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第二章

明日に向けて

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 「……今日は色々とすまなかった。ソフィアの事も……」

 「ヴィルが謝る事ではありませんわ。私の覚悟が足りなかったのです。あの子が可愛くて笑っていてくれればいいと思っていました。でもそれではダメなのだと気付かせてくれて、むしろ感謝していますわ」

 「…………………………」

 
 ソフィアに役目を与えてしまった事を気にしていたのね。それについてはあの子がやりたいと言った事だから、殿下が気にする事ではないんだけど……

 殿下はおもむろに私の前髪に手を伸ばしてきたので、何事かと殿下の方を見ると子犬のような表情でこちらを見ている。心臓が痛くなるから、そういう表情はやめてほしいのだけど……


 「そろそろ、もっと気安い話し方をしてほしいんだけど……まだダメかい?」

 「え………………ダ、ダメ……では、ありません…………」


 私の意気地なし。殿下とは一定の距離を保たなければならないのに、すっかり彼のペースに巻き込まれてしまっている。

 普段は俺様風なのにこんな時は子犬のような表情をして言ってくるとは……どこでこの処世術を学んでくるの。


 「もう一度」

 「ダメ……じゃないわ」


 リピートって事ね、と理解して次は気安い話し方をしてみる。すると殿下はすっかり気をよくして笑顔になった。


 「上出来だ」


 頭を右手でわしゃわしゃされ、すっかりトップはぐしゃぐしゃになってしまう。でもヴィルのあまりに無邪気な笑顔に悪い気持ちにはならなかった。

 むしろ話しやすくなってこちらとしては助かる……お嬢様の口調って本当に大変だから、気を張って疲れてしまうのよね。結婚は無理だけど友達にはなれそう?

 距離が縮まる事がちょっぴり嬉しい自分の気持ちを誤魔化すように、そんな事を漠然と考えていたのだった。


 「…………ソフィアも……あの子なりに役に立ちたいと考えているのね」


 「そうだな。少し話しただけだが、とても賢いように見えるし子供の成長は早い。我々が思っている以上に色んな事を観察している」


 そう言えばヴィルには小さな弟がいるのは小説で少しだけ書かれていたわ。こちらの世界に転生して間もないし、見た事がないから弟がいる実感がないのだけど……自分の弟と重ねているのかしら。確か仲は良かったはず。


 「ヴィルは今回の件で、教会がとても積極的に動いているのは……公爵家の力を落とす為、だと思う?」

 「………………そうだね……それも中からじわじわと削ぎ落としていこうとしている感じがするから、質が悪い。表立って騒いでくれたら戦えるのにこちらに分からないように動いている」


 「やっぱりそう思うのね…………でもどうして公爵家が狙われているのかが分からないわ」


 「……おそらく私と君の婚約がとても都合が悪い輩がいるという事だ。しかし今さら解消したからと言って、教会の動きが収まるかどうか……むしろ公爵家の影響力が落ちるだけではないかと思う。今回で聖ジェノヴァ教会の者が人身売買の大罪を犯したと大々的に出れば、少しは大人しくなりクラレンス公爵も動きやすくなるだろう。私は彼に確かめたい事があるんだ……私の考えが正しければ…………」

 「お父様に?」

 「…………ああ、その時は君にもその場にいてもらいたい。君にとっても重要な話になると思うから」


 ヴィルは何かを察しているのね。私もお父様に聞きたい事が沢山ある……今すぐにでも聞きたいけど、ひとまず明日の作戦を成功させなければ何も始められない事は分かったから。


 「一つ言えるのは、公爵は常に君の事を考えて動いているという事だ。彼に動きがないのもその為なんだと思う。地位や権力などにしがみつく人ではないからな……公爵家を守りたいのも君の為だろうし」

 「私の為…………それなら尚更この件を解決しなければならないって事ね。お父様の為にも」

 「…………そうだな……………………そろそろ戻ろう。明日は早いし、風邪を引いては大変だ。領地に来てかなり体調が良さそうだが、油断してはいけないから」
 

 ヴィルにそう言われて、ハッと気づく。そう言えば小説の中のオリビアはあまり体が強くない……度々体調を崩していたし、私が転生したのも6日間寝込んだ後だったわけで……領地に来て少し微熱は出たけど、とても体調が良いから忘れていた。

 
 「そうね、明日に備えてもう寝た方がいいわね……ありがとう」


 私がそう言うとヴィルが私の手を取り、部屋の前まで送ってくれた。色々と話せたおかげで気持ちが軽くなった気がする……ひとまず今夜は寝ようとベッドに潜り込み、あっという間に眠りに落ちていった。


 
∞∞∞∞



 翌日、太陽の光が眩しくなってきた頃に自然と目覚めると、ソフィアはまだ隣で寝息を立てて寝ている。


 寝転がりながらソフィアを眺めていると、目が覚めたのか徐々に目が開いていき…………寝ぼけていてボーっとしているので、頬をなでながら「おはよう、ソフィア」と挨拶した。


 「おはよう……」


 元気そうね。ヴィルの作戦を聞いてもしっかり寝られるなんて、大物な感じがするわ。私とソフィアはおもむろに起き上がり、マリーに着替えを手伝ってもらって皆で軽めの朝食を済ませた。
 


 
 朝食後にお茶を飲んで少し寛いでいると「オリビアにやってもらいたい事があるんだ」とヴィルに頼まれごとをされる。


 「ここで色々とするならば公爵の許可が必要になる。しかしその度に許可を取っている時間はないから委任してもらえば早いと思ってね……領地での決定権をオリビアに託してもらえるように書状を飛ばしてほしいんだ。私が頼んでも良かったのだが……なるべく公爵領での権利譲渡については公爵家でやり取りした方がいいと思ってね」


 なるほど。確かに今お父様がここにいない状態で事を進めても様々な決定権はお父様にあるし、むしろ私たちの方が勝手に動いているという事になりかねない。お父様が私に決定権を委任してくれる委任状があれば、私が領地で決定を下せるという事ね。
 

 「それは大切な事ね、すぐに書状を書いて飛ばすわ」
 

 私は手短に書状を書いて、伝書鳩を飛ばした。お父様の委任状を持って伝書鳩が帰ってきたのは、それから一時間ほど経ってからだった。

 
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