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第二章

忍び寄る闇

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 風魔法の授業があった数日間は穏やかな日々が過ぎていった。

 理事長とは時々すれ違う程度で、挨拶は交わすし嫌な感じはしない――――でもちょっぴり気まずい感じもなきにしもあらずなので、お互い言葉は少なめでちょっと寂しい感じもする。

 もう少しゆっくりお話してみたいな……なんて思うのはきっと、仲良くなれるはずないと思っていた人物と仲良くなれそうだから、だよね?

 自分にそう言い聞かせてみたものの、なんだかしっくりこない。

 いまいち自分の気持ちがよく分からなくてモヤモヤする……でもそういう時は考えたところで答えが出ないだろうから、考えないで体を動かすのが一番よね。

 転生前はバレーボール部だったので、何か思い悩む事があれば悩む時間がもったいないので体を動かす、という生活だった。

 もうそういう気質がしみついているのね。

 というわけで、今日も放課後にせっせとカールが綺麗に整えている庭園へと向かうのだった。

 きっとあそこなら手伝える事もあるだろうし、無心で植物たちと向かい合えるから深く考える必要もないもの。

 すぐに庭園に着くと、今日もいつものように植物たちに水やりをしているカールの姿が見える。

 嬉しくなってカールに近づき、挨拶をしながら声をかけた。


 「カール、こんにちは!相変わらず精が出るわね。今日は私もお手伝いしたいのだけど、いい?」

 「…………………………」

 「……カール?」

 「……っ…………うっ」


 私が声をかけても全くこちらに振り向きもせず、延々と水やりをしているのでちょっとカールの様子がおかしいかなと思って、もう一度名前を呼びかけた。

 すると水やり用のホースを落とし、苦しそうなうめき声を上げ始める。


 「カール?どうしたの?何かあった?!」


 私がまくし立てるように呼び掛けると「に、げ、……てっ」と呟いて倒れ込んでしまったのだ。

 顔が真っ赤だわ…………風邪?回復魔法をかければいいのかな……


 「ダメ、こんな状態で放っておけない。今、理事長か校長を連れてくるから……」

 「……理事長?」


 何故か私が理事長と言ったらその言葉に反応し、カールは上体をゆらりと起こし始め、ゆっくりとゆっくりと立ち上がった。

 カールが自力で起き上がったのは良い事なのに、その姿に何故か胸騒ぎがして、嫌な予感が止まらない。

 立ち上がったままピクリともしないので、ちょっと怖かったけど名前を呼びかけてみた。


 「……カール?だ、大丈夫?」


 ゆっくりとこっちに向き直ったカールの表情は、無表情で目に光はなく、明らかにいつものカールではなかった。

 何か変だ…………カールはいつも朗らかで柔らかい笑顔を向けてくれるとても良い人で……こんな表情は見た事がない。

 背筋がゾクリとして体が固まってしまう。

 そして次にカールが発した声を聞いて、転生してすぐにクラウディア先生の過去の夢を見た時の事を思い出す事となる。


 「ク、ラウ、ディ、ア、先生ぇ…………っ」


 その声はクラウディア先生を突き落とした時にかけられた声――――『さようなら、クラウディア先生』

 あの時のノイズのような声だったのだ。

 あれはカールだったの?でも、何か違う…………カールは抗っているようにも見える。まさか操られて?!

 私がそう思った瞬間、カールの力強い腕が私の両手を掴み、庭園にある大きな木に縫い付けるように組み敷かれてしまう。私は傍から見たら、カールによってその木に磔にされたような状態で、カールは鍛えているのか片手で軽々と私の両手を掴む事が出来ていた。

 普段の穏やかなカールとは全く想像もつかないほどの激情と力……そしてやがて水魔法で私の腕を拘束し、両手が使えるようになったカールは、水魔法を駆使してスライムのような触手を作り出していた。

 そ、それは何に使うの?嫌な予感しかしない――――風魔法で解除しようとも考えたけど、私の風魔法だとカールを傷つけてしまう。

 風魔法は斬撃や爆発などが多くて、傷付けずに衝撃を与える事が出来ない。

 どうしよう――――私が迷っていると、じりじりと水の触手が近づいてくる。私の足に到達しようとした時、カールの後方から私の名を呼ぶ声が聞こえてきた。


 「クラウディア先生!!」


 声の方を見ると、そこには理事長が息を切らして走ってきていたのだった。

 理事長?!今この状況を見たら、色々と誤解されてしまうのは間違いない。それだけは分かる。カール…………目に光が宿っていない……絶対に操られているわ。これじゃ、カールが悪者になって学園を追放され兼ねないじゃない。

 誰がこんな事を――――そうか、これはカールを悪者にしようとしているのではなく、私を傷物にする為にカールが利用されているんだわ。

 クラウディア先生は遊び人と思われがちだけど、プライドが高くて逆に身持ちが固い人なので、実は清らかな女性だった。

 カールのようなとても善良な人を捨て駒みたいに使うなんて、許せない。

 私に彼を救う力があれば――――力がほしい――――――ぎゅうっと目を瞑って祈りを捧げると、私の体が白く輝き出した。


 「…………この力は………………」

 「クゥゥーー!」


 私が自身から発する力に驚いていると、突然ラクーが目の前に現れていて、お互いが共鳴し始めたのだ。


 「ラクー?!どうしてここに…………それにこの力…………」


 胸の奥から今まで感じた事のない力が湧いてくる…………私は知っているわ……この懐かしい力を――――そう思った瞬間、自然と口から魔法を唱えていた。


 「母なる女神の力よ、我に宿り、かの者を解き放て……[解呪魔法]ディスエンチャント」


 私を包んでいた白い輝きはカールの中へ入っていき、彼がその光に包まれると、私を拘束していた水魔法や触手たちは一瞬で水に戻り、パシャンッと地面に滑り落ちて吸い込まれていった。

 今のは何の魔法?

 カールはやっぱり魔法で操られていたのか、解呪された途端に地面に崩れ落ちて倒れ込み、意識を失ったようだった。

 やっぱり操られていたのね……私は腕の拘束は解かれたけど、今まで使った事のない力を使ったからか、全身から力が抜けて、ふわっと意識が遠のいていく――――事情を話してカールを助けなければならないのに――


 遠くから理事長の私を呼ぶ声が聞こえるわ。


 ふしだらな女だと思わないで、私は――――――そこまで伝えられたような気がしたけど、限界がきたのかそのまま意識は闇に沈んでいったのだった。
 
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