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第一章
2年前の邂逅
しおりを挟む大陸の中の小国リンデンバーグと、隣接するボルアネア国は常に小競り合いが絶えなかった。
5年に渡った両国の争いは、小国リンデンバーグの敗戦で幕を閉じる。
ボルアネアからの要望により、敗戦国リンデンバーグの第5王女、ロザリア・リンデンバーグはボルアネア国の貴族に嫁ぐ事となった。嫁ぎ先はベルンシュタット辺境伯…………リンデンバーグを敗戦に導いた冥王と呼ばれる、ベルンシュタット辺境伯に嫁ぐ事は誰しもが恐れ慄き、嘆くだろうと思われた。
しかしロザリアの心は、喜びに満ちていた。
ここから連れ出してくれるなら、誰でもいい、どこでもいい。冥王と呼ばれる方の元だろうと喜んで行きましょう。
~・~・~・~
リンデンバーグ敗戦より2年前、ロザリア12歳――――
「姫様、戦況は微妙なところです。このような場所に軽々しくいらっしゃってはいけません!早くお戻りにならなければ……また城を抜け出して陛下からどんな目に合わされるか…………」
「大丈夫よ、エリーナ。私がこの世からいなくなったところで誰も悲しみはしないわ。むしろ喜ぶのではないかしら」
「何をおっしゃいます!私は嫌ですよ、姫様がそのような目に遭うなんて……あなた様が幼い頃よりお仕えしてきたのです。嫁ぐ際も必ずくっ付いていきますからね!」
エリーナは鼻息を荒くして意気込んでいる。彼女は私に長年仕えてくれている侍女で、私が物心ついた時にはすでに仕えてくれていた。年齢は私より一回りくらい上で27歳だったはず…………私にとっては侍女というより、お姉さんのような存在。
前髪は短くて、薄いブラウンの髪を後ろで結い上げている。
私達はリンデンバーグ国境付近の国を見渡せる、デールの丘に来ていた。
お城の中は息が詰まる…………私はいつも城から出してもらえない。少しでも出ようものならお父様から様々な刑が待っていた。幼い頃は北側の塔にお母様と幽閉状態で、お母様が亡くなる寸前からお城の一室に移ったものの……今でもお城の中以外は自由に出る事は出来ない。
それでも10歳を過ぎてから、脱出の技術も磨きがかかって、こうやって出歩いてしまっている…………お母様が亡くなってから特にお父様の目も緩くなった気がするわ。
ここの丘からは広い世界が見渡せるから、つい息抜きも兼ねて来てしまう。
自国だけではなく、隣国もその先の海も……世界はまだまだ未知なモノに溢れているという事を感じられるから、私はこの丘がとても好き。
国境付近とは言え、自国だから兵がそこかしこにいて、私に声を掛けてくる。
「姫様!このようなところに来て大丈夫なのですか?」
エリーナと同じ事を言うのね……クスリと笑ってしまった。
「大丈夫よ、戦時下とは言えここは最も守りが固い場所の一つですもの。そう簡単には破られないでしょう」
「よくぞ言ってくださいました!我々の日々の努力が報われるってものです」
兵士は気分を良くして胸を張った。
「姫様ー!関所の皆さんがお昼をご馳走様してくれるみたいです!一緒に食べましょう~!」
エリーナったらご飯の話になると生き生きとするんだから。でもありがたいお話ね。兵達とは、こっそり抜け出した時に世間話をした事がある人もいるし、お城でも顔を合わせる人もいるから、皆私が王女だと分かっている。
私はお言葉に甘えてお昼を頂こうとした……その時、私の頬を何かが掠めていく――
頬からは一筋の血が流れ、私はゆっくりと後ろを振り返ると……先ほど話していた兵の胸に矢が刺さり、倒れていた。
名も知らない一兵士だけど、気の良さそうな兵士だったのに一瞬で…………誰がこんな事を……兵士に駆け寄ろうとした時、後ろの国境付近から大きな悲鳴や叫び声が上がる――――
まさか……ボルアネア国の攻撃はここにも?
「姫様ーーお逃げください!!ボルアネア国の奇襲でございます!早く!!」
エリーナが叫びながらこちらにやってくる。
「エリーナ!一緒に逃げるわよ!!」
エリーナは私の元に駆け寄り、2人で必死に逃げた。乗ってきた馬は捨て置き、ひたすら走り続け、すぐ近くのデボンの森に身を潜めた…………
ここまで追ってくるかしら……
「エリーナ、さすがにここまでは来ないかもしれない。今日はここで休みましょう……」
「姫様……ですが森はかえって危険です。ここを抜けて城下町まで出ましょう!」
「……………………そうね……」
エリーナの言う通りだわ。私は身軽な服装とは言え、戦えるわけではないし、森に留まるのは危険ね……そう思い、動こうとした瞬間だった。
「そこで止まるんだ。リンデンバーグの者だな?」
いかにも威圧感を備えた声が後ろから聞こえ、見つかってしまう。これはいけないわ………………明らかにただの一兵卒ではない威厳のある声。
王族だからこそ分かる、この声の主は貴族だわ。それも相当な…………私はゆっくりと振り返った――
そこには大きな黒馬に跨り、こちらを見下ろす、真っ赤に燃える髪を揺らした大男がいた。
私は息が止まりそうな程の衝撃を受ける……ここが地獄なのではというくらいの恐ろしさ……でも逆光で顔がよく見えない…………
「リンデンバーグの者かと聞いている……」
「……え、ええ、そうです」
「名は?」
「………………………………」
ここではどう名乗るのが正解なの?王族の名を言ってしまってはダメよね……でもどうしたら………………そんな事を考えてモタモタしていると、エリーナが叫び出した。
「姫様!お逃げください!!」
「エリーナ!」
私を庇おうとエリーナが前に出た時、大男が剣を抜き、馬上からエリーナに切りかかろうとしていた――――私は咄嗟にエリーナの腕を引っ張り、両手を広げてエリーナの前に出る――
「ひ、姫様――」
「………………………………」
大男は私の鼻先を掠めるか否かの寸前で剣を止め、こちらを見下ろしている…………
「……命が惜しくはないのか?」
「私の命でよければ、いくらでも差し上げます。だからこの人には手を出さないで…………」
「…………………………」
私を見定めるかのように見た後、剣を戻したので、私はほんの少しだけホッとしてしまった……でもまだ危険が去ったわけではない。
「……そなたの名は?」
もう姫様と言われてしまったし、隠しておく意味はないと判断して、私は名を告げた。
「ロザリア……ロザリア・リンデンバーグ。この国の第5王女です」
大男は一瞬目を見開き、馬の手綱を引いて私たちに背をむけた…………
「……ロザリア姫、あなたの心意気に免じてこの場は見逃そう。その女性を連れて早くこの場を去るがいい……直にここも我がボルアネア国が制圧する」
「え?あ………………感謝します!エリーナ!」
「はい!姫様…………」
私はエリーナを立ち上がらせて、一緒にこの場を去ろうとした。私を敵国の王女と知りながら、見逃してくれるこの方にとても興味が沸いた私は、いなくなる前に名前を聞いておこうと声をかけた。
「あの…………あなた様の名を聞いても?」
「……………………テオドールだ……もうすぐ我が軍が来る。早く行くんだ」
私はそう言って見逃してくれる背中にペコリと頭を下げ、エリーナと命からがら森を抜けて城下町まで逃げる事が出来た。
城下町はボルアネア国の奇襲で混乱していたけど、私を探しに来ていた王宮騎士に見つかり、王城に連れ戻されたのだった――――
その日、ボルアネア国は我が国の国境付近を制圧し、私が身を潜めたデボンの森まで制圧する。この戦争ももうすぐ終わりが近いかもしれない……あの赤髪の騎士様はテオドールと仰っていたけど、爵位などは教えてはくださらなかったわ…………
森での出会いから約2年後、国力を消耗し、徐々にボルアネア国に制圧された我が国リンデンバーグは敗戦する。
その時の陣頭指揮を執っていたのが、テオドール・ベルンシュタット辺境伯だと敗戦後に知った。
あの時の騎士様が――――感慨にふける間もなく、私はボルアネア国への貢ぎ物として、ベルンシュタット辺境伯に嫁ぐ事に決まったのだった。
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