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 「閣下…………どうして」


 あの人混みから解放されていたとは驚いたわ。そして私のところに来た事も…………何となく閣下の笑顔が胡散臭いような感じがするのは気のせい?
 

 「君が気持ち良さそうに踊っているから、私も一曲お願いしようと思って。シュヴァリエ卿、次は私に譲ってもらってもいいかい?」

 「あ…………は、はい」


 さすがに公爵閣下からの申し出にはシュヴァリエ卿もその場を辞するしかなかったみたいで、すぐに引き下がっていった。


 ちょっと拍子抜けした自分がいる。あれほど私と踊りたいと言っていたのに公爵閣下に声をかけられると、途端に引いていくとは。

 閣下の周りにはあれほどの人が集まり、地位も、美貌も手に入れているのに対して私は――――――途端に自分に対して腹立たしいような悔しいような気持ちが湧いてくる。


 私が惨めな気持ちでいる事など全く気付いていない閣下は、ダンスの為に自然な所作で手を差し出してきたので、ひとまずこの場は自分の手を乗せ、反対の手を彼の肩に置いてゆっくりと踊り始めたのだった。

 踊りながらも夜会にきてからの様々な事が頭を離れない。悔しい、私には何もない。元来負けず嫌いな性格も相まって、全てにおいて閣下に勝てるところがない自分に対してイライラしているのが分かる。

 でもそんな自分を悟られたくない……可愛げが無さ過ぎて笑えてくる。


 子供扱いしかされないのも納得だ、言いがかりもいいところだし、こんな事なら夜会など来るものではなかった。


 ずっと下を向いて踊っていた私に対して、自然に上を向くように閣下がダンスをリードしていく。

 目が合いドキリとしたかと思うと、気付けばこうやって体がピッタリとくっついていて、意外と胸板が厚い事や背の高い私が覆われてしまうくらい彼が大きくて安心感があったり、色々な事に気が付いて心臓がうるさい自分がいた。


 「先ほどは助かりました。あ、ありがとうございます」


 顔に熱が集まっているのを誤魔化すように、何とか先ほどのお礼を述べて会話を探した。変じゃないわよね、普通に喋れているわよね……
 

 「一番最初のダンスは私が君と踊りたかったのに……何で挨拶に来てくれなかったの?」

 「え、でも女性に囲まれて近づけるような雰囲気ではなかったので、不可抗力ではないでしょうか」

 「……それで他の男と踊ってしまうの?」


 ダンスを踊りながらの会話なのだけど、どんどん閣下が拗ねている子供みたいな事を言い始める。

 その時の顔がまた可愛らしいというか、男性に向かってこんな事を思うのはおかしいと思うのだけど、不覚にも可愛いと思ってしまったのだった。
 

 さっきまで惨めな気持ちで沈んでいたのに、閣下が私と最初のダンスを踊りたかったという子供みたいな姿に暗い気持ちがスッと溶けて、思わずクスクスと笑ってしまった。


 「そもそも閣下とそういう約束は――」

 「アルフレッド」

 「え?」

 
 何を言われたのか分からなかったので思わず顔を傾けて見上げると、閣下の顔が近づいてきて、切羽詰まったような懇願するような表情で語りかけてきたのだった。


 「アルフレッドって言ってごらん」


 どうしよう、こういう時はどうするのが正解なの?ここまでお願いされて言わないのも失礼なんだろうか――――


 「…………ア、アルフレッド、様……」


 「よく出来ました」


 そう言ってにっこり笑うと、ダンスの流れに見せかけて体を引き寄せられて「君に大事な話がある、サロンに移ろう」と耳元で囁かれる。

 引き寄せられた事にも動揺したけど、耳元で囁かれた事の方が私の心臓をうるさくさせていて、閣下の行動の1つ1つに自分の思考が乱されていく。


 私は騎士団に所属する隊長でもあるのにこんな事でどうする、と自分を律しようとするのだけど、ダンスが終わると同時にアルフレッド様に手を引かれてお兄様の元へ連れて行かれたのでどんどん混乱するばかりだった。


 「リヒャルト、シャルルをお借りするよ。お父上にも伝えておいてくれ」

 「……堪え性がないな。分かったよ、伝えておく」

 「え?お兄様……と、お父様に?」


 アルフレッド様はお構いなしに私の手を引きながらホールから出ると、二階に上ってすぐのところにあるサロンの扉を開けて誰もいない事を確認し、私を中に誘った。


 「良かった、誰もいないようだ。ここでソファに座って話をしよう」


 彼の言葉に私が頷くと、部屋の中央にあるソファに座ろうとしたらアルフレッド様が私をひょいと抱き上げて自身の膝に乗せてしまう。

 突然の横抱きに驚いて固まってしまったのに、さらに膝に乗せられて、もはやどう対応すればいいのか分からなかった。


 「な、なぜこのようなっ!一人で座れますので隣に下ろしてくださいっ」

 「この方が君の匂いがしてきて落ち着くんだ。ダメかい?」


 そう言って捨てられた子犬のような顔をし始める。なんて人なの……そうやって虫も殺せないような表情をしていれば私が了承すると思って…………思って……


 「わ、分かり、ましたから……もう嗅がないでくださいっ」


 私が返事に迷っている時も髪や首筋に顔を近づけて匂いを堪能しているので、恥ずかしいやらこそばゆいやらで、つい了承してしまう。


 「良かった、ありがとう。嬉しいよ」


 そう言ってとても笑顔になるので、なかなか憎めない…………どうして拒めないんだろう。こんな事、他の貴族男性にされたら間違いなく斬りかかるし、殴り飛ばしているに違いない。

 そんな自分を容易に想像出来るのに、閣下にされるとただただ恥ずかしくて居たたまれなくなる。


 こんな気持ちを他人に感じた事がないので、この気持ちの正体が分からなくて、その事にも困惑しきりだった。


 「……あの、大事な話というのは、何なのです?」

 「え?あ、そうだったね。君にしか出来ない、私の願いを叶えてほしくて、その為にここに来てもらったんだよ」

 「私にしか出来ない?それは何でしょうか……お世話になっているアルフレッド様の頼みなら、出来る限り叶えたいと思いますが……」


 お兄様もお世話になっているし、なんだかんだ家族ぐるみでお世話になっているので、彼の願いが私にしか叶えられないなら頑張りたいと思い、騎士のポーズを取りながらまっすぐにアルフレッド様の目を見て答える。
 

 「ふふっシャルルは本当に騎士としての誇りを持っているんだね。芯が強くて一本気で、そうやっているとカッコいいのにからかうと可愛いし、君の行動の1つ1つに堪らない気持ちにさせられる……今から私がするお願いは君の騎士としての矜持を手折ってしまうかもしれない。先に謝っておくよ」

 「?それはどういう…………」


 私が聞き終わらないうちにアルフレッド様が両手で私の頬を包み、彼の顔が近づいてきて私の唇は彼の唇によって塞がれてしまうのだった。


 「ん、んんっ……ん、はっ……~~っ」
 
 「シャルル…………可愛い、すっかり蕩けた顔をして……」

 「は……んっ……アルフレッド様が、突然なさるから……っ」


 自分の気持ちにも混乱しきりだったのにこんな展開がまっているとは、全く思考が追い付いていかない。


 「うん、ごめんね。でも君が可愛すぎるのがいけないんだよ」

 「そ、そんな事はありません!それに何故このような……」


 私がそこまで言うと、今度は首筋に顔を埋めてきて、強く吸い付かれてしまう。少しだけ痛みを感じたかと思うと、そこには自分のものだと言わんばかりに赤い痕がついていた。


 「君が私を置いて遠征に行くと言ったのを聞いて、正攻法ではダメなんだと悟ったよ」

 「なっ……それにどうしてその話をアルフレッド様が知っているのです?」

 「それはね、私が君を愛していて、君のお父上やリヒャルトに色々と相談をしていたからだよ。辺境伯から遠征の話を聞いた時、私がどんな気持ちだったか……君に分かるかい?」

 「そ、それは……」

 「シャルル、私をこんな気持ちにさせるのは君だけなんだ。他の男と踊っているのを見て、その男を排除しなかった自分を褒めてあげたいね……自分の中にこんなに激しい気持ちがあるなんて思わなかったよ。君の指一本、髪の毛一筋すら他の男が触れるのは許せない」


 普段はとても温和で軽い雰囲気のアルフレッド様が、鋭い目で私を見下ろしてくる。

 さっきまで子犬のように懇願していて可愛いとすら感じていた人の激しい激情を瞳の奥に感じて、私は背筋がゾクゾクするのを止められなかった。

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