15 / 51
第二章
シグムントSide 3
しおりを挟むロヴェーヌ先生が職場に復帰して5日ほど経った。
彼女が階段から突き落とされた事件からすでにかなり日にちは経っているが、職場復帰した後も特に何事も起こっていないようでホッと胸をなでおろす。
またあのような事件が度々我が学園で起きると生徒達を怖がらせてしまうし、階段から落ちて瀕死状態のロヴェーヌ先生が脳裏によぎると……途端に怖くなってくる。
たまたまあの時、私が通りかかったから良かったものの、もし放置されてしまっていたら――――二度とあのような事があってはならない。
彼女の周りに不穏な動きがないかが気になり、度々ロヴェーヌ先生の様子を見守るようにしていたところ、彼女が放課後に教室の大きなゴミ箱を一人で抱えて捨てに行く姿が目に入ってきた。
あんな大きなゴミ箱を一人で?
私はつい体が動いて、彼女のゴミ箱を一緒に持ってあげようと声をかけてしまったのだった。
「君は風魔法を使えるのだから、魔法で重さを軽くしたらいいのに」
一生懸命ゴミ捨てをしようとしてくれている人間にかける言葉じゃないな……自分でも分かっているのだが、彼女とはいつも顔を合わせる度に嫌味の応酬だったので、こんな言葉がつい口をついて出てきてしまう。
だがそんな私の気持ちなどお構いなしに、ロヴェーヌ先生は素晴らしい持論を返してきた。
「……それだと生徒に示しがつかないと思うんです。なんだかズルをしている気がして……魔法っていざという時に使うものだと思うので」
「ま、真面目だな…………」
真面目というか、こんなしっかりとした考えを持っていたのか?
ロヴェーヌ先生が目覚めてからというもの、私の中ですっかり彼女のイメージが変わりつつある。
服装はもちろんの事、立ち居振る舞いも全てにおいて淑女な感じに様変わりしたのだ。
人間はここまで一気に変わるものなのだろうか…………いや、もしかしたら彼女の本質は元からこのようなしっかりとした女性だったのかもしれない。
私が気付いていなかっただけで。
実際に彼女が風紀を乱すというだけで、何をやっていても不真面目に見えて仕方なかった。
彼女の行動の全てにイライラしていたし、良いところなんて見ようともしていなかったのだから。でも私が目の敵にしていても生徒や教職員達は皆彼女を良い先生だと言っていたな――――結局は私の眼が曇っていたという事か。
途端に申し訳ない気持ちに襲われ、これからは私もロヴェーヌ先生を知っていく努力をしていかなければと思うようになった。
そんな私の考えなど全く分からないロヴェーヌ先生は、とびきりの笑顔全開で私にお礼を伝えてくる。
「真面目、ですか?このくらい普通だと思いますよ。でも理事長が手伝ってくれて助かりました、ありがとうございます!」
この笑顔を見た瞬間、私の心臓に何かが刺さった気がした――――こんな素晴らしい笑顔など私に向けてきた事は一度もない。
今までは棘のある、でも絶対的な美しさを誇示する薔薇のような存在だったロヴェーヌ先生が、今は太陽のようであり、天使のようにも見えるのだから不思議なものだ。
それとも私に向けられなかっただけで、本当は他の男にはこの笑顔が向けられていたのだろうか。
そう考えると途端に面白くない気持ちになっていく。
自分勝手な事甚だしいな…………私にそんな事を思う権利などないというのに。しかしこの笑顔が向けられるのを私だけにしたくなるのは、彼女があまりにも無邪気に見えるからだろうか。
少しでもロヴェーヌ先生との距離を縮めたくなって、勇気を出して名前呼びに変えてみる事にした。
「礼には及ばない、ク、クラウディア先生が大変そうだったからな」
私にとってはとても頑張ったと思う、女性の名前をさり気なく呼んでみたものの、恥ずかしくて声がうわずってしまったのだった。
10代の若者でもあるまいし、このくらいで動揺してどうする。
自分に叱咤しながら1つ咳払いして彼女の表情を窺うと、隣でニコニコしながらゴミ箱を運んでいる姿が目に入ってきて、またしても雷に打たれたかのような衝撃を受けてしまう。
今までは妖艶なイメージだったのに、今のこの姿は可愛すぎるな?
このギャップはどうしたものか…………口を片手で覆いながらまた1つ咳払いをして、顔に熱が集まってくるのを誤魔化した。
無事にゴミ捨てを終えるとクラウディア先生は「理事長、お疲れ様でした」と丁寧に挨拶をしてくる。
何となく名残惜しい気持ちになり、何か会話を探そうとしてみたものの、女性と長く時間を過ごした事のない私にはとても難しい事で何も浮かんでこない。
「…………いや……そろそろ帰るのか?」
「そう、ですね。もう帰れると思います」
上手い言葉が見つからない私の情けない言葉にも、彼女はしっかりと返してくる。
なんなんだ、この感情は――――今まで生きてきて味わった事のない胸が締め付けられるような正体不明の感情に、自分では対処できそうにない。
「……どこに犯人がいるか分からない。気を付けて帰るんだ」
彼女の肩をポンッと叩いて、その場を逃げるように去ったのだった。
24
お気に入りに追加
169
あなたにおすすめの小説
若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!
古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。
そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は?
*カクヨム様で先行掲載しております
朝方の婚約破棄 ~寝起きが悪いせいで偏屈な辺境伯に嫁ぎます!?~
有木珠乃
恋愛
メイベル・ブレイズ公爵令嬢は寝起きが悪い。
それなのに朝方、突然やって来た婚約者、バードランド皇子に婚約破棄を言い渡されて……迷わず枕を投げた。
しかし、これは全てバードランド皇子の罠だった。
「今朝の件を不敬罪とし、婚約破棄を免罪符とする」
お陰でメイベルは牢屋の中へ入れられてしまう。
そこに現れたのは、偏屈で有名なアリスター・エヴァレット辺境伯だった。
話をしている内に、実は罠を仕掛けたのはバードランド皇子ではなく、アリスターの方だと知る。
「ここから出たければ、俺と契約結婚をしろ」
もしかして、私と結婚したいがために、こんな回りくどいことをしたんですか?
※この作品は小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
没落した建築系お嬢様の優雅なスローライフ~地方でモフモフと楽しい仲間とのんびり楽しく生きます~
土偶の友
ファンタジー
優雅な貴族令嬢を目指していたクレア・フィレイア。
しかし、15歳の誕生日を前に両親から没落を宣言されてしまう。
そのショックで日本の知識を思いだし、ブラック企業で働いていた記憶からスローライフをしたいと気付いた。
両親に勧められた場所に逃げ、そこで楽しいモフモフの仲間と家を建てる。
女の子たちと出会い仲良くなって一緒に住む、のんびり緩い異世界生活。
老女召喚〜聖女はまさかの80歳?!〜城を追い出されちゃったけど、何か若返ってるし、元気に異世界で生き抜きます!〜
二階堂吉乃
ファンタジー
瘴気に脅かされる王国があった。それを祓うことが出来るのは異世界人の乙女だけ。王国の幹部は伝説の『聖女召喚』の儀を行う。だが現れたのは1人の老婆だった。「召喚は失敗だ!」聖女を娶るつもりだった王子は激怒した。そこら辺の平民だと思われた老女は金貨1枚を与えられると、城から追い出されてしまう。実はこの老婆こそが召喚された女性だった。
白石きよ子・80歳。寝ていた布団の中から異世界に連れてこられてしまった。始めは「ドッキリじゃないかしら」と疑っていた。頼れる知り合いも家族もいない。持病の関節痛と高血圧の薬もない。しかし生来の逞しさで異世界で生き抜いていく。
後日、召喚が成功していたと分かる。王や重臣たちは慌てて老女の行方を探し始めるが、一向に見つからない。それもそのはず、きよ子はどんどん若返っていた。行方不明の老聖女を探す副団長は、黒髪黒目の不思議な美女と出会うが…。
人の名前が何故か映画スターの名になっちゃう天然系若返り聖女の冒険。全14話+間話7話。
婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪
naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。
「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」
まっ、いいかっ!
持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
ライバル悪役令嬢に転生したハズがどうしてこうなった!?
だましだまし
ファンタジー
長編サイズだけど文字数的には短編の範囲です。
七歳の誕生日、ロウソクをふうっと吹き消した瞬間私の中に走馬灯が流れた。
え?何これ?私?!
どうやら私、ゲームの中に転生しちゃったっぽい!?
しかも悪役令嬢として出て来た伯爵令嬢じゃないの?
しかし流石伯爵家!使用人にかしずかれ美味しいご馳走に可愛いケーキ…ああ!最高!
ヒロインが出てくるまでまだ時間もあるし令嬢生活を満喫しよう…って毎日過ごしてたら鏡に写るこの巨体はなに!?
悪役とはいえ美少女スチルどこ行った!?
僕は君を思うと吐き気がする
月山 歩
恋愛
貧乏侯爵家だった私は、お金持ちの夫が亡くなると、次はその弟をあてがわれた。私は、母の生活の支援もしてもらいたいから、拒否できない。今度こそ、新しい夫に愛されてみたいけど、彼は、私を思うと吐き気がするそうです。再び白い結婚が始まった。
【完結】アラサー喪女が転生したら悪役令嬢だった件。断罪からはじまる悪役令嬢は、回避不能なヤンデレ様に溺愛を確約されても困ります!
美杉。祝、サレ妻コミカライズ化
恋愛
『ルド様……あなたが愛した人は私ですか? それともこの体のアーシエなのですか?』
そんな風に簡単に聞くことが出来たら、どれだけ良かっただろう。
目が覚めた瞬間、私は今置かれた現状に絶望した。
なにせ牢屋に繋がれた金髪縦ロールの令嬢になっていたのだから。
元々は社畜で喪女。挙句にオタクで、恋をすることもないままの死亡エンドだったようで、この世界に転生をしてきてしあったらしい。
ただまったく転生前のこの令嬢の記憶がなく、ただ状況から断罪シーンと私は推測した。
いきなり生き返って死亡エンドはないでしょう。さすがにこれは神様恨みますとばかりに、私はその場で断罪を行おうとする王太子ルドと対峙する。
なんとしても回避したい。そう思い行動をした私は、なぜか回避するどころか王太子であるルドとのヤンデレルートに突入してしまう。
このままヤンデレルートでの死亡エンドなんて絶対に嫌だ。なんとしても、ヤンデレルートを溺愛ルートへ移行させようと模索する。
悪役令嬢は誰なのか。私は誰なのか。
ルドの溺愛が加速するごとに、彼の愛する人が本当は誰なのかと、だんだん苦しくなっていく――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる