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第二章
仲直り
しおりを挟む深い深い闇の中に一人でポツンと立っている。
私はあの後意識が遠のいていったから、ここは夢の中?でも真っ暗で何も見えない。
『クラウディア――――』
私を呼ぶ声が聞こえる。あなたは誰?
『…………ち――で――――――』
よく聞こえないわ。
あなたは一体…………
『…………ィア……』
聞こえそうで聞こえない。もどかしくて手を伸ばすけど、相変わらず何もつかむ事は出来なかった。
「クラウディア!!」
次の瞬間、私を呼ぶ大きな声でハッと目が見開く。
そして目の前にはベッドサイドにある椅子に腰をかけながら、心配そうな表情で私の顔を覗き込んでいるシグムント王太子殿下の顔があった。
「殿、下?どうして…………」
今が何時でどういう状況なのかが全く分からず、思考が上手く働かない。私は酷く混乱してベッドに横たわったまま周りを見渡した。
どうやらここは、公爵邸の自室らしい事はすぐに理解する。
あんな事があったばかりなので、学園ではなく自室であった事に少しホッとして、気持ちが一気に落ち着いてきたのだった。
「ここは私の部屋ですね。殿下が運んでくれたのですか?」
「あ、ああ。君はぐったりと意識がない状態だったし、魔力が枯渇していたので普通の回復魔法では治癒する事は出来なかった……住み慣れた邸に連れて来た方がいいと思ってね。あれから4時間ほど眠っていたよ」
「そう、だったのですね…………色々とありがとうございます」
実際に殿下の推察通り、邸に連れて帰ってくれてとても安心する事が出来たので、心から感謝の気持ちを伝えた。
魔力が回復してきたのか体を起こして心配そうな殿下の顔を見ると、何だかクラウディア先生の昔の記憶がよみがえってきて、つい笑ってしまう。
「……ふふっ」
「?どうした?」
「いえ、目覚めた時の殿下の表情が、懐かしいなと思いまして。よく2人で鬼ごっこをして私が転ぶと、心配そうに覗き込んでいたので」
今は微妙な関係の2人だけど、確か幼い頃は仲が良かったはず……ダンティエス校長とはあまり遊んだ記憶はないけど、小さな理事長と遊んでいたのは記憶に残っている。
さっきの心配そうな顔も幼い頃に見た事があるのを覚えていて、つい職場での呼び方である理事長ではなく殿下と言ってしまった。
懐かしい――――多分すれ違いは些細な事だったんだろうけど、思春期に入る頃にはもう仲が最悪になっていたのよね。
ちょうど胸が成長してくる10歳あたり、どんどん胸が大きくなるから周りの男の子の目が変わり始めて……クラウディア自体は胸は気にしてなかったけど周囲が放っておかなかった。
出かける度に異性から声をかけられるし、求婚の話も急に増え始める。まだ10歳過ぎたばかりの令嬢なのに、大人からもいやらしい目を向けられた事もあった。
でも気にせず殿下と遊んでたら、突然拒絶されるようになって…………そうよ、その頃からクラウディアが近づくと嫌な顔をするようになったんだわ。
「……そんな時もあったな。君はお転婆だったから力の限り走っては転ぶを繰り返していたし、私に負けないように必死だったから心配で――――」
そんなに心配してくれていた間柄だったのに、どうして突然拒絶し始めたのだろう。記憶を辿っていたら昔の殿下との事を思い出してきた私は、不思議に思って殿下に聞いてみる事にした。
「…………なぜ突然拒絶し始めたのですか?普通に遊んでいたと思うのですけど……」
私が聞くと、とてもバツが悪い顔をして俯いてしまう。何か私には伝えられない重要な事でもあるのかな。そう思っていると、殿下の口から出てきた言葉は全く予想外の内容だった。
「あの頃は君の成長が著しくて、近くに寄られると、その……故意にじゃなくても胸に触れてしまうかもしれないだろう?私も思春期で少し距離を保たなくてはと思って”私に近づくんじゃない”と言ったんだが…………言い方がキツくなってしまい、そこからどんどん気まずくなってしまった。それに……」
「?」
「私が近づくなと言った時の君の表情が忘れられなかった。傷ついたような悲しい表情の裏に怒りも滲んでいたような気がして……君から目を背ける事で、その時の怒りを見なかった事にしたかったのかもしれない」
そうか、理事長も色々と難しいお年頃だったんだものね。なかなか素直になれず、王太子だから人に頭を下げる事も出来ない。
その内にクラウディアは悲しみを悔しさや怒りに替えていってしまったのかな…………自分を拒否した殿下を否定する事で自分を保ちながら。
憎まれ口なら殿下も会話してくれるし――――って完全にクラウディアが殿下の事が好きだったみたいじゃない!
その辺は確かめようもないから分からない……恋愛感情とかは正直分からないけど、また一からやり直す事は出来るわよね。
「じゃあ、またここから始めませんか?」
「?」
「昔みたいにとはいきませんけど、私たち、仲直りする事は出来ると思うんです。もうお互い大人ですし、幼かった自分を受け入れて許してあげてもいいんじゃないかなって」
私がそう言うと、殿下は目を見開いて固まってしまうのだった。
きっとお互いに素直になれない自分を責めたに違いないと思うと、何だか胸が苦しくなってしまう。そんな気持ちを抱えて嫌味の応酬をしていたなんて――――もうそんな事をしなくてもいいんだよって2人に言ってあげたい。
少しの間沈黙が流れた後、ポツリ、ポツリと絞り出すような声で殿下が言葉を紡ぐ。
「……………………そう、だな。私も不毛なやり取りはとっくに疲れていたところだ。ありがとう、クラウディア…………今まですまなかった」
そう言って殿下の顔が近づいてきたかと思うと、私の額に殿下の額が押し当てられる。
胸の中に温かい気持ちが溢れてきて、これでいいんだと言われているようだった。
これは誰の感情なんだろうか――――私は無事仲直りが出来た事でホッとして、殿下に笑顔を向ける。
気付いたら私の目尻からほんの一滴の涙が頬を伝っていたのだけど、気付かれないようにサッと拭い、何事もなかったかのように笑い合ったのだった。
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