11 / 12
幽霊鬼ごっこ Day5
しおりを挟む
図書館を出た私達は榎本さんと別れてふたりで自転車をこいでいた。
榎本さんのおかげで森慎吾が死んだ原因はわかった。
そしてその根底にはイジメがあっただろうということも、信憑性が強くなってきた。
「今日は鬼ごっこもしなくていいよね?」
不安そうな由紀の声が聞こえてきて私は自転車をこぐスピードを緩めた。
「今日は学校が休みの日だから、きっと大丈夫だよ」
学校がない日に学校に集められることはない。
そう思っていたのだけれど、不意に目の前の光景が変化して、私と由紀はその場に立っていた。
今まで乗っていた自転車もどこかへ消えている。
「ここ……グラウンド?」
広い砂浜かと思ったけれど、奥に見える遊具や灰色の校舎には見覚えが会って、キズナ小学校の校舎だということがわかった。
瞬きしている間に直人も姿を見せた。
「はぁ!? 今日は学校休みだろ!?」
突然グラウンドへ集められた事で眉間にシワを寄せ、砂を蹴散らしている。
「休みの日とか関係なかったのかな」
そう呟いた時、森慎吾と緑鬼が姿を見せた。
昨日のことがあったから森慎吾は怒っているかもしれないと警戒したが、その顔には笑みが浮かんでいた。
「やぁみんな。休みの日にまで会えて嬉しいよ」
「うるせぇ! こっちはちっとも嬉しくねぇんだよ!」
直人が森慎吾に掴みかかろうとするので、由紀と私で慌てて止めた。
幽霊に寄り添わないといけないと、ついさっき榎本さんに教えてもらったばかりだ。
「本当なら鬼ごっこもお休みなんだけどね。昨日君たちミッションクリアしなかったから、特別ご招待だよ」
ミッション……4人全員で3枚の写真を撮ることだ。
昨日は2枚しか撮れなかったから、確かに失敗している。
「で、でもそれは信一がカメラを壊しちゃったから!」
由紀が不満を声に出す。
すると森慎吾が顔からスッと笑顔を消した。
「緑鬼が暴走するきっかけを作ったのは誰のせい?」
と質問されて直人がグッと言葉に詰まる。
直人が挑発しなければ、緑鬼が大暴れをしてカメラを壊すこともなかったと言いたいんだ。
「でも今日は特別だよ。休日にみんなを呼び出しちゃったし、普通の鬼ごっこをしようと思うんだ」
「普通の鬼ごっこ?」
聞き返すと森慎吾が「うん!」と、元気に頷いた。
「プールの中でもなく、ドリブルしながらでもなく、普通に走って逃げるだけ。ね? 今回は簡単でしょう?」
だから今回はグランドになったのだとわかった。
グラウンドなら体育館より広いから思う存分走り回ることができる。
でも、時間内ずっと走り続けることは絶対にできない。
「普通とか言うくせに鬼に食われたら鬼になるんだろ!」
「直人、乱暴なことは言わないで!」
イラついている直人に榎本さんが教えてくれたことを説明する。
「あいつに寄り添えってか? そんなのできるわけねぇだろ」
「できなくても、やるしかないんだってば」
「あいつに寄り添って本当に解決するのか?」
「それは……わからないけど」
でも、できることはやったほうがいい。
森慎吾に寄り添うことでなにかが変わるのなら。
「チッ。わかったよ」
直人は軽く舌打ちするとそう言って森慎吾へ近づいていく。
「おいお前。昨日はひどいこと言って悪かったよ。俺もさ、こんなわけわかんねぇ鬼ごっこに参加させらて、イライラしてたんだ。本当にごめん」
上半身を折り曲げて謝る直人の姿に私と由紀は唖然としてしまった。
直人がこんなに素直に謝るとは思っていなかった。
「わ、私からも謝るよ。友達が、本当にごめんね」
「ご、ごめんなさい!」
私と由紀も頭を下げる。
すると森慎吾は目を丸くしてそれを見ていた。
「……別に、いいよ……僕と一緒に遊んでくれるんだったら」
森慎吾の声が震える。
その目からポロリと涙がこぼれたのを見て私はポカンと口を開く。
「な、なんで泣いてるの?」
「え?」
森慎吾は自分が泣いていることに今気がついたようで、頬に流れる涙を指先で拭った。
「僕は……僕は寂しかったんだ」
次の瞬間脳内に映像が流れ込んできた。
☆☆☆
僕の名前は森慎吾。
キズナ小学校の5年生だ。
学校が終わると同時にカバンを持って、大急ぎで教室を出る。
誰よりも早く昇降口について靴を履き替えるのももどかしいくらいだ。
だって、少しでも約束時間に遅れたら、またあいつらに殴られる。
3日前は先生のホームルームが遅くなって約束時間を過ぎてしまったから、3人から一回づつ蹴られてしまった。
3人は別の小学校に通っていて、あまり学校へ行っていないから僕の予定なんておかまいなしなんだ。
「はぁ……はぁ……」
息を切らして約束場所の河川敷へ向かう。
橋の上から見るともう3人はやってきていた。
まずい、このままだとまた殴られる。
大急ぎで階段を駆け下りて河川敷へと向かった。
僕が階段を駆け下りているときに3人は僕に気がついて、近づいてきた。
「よぉ慎吾。今日も遅かったなぁ」
一番大柄な子が言う。
「ご、ごめんね。遅れちゃって」
息を切らしながら謝ると、笑顔を浮かべてくれた。
よかった、怒ってないみたい。
ホッとして笑いかけた瞬間右頬に痛みが走って、僕は倒れこんでいた。
殴られたのだと気がついたのは3人の笑い声が聞こえてきてからだった。
右頬にジンジンと熱を帯びた痛みを感じる。
「俺たちのこと待たせた罰な」
僕が立ち上がる前にまた拳が飛んできた。
パチンッと頬を打たれて衝撃が走る。
それが3人分だ。
終わったときには右頬がかなり熱を持っていて、感覚がなくなっていた。
「ほ、本当にごめん」
フラフラと立ち上がり、それでも謝ることしかできない。
僕がこの3人に出会ったのはひと月前、本屋さんでだった。
僕はその時漫画の新刊を買うために本屋に行ったのだけれど、その時偶然3人が漫画を大量に万引しているのを目撃したんだ。
人気マンガを大量に万引して、それをネットで売るんだって、後から聞いた。
だけどその時の僕は怖くてなにも見なかったふりをして本屋から逃げ出したんだ。
でも、店を出たところで捕まってしまった。
3人が僕に目をつけたのは、たぶん弱そうだったから。
3人は僕を万引の仲間にしようとしたけれど、僕はそれを断ったんだ。
万引はダメなことだし、絶対にやっちゃいけないことだから。
そうしたら今度は呼び出されるようになって、約束時間を過ぎていたら殴られたり蹴られたりするようになった。
なんでなのか、理由はわからないけど、やっぱり僕が弱いからなんだと思う。
「いい子ちゃんな慎吾は今日も万引に参加しねぇんだよな? だったらなにか面白いことして見せろよ」
「お、面白いこと……?」
急に言われてもなにも浮かんでこない。
学校の先生のモノマネなら少しはできるけれど、学校が違う3人にはわからないネタだ。
「なんだよ、なにもできねぇのか?」
肩を押されて後方によろける。
僕の後には川があって、昨日雨が降ったせいでその水は茶色く濁っていて、量も多かった。
「え、えっと。じゃあ、僕の学校の先生のモノマネ」
できることはそれしかないから、やけになってやろうと思ったんだけど。
「なんだよお前。俺たちが真面目に学校行ってないこと非難してるわけ?」
1人がそんなことをいい出した。
僕は慌てて左右に首をふる。
「そ、そんなことないよ! ただ、それくらいしかできないから」
言い訳をしても通用しなかった。
3人はジリジリと僕と距離を縮めてくる。
僕の真後ろには川があって、これ以上逃げることはできなかった。
1人が僕の肩を押す。
僕の体がグラリと揺れて、どうにか体制を立て直した。
それが面白かったのか、3人は交互に僕の体を押して川に落とそうとした。
「はははっ、まるでやじろべえみたいだな」
1人が大きな声で笑うと他の2人も笑いだす。
一通り僕をからかって遊んで満足したのか、3人は別の遊びを考え始めた。
僕はホッと息を吐き出してその場から少し離れる。
「ぼ、僕はもう帰らなきゃ。今日は早く変えるってお母さんに約束してるんだ」
