルの冤罪騒ぎで心身ともに疲れきっているのに、たった1年前にもどすことのなにが問題なんだ? しかも亡くなったことにする? ああ、ケイオスも4大伯爵家の出だ……4大伯爵家からは新たな婚約者候補が選出されている。帝国唯一の侯爵家の令嬢が、私の婚約者にもどるのは、都合が悪いのだろう……

 幼いころ決まった、リリラフィーラ・バリィ侯爵令嬢との婚約に文句はなかった。
 リルは可愛らしく金の巻き毛を指にクルクルとまきつけ、歌を歌うのが好きな少女だった。『小鳥と一緒に歌い冒険しましょ』だとか『妖精に祝福された指輪をなくした』だとか、彼女の気分でサクランボのような唇からつむがれる、おとぎ話のような歌詞が王太子教育で忙しくしていた自分の気持ちを癒してくれるようで、大好きだった。

 リルが歌わなくなったのは? いつからだっただろうか? アカデミーに入学してからは、そういえば聞いていない……「自分とお茶をしてほしい!」と、騒いでいた彼女のことだ。また歌ってほしいとお茶に誘えば、喜んでもらえるだろうか?

 無邪気な幼少のころの笑顔より、琥珀色の瞳が驚きで大きく見開かれ「身に覚えがありません!」と、泣き叫んでいたアカデミー卒業の祭典でのようすが、私の脳裏には鮮明に残っている。
 誰よりも美しく着飾った彼女は衛兵に床に押しつけられ、苦悶の表情で私を見つめていた。

「アートどうか……」

 ひさしく呼ばれていなかった愛称で呼びかけられた。妖艶な美しさに彩られた元婚約者リリラフィーラ・バリィ侯爵令嬢。
 淑女の仮面をはずし、私に救いを求め、恥も外聞もなく涙を流していた断罪の日。
 必死にのばされた細い白い手が、揺れていた。そのようすが今もまぶたの奥に焼きついていて、頭痛がする。

「アディが言っていたことが……アカデミーでの醜聞が、すべて冤罪だったとは……」

 リルの冤罪を晴らし、名誉を回復すれば……1年前……いや、リルが笑っていたアカデミー入学前の仲のよい婚約者同士にもどれるはずだ……
 私がちゃんと謝罪すれば、リルはきっと許してくれる……元通りに……なにもなかったかのように……すべて元通りに……

 呪文のようにつぶやきながら、ブィア鑑別所へ馬を走らせた。リルは私のところへもどってくる……そう、信じていた。

 冤罪を着せられ、愚かな王太子に断罪され、婚約破棄された帝国唯一の侯爵家の令嬢が、少し大げさな痴話げんかのあと、もとの生活にもどった……愚かなのは王太子の私。アルトヴァルツ・トゥラリウスだと証言し許しを請おう……

 かなうなら、またあの可愛らしい歌を歌ってほしい……祈りをこめて、ふところに入れた黒い小箱を握った。

 ――私は知らなかったのだ……

 私が送ったブィア鑑別所でリルが科せられた、再教育と労働奉仕の実情を……貴族の女性が、いや庶民でも、あそこに送られた者は死んだことにしてもらったほうが幸せな余生をすごせるということを……
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

あなたを忘れる魔法があれば

美緒
恋愛
乙女ゲームの攻略対象の婚約者として転生した私、ディアナ・クリストハルト。 ただ、ゲームの舞台は他国の為、ゲームには婚約者がいるという事でしか登場しない名前のないモブ。 私は、ゲームの強制力により、好きになった方を奪われるしかないのでしょうか――? これは、「あなたを忘れる魔法があれば」をテーマに書いてみたものです――が、何か違うような?? R15、残酷描写ありは保険。乙女ゲーム要素も空気に近いです。 ※小説家になろう、カクヨムにも掲載してます

