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幽霊鬼ごっこ Day4
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倉田さんの話を聞いたあと、私達は重たい気持ちで学校への道のりを歩いていた。
森慎吾はイジメられていたかもしれない。
そして死んだ原因は川へ落ちたことだった。
これだけ収穫があったのに、全然嬉しさを感じない。
「森慎吾が自殺だったって話は誰もしてないよな?」
歩きながら不意に直人が聞いてきた。
「うん。用務員さんにも話を聞いたけど、そんなことは言ってなかったよ。川に落ちたってことは、事故扱いになったんじゃないかな?」
「だとしたら、森慎吾をイジメていたヤツらは無傷ってことか」
直人が悔しそうに奥歯を噛みしめる。
「ま、待って。まだイジメって決まったわけじゃないから」
由紀が慌てて直人の考えをストップする。
「そうだね。倉田さんは森慎吾が誰かに呼び出されていたらしいって言っただけだもん。イジメだって決まったわけじゃないよ」
「ふんっ。おとなしいヤツを呼び出すなんてイジメ意外になにがあるんだよ」
直人は少し強引にそう言い切った。
私はそれに意見しようと思ったけれど、不意に周りの風景が変わった。
まばたきをしてみると、自分たちが学校の屋上にいることがわかった。
空はよく晴れていて雲ひとつない。
「放課後か……」
直人がポツリと呟いた。
自分たちが思っているよりも随分と時間が経過していたみたいだ。
屋上のフェンスからグラウンドを覗いてみても、そこには誰もいなかった。
一般の生徒からは私達が見えなくなり、私達からは他の生徒たちが見えなくなる。
その気配すら、感じられない学校はとても寒々しい。
ジッとグランドを見つめていると背後に寒気を感じて振り向いた。
いつの間にか音もなく森慎吾が現れている。
「今日も鬼ごっこをして遊ぼうよ」
無邪気な声。
森慎吾は本当にこの鬼ごっこを心から楽しんでいるように見える。
「今日もやってやろうじゃねぇか」
直人が森慎吾へ向き直る。
それを見た森慎吾が嬉しそうに声をあげて笑った。
「すごいやる気だね。楽しみだよ」
最後までいい終えると同時に緑鬼が屋上に出現した。
「信一……」
鬼へ向けて名前を呼んでも反応はない。
切ない気持ちが胸にこみ上げてきて涙が滲んできた。
それを手の甲でぬぐい、キッと緑鬼をにらみつける。
これは信一だけど信一じゃない。
心を許しちゃいけないんだ。
「今回のルールはこれ」
森慎吾が手で指し示した先には三脚に立てられたカメラがあった。
「屋上といえば集合写真でしょ。だから鬼に追いかけられている間に3回4人の集合写真を撮ることが条件」
「4人って……!?」
「決まってるでしょ。君たち4人だよ」
森慎吾がクスクスと笑う。
「信一は鬼になってるのに、そんなの無理だよ」
由紀が悲痛な声を上げる。
緑鬼の信一は森慎吾に操られているから、おとなしくカメラに収まってくれるとは思えない。
絶対に撮影を邪魔してくるに決まっている。
「つべこべ言わずに楽しませてよ。それじゃ、鬼ごっこスタート!」
森慎吾が合図すると同時に緑鬼が「ガアア!」と咆哮を上げて両手を天へ突き上げた。
その両手はそのまま地面に付き降ろされる。
ドォンッという大音量と共にホコリが舞い上がり、地面が揺れる。
「とにかく逃げるぞ!」
直人の声を合図にして私達3人はバラバラに駆け出した。
走り出してすぐに由紀が体のバランスを崩して倒れてしまう。
だけど助けている暇はなかった。
私は屋上に設置されている赤いベンチにかけよるとその後に身を隠した。
由紀がどうにか立ち上がり、擦りむいた膝を気にする暇もなく走りだす。
その直後、由紀が今まで立っていた場所に鬼の拳が振り下ろされた。
「緑鬼は捕まえるんじゃなくて、叩き潰すつもりなんだ」
鬼の拳の威力に体の震えが止まらない。
そうしている間にも設置されているカメラは勝手に何枚もシャッターを切っている。
自分たちで設定しなくていいようになっているみたいだ。
「カメラの前に集まれ!」
直人の声に顔を向けると、直人と由紀がカメラへ向けて走っているのが見えた。
緑鬼はずっと後の方にいる。
私はベンチの後から飛び出してカメラへ向けて駆け出した。
「ガアアア!」
緑鬼の咆哮がすぐ後に聞こえる中、逃げ惑う私たちの姿がカメラに収められた。
「へぇ。なかなかやるじゃん」
森慎吾が関心した声を上げる。
ギリギリ、後の方に緑鬼の姿も入っていてセーフだったんだろう。
「あと2枚!」
直人が叫ぶ。
だけどその前に緑鬼に追いつかれてしまった。
大きな拳がすぐ隣に振り下ろされて「キャア!」と悲鳴を上げる。
逃げたいのに、足が震えて動かない。
緑鬼が再び拳を振り上げた。
そして私の頭上へと持ってくる。
「いや……やめて信一」
震える声は小さすぎて緑鬼には届かない。
ガタガタと震える足は言うことを聞かず、一歩前へ踏み出したと同時にその場に崩れ落ちてしまった。
「ひぃ……!」
喉に張り付いた悲鳴を上げて這いずって逃げる。
そんなゆっくりじゃ鬼から逃げることはできない。
すぐ真上に緑鬼の拳がある。
あれが振り下ろされたら、終わり……!!
「うぅ……信一……!!」
もう一歩も動けなくて涙で視界が歪む。
「おい! 森慎吾! お前、イジメられてたんだってな!!」
直人の叫び声が聞こえた途端に鬼の動きが止まった。
森慎吾が直人へ視線を向けたまま固まっている。
「今日お前の同級生だった人に聞いてきたんだ。お前、イジメられて死んだからその復習のためにこんなことしてんだろ! なんにも関係ねぇ俺たちを巻き込んで、それで満足かよ!?」
直人の声に気を取られて、緑鬼は完全に停止している。
私は地面を這いずってどうにか拳の下から脱出した。
フェンスに手をついて無理やり立ち上がり、少しでも鬼から遠ざかる。
「裕美、大丈夫?」
貯水槽の陰に隠れていた由紀が顔を出した。
「うん……なんとか」
まだ恐怖で足が震えているけれど、どうにか動くことはできそうだ。
振り向いてみると、まだ鬼は動き出さない。
「今なら写真が撮れるかも」
由紀が小声で言う。
確かに、緑鬼の後にはカメラがある。
鬼の後方に集まれば写真を撮るチャンスがある。
「行ってみよう」
私は勇気を出して再び歩き出した。
森慎吾へ向けてまだ言葉を続けている直人に近づく。
直人は気配に気がついて視線だけをこちらへ向けた。
カメラがある方向を指差すと、直人が微かに頷いた。
それから私と由紀は森慎吾に気が付かれないように鬼の後へと回り込んだ。
直人は話しかけながらジリジリと後ずさりをしてくる。
そして4人全員がカメラのフレームに収まったとき、シャッターが下りた。
「やった! これで2枚目!」
由紀と共に手を取り合って喜んだとき、緑鬼がゆっくりと動き出した。
まずい!
至近距離で再び動き出した鬼に慌ててその場から逃げ出す。
しかし緑鬼は私達を追いかけてこなかった。
代わりにやみくもに拳を地面へと突き落としはじめたのだ。
ドォンドォン!
と、立て続けに大きな音が鳴り響く。
更にはさっきまで私が隠れていたバンチを両手で持ち上げると、引きちぎるようにして破壊してしまったのだ。
バラバラとベンチのかけらが地面に降り注ぐ。
「どうしたんだろう」
諸水槽の陰から森慎吾の様子を確認してみると、その目が釣り上がり怒りで燃えているのが見えた。
ゾッと全身に寒気が走る。
さっきのイジメられていたんだろうという言葉で完全に怒らせてしまったようだ。
緑鬼は森慎吾の怒りで暴走し、手当たりしだいに物を壊しはじめていた。
森慎吾が準備したカメラまで、簡単にへし折られてしまう。
「カメラが……!」
あと1回でミッション達成だったのに、それもできなくなってしまった。
「くそ! 逃げろ! とにかく捕まるな!」
直人が叫ぶ。
緑鬼が貯水槽へと近づいてくる足音が聞こえてきた。
私と由紀は貯水槽の陰から飛び出して駆け出した。
「ガアアア!」
緑鬼が咆哮を上げて貯水槽に拳を叩きつける。
貯水槽にバキバキとヒビが入り、そのから水が吹き出した。
ものすごいパワーだ。
森慎吾の怒りがそうさせているんだろう。
「……あと10分」
森慎吾の呟くような声が脳内に聞こえてくる。
あと10分逃げ切ることができるだろうか。
いや、それよりも今日はまだ誰も捕まっていない。
このままだと明日も信一がいない世界が来てしまう。
そう思うと逃げる足が鈍くなった。
信一に戻ってきてほしいという気持ちが強くなる。
「逃げて裕美!」
由紀の声にハッと我に返って再び全力で走り出した。
そうだ。
ここで私が鬼になったとしても、また明日同じように幽霊鬼ごっこが始まってしまう。
鬼でいる期間の記憶がなくなるのなら、きっと鬼のままでいた方が幸せだ。
自分が鬼になって仲間をい傷つけるかも知れないことを思えば、傷つけられた方がいい!
「あと5分だ」
森慎吾が呟く。
今回は感情が高ぶっているせいか、さっきからその声は震えていた。
「はぁ……はぁ!」
あと5分。
あと5分。
そう思って必死で足を動かす。
もう止まることはできなかった。
由紀も、直人も走りっぱなしだ。
息が切れて汗が吹き出して、両足が痛くてたまらない。
それでも走り続けるしかない。
「ガアアア!」
緑鬼の咆哮が全身をビリビリと震わせても、ドォンと拳が地面を叩いても止まらない。
そして、やっと。
「今日の鬼ごっこは終わりだ」
森慎吾が低く、怒りを込めた声で告げた。
ホッとした足から力が抜け落ちていく。
その場に座り込んだのは由紀と直人も同じだった。
3人とも汗びっしょりでもう一歩も歩けない。
「じゃあ、また明日」
森慎吾はそう言うと、緑鬼と共に姿を消したのだった。
森慎吾はイジメられていたかもしれない。
そして死んだ原因は川へ落ちたことだった。
これだけ収穫があったのに、全然嬉しさを感じない。
「森慎吾が自殺だったって話は誰もしてないよな?」
歩きながら不意に直人が聞いてきた。
「うん。用務員さんにも話を聞いたけど、そんなことは言ってなかったよ。川に落ちたってことは、事故扱いになったんじゃないかな?」
「だとしたら、森慎吾をイジメていたヤツらは無傷ってことか」
直人が悔しそうに奥歯を噛みしめる。
「ま、待って。まだイジメって決まったわけじゃないから」
由紀が慌てて直人の考えをストップする。
「そうだね。倉田さんは森慎吾が誰かに呼び出されていたらしいって言っただけだもん。イジメだって決まったわけじゃないよ」
「ふんっ。おとなしいヤツを呼び出すなんてイジメ意外になにがあるんだよ」
直人は少し強引にそう言い切った。
私はそれに意見しようと思ったけれど、不意に周りの風景が変わった。
まばたきをしてみると、自分たちが学校の屋上にいることがわかった。
空はよく晴れていて雲ひとつない。
「放課後か……」
直人がポツリと呟いた。
自分たちが思っているよりも随分と時間が経過していたみたいだ。
屋上のフェンスからグラウンドを覗いてみても、そこには誰もいなかった。
一般の生徒からは私達が見えなくなり、私達からは他の生徒たちが見えなくなる。
その気配すら、感じられない学校はとても寒々しい。
ジッとグランドを見つめていると背後に寒気を感じて振り向いた。
いつの間にか音もなく森慎吾が現れている。
「今日も鬼ごっこをして遊ぼうよ」
無邪気な声。
森慎吾は本当にこの鬼ごっこを心から楽しんでいるように見える。
「今日もやってやろうじゃねぇか」
直人が森慎吾へ向き直る。
それを見た森慎吾が嬉しそうに声をあげて笑った。
「すごいやる気だね。楽しみだよ」
最後