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第一章

確かめない方がよかった事

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 それから毎朝庭仕事のお手伝いをする事が日課になっていった。

 
 レナルドは私のくだらない悩みを聞いてもいつもちゃんと返してくれて、庭仕事は楽しいし、朝のこの時間が私は好きだった。


 テオドール様に庭仕事のお話をするとあまりいい顔をしてくれない事が気がかりだけど…………相変わらず気まずい空気もあって、最近は前より会話が半減してしまっていた。


 
 そして突然その日はやってくる。

 テオドール様の元婚約者である、ステファニー・ドゥカーレ伯爵令嬢がテオドール様を訪ねてやってきたのだ。



 ~・~・~・~

 

 私は来客が来たというので、急いで着替えてエントランスに向かった。誰だろう……今日は来客の予定はなかったはずだし、正直私がベルンシュタットへ来てから、ほとんど来客はない。

 そして今日はテオドール様は執務室でお仕事をなさっているから、来客は私が出迎えなければならないわよね……まだそういう事はしなくていいと言われているけど、一応妻だし…………とにかく急がなくては。


 そうして駆けつけてみると、テオドール様と親しくお話している、とても綺麗な女性が目に入る――――


 「あなたが情けない事になっているとあの方から聞いて、見に来てあげたわ。大丈夫なの?」


 「………………あいつか…………わざわざ来てもらってすまないな。今お茶を用意するから、執務室に行こう……」


 テオドール様はその女性を執務室に連れて行き、二人は私の視界から消えていった。気付かずに行ってしまったわ…………よほど大事なお話があるのかしら……


 「ロザリア様、旦那様は来客中ですし庭園に戻りましょうか……」

 「…………そうね……」


 私はエリーナに言われた通りに庭園に戻った。私がそこにいたところで何か出来るわけでもないし、頭の整理をする必要があったから。


 あの女性は誰なんだろう――――


 「その方はステファニー・ドゥカーレ伯爵令嬢じゃないでしょうか?」

 「え?」

 
 私は知らないうちに声に出てしまっていたらしくて、レナルドが答えてくれた。


 「旦那様の昔馴染みで元婚約者ですよね。二人は結婚すると思われていましたが、なぜかそうなる事はなく婚約は流れ…………かなり昔の話ですけど。その後旦那様はリンデンバーグに勝利して、奥様とご結婚されました。ドゥカーレ伯爵令嬢とどういう経緯があったかは誰も知りません……」


 「…………そう、なの……」


 レナルドは何でもしっているのね。どうしてその人が訪ねてきたのだろう…………嫌な予感がしてしまう。


 「テオドール様は、そのお方の事がまだお好きなのかしら………………」

 「え?!それはないんじゃないでしょうか~」


 「そ、そうですよ!ロザリア様と接する時の旦那様は、それはもうお優しくて愛が溢れております!」


 二人は私を一生懸命元気づけようとしてくれる。でも近頃はテオドール様の優しい笑顔を見る事がめっきり減ってしまったから――――そうとしか思えなくなってしまっている自分がいる。


 「…………最近はあまり会話らしい会話も出来ていないから…………」


 「………………じゃあ、ロザリア様もご挨拶をしに行きましょう!旦那様がそのご令嬢と執務室で何をお話しているのかは分かりませんが……後ろ暗い事がなければきちんと説明してくれるはずです。私もご一緒致します!」

 「…………私も行きますよ」


 「…………エリーナ、レナルド…………ありがとう。そうね、何もなければテオドール様はきっと私に説明してくれるわよね」


 二人に背中を押される形になったけど、テオドール様のところに行ってみようと決意した。いつまでも避けていてはダメだわ。何を言われるにしてもテオドール様の口から聞きたい。


 そう思って執務室の前に着いた。なかなか勇気が出なくてまごまごしていると、中からほんの少しだけ声が聞こえてしまって、ノックの手が止まってしまう――――

 

 ――ふふふっあなたがそんな風になるなんてね……可愛いところもあるじゃない――



 女性の声が聞こえる。テオドール様ととても親しそう……それだけでもお腹がぎゅうっと苦しくなる。

 

 ――今ロザリアと一緒にいるのは、想像以上に大変なんだ…………近頃は距離を置いているけど、それもしんどくなっていて…………距離感もどうしたらいいか分からないし、参っている。私の選択は間違いだったのか――――――――

 ――テオドール…………間違いだなんて……こうするしかなかったのだから、耐えるのよ――――


 
 私は話の内容を聞いて固まってしまった。


 
 間違い…………耐える………………


 
 「テオドール様は……私との結婚を後悔して…………今まで耐えていらっしゃったの?……」



 涙が知らずに流れてきてしまう。


 「ロザリア様……そんな事は……」

 「……奥様……」



 

 二人は私を心配して声を掛けてくれたけど、それ以上テオドール様と伯爵令嬢のお話を聞く事が出来ずに走り去ってしまった――――――


 
 「ロザリア様!」「奥様!」


 
 テオドール様にそこまでご迷惑をおかけしていたなんて………………


 あの時の会話の何もかもにショックを受けている自分がいる。テオドール様はどんな時も私にしっかりと説明してくれたし、思いを伝えてくれていた。でも今回は私には内緒でかつての婚約者の方に私の事を相談をしていて…………

 
 私は元婚約者の方に相談をされていた事が相当ショックだったらしい。さっきの状況を思い出すだけで息が出来なくなる。

 何よりテオドール様が私との結婚を間違いだったと……この生活に耐えている?…………だから最近は会話も減って、笑顔も減ってしまって……いつの間にかそこまで迷惑をかけていたんだという現実が、私を打ちのめした。



 どこで間違ったのだろう。


 
 いつからやり直せば、元に戻せるのだろうか。いっそベルンシュタットに嫁ぎに来なければ……それ以前にテオドール様に出会った時にテオドール様の手によって亡き者とされていた方が幸せだったのだろうか――――


 
 ベルンシュタットに来て本当に幸せだったから、失う辛さを忘れてしまっていた。


 
 私はとんでもない勘違いをしてしまったのだわ…………少しは愛されているのかもって。



 テオドール様には想い人がいるって聞いていたじゃない。婚約していた令嬢がいる事も知っていたのに今さらショックを受けるなんて、勘違いも甚だしいわね。お兄様達の私を嘲る声が聞こえてくるようだわ。


 涙が止まらないながらも城内を走って、走って…………気付いた。私にはここ以外に居場所がない事を。



 
 自分には何もない。リンデンバーグにいた時と同じ。

 
 
 走り疲れてたどり着いたのはお城の裏側にある、かつての食料貯蔵庫だった。今はパン用の粉が積み上げられていて、全く人気がない。暗くて狭い場所…………昔からそういう場所が一番落ち着く。お兄様たちに意地悪をされた時もそういった薄暗い汚い場所に逃げ込めば、彼らは服が汚れると言って寄り付かない。

 
 一人になるにはうってつけの場所を見つけたわ……私は積み上げられた粉の袋と壁の隙間に膝を抱えて座った。とても落ち着く……これで誰の声も聞こえて来ない。


 心が落ち着くと、とめどなく涙が流れてくる…………『心がどうしても苦しい時は沢山泣いた方がいいんですよ』と、昔エリーナに言われた事を思い出した。

 沢山泣いたらまた頑張ろう………………



 食料貯蔵庫の隅で散々泣いた私は、泣き疲れてそのまま眠ってしまう。

 
 やがて日が傾き、だんだんと暗くなっていき…………古い食料貯蔵庫はただただシン……と静まり返っていたのだった。


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