光の王太子殿下は愛したい

葵川真衣
恋愛
王太子アドレーには、婚約者がいる。公爵令嬢のクリスティンだ。 わがままな婚約者に、アドレーは元々関心をもっていなかった。 だが、彼女はあるときを境に変わる。 アドレーはそんなクリスティンに惹かれていくのだった。しかし彼女は変わりはじめたときから、よそよそしい。 どうやら、他の少女にアドレーが惹かれると思い込んでいるようである。 目移りなどしないのに。 果たしてアドレーは、乙女ゲームの悪役令嬢に転生している婚約者を、振り向かせることができるのか……!? ラブラブを望む王太子と、未来を恐れる悪役令嬢の攻防のラブ(?)コメディ。 ☆完結しました。ありがとうございました。番外編等、不定期更新です。

皇太子殿下の御心のままに~悪役は誰なのか~

桜木弥生
恋愛
「この場にいる皆に証人となって欲しい。私、ウルグスタ皇太子、アーサー・ウルグスタは、レスガンティ公爵令嬢、ロベリア・レスガンティに婚約者の座を降りて貰おうと思う」 ウルグスタ皇国の立太子式典の最中、皇太子になったアーサーは婚約者のロベリアへの急な婚約破棄宣言? ◆本編◆ 婚約破棄を回避しようとしたけれど物語の強制力に巻き込まれた公爵令嬢ロベリア。 物語の通りに進めようとして画策したヒロインエリー。 そして攻略者達の後日談の三部作です。 ◆番外編◆ 番外編を随時更新しています。 全てタイトルの人物が主役となっています。 ありがちな設定なので、もしかしたら同じようなお話があるかもしれません。もし似たような作品があったら大変申し訳ありません。 なろう様にも掲載中です。

悪役令嬢の慟哭

浜柔
ファンタジー
 前世の記憶を取り戻した侯爵令嬢エカテリーナ・ハイデルフトは自分の住む世界が乙女ゲームそっくりの世界であり、自らはそのゲームで悪役の位置づけになっている事に気付くが、時既に遅く、死の運命には逆らえなかった。  だが、死して尚彷徨うエカテリーナの復讐はこれから始まる。 ※ここまでのあらすじは序章の内容に当たります。 ※乙女ゲームのバッドエンド後の話になりますので、ゲーム内容については殆ど作中に出てきません。 「悪役令嬢の追憶」及び「悪役令嬢の徘徊」を若干の手直しをして統合しています。 「追憶」「徘徊」「慟哭」はそれぞれ雰囲気が異なります。

シナリオ通り追放されて早死にしましたが幸せでした

黒姫
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢に転生しました。神様によると、婚約者の王太子に断罪されて極北の修道院に幽閉され、30歳を前にして死んでしまう設定は変えられないそうです。さて、それでも幸せになるにはどうしたら良いでしょうか?(2/16 完結。カテゴリーを恋愛に変更しました。)

変な転入生が現れましたので色々ご指摘さしあげたら、悪役令嬢呼ばわりされましたわ

奏音 美都
恋愛
上流階級の貴族子息や令嬢が通うロイヤル学院に、庶民階級からの特待生が転入してきましたの。  スチュワートやロナルド、アリアにジョセフィーンといった名前が並ぶ中……ハルコだなんて、おかしな

気がついたら乙女ゲームの悪役令嬢でした、急いで逃げだしました。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 もっと早く記憶を取り戻させてくれてもいいじゃない!

【改稿版】婚約破棄は私から

どくりんご
恋愛
 ある日、婚約者である殿下が妹へ愛を語っている所を目撃したニナ。ここが乙女ゲームの世界であり、自分が悪役令嬢、妹がヒロインだということを知っていたけれど、好きな人が妹に愛を語る所を見ていると流石にショックを受けた。  乙女ゲームである死亡エンドは絶対に嫌だし、殿下から婚約破棄を告げられるのも嫌だ。そんな辛いことは耐えられない!  婚約破棄は私から! ※大幅な修正が入っています。登場人物の立ち位置変更など。 ◆3/20 恋愛ランキング、人気ランキング7位 ◆3/20 HOT6位  短編&拙い私の作品でここまでいけるなんて…!読んでくれた皆さん、感謝感激雨あられです〜!!(´;ω;`)

処理中です...