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第三章
溢れかえる瘴気
しおりを挟む馬車から一歩出ると、辺りは延々と森が広がっていて、何も感じなければ静かで空気が綺麗な森だった。
ところどころから差し込む木漏れ日は後光のようで神々しく感じられるし、生徒たちは森の清涼な空気を吸い込んで良い表情をしていた。
ここが普通の森なら私もそう思ったかもしれないし、皆と一緒に綺麗な森にうっとりしていたと思う。
でもひとたび馬車をおりたらここに蔓延する瘴気を感じて、一気にピリピリした気持ちになっていった。
これだけ溢れているとそこかしこからすぐに魔物が出てきそうね…………
このドロテア魔法学園というゲームはその溢れ出る魔物を次々と倒し、最終的に魔王を倒して世界に平和をもたらすゲーム。
魔王を倒すまでは瘴気は存在し続け、倒すまで増えていく一方……最終ステージ前はかなりの村や街で被害が出ていて、一刻も早く倒さなければならないという状況になっていた。
今は深刻な話はまだ聞こえてこないので油断していたけど……
これは魔王がもう存在していると思った方がいいのかもしれない。これほどの瘴気が溢れているのを見ると、その存在をヒシヒシと感じざるを得ないわ。
それにしても他の者には見えていないのかしら……周りの人たちをよく観察していると、見えている者と見えていない者で表情が全然違う事が分かる。
そして見えている者は明らかに少なく、数えるほどしかいないようね。
ラヴェンナ先生は見えているようで、口を覆うようにしながら生徒たちに遠くに行かないよう声をかけていた。
マデリンが慌てて私の元へやってくるのが見える。
「先生!このモヤモヤしたのは何?まとわりついてきて気味が悪いわっ」
「マデリン、あなたも見えているのね。おそらく魔力量が少ない者には見えないのではないかと思うの。これは瘴気と言って邪の気配……人の中に知らずに入り込んでくる厄介なものよ」
「外の世界はこんなものが溢れているものなの?」
「こんなに溢れているとは私も思わなかったわ……瘴気が集まると魔物に具現化していくから気を付けて。みんなも離れないように!こっちに一旦集まって――――」
なぜ先生方が厳しい表情なのか、ほとんどの生徒は分からずにひとまず声をかけられたから集まったという感じだった。
でも一部の威勢のいい生徒は笑いながらなかなか集まってこない。
「早くこちらに集まるんだ!」
ダンティエス校長にもこのむせかえるほどの瘴気が見えているので、厳しい声かけをして生徒に呼びかけていた。
いつもは穏やかで滅多に声を荒げない校長が危機感をあらわにしているので、なかなか集まらなかった生徒が慌てて走ってきていた。
よかった……あまりここにいるのは得策ではないわね。
「このリンデの森はあまりいい状態とは言えない。見えない者も多いが、森は瘴気に満ちている」
ダンティエス校長が皆に瘴気の存在を話すと、生徒たちからは驚きの声が上がり、悲鳴のような声もちらほら聞こえた。
見えないものが溢れているなんて怖いわよね……すぐに終わらせて帰らなければ。
「あまり長居をするのは良くないから、さっさと済ませて皆で帰りましょ」
私が出来る限り明るく、ウィンクをしながら生徒に伝えると、生徒たちは怖いながらも覚悟を決め、火クラスから課外授業が始まった。
私たちが生徒たちに声をかけている最中から、奥の方で次々と魔物が生まれていて、火クラスの生徒たちが自身の使える魔法で必死に応戦する。
ゲームの中の魔物って姿形がしっかりしたものばかりと戦っていたけど、具現化されたばかりの魔物はもっとドロドロした液体に似たようなものなのね。
この状態からもっと瘴気が集まればしっかりとした姿になっていくという事かしら……
私がそんな事を考えているうちに、あっという間に火クラスの生徒たちが魔物を一掃し、課外授業を終了させた。
「皆よくやった!あっという間だったな!」
ゲオルグ先生が自身のクラスの生徒たちを褒め称えていて、まるで自分のお手柄のようにこちらを見ながら自慢げだわ。
でもとても早かったし、ここに長居は無用なので私もホッとしたのだった。
気を抜いていると魔物は次から次へと具現化されていくので、急いで火クラスの生徒と水クラスの生徒が入れ替わり、魔物と対峙していく。
課外授業を終わらせた生徒から馬車に乗り込み、安全を確保していった。
学園の馬車には安全対策として強力なバリアが張ってあるので、馬車の中にいる限り瘴気は入り込んでこない。
私のクラスも早く終わらせて馬車に乗せてあげたい……自分だけなら何とかなると思えるけど、これだけ沢山の生徒を抱えているとなると、何かあったらと私も緊張してしまう。
無事に水クラスも順調に終わり、風クラスの番になったので水クラスと入れ替わろうとしていた。
「さぁ、次は風クラスの番ね!ちゃっちゃと終わらせてしまいましょう!」
「「はい!」」
ほとんどの生徒たちは気合を入れて返事をしてくれたのだけど、一部の生徒からは魔物が順調に一掃されたので気が緩んだのか、自分たちでも魔物と戦えるという自信の中に過信も生まれている者もいた。
中には水クラスの生徒と話し込んでしまう生徒までいて……入れ替わりがなかなか終わらない事に私の中で焦りが出始める。
「風クラスのみんなはこっちに集まって――――」
私が呼びかけている間に魔物がどんどん溢れてきているので、生徒たちから不安の声がもれてくる。
「先生、どんどん増えてます!」
「早く倒さないと……」
まずい、早く始めないと危険だわ……皆が集まっている時間がなさそうなので、集まっている人数だけでも課外授業を始めてしまおうと声かけをした。
「魔物が増えてるから始めてしまいましょう!」
「「はい!」」
しかし私が始まりの合図をしようとした瞬間、お喋りしていた男子生徒のところに突然瘴気がどんどん集まってきたのだった。
「危ない!」
私の叫び声に男子生徒は何が起こっているか分からなくて、目を見開いている。彼には恐らく瘴気が見えていないから分からないわよね。
でもだんだんまとわりつく瘴気が濃くなっていくと息苦しくなってきたのか、必死に自分の顔をかきむしり始め、ひたすらもがいている――――
「お、おい……どうした?!」
「う、ぐっ……ア゙ァ゙ァ゙ァ゙」
周りの生徒たちも心配して声をかけるけど、見えていないので何が起こっているか分からない。
周りの人たちの声はもう男子生徒の耳には届いていない様子で、息苦しさに目は白目をむき、口を大きく開けて上を向いたかと思うと、そこへ一気に瘴気が口から男子生徒の中に入り込んでしまったのだった。
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