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最後の光
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花嫁修業をしていたある日、突然とその日は訪れた。
「鷹華、婚約者が決まったから今すぐ大阪に行きなさい」
「ハァァァ!?」
思わず素っ頓狂な声を上げた私は、顔も知らない相手の元へ渋々と会いに行くこととなった。
大学生の夏、友人たちがエンジョイしている最中、きたる日に備え私はお茶の入れ方や料理の勉強をしていた。
大学の授業(経済学)は難しくなるばかり。
好きだった運動も無駄に大きくなった胸が邪魔で段々しなくなり、引きこもる日々が続いていた。
母親にこのままじゃあ嫁にも出せないと叱咤を頂き、作法だけは何とか身に着けるまでに至っていた。
そんな何の取り柄も未だ持たない私に突然婚約者が決まっただなんて、何かがオカシイ。
ふっ、何かがオカシクたって、私だってエンジョイ勢に加わりたい! と、いうことでやってきました大阪。
これから会う人は、一体どんな人なのだろうか?
待ち合わせ場所のカフェでカフェオレを飲みながらまだ見ぬ相手を思い外を眺める。
『カップルが多いなぁ、私もあんな感じにこれから見られちゃうのかしら?』
そんな私の期待をよそに、一通のメールが届く。
「初めまして。向日です、少しうちの中で立て込んでて待ち合わせの場所へ行けそうにありません。日を改めて……」
ふっざけるな! わざわざ大阪まで出向いたって言うのに、ドタキャン!? 何様のつもりコイツ、良いわ。
こうなったらイジでも顔だけでも見てやるんだから!
「初めまして。鷹華です、もう待ち合わせの場所についてるので、来れないのなら私の方から貴方の家に直接向かいますよ? 安心してください、私、怒ってませんから!」
ムカムカって感じの絵文字を最後につけると、送信ボタンを押してやった。
うん、押してから気が付いたね。
何で私、ムキになって何も知らない男と会う気になっちゃってるのかしら、と。
頬に手をあて、悩んで見せる姿はおしとやかなお嬢様にも見え、同じ店内にいた男性陣の視線を集めていた事に当の本人は気づいていない。
「えっと、何かすみません。ちょっと家は散らかっててちょっと」
ちょっと&ちょっとって、何よ全く。逃げの一手? 逃がさないわよ。
「安心してください、私お片付けは得意ですから!」
「あぁ、何なら私ここで延々と待ってましょうか? どれだけ待ったか時間でもはかりましょうか!」
「何て、そんなひどい事はしませんよ?(ニッコリ)」
と、立て続けにメールを送り付けてみる。
伊達に引きこもりはしてませんからね、連続メールをしたって心は痛みません。
「……手を離せないのは本当なんだが、しょうがないからタクシーで****まで来て」
「了」
ふふん、約束ぶっちなんて許さないんだから。
それにしても、タクシーを使えってお金持ちなのかしら? 私なら断然徒歩か電車の二択ね! まぁ土地勘無い場所なので非常に助かりますけど。
あれよあれよと、指定された場所へ到着すると、指定された場所を見上げる。
何の変哲もない四階建てのアパートだ。
そう、何の変哲もない、夢も希望も何も無い現実に直面していたのだ。
「思ってたのと違うっ!」
思わず一人突っ込みを入れてしまう。
ほら、突然の婚約者とか、顔写真もなければ何の仕事をしているかも不明。
ただ、両親に言われるがままに約束の場所まで来たのだ。
私をトキメカせる何かがあると思うじゃない? なのに、いざ到着してみると普通のアパート。
それも四階建て、ザ、普通。
「……帰ろっかなぁ……」
思わずそんな言葉が漏れ出るも、ダメだ私、と先ほどのやりとりを思い出す。
待つと言い出したのは私で、会いに行くと言い出したのも私なのだ、そこは筋を通さなければ向日さんに失礼じゃないか、と。
指定された部屋の前に辿り着くと、何の躊躇も無くチャイムを鳴らす。
すると、ハーイと想像していた声色と少し違う返答があった。
私のイメージでは、向日さんはダンディなどこかの社長さんで、低い声でブラックコーヒーを飲んでるようなイメージだった。それが。
『向日さんの声? 何か少し高めの声ね。美男子が持ってそうな声量!? イメージが、イメージが湧いてきたわっ!』
少し高めの声に、イメージは渋めのイメージからアイドル系美男子へ180度反転された。
きっと追っかけから身を隠すために、こんなアパートに居るに違いないわ!
そんな声色一つで一人盛り上がっていると、カチャリとドアノブが音を立て扉が開いた。
「あー、その、いらっしゃい。ちょっと歩きにくいけど、気を付けて」
私を見て開口一番、少し驚いたような表情をみせた男が姿を現す。
灰色の寝巻姿(それも何故か長袖)に髪がボサボサの状態、それでいて少し無精ひげが生えてらっしゃる。
あれ、年齢24歳って聞いてたけど、何だかオジさんっぽくない? あれ、あれぇ?
「は、はい」
思わず空返事をしてしまった。
でも、しょうがないじゃない? 顔を一瞬見ただけで興味なさそうに部屋の中に戻っていってしまうのだもの。
それに、本当に来たんだ、といった表情が何だか私の心をムッとさせた。
こちとら、ナチュラルメイクにどれだけ時間を費やして、今日という日の為にどんだけ悩んで衣装を選んだと思っているんだこの野郎! とは胸中で叫ぶだけにして、おしとやかに軽く一礼すると部屋の中へとお邪魔してやったさ。
「はぁ……」
思わずため息が出てしまう。
初対面の異性の部屋にあがりこむ私も私だが、この婚約者様もどうかにかしてるわよ。
まるではなっから私と会うつもりなんかないような容姿に、私は一切引くことなく気が済むまで現状の追求をしてやろうと思ったさ。
部屋の中に入ると、カーテンを閉め切った部屋の中モニターを覗き込みながら何か会話をしている向日さんの姿があった。
周囲を確認すると確かに散らかってはいるが、小分けにされた金属部品がところせましと整頓された状態でダンボールに収納されていた。それが一体何に使用される部品なのかは、まるで検討はつかなかったが。
「お邪魔しまぁす……うわっ、ビックリした」
「ちょ、大きな声出さないで!」
『β-ONE、誰か居るのか?』
『β-TWO、誰も居ない、大丈夫だ。作戦を続けてくれ』
『了解。続いて……』
小さなモニターに向かって、暗闇の中こうごうと光るモニターを見つめ続ける向日さんは巨大なヘッドフォンを耳にあてながら小さなコントローラーを必死に操作していた。
「あの、向日さん?」
「……」
あら、本当に忙しいのかしら? でも、これは一体?
座れそうな空間を見つけ出すと、六畳間の隅っこで正座をして律義に何かが終わるのを待つことにした。
が、五分後。
「むぅ、向日さん? 流石に放置がすぎやしませんかねぇ?」
「……」
「ねぇって!」
「うぉっ!? びっくりした、まだ居たのか」
「まだ居たのかって、貴方ねぇ!?」
「いや、ああ、そうか。そうだよな、すまなかった」
ばつが悪そうな表情をしているのだろうが、部屋の中は薄暗くモニター一つの光源だけでは表情が読み取り辛い。
「まずは先に謝っておく。婚約の話は実は嘘なんだ、向日って名前も偽名でな、向日ゆえに無効ってな? ってお嬢ちゃん?」
ゴゴゴゴゴ、と思わず私から出るオーラで一瞬部屋の中が明るくなったかのように思えたね。
まっ、ドス黒いオーラなので結局は暗い部屋の中ですけども。
私は向日さんにズズィっと体を近づけ迫っていた。
「偽名? ウソ? 向日は無効って何それ、一体何のためにそんなっ!? えっ、まさか私」
「何もしない! 何もしないから衣服を守りながら距離を取るのをやめてくれないかな? はぁ、まさかここまでくる君みたいな女性が居るとは思わなかったんだよ」
「鷹華、鷹華ですってば!」
「あ、ああ」
「で? 貴方の名前」
「……ベータワンだ」
私は近くにあった段ボールの中から、筒状の物を手に取るとそれをベータさんの顔につきつける。
「分かった! 分かったからそれを置いてくれ、話す、話すから!」
「よろしい」
「ふぅ、俺は境守《まもる》だ。世界平和の為に裏の世界で活動中さって、当たってる、先端当たってる! これ嘘一切無し、本当、本当だってば!」
この慌てようは、嘘じゃないって事かしら。
ボサボサの頭をかきながら、守はあぐらをかいたまま事の顛末を話してくれた。
どうも、私が訪れたカフェのあの席は闇の組織が特異点として監視している場所らしく、女性が一人で座っている状態を狙って儀式を行うのだとか。
その女性は姿を消し、戻ってきたものは誰も居ないと。
そこで、影響の少なそうな人物をランダムで見つけ出して餌として……って!?
「つまり、私は囮役で、何も知らないまま安穏とお茶してたって訳!? って信じる訳ないじゃないですか」
どうも胡散臭い。
胡散臭すぎて、鼻が曲がりそうである。
「作戦は無事成功したし、君にはもう用が無いわけだし帰ってもらってよかったんだけど……」
「だけど?」
「裏の情報を知ったからには」
なっ、まさか!?
「私、まさか軟禁されるの!?」
「いやいやいや、そんな事はしないよ? 普通、誰も信じないからね。それに、君が帰ったら俺は何一つ足跡を残さず拠点を移動するだけだからね」
「鷹華」
「えっと、何?」
「君じゃなくて、鷹華です!」
「……そこめっちゃこだわるね。ひっ、それは人に突き付けちゃダメ、パイルでバンカーされちゃうっ!」
「それで、裏の世界って他にどんなことしてるの? 悪い魔法使いをやっつけたり、味覚をダメにして相手を倒すような料理人から包丁を取り戻すとか!?」
「君、漫画読みすぎじゃな……ヨウカは、漫画とかが好きなのかな?」
「ふふん、勿論よ! 勉強よりも勉強になるもの、例えばこの筒とかまるで銃にとりつけるサイレンサーみたいだし!」
「その通りなんだって(ボソボソ)」
「この棒なんて、きっとこのボタン押したら中から釘が出てきて巨大な悪のロボットを砕いて見せるに違いないわ!」
「おっしゃる通りです(ボソボソ)」
「押して良い?」
「ダメっ! 絶対ダメ、それは君、鷹華が言っているようにパイルバンカーそのものなんだよっ!」
「まっさかー」
ピッ、と興味本位で脅かしてやろうとボタンを押してみると、先端から釘がドッと飛び出てきた。
その先端は守の頬をかすりそうな勢いで通り過ぎると、壁に当たる寸でのところで止まっていた。
「あ、あははー、えいっ、とぅ!」
「危ないだろうっ!」
ポカッ、とチョップで制裁を受けた私だが、ここは素直に受け入れよう。
悪かったよ、遊び心が生んだちょっとした事故なんだよ、本当だよ? そんな、本物のパイルバンカーがこんな場所にあるだなんて、思いもしないじゃない?
「わかっただろう? 裏の世界の仕事は危険なんだ、早く帰って」
「私、決めたわ!」
決意を伝える為、立ち上がろうとする私の足は痺れに痺れていた。
うまく立てず前のめりに倒れてしまう。
「わぶっ」
思わず変な声が出てしまった。
「何で、受け止めてくれないのよ!」
「いや、今の時代体に触れただけでセクハラだの何だの、ややこしいからさ」
「こんな場所に連れ込んでおきながら、そんな理由で私は鼻をぶったっていうのね!?」
「いや、勝手に来ただけじゃん」
「シャーラップ! 私、決めたんだから。ここに住む、そして守のミッションのお手伝いをするの!」
今度こそ宣言出来た。
「はぁ!? ちょっと、待って。女の子と同性とか、心の準備が」
「私を妾にするつもりだったのでしょう? 何も問題ないじゃない」
「問題だらけだよっ! ダァー、誰だよこんなめんどそうなの手配したの」
「ま・も・る」
「ッッ! ヨウカ、この世界に足を踏み入れたらもう表の世界じゃ生きていけないが、その覚悟はあるのかい? 一度ゆっくり考えて」
「あるわ! 私、こういう感じの事なら何か力になれそうな気がするのよ、いいえ、これしかないと言っても過言じゃないわ!」
ーーー
これが私と守との出会い。
普段は守専用の給仕として働き、お小遣いを貰い。
ミッション中は色んな重火器を扱い、守のサポートに徹した。
給仕としての私はとても褒められたような働きは出来なかったけど、ミッション中は相棒と呼んでくれるまでにはなっていた。
そして今、『最後の光』というミッションに参加中の私は扉を必死に叩いていた。
「ヨウカ、ここで君とはお別れだ。ミッションは失敗、『最後の光』はどうやら食い止められなかったようだ」
「何で、私だけ置いていこうとするのよっ!」
「ミッション内容を覚えているだろう? 『最後の光』は動植物を絶滅させ、海をも枯らす。災厄の光だ、この先数年は人類にとって厳しい時期を迎えるだろう」
「だから、私達で世界を守ろうって!」
涙を流しながら、扉越しにどなるように声を上げる守。
「失敗したんだ! いいか、良く聞け! その装置の中にいれば人類にとって厳しい期間でも延命が出来るだろう。コールドスリープが実際に有効かどうかなんて、試した結果を得た人類は未だに居ない。故に、個人データを記録する必要がある。もし君が先の世界で目覚め、記憶を失っていようが、君はその装置から君のパーソナリティを取得出来るんだ。眠りに着くまでに、君の情報を装置に入力を続けるんだ。それが君の最後のミッションだ」
そんな震えるような声に、私はただ頷く事しか出来なかった。
「私、料理が上手じゃなかった……」
「知ってる。でも今となってはもう少し君の手料理を食べておくべきだと後悔しているよ」
「嘘つき、そう言いながら毎回食べてくれないじゃない」
「嘘じゃないよ」
「何よ、私の名前、また呼んでくれなくなってるのがその証拠よ」
「ハハッ、君とのこのやり取りも最後と思うと少し寂しいな」
「……ヨウカよ」
「ああ、ヨウカ。次の未来でも、君が幸せであるように、俺は祈っているよ……時間だ、行ってくる」
扉を自力で開ける事が出来ず、私はコールドスリープする為の装置の中に取り残される。
この機械が動作するまでの間に、私は私の事を名一杯入力しなくてはいけない。
守に教えてもらった戦闘技術、守の為に覚えた数々のアレンジレシピ。大切にしていたお皿を割ってしまった事や、楽しかった思い出を次々に入力していく。そのたびに視界がぼやけ、私の口の中はしょっぱい味で一杯だった。
『しょっぱいよ……でも、この味は忘れない』
最後に入力した文面が、塩にこだわりをもつ性格につながるなんて微塵も想像していなかった私だけど、そこで記憶はぷつんと途絶えたのだった。
「鷹華、婚約者が決まったから今すぐ大阪に行きなさい」
「ハァァァ!?」
思わず素っ頓狂な声を上げた私は、顔も知らない相手の元へ渋々と会いに行くこととなった。
大学生の夏、友人たちがエンジョイしている最中、きたる日に備え私はお茶の入れ方や料理の勉強をしていた。
大学の授業(経済学)は難しくなるばかり。
好きだった運動も無駄に大きくなった胸が邪魔で段々しなくなり、引きこもる日々が続いていた。
母親にこのままじゃあ嫁にも出せないと叱咤を頂き、作法だけは何とか身に着けるまでに至っていた。
そんな何の取り柄も未だ持たない私に突然婚約者が決まっただなんて、何かがオカシイ。
ふっ、何かがオカシクたって、私だってエンジョイ勢に加わりたい! と、いうことでやってきました大阪。
これから会う人は、一体どんな人なのだろうか?
待ち合わせ場所のカフェでカフェオレを飲みながらまだ見ぬ相手を思い外を眺める。
『カップルが多いなぁ、私もあんな感じにこれから見られちゃうのかしら?』
そんな私の期待をよそに、一通のメールが届く。
「初めまして。向日です、少しうちの中で立て込んでて待ち合わせの場所へ行けそうにありません。日を改めて……」
ふっざけるな! わざわざ大阪まで出向いたって言うのに、ドタキャン!? 何様のつもりコイツ、良いわ。
こうなったらイジでも顔だけでも見てやるんだから!
「初めまして。鷹華です、もう待ち合わせの場所についてるので、来れないのなら私の方から貴方の家に直接向かいますよ? 安心してください、私、怒ってませんから!」
ムカムカって感じの絵文字を最後につけると、送信ボタンを押してやった。
うん、押してから気が付いたね。
何で私、ムキになって何も知らない男と会う気になっちゃってるのかしら、と。
頬に手をあて、悩んで見せる姿はおしとやかなお嬢様にも見え、同じ店内にいた男性陣の視線を集めていた事に当の本人は気づいていない。
「えっと、何かすみません。ちょっと家は散らかっててちょっと」
ちょっと&ちょっとって、何よ全く。逃げの一手? 逃がさないわよ。
「安心してください、私お片付けは得意ですから!」
「あぁ、何なら私ここで延々と待ってましょうか? どれだけ待ったか時間でもはかりましょうか!」
「何て、そんなひどい事はしませんよ?(ニッコリ)」
と、立て続けにメールを送り付けてみる。
伊達に引きこもりはしてませんからね、連続メールをしたって心は痛みません。
「……手を離せないのは本当なんだが、しょうがないからタクシーで****まで来て」
「了」
ふふん、約束ぶっちなんて許さないんだから。
それにしても、タクシーを使えってお金持ちなのかしら? 私なら断然徒歩か電車の二択ね! まぁ土地勘無い場所なので非常に助かりますけど。
あれよあれよと、指定された場所へ到着すると、指定された場所を見上げる。
何の変哲もない四階建てのアパートだ。
そう、何の変哲もない、夢も希望も何も無い現実に直面していたのだ。
「思ってたのと違うっ!」
思わず一人突っ込みを入れてしまう。
ほら、突然の婚約者とか、顔写真もなければ何の仕事をしているかも不明。
ただ、両親に言われるがままに約束の場所まで来たのだ。
私をトキメカせる何かがあると思うじゃない? なのに、いざ到着してみると普通のアパート。
それも四階建て、ザ、普通。
「……帰ろっかなぁ……」
思わずそんな言葉が漏れ出るも、ダメだ私、と先ほどのやりとりを思い出す。
待つと言い出したのは私で、会いに行くと言い出したのも私なのだ、そこは筋を通さなければ向日さんに失礼じゃないか、と。
指定された部屋の前に辿り着くと、何の躊躇も無くチャイムを鳴らす。
すると、ハーイと想像していた声色と少し違う返答があった。
私のイメージでは、向日さんはダンディなどこかの社長さんで、低い声でブラックコーヒーを飲んでるようなイメージだった。それが。
『向日さんの声? 何か少し高めの声ね。美男子が持ってそうな声量!? イメージが、イメージが湧いてきたわっ!』
少し高めの声に、イメージは渋めのイメージからアイドル系美男子へ180度反転された。
きっと追っかけから身を隠すために、こんなアパートに居るに違いないわ!
そんな声色一つで一人盛り上がっていると、カチャリとドアノブが音を立て扉が開いた。
「あー、その、いらっしゃい。ちょっと歩きにくいけど、気を付けて」
私を見て開口一番、少し驚いたような表情をみせた男が姿を現す。
灰色の寝巻姿(それも何故か長袖)に髪がボサボサの状態、それでいて少し無精ひげが生えてらっしゃる。
あれ、年齢24歳って聞いてたけど、何だかオジさんっぽくない? あれ、あれぇ?
「は、はい」
思わず空返事をしてしまった。
でも、しょうがないじゃない? 顔を一瞬見ただけで興味なさそうに部屋の中に戻っていってしまうのだもの。
それに、本当に来たんだ、といった表情が何だか私の心をムッとさせた。
こちとら、ナチュラルメイクにどれだけ時間を費やして、今日という日の為にどんだけ悩んで衣装を選んだと思っているんだこの野郎! とは胸中で叫ぶだけにして、おしとやかに軽く一礼すると部屋の中へとお邪魔してやったさ。
「はぁ……」
思わずため息が出てしまう。
初対面の異性の部屋にあがりこむ私も私だが、この婚約者様もどうかにかしてるわよ。
まるではなっから私と会うつもりなんかないような容姿に、私は一切引くことなく気が済むまで現状の追求をしてやろうと思ったさ。
部屋の中に入ると、カーテンを閉め切った部屋の中モニターを覗き込みながら何か会話をしている向日さんの姿があった。
周囲を確認すると確かに散らかってはいるが、小分けにされた金属部品がところせましと整頓された状態でダンボールに収納されていた。それが一体何に使用される部品なのかは、まるで検討はつかなかったが。
「お邪魔しまぁす……うわっ、ビックリした」
「ちょ、大きな声出さないで!」
『β-ONE、誰か居るのか?』
『β-TWO、誰も居ない、大丈夫だ。作戦を続けてくれ』
『了解。続いて……』
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「あの、向日さん?」
「……」
あら、本当に忙しいのかしら? でも、これは一体?
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「……」
「ねぇって!」
「うぉっ!? びっくりした、まだ居たのか」
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「あ、ああ」
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「よろしい」
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どうも、私が訪れたカフェのあの席は闇の組織が特異点として監視している場所らしく、女性が一人で座っている状態を狙って儀式を行うのだとか。
その女性は姿を消し、戻ってきたものは誰も居ないと。
そこで、影響の少なそうな人物をランダムで見つけ出して餌として……って!?
「つまり、私は囮役で、何も知らないまま安穏とお茶してたって訳!? って信じる訳ないじゃないですか」
どうも胡散臭い。
胡散臭すぎて、鼻が曲がりそうである。
「作戦は無事成功したし、君にはもう用が無いわけだし帰ってもらってよかったんだけど……」
「だけど?」
「裏の情報を知ったからには」
なっ、まさか!?
「私、まさか軟禁されるの!?」
「いやいやいや、そんな事はしないよ? 普通、誰も信じないからね。それに、君が帰ったら俺は何一つ足跡を残さず拠点を移動するだけだからね」
「鷹華」
「えっと、何?」
「君じゃなくて、鷹華です!」
「……そこめっちゃこだわるね。ひっ、それは人に突き付けちゃダメ、パイルでバンカーされちゃうっ!」
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「ふふん、勿論よ! 勉強よりも勉強になるもの、例えばこの筒とかまるで銃にとりつけるサイレンサーみたいだし!」
「その通りなんだって(ボソボソ)」
「この棒なんて、きっとこのボタン押したら中から釘が出てきて巨大な悪のロボットを砕いて見せるに違いないわ!」
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「押して良い?」
「ダメっ! 絶対ダメ、それは君、鷹華が言っているようにパイルバンカーそのものなんだよっ!」
「まっさかー」
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「危ないだろうっ!」
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悪かったよ、遊び心が生んだちょっとした事故なんだよ、本当だよ? そんな、本物のパイルバンカーがこんな場所にあるだなんて、思いもしないじゃない?
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「ま・も・る」
「ッッ! ヨウカ、この世界に足を踏み入れたらもう表の世界じゃ生きていけないが、その覚悟はあるのかい? 一度ゆっくり考えて」
「あるわ! 私、こういう感じの事なら何か力になれそうな気がするのよ、いいえ、これしかないと言っても過言じゃないわ!」
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これが私と守との出会い。
普段は守専用の給仕として働き、お小遣いを貰い。
ミッション中は色んな重火器を扱い、守のサポートに徹した。
給仕としての私はとても褒められたような働きは出来なかったけど、ミッション中は相棒と呼んでくれるまでにはなっていた。
そして今、『最後の光』というミッションに参加中の私は扉を必死に叩いていた。
「ヨウカ、ここで君とはお別れだ。ミッションは失敗、『最後の光』はどうやら食い止められなかったようだ」
「何で、私だけ置いていこうとするのよっ!」
「ミッション内容を覚えているだろう? 『最後の光』は動植物を絶滅させ、海をも枯らす。災厄の光だ、この先数年は人類にとって厳しい時期を迎えるだろう」
「だから、私達で世界を守ろうって!」
涙を流しながら、扉越しにどなるように声を上げる守。
「失敗したんだ! いいか、良く聞け! その装置の中にいれば人類にとって厳しい期間でも延命が出来るだろう。コールドスリープが実際に有効かどうかなんて、試した結果を得た人類は未だに居ない。故に、個人データを記録する必要がある。もし君が先の世界で目覚め、記憶を失っていようが、君はその装置から君のパーソナリティを取得出来るんだ。眠りに着くまでに、君の情報を装置に入力を続けるんだ。それが君の最後のミッションだ」
そんな震えるような声に、私はただ頷く事しか出来なかった。
「私、料理が上手じゃなかった……」
「知ってる。でも今となってはもう少し君の手料理を食べておくべきだと後悔しているよ」
「嘘つき、そう言いながら毎回食べてくれないじゃない」
「嘘じゃないよ」
「何よ、私の名前、また呼んでくれなくなってるのがその証拠よ」
「ハハッ、君とのこのやり取りも最後と思うと少し寂しいな」
「……ヨウカよ」
「ああ、ヨウカ。次の未来でも、君が幸せであるように、俺は祈っているよ……時間だ、行ってくる」
扉を自力で開ける事が出来ず、私はコールドスリープする為の装置の中に取り残される。
この機械が動作するまでの間に、私は私の事を名一杯入力しなくてはいけない。
守に教えてもらった戦闘技術、守の為に覚えた数々のアレンジレシピ。大切にしていたお皿を割ってしまった事や、楽しかった思い出を次々に入力していく。そのたびに視界がぼやけ、私の口の中はしょっぱい味で一杯だった。
『しょっぱいよ……でも、この味は忘れない』
最後に入力した文面が、塩にこだわりをもつ性格につながるなんて微塵も想像していなかった私だけど、そこで記憶はぷつんと途絶えたのだった。
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シュール系宇宙人ノベル。
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ただの一般人である鷹華がとんでも世界に首も足もずかずか突っ込んでいくのが面白かった。読みやすくもあり良かったです。
鷹華さんって、清楚でおしとやかそうな見た目とは裏腹に行動力がありそうだなってイメージから、このような作品になりました。
感想、ありがとうございます。