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第一章

あなたを守りたい

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 「……………………あ……あの………………ベルンシュタット辺境伯様……お初にお目にかかります、ロザリアです。あの…………私、自分で歩けますわ…………」


 テオドール様の顔が目の前にある事に耐えられなくて、思わずそう言ってしまう。可愛くない女って思われたかしら…………でも首に抱き着くしかない形なのが恥ずかしすぎて顔から火が出そう…………


 「……初めてではないと思うが…………まぁいいさ。ここから城までの道のりは長いからね、それに冬の終わりとは言え寒いから、このまま連れて行っていいかい?この方が暖かいし顔が近いから声がよく聞こえて、話しやすいんだ」


 ニコニコと笑顔で言われるとダメって言えないわ…………



 「承知いたしました……」


 「うん、じゃあ行こう。しっかり摑まっていて」

 「きゃっ」


 そう言ってテオドール様はずんずん歩き始めた。私はバランスを取る為にテオドール様の首に腕を回すしかなくて…………お顔が近い上に美しいから直視出来ない。時折こちらを見てニコッと笑ってくれる。

 なんて優しそうな方なのかしら…………初めて出会った時はお顔が逆光でよく見えなかったのだけど、こんな優しそうな方だったのね。あの時は鬼神か何かじゃないかとすら思ったのだけど。

 
 今は微塵もそんな風に思わない。


 私は14歳とは言え155cmくらいで小さく、テオドール様は190cmは超えているわね。私たちが横に並んで歩けば、確かに声が聞こえにくいかもしれない…………だからってこの状況は恥ずかしくて周りの皆の顔を見られないわ………………テオドール様のお体がとても大きいのもあって、ズンズン城に向かって歩いていくと、あっという間に城壁まで辿り着いた。

 城下町から城壁までが細い曲がりくねった道のようになっていて、馬車で城門まで行くのは厳しかったかもしれない。


 だから下まで迎えに来てくれたんだ。


 色々と気遣ってくれている事に私の胸は温かくなった…………こんな気遣い、エリーナ以外の人にされた事なんてないもの。嬉しい…………


 「……私だ。開けてくれ」

 「はっ!」


 門を守る騎士はテオドール様を確認し、鎖を引いて門をゆっくり開けていく…………物凄い強固な門だわ……ここの守りは万全って感じがする。こんな素晴らしい軍を持つ国に勝とうとしていたとは、無謀な戦いだったという事なのね。

 この長い争いによって多くの民が亡くなった。あの時の丘で亡くなった兵も……我が国の敗戦によって、もう血が流れる事はないと思いたい。


 私の身、1つで解決するなら安いものね。



 そんな事を考えながら門を通り抜けると、綺麗に整列した兵達がテオドール様の帰りを出迎える。皆ピシッと敬礼しているわ…………凄い統制が取れているのね。

 その奥には執事と思われる中年の男性が待っていた。


 「ミルワース、帰った」

 「旦那様、お帰りなさいませ…………そのお方がリンデンバーグの?」


 「…………ああ、そうだ………………ロザリア、執事のミルワースだ。」
 「あ…………初めまして、わたくし…………」

 
 私が言い終わらないうちにテオドール様が歩き始めてしまう。


 「応接間を使う。しばらく二人にしてくれ」

 「承知いたしました」


 ミルワースは恭しく頭を下げている……テオドール様は有無を言わさずズンズン歩いていくので、私の頭は追い付いて行かなかった。挨拶も出来なかったし、お城の方々もこんな状況で混乱するわよね…………何より私の心臓がもたない。


 この状況に混乱しきっていると、気付けば応接間と言っていた部屋に二人で入っていて、私はソファにそっと下ろされた。

 そして私の膝元に跪くような形でテオドール様がこちらを見上げている。私の手を握り、優しい笑顔を向けてゆっくり話し始めた。


 「突然このような出迎えで申し訳ない。あなたが来るのをずっと待っていたものだから…………」

 「私を?」


 「2年前、デボンの森で出会った時の事は覚えているかい?」


 もちろん覚えている…………あの時は怖かったし、逆光で顔はよく見えていなかったけど、あの時助けてくれたテオドール様の事を一日たりとも忘れた事はないわ……そう思い出して、私は頭を縦にブンブン振って頷いた。

 
 テオドール様はニッコリ笑ってお話を続ける。


 「良かった…………さっき初めましてと言っていたから、覚えていないのかと……」

 「あ、あれは咄嗟に出ただけで……動揺していたのです…………ごめんなさい」

 「謝る事はないよ。私の事はテオドールと呼んでほしい。ロザリア」

 「テオドール…………様…………私とあなた様はとても年齢が離れていますし、気安い呼び方は……まだ、出来ません…………」


 私は14歳。テオドール様は27歳。さすがにこの年齢差で呼び捨てにする事は憚られてしまう…………私が20歳くらいの女性だったら呼べたのかもしれないけど。


 「……分かった。じゃあロザリアの呼びやすい形でいいよ」


 そう言って優しい笑顔で頭をわしゃわしゃしてくる。やっぱりお子様枠よね…………分かっていた事とは言え、若干ショックを受けている自分がいる。


 「あなたはあの森で出会った時、一生懸命に侍女を守っていたよね…………自身の身分がバレても私のような大男に剣を向けられても両手を広げて守ろうとする姿が、私の心を動かしたんだ。あの時、敵国の王女だったのに君を守らなければって思ったんだよ」

 「…………あの時助けていただいて、私もずっとお礼を言いたいと思っておりました……エリーナは私にとって唯一の心許せる人だったから、エリーナがいなくなるなら自分の命など惜しくはなくて。私たちを見逃してくれて本当に感謝しています。ありがとうございます」


 私は噓偽りのない気持ちを述べて、頭を下げた。ずっとテオドール様に感謝していたわ、エリーナを見逃してくれて。彼女が助かるなら、私の命などどうでも良かった。


 「…………うん、あなたならそう言うと思ったよ。でも私の妻になるからには、自分の命も大切に思ってほしい。私はロザリアが死んだらとても悲しいよ」


 テオドール様が?まだ会って間もないのに?

 そんな事を言ってくれるのはエリーナとテオドール様ぐらいだわ…………でも社交辞令であってもその言葉が私には、涙が出そうなくらい嬉しくて……とても嬉しくて泣き笑いみないた表情になってしまった。


 「あなたの事は私から陛下にお願いしたんだ。失礼かもしれないと思ったけど、あなたの事は少し調べさせてもらった……リンデンバーグでの事も。早くあそこから連れ出してあげないとって思って…………」


 テオドール様は全て分かって、私の身柄を引き取ってくださったというの?

 なんて優しいお方なのかしら…………こんな人を好きになるなと言う方が無理だわ。
 
 
 「私はあなたをこの世界の全てから守ると誓うよ。私の妻になってくれるね?」
 

 私を守ると言ってくれる方に出会えるなんて――――人生の幸せを全部使い果たしてしまったかもしれない。それでもいい。私はこの時、目の前の素晴らしく優しい人を絶対に不幸にしてはいけない、この人の幸せだけを願って生きようと、固く心に誓った。
 

 「…………はい……」

 
 いつの間にかテオドール様は私の隣に座っていて、涙がポロポロ落ちている私を宥めるように背中や腕をずっとさすってくれていたのだった。


 
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