「へ~え、さすが真面目な慎吾くんだな。お母さんのいうことちゃんと守ってさ」
1人が僕の行く手を遮るように立つ。
気がつけばいつの間にか3人に囲まれていた。
「俺たちみたいな不良とはもう付き合えねぇってか?」
「そ、そんなんじゃ……」
「じゃあ、もう少し遊ぼうぜ!」
そう言われた瞬間、後からカバンを掴まれていた
大きなカバンごと引っ張られて転けそうになる。
僕はとっさにカバンを肩から外して逃げていた。
「あ、逃げたぞ!」
「カバンはこっちにあるんだ大丈夫」
そんな会話が聞こえてきた通り、僕は河川敷の途中で立ち止まっていた。
カバンの中には教科書や文房具がすべて入っている。
あれがないと困るのは僕だ。
「これ捨てればもう学校に行けねぇから、お前も俺たちの仲間になれるな!」
カバンを持っていた1人がそう言い、川へ向けて僕のカバンを投げ捨てた。
「あぁ!!」
思わず声を上げて川にかけよる。
濁った水の中に僕の黒いカバンが吸い込まれていく。
「ははっ! じゃあまた明日。今日と同じ時間に集合な」
「カバンもなくなったし、遅刻すんなよ」
3人分の足音が遠ざかっていっても、僕はそこから離れることはできなかった。
カバンは濁流に揉まれて姿を見せたり沈んだりを繰り返して流れていく。
「僕のカバン……」
あいつらの仲間になるなんて絶対に嫌だ。
万引する不良なんて、大嫌いだ!
僕は川へ一歩踏み出したんだ……。
☆☆☆
冷たい。
怖い。
真っ暗だ。
あちこち痛い。
僕の大切なカバンはどこ……?
ハッと目を覚ました感覚があって、グラウンドが視界に広がった。
「あ……今のは?」
声を発してから自分が泣いていることに気がついた。
頬には幾筋もの涙が伝っている。
「今のがお前が経験したことか」
その言葉に視線を向けると直人も泣いているのが見えた。
最後に感じた川の冷たさ。
苦しさ、怖さは森慎吾が経験したことをそのまま追体験したみたいだ。
「事故じゃなかったんだね」
由紀がしゃくりあげて泣きながら言う。
川に入ったのは森慎吾自身だとしても、あれを事故で終わらせるのは卑怯だ。
「逆らえなかったんだな」
直人が言う。
約束場所に必死になって走っていた記憶。
嫌なら行かなければいいのにと思っても、心に根強く植え付けられた恐怖のせいで相手に抗えなくなっていたんだ。
誰にも相談できず、ずっと1人で抱え込んできたんだろう。
無言の森慎吾から友達がほしい。
仲良くしたい。
遊びたい。
という感情が入り込んでくる。
これが森慎吾が本当に感じていることなんだろう。
「それならどうして素直にそう言わねぇんんだよ」
直人が怒ったように聞くと森慎吾はうつむいた。
「僕を見たらみんな逃げていく。怖い。おばけって言って」
あ……。
森慎吾は死んでからも友達ができず、ひとりぼっちだったんだ。
こういうやり方でしか、遊んでくれる人を見つけることができなかったんだ。
「それなら、私達と一緒に遊ぼうよ。普通の鬼ごっこをしよう?」
私の提案に森慎吾が目を見開く。
「私達もう何回も会ってるから慎吾くんのこと怖いなんて思ってないよ? この通り、逃げたりもしてないでしょう?」
森慎吾の顔から険しさが徐々に消えていく。
そして笑顔が浮かんでいた。
「僕も一緒に遊んでいいの?」
「当たり前だろ。そもそもこの鬼ごっこを提案したのは、お前なんだからな」
直人がぶっきらぼうながらに森慎吾を受け入れる。
由紀も、さっきからコクコクと頷き返している。
「でもその前に。私の友達を返してほしいの」
私は緑鬼を見て言った。
友達との鬼ごっこに、本物の鬼はいらない。
「でも、これは……」
森慎吾がとまどった表情になる。
今まで鬼がいたからみんなが一緒に遊んでくれた。
鬼がいなくなったら、また逃げられる。
そう思っているみたいだ。
「大丈夫だよ。この鬼がいなくても私達は逃げないから」
森慎吾に近づいてその両手を包み込むようにして握りしめる。
触れることができなかったから、フリをしただけだけど、森慎吾の目に涙が浮かんだ。
