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第一章
ベルンシュタット辺境伯の一筋の光 ~テオドールSide~
しおりを挟む私は、真夏の太陽が照り付ける暑い日にベルンシュタット辺境伯の後継者として生を受けた。
父は厳格な人で、母は穏やかな人だったが、私が5歳の時に母は流行病で亡くなる。父は元々厳格な人だったのに母が亡くなってから、私を立派な後継者にしようと更に厳しくなっていった。
今となっては父の厳しさに感謝している。恵まれた肉体はどんどん成長し大きくなり、父の厳しさのおかげもあって私はめきめき頭角を現し、13歳になる頃には後継者として申し分ないと言われるほどに成長し、功績をあげていた。
そして14歳の時に父が戦場で負った傷が治らず亡くなり、ベルンシュタット辺境伯を継ぐ事となる。そこからは戦場と城の行き来のみの生活だった。
ボルアネアは豊富な資源もあって、流通も盛んで、商業が栄えている。そのボルアネアの豊富な資源を求めて、他国は戦を仕掛けてくるのが後を絶たない。
陛下は温厚な方で戦を好まないのに他国が勝手に仕掛けてくるのだから、頭が痛い話だ。むやみに戦いたいわけではない。しかし戦となれば我がベルンシュタット家は一番にお呼びがかかるし、先陣を切って国の為に戦う……そして国に勝利をもたらす。
英雄扱いだ。でも私の心は……そんな事を繰り返す日々の連続で、段々と戦場に立つ度に心が動かなくなっていった。
元々無口な人間だったのにさらに無口になっていき、いつしか戦場での私は冥王と呼ばれるほどになる。
社交界に出ればそれなりに女性は寄ってきた。しかし何の興味も湧かず、すぐに退席して帰ってきてしまう。誰と話しても何をしても心が動かない…………戦いたくないと思いつつ、自分には戦場しか居場所がないのかと人生に虚しさを感じながら、顔は更に無表情が張り付くようになっていた。
我がボルアネアはさらに勝利を重ね、領土も拡大してきたので戦いを仕掛けてくる国はほとんどなくなってきた。そんな中でもリンデンバーグとはずっと小競り合いが続いていて、もうかれこれ3年は緊張状態が続いている。
この戦いは、正直何も生み出さないし、お互いに何のメリットもない。
続ければ続けるほど国力を消耗し、むやみに民を殺すだけだ。我が国が本気を出せばリンデンバーグを潰す事は造作もない……でも陛下は殺し合いをしたいわけでも支配したいわけでもないお方だから、話し合いで解決し、政治的に付き合っていければと思っていたのだが、どうにもリンデンバーグは好戦的で引く事を知らない。
こちらの提案にはまるで聞く耳を持たないし、話し合いが嫌いだ。上に立つ者である王族が強欲で、民がそれで死のうがどうでもいいと言った感じに嫌悪感が募る。
陛下にリンデンバーグを潰す事をどれだけ進言した事か……私は上に立つ者としては適していないのだろうな。
陛下はあくまで両国の民の事を案じていらっしゃった。
しかし先日、リンデンバーグが話し合いに行った我が国の使者を殺害して、遺体を送り返してきたのだ…………ボルアネアの貴族たちは猛反発し、今すぐ潰してしまおうという話になった。私もそれに賛成した……しかし陛下はそれを是とはせず、ひとまずデボンの森まで制圧せよ、という指令が下った。
デボンの森まででもリンデンバーグにとっては、大きな痛手だろう…………手前の国境付近は、強固な守りを誇っていると自慢していたからな。
私はそこを奇襲する事で、ヤツらの鼻をへし折ってやった。
油断していた敵はどんどん総崩れし、敵兵は後退していった。デボンの森まであっさり制圧出来そうだな…………そう思って森に入って行った時に一人の女性と少女が目に入る。
こんなところに何故………………それに少女の方は貴族のような雰囲気だ。私はひとまず声を掛けた。
「そこで止まるんだ。リンデンバーグの者だな?」
少女はゆっくりとこちらを振り返る…………大きな瞳が零れ落ちそうなくらい見開き、シルバーアッシュの髪は腰までの長さでウェーブしていた。どう見ても貴族の令嬢と言った風だ。
すぐそこに我が国の兵士が来ている……見られたら捕まえなければならないな。ただでさえ使者を殺された事で我が国の者たちは気が立っている。
「リンデンバーグの者かと聞いている……」
「……え、ええ、そうです」
「名は?」
「………………………………」
やはり貴族の令嬢か……名乗れば身分がバレてしまうのを警戒しているな。せっかく少女が身分を隠していたのに一緒にいる女性が全てを台無しにする叫び声を上げた。
「姫様!お逃げください!!」
「エリーナ!」
………………マズい…………大きな声を出されたら我が国の兵に見つかる……私は剣を抜き、声を出さないように命令するつもりだった。しかし私の行動に対して、少女は大人の女性の腕を引き、その女性を守るように両手を広げているではないか――――
私は寸でのところで剣を止めた。
危なかった――――
先ほど、女性が姫様と叫んでいたので、この少女は王族なのだろう。王族が見つかればどんな目に合わされるか……私に剣を向けられても怯むどころか挑んでくるような目をしてくる。
一体どういう風に育てば、このような勇猛な少女に育つのだろうか。死を全く恐れていないこの少女に興味が湧いてきた。
「……命が惜しくはないのか?」
「私の命でよければ、いくらでも差し上げます。だからこの人には手を出さないで…………」
「…………………………」
そうか、死を恐れていないのではなく、この世界に何の思い入れもないのか…………私と同じだな。しかしこの子はまだ少女なのに悲しい目をしながらも必死に女性を守ろうとしているとは。
久しぶりに私の心が動いた瞬間だった。
「……そなたの名は?」
「ロザリア……ロザリア・リンデンバーグ。この国の第5王女です」
やはり王女…………しかし第5王女とは、存在を聞いた事がないな…………どの道ここにいては危険だ。
「……ロザリア姫、あなたの心意気に免じてこの場は見逃そう。その女性を連れて早くこの場を去るがいい……直にここも我がボルアネア国が制圧する」
「え?あ………………感謝します!エリーナ!」
「はい!姫様…………」
ロザリア姫は女性を立ち上がらせてここを去ろうとした時、最後に私の名を聞いてきたので名前だけを伝える。この国はいずれ我が国が制圧する事になるだろう。
その時あなたは怒るだろうか、私を憎むだろうか……それとも…………私はデボンの森まで制圧した後、ロザリア姫の事を極秘で調べた。
すると王族でありながら、王族として扱われず不遇の人生を歩んでいる王女の存在が浮き彫りになる…………なんて事だ、彼女が生に執着していない理由が分かったのだった。
リンデンバーグを潰す理由が出来た事と、久しぶりに自身の心が動いた事で、私の体中に喜びが溢れているのが分かる。
あの少女は必ずリンデンバーグから解放させる。
さっそく陛下の元へ行き、戦の事後報告をした時に私は進言した。
「もしリンデンバーグを必要最低限の被害に止めて私が制圧した暁には、リンデンバーグの第5王女を妻に迎える許可を頂きたいのです」
陛下は私の顔をジッと見つめ、何かを思案している…………そして一言「やってみるがよい」と言って下さった。私は陛下に感謝し、すぐに作戦を練る為に動き出した。
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