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第二章
父と子
しおりを挟む――――ドロテア王国王宮――――
コツコツと廊下に足音が響き渡る。
公爵邸でディアと別れた私は翌日、学園も休みの日なので父である国王陛下へ報告をする為に王宮を歩いていた。
父上に会うのは久しぶりだな――――この時間なら執務室にいるに違いない。きっとロヴェーヌ公爵も一緒に待っているのだろう……昨日の出来事についてすぐに報告しなければならない。
庭園でカールに拘束されている彼女を窓から見た時は、全身の血の毛が引くような気持ちがした。
瞬間移動すると、触手に絡め取られていたディアは自身から発する力でなんとかカールの触手を解除し、事なきを得た。
その時に彼女から聖なる力は発動し、聖魔法を使ってカールにかけられていた魔法を解呪したのだ。
聖魔法を使える人間はそうそう生まれるものではない……父上の代より前にさかのぼっても一人いたかいないかくらいで、眉唾物の伝承だと思われていた。
実際に私も生きている間に出会えると思ってはいなかったのに、まさか彼女が…………想いを寄せる相手がそうだとは。
聖魔法を使える人間はこの世界の創りを変える事が出来るとも言われている。
魔物に怯える事のない世界――――我々が目指す世界に絶対に必要な力。
それにこの力が公になれば教会も間違いなく欲しがるだろう。父上は全力で彼女を渡すまいとするだろうな。
私は正直陰鬱な気持ちだった。ディアがそこまで重要な人物である事が分かり、この世界の醜い争いに巻き込まれてしまう未来がすぐに予想されるし、身の危険も増す。
何より、重要な人物だから傍にいると思われてしまうかもしれないと思うと、嫌でも気持ちは落ち込んでいく。
誤解、されてしまうだろうな……それでも大切だから傍にいたい。
今日はその話を父上としなければ。
色々考えていると荘厳な扉の前に着き、扉を守っている護衛に目配せをする。
――――コンコン――――
「シグムントです」
私がノックとともに名前を言うと「入りなさい」と中から声が聞こえてきたので、護衛達が扉を開く。
中には案の定ロヴェーヌ公爵も父上のそばに控えていて、二人とも私が来るのを待っていたようだった。
私が中へ入るとゆっくりと扉が閉じられたので、二人の前へと進み出た。
「父上、お久しぶりです。閣下は先日お会いしましたが、お元気そうで何よりです」
ロヴェーヌ公爵とはクラウディアが階段から突き落とされて彼女を運んだ時、公爵邸で顔を合わせていた。二人とも私の挨拶を聞いて頷き、父上の方が先に口を開いた。
「今日そなたが来たのはクラウディア嬢の事であろう?」
「…………やはり父上の耳には入っていましたか。そうです、彼女の事で報告するべき事があり、ここに参りました。しかし二人とももう知っておられるようだ」
父上は学園に自身の密偵を潜ませているのを知っていたので、特に驚きはない。
私たち兄弟の動向が気になるのか何なのかは分からないが。
ロヴェーヌ公爵はとても複雑な表情をしていて、手放しで喜んでいる感じはない。
自分の娘が色々な意味で狙われるようになるのだから、親としては心配で仕方ないのだろう。彼は見た目がとても厳しそうだが、クラウディアの事になると親の顔をする。
「ふむ、クラウディア嬢が聖なる乙女だったとはな。我々が待ちわびた人物がようやく現れてくれた……王家としても絶対に守り抜かなくてはならない。この意味が分かるな?」
「……………………」
「…………ふっ……そう睨むな、父に食ってかかりそうな顔をしているぞ。私の言い方が悪かった、そなたがクラウディア嬢を大切に想っているのは分かっている」
王家が待ち望んでいた人物だろうと、教会がほしがる人物だろうと関係ない、私自身が彼女を守りたいのだ。
父上に王家として守れと言われて、それに頷く事は出来ない。
睨んだつもりはなかったのだが…………しかしこれで話を通しやすくなったかもしれないと思い、父上とロヴェーヌ公爵がいるので私の想いを話してみる事にした。
「その事で父上とロヴェーヌ公爵に1つ話があるのです」
「申してみよ」
「私が常に彼女を守るには、今の立場的に難しいと思うのです。しかし婚約者ならばもっと近くで守れるかと考えました」
私は彼女の力が発動してから、彼女を守るにはどうしたらいいかをずっと考えていた。
クラウディアの意思を無視してこんな事を進言してしまって、彼女に知られたらまた怒りの表情をするだろうか。しかし守ると決めたのだから、彼女にどう思われようとも私の覚悟は決まっていた。
「そなたにそうさせてやりたいのは山々なのだが、公爵の許可なく決める事は出来ない。それに…………ダンティエス、そなたもそこにいるのだろう?」
父上が扉に向かって声をかけると扉が開かれてダンティエスが入ってきたのだった。
「申し訳ありません、入るタイミングが分からず。皆で何の話をしているかと思ったら、兄上とクラウディア嬢の婚約とは穏やかじゃありませんね」
ダンティエスは私に近寄ってきて肩に手を置いたかと思うと「抜けがけはダメですよ」と耳打ちしてくる。
「ゴホンッ…………シグムント殿下とダンティエス殿下、お2人が娘の事を考えてくださって、とてもありがたいお話をいただき恐悦至極ですが、娘にも選ばせてあげたいと親心ながら思うのです。どうかご理解いただきたい」
「そうだな……幸いまだ聖魔法について知っている人間は少ない。学園祭も近い事だしどちらがクラウディア嬢の心を射止められるか、勝負してみるのはどうだ?」
「父上!」
まるでゲームのように話す父の姿につい声を荒げてしまう。
「私としましては、どちらが娘の婚約者になろうとも、娘が幸せならそれでいいですから」
「兄上は自信がないのかな、そんなに声を荒げて反対するなんて」
完全に皆に乗せられる形になり、渋々その勝負を受けざるを得なくなってしまう。私としてはこんな形で彼女にアプローチをするのは不誠実極まりないという考えなので、とても不本意だった。
しかしどの道クラウディアの心が私になければ婚約は出来ないし、傍で守る事も出来ない……意を決した私は皆に宣言したのだった。
「必ず私が射止めてみせます。ダンテには渡さない」
売り言葉に買い言葉のような形になってしまったが、それだけを告げて執務室を後にしたのだった。
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