「本当に? 僕と遊んでくれるの?」
「そうだよ」
「僕から逃げたりしない?」
「もちろん。だって私達もう友達でしょう?」
「友達……」
「そうだよ。俺たち友達だ」
「わ、私も友達だと思ってる」
直人と由紀も近づいてきて、みんなで森慎吾の手を握りしめた。
なにもないはずのそこに、温かい体温があるような気がする。
「みんな……ありがとう」
森慎吾がそう呟いた瞬間、緑鬼がシュンッと小さくなって信一が立っていた。
「信一!!」
突然人形に戻った信一に駆け寄る。
「え? 僕、どうしてグラウンドに?」
キョトンとして周囲を見回しているけれど、元気そうだ。
「よかった信一。もとに戻って本当によかった!」
勢いで信一に抱きついてしまい、信一の頬がほんのりと赤くそまる。
「よし、それじゃあみんなで鬼ごっこしようぜ!」
直人の言葉を合図に、私たちは森新吾から逃げ出した。
森慎吾はみんな追いかける。
由紀が最初にタッチされたけれど、今度は鬼にはならなかった。
5人で遊ぶ時間はとても楽しくて、あっという間に日が暮れてしまう。
オレンジ色に包まれたグラウンドの中央に5人は集まっていた。
「鬼ごっこ、終了だよ」
走り回って息を切らした森慎吾が言う。
私の心には満足感が広がっていた。
みんなでやる鬼ごっこは最高に楽しくて、まだまだ遊んでいたい気分だった。
「終わるのはなんだか寂しいね」
思わず、本心がこぼれ落ちる。
「それなら明日も明後日も鬼ごっこをすればいい。こうやって、またみんなで集まってさ」
信一の意見に森慎吾がほほえみ、そして左右に首を振った。
「ううん。君たちとする鬼ごっこはもう終わり」
「もう、出てこないの?」
由紀の質問に森慎吾は頷いた。
「僕の一つの願いは叶えられたから。君たちの前にはもう現れないよ」
そういう森慎吾の体全体が透けていて、オレンジ色になっていることに気がついた。
急に切なさが胸にこみ上げてくる。
森慎吾にはもう二度と会うことができなくなるんだ。
最初は怖い噂話で、だけど調べていく内にそれは違うとわかった。
怖いのは幽霊になった森慎吾じゃなくて、今も問題になっていないイジメ事件のほうだった。
森慎吾を追いつめた3人組のことを調べてみても、情報はなにも出てこなかった。
今どこでなにをしているのか、わからない。
「だけど僕にはまだ願いがある」
森慎吾の体はどんどん透き通っていき、後の景色の方がよく見えるようになった。
「その、願いは……」
最後まで言葉をつなげる前に、森慎吾の姿は完全に消えてしまっていたのだった。
榎本さんのおかげで森慎吾が死んだ原因はわかった。
そしてその根底にはイジメがあっただろうということも、信憑性が強くなってきた。
「今日は鬼ごっこもしなくていいよね?」
不安そうな由紀の声が聞こえてきて私は自転車をこぐスピードを緩めた。
「今日は学校が休みの日だから、きっと大丈夫だよ」
学校がない日に学校に集められることはない。
そう思っていたのだけれど、不意に目の前の光景が変化して、私と由紀はその場に立っていた。
今まで乗っていた自転車もどこかへ消えている。
「ここ……グラウンド?」
広い砂浜かと思ったけれど、奥に見える遊具や灰色の校舎には見覚えが会って、キズナ小学校の校舎だということがわかった。
瞬きしている間に直人も姿を見せた。
「はぁ!? 今日は学校休みだろ!?」
突然グラウンドへ集められた事で眉間にシワを寄せ、砂を蹴散らしている。
「休みの日とか関係なかったのかな」
そう呟いた時、森慎吾と緑鬼が姿を見せた。
昨日のことがあったから森慎吾は怒っているかもしれないと警戒したが、その顔には笑みが浮かんでいた。
「やぁみんな。休みの日にまで会えて嬉しいよ」
「うるせぇ! こっちはちっとも嬉しくねぇんだよ!」
直人が森慎吾に掴みかかろうとするので、由紀と私で慌てて止めた。
幽霊に寄り添わないといけないと、ついさっき榎本さんに教えてもらったばかりだ。
「本当なら鬼ごっこもお休みなんだけどね。昨日君たちミッションクリアしなかったから、特別ご招待だよ」
ミッション……4人全員で3枚の写真を撮ることだ。
昨日は2枚しか撮れなかったから、確かに失敗している。
「で、でもそれは信一がカメラを壊しちゃったから!」
由紀が不満を声に出す。
すると森慎吾が顔からスッと笑顔を消した。
「緑鬼が暴走するきっかけを作ったのは誰のせい?」
と質問されて直人がグッと言葉に詰まる。
直人が挑発しなければ、緑鬼が大暴れをしてカメラを壊すこともなかったと言いたいんだ。
「でも今日は特別だよ。休日にみんなを呼び出しちゃったし、普通の鬼ごっこをしようと思うんだ」
「普通の鬼ごっこ?」
聞き返すと森慎吾が「うん!」と、元気に頷いた。
「プールの中でもなく、ドリブルしながらでもなく、普通に走って逃げるだけ。ね? 今回は簡単でしょう?」
だから今回はグランドになったのだとわかった。
グラウンドなら体育館より広いから思う存分走り回ることができる。
でも、時間内ずっと走り続けることは絶対にできない。
「普通とか言うくせに鬼に食われたら鬼になるんだろ!」
「直人、乱暴なことは言わないで!」
イラついている直人に榎本さんが教えてくれたことを説明する。
「あいつに寄り添えってか? そんなのできるわけねぇだろ」
「できなくても、やるしかないんだってば」
「あいつに寄り添って本当に解決するのか?」
「それは……わからないけど」
でも、できることはやったほうがいい。
森慎吾に寄り添うことでなにかが変わるのなら。
「チッ。わかったよ」
直人は軽く舌打ちするとそう言って森慎吾へ近づいていく。
「おいお前。昨日はひどいこと言って悪かったよ。俺もさ、こんなわけわかんねぇ鬼ごっこに参加させらて、イライラしてたんだ。本当にごめん」
上半身を折り曲げて謝る直人の姿に私と由紀は唖然としてしまった。
直人がこんなに素直に謝るとは思っていなかった。
「わ、私からも謝るよ。友達が、本当にごめんね」
「ご、ごめんなさい!」
私と由紀も頭を下げる。
すると森慎吾は目を丸くしてそれを見ていた。
「……別に、いいよ……僕と一緒に遊んでくれるんだったら」
森慎吾の声が震える。
その目からポロリと涙がこぼれたのを見て私はポカンと口を開く。
「な、なんで泣いてるの?」
「え?」
森慎吾は自分が泣いていることに今気がついたようで、頬に流れる涙を指先で拭った。
「僕は……僕は寂しかったんだ」
次の瞬間脳内に映像が流れ込んできた。
☆☆☆
僕の名前は森慎吾。
キズナ小学校の5年生だ。
学校が終わると同時にカバンを持って、大急ぎで教室を出る。
誰よりも早く昇降口について靴を履き替えるのももどかしいくらいだ。
だって、少しでも約束時間に遅れたら、またあいつらに殴られる。
3日前は先生のホームルームが遅くなって約束時間を過ぎてしまったから、3人から一回づつ蹴られてしまった。
3人は別の小学校に通っていて、あまり学校へ行っていないから僕の予定なんておかまいなしなんだ。
「はぁ……はぁ……」
息を切らして約束場所の河川敷へ向かう。
橋の上から見るともう3人はやってきていた。
まずい、このままだとまた殴られる。
大急ぎで階段を駆け下りて河川敷へと向かった。
僕が階段を駆け下りているときに3人は僕に気がついて、近づいてきた。
「よぉ慎吾。今日も遅かったなぁ」
一番大柄な子が言う。
「ご、ごめんね。遅れちゃって」
息を切らしながら謝ると、笑顔を浮かべてくれた。
よかった、怒ってないみたい。
ホッとして笑いかけた瞬間右頬に痛みが走って、僕は倒れこんでいた。
殴られたのだと気がついたのは3人の笑い声が聞こえてきてからだった。
右頬にジンジンと熱を帯びた痛みを感じる。
「俺たちのこと待たせた罰な」
僕が立ち上がる前にまた拳が飛んできた。
パチンッと頬を打たれて衝撃が走る。
それが3人分だ。
終わったときには右頬がかなり熱を持っていて、感覚がなくなっていた。
「ほ、本当にごめん」
フラフラと立ち上がり、それでも謝ることしかできない。
僕がこの3人に出会ったのはひと月前、本屋さんでだった。
僕はその時漫画の新刊を買うために本屋に行ったのだけれど、その時偶然3人が漫画を大量に万引しているのを目撃したんだ。
人気マンガを大量に万引して、それをネットで売るんだって、後から聞いた。
だけどその時の僕は怖くてなにも見なかったふりをして本屋から逃げ出したんだ。
でも、店を出たところで捕まってしまった。
3人が僕に目をつけたのは、たぶん弱そうだったから。
3人は僕を万引の仲間にしようとしたけれど、僕はそれを断ったんだ。
万引はダメなことだし、絶対にやっちゃいけないことだから。
そうしたら今度は呼び出されるようになって、約束時間を過ぎていたら殴られたり蹴られたりするようになった。
なんでなのか、理由はわからないけど、やっぱり僕が弱いからなんだと思う。
「いい子ちゃんな慎吾は今日も万引に参加しねぇんだよな? だったらなにか面白いことして見せろよ」
「お、面白いこと……?」
急に言われてもなにも浮かんでこない。
学校の先生のモノマネなら少しはできるけれど、学校が違う3人にはわからないネタだ。
「なんだよ、なにもできねぇのか?」
肩を押されて後方によろける。
僕の後には川があって、昨日雨が降ったせいでその水は茶色く濁っていて、量も多かった。
「え、えっと。じゃあ、僕の学校の先生のモノマネ」
できることはそれしかないから、やけになってやろうと思ったんだけど。
「なんだよお前。俺たちが真面目に学校行ってないこと非難してるわけ?」
1人がそんなことをいい出した。
僕は慌てて左右に首をふる。
「そ、そんなことないよ! ただ、それくらいしかできないから」
言い訳をしても通用しなかった。
3人はジリジリと僕と距離を縮めてくる。
僕の真後ろには川があって、これ以上逃げることはできなかった。
1人が僕の肩を押す。
僕の体がグラリと揺れて、どうにか体制を立て直した。
それが面白かったのか、3人は交互に僕の体を押して川に落とそうとした。
「はははっ、まるでやじろべえみたいだな」
1人が大きな声で笑うと他の2人も笑いだす。
一通り僕をからかって遊んで満足したのか、3人は別の遊びを考え始めた。
僕はホッと息を吐き出してその場から少し離れる。
「ぼ、僕はもう帰らなきゃ。今日は早く変えるってお母さんに約束してるんだ」
「へ~え、さすが真面目な慎吾くんだな。お母さんのいうことちゃんと守ってさ」
1人が僕の行く手を遮るように立つ。
気がつけばいつの間にか3人に囲まれていた。
「俺たちみたいな不良とはもう付き合えねぇってか?」
「そ、そんなんじゃ……」
「じゃあ、もう少し遊ぼうぜ!」
そう言われた瞬間、後からカバンを掴まれていた
大きなカバンごと引っ張られて転けそうになる。
僕はとっさにカバンを肩から外して逃げていた。
「あ、逃げたぞ!」
「カバンはこっちにあるんだ大丈夫」
そんな会話が聞こえてきた通り、僕は河川敷の途中で立ち止まっていた。
カバンの中には教科書や文房具がすべて入っている。
あれがないと困るのは僕だ。
「これ捨てればもう学校に行けねぇから、お前も俺たちの仲間になれるな!」
カバンを持っていた1人がそう言い、川へ向けて僕のカバンを投げ捨てた。
「あぁ!!」
思わず声を上げて川にかけよる。
濁った水の中に僕の黒いカバンが吸い込まれていく。
「ははっ! じゃあまた明日。今日と同じ時間に集合な」
「カバンもなくなったし、遅刻すんなよ」
3人分の足音が遠ざかっていっても、僕はそこから離れることはできなかった。
カバンは濁流に揉まれて姿を見せたり沈んだりを繰り返して流れていく。
「僕のカバン……」
あいつらの仲間になるなんて絶対に嫌だ。
万引する不良なんて、大嫌いだ!
僕は川へ一歩踏み出したんだ……。
☆☆☆
冷たい。
怖い。
真っ暗だ。
あちこち痛い。
僕の大切なカバンはどこ……?
ハッと目を覚ました感覚があって、グラウンドが視界に広がった。
「あ……今のは?」
声を発してから自分が泣いていることに気がついた。
頬には幾筋もの涙が伝っている。
「今のがお前が経験したことか」
その言葉に視線を向けると直人も泣いているのが見えた。
最後に感じた川の冷たさ。
苦しさ、怖さは森慎吾が経験したことをそのまま追体験したみたいだ。
「事故じゃなかったんだね」
由紀がしゃくりあげて泣きながら言う。
川に入ったのは森慎吾自身だとしても、あれを事故で終わらせるのは卑怯だ。
「逆らえなかったんだな」
直人が言う。
約束場所に必死になって走っていた記憶。
嫌なら行かなければいいのにと思っても、心に根強く植え付けられた恐怖のせいで相手に抗えなくなっていたんだ。
誰にも相談できず、ずっと1人で抱え込んできたんだろう。
無言の森慎吾から友達がほしい。
仲良くしたい。
遊びたい。
という感情が入り込んでくる。
これが森慎吾が本当に感じていることなんだろう。
「それならどうして素直にそう言わねぇんんだよ」
直人が怒ったように聞くと森慎吾はうつむいた。
「僕を見たらみんな逃げていく。怖い。おばけって言って」
あ……。
森慎吾は死んでからも友達ができず、ひとりぼっちだったんだ。
こういうやり方でしか、遊んでくれる人を見つけることができなかったんだ。
「それなら、私達と一緒に遊ぼうよ。普通の鬼ごっこをしよう?」
私の提案に森慎吾が目を見開く。
「私達もう何回も会ってるから慎吾くんのこと怖いなんて思ってないよ? この通り、逃げたりもしてないでしょう?」
森慎吾の顔から険しさが徐々に消えていく。
そして笑顔が浮かんでいた。
「僕も一緒に遊んでいいの?」
「当たり前だろ。そもそもこの鬼ごっこを提案したのは、お前なんだからな」
直人がぶっきらぼうながらに森慎吾を受け入れる。
由紀も、さっきからコクコクと頷き返している。
「でもその前に。私の友達を返してほしいの」
私は緑鬼を見て言った。
友達との鬼ごっこに、本物の鬼はいらない。
「でも、これは……」
森慎吾がとまどった表情になる。
今まで鬼がいたからみんなが一緒に遊んでくれた。
鬼がいなくなったら、また逃げられる。
そう思っているみたいだ。
「大丈夫だよ。この鬼がいなくても私達は逃げないから」
森慎吾に近づいてその両手を包み込むようにして握りしめる。
触れることができなかったから、フリをしただけだけど、森慎吾の目に涙が浮かんだ。
「本当に? 僕と遊んでくれるの?」
「そうだよ」
「僕から逃げたりしない?」
「もちろん。だって私達もう友達でしょう?」
「友達……」
「そうだよ。俺たち友達だ」
「わ、私も友達だと思ってる」
直人と由紀も近づいてきて、みんなで森慎吾の手を握りしめた。
なにもないはずのそこに、温かい体温があるような気がする。
「みんな……ありがとう」
森慎吾がそう呟いた瞬間、緑鬼がシュンッと小さくなって信一が立っていた。
「信一!!」
突然人形に戻った信一に駆け寄る。
「え? 僕、どうしてグラウンドに?」
キョトンとして周囲を見回しているけれど、元気そうだ。
「よかった信一。もとに戻って本当によかった!」
勢いで信一に抱きついてしまい、信一の頬がほんのりと赤くそまる。
「よし、それじゃあみんなで鬼ごっこしようぜ!」
直人の言葉を合図に、私たちは森新吾から逃げ出した。
森慎吾はみんな追いかける。
由紀が最初にタッチされたけれど、今度は鬼にはならなかった。
5人で遊ぶ時間はとても楽しくて、あっという間に日が暮れてしまう。
オレンジ色に包まれたグラウンドの中央に5人は集まっていた。
「鬼ごっこ、終了だよ」
走り回って息を切らした森慎吾が言う。
私の心には満足感が広がっていた。
みんなでやる鬼ごっこは最高に楽しくて、まだまだ遊んでいたい気分だった。
「終わるのはなんだか寂しいね」
思わず、本心がこぼれ落ちる。
「それなら明日も明後日も鬼ごっこをすればいい。こうやって、またみんなで集まってさ」
信一の意見に森慎吾がほほえみ、そして左右に首を振った。
「ううん。君たちとする鬼ごっこはもう終わり」
「もう、出てこないの?」
由紀の質問に森慎吾は頷いた。
「僕の一つの願いは叶えられたから。君たちの前にはもう現れないよ」
そういう森慎吾の体全体が透けていて、オレンジ色になっていることに気がついた。
急に切なさが胸にこみ上げてくる。
森慎吾にはもう二度と会うことができなくなるんだ。
最初は怖い噂話で、だけど調べていく内にそれは違うとわかった。
怖いのは幽霊になった森慎吾じゃなくて、今も問題になっていないイジメ事件のほうだった。
森慎吾を追いつめた3人組のことを調べてみても、情報はなにも出てこなかった。
今どこでなにをしているのか、わからない。
「だけど僕にはまだ願いがある」
森慎吾の体はどんどん透き通っていき、後の景色の方がよく見えるようになった。
「その、願いは……」
最後まで言葉をつなげる前に、森慎吾の姿は完全に消えてしまっていたのだった。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説

友梨奈さまの言う通り
西羽咲 花月
児童書・童話
「友梨奈さまの言う通り」
この学校にはどんな病でも治してしまう神様のような生徒がいるらしい
だけど力はそれだけじゃなかった
その生徒は治した病気を再び本人に戻す力も持っていた……
オオカミ少女と呼ばないで
柳律斗
児童書・童話
「大神くんの頭、オオカミみたいな耳、生えてる……?」 その一言が、私をオオカミ少女にした。
空気を読むことが少し苦手なさくら。人気者の男子、大神くんと接点を持つようになって以降、クラスの女子に目をつけられてしまう。そんな中、あるできごとをきっかけに「空気の色」が見えるように――
表紙画像はノーコピーライトガール様よりお借りしました。ありがとうございます。

悪魔さまの言うとおり~わたし、執事になります⁉︎~
橘花やよい
児童書・童話
女子中学生・リリイが、入学することになったのは、お嬢さま学校。でもそこは「悪魔」の学校で、「執事として入学してちょうだい」……って、どういうことなの⁉待ち構えるのは、きれいでいじわるな悪魔たち!
友情と魔法と、胸キュンもありの学園ファンタジー。
第2回きずな児童書大賞参加作です。
【完結】だるま村へ
長透汐生
児童書・童話
月の光に命を与えられた小さなだるま。 目覚めたのは、町外れのゴミ袋の中だった。
だるまの村が西にあるらしいと知って、だるまは犬のマルタと一緒に村探しの旅に出る。旅が進むにつれ、だるま村の秘密が明らかになっていくが……。
忠犬ハジッコ
SoftCareer
児童書・童話
もうすぐ天寿を全うするはずだった老犬ハジッコでしたが、飼い主である高校生・澄子の魂が、偶然出会った付喪神(つくもがみ)の「夜桜」に抜き去られてしまいます。
「夜桜」と戦い力尽きたハジッコの魂は、犬の転生神によって、抜け殻になってしまった澄子の身体に転生し、奪われた澄子の魂を取り戻すべく、仲間達の力を借りながら奮闘努力する……というお話です。
※今まで、オトナ向けの小説ばかり書いておりましたが、
今回は中学生位を読者対象と想定してチャレンジしてみました。
お楽しみいただければうれしいです。
転校生はおんみょうじ!
咲間 咲良
児童書・童話
森崎花菜(もりさきはな)は、ちょっぴり人見知りで怖がりな小学五年生。
ある日、親友の友美とともに向かった公園で木の根に食べられそうになってしまう。助けてくれたのは見知らぬ少年、黒住アキト。
花菜のクラスの転校生だったアキトは赤茶色の猫・赤ニャンを従える「おんみょうじ」だという。
なりゆきでアキトとともに「鬼退治」をすることになる花菜だったが──。

命令教室
西羽咲 花月
児童書・童話
強化合宿に参加したその施設では
入っていはいけない部屋
が存在していた
面白半分でそこに入ってしまった生徒たちに恐怖が降りかかる!
ホワイトボードに書かれた命令を実行しなければ
待ち受けるのは死!?
密室、デスゲーム、開幕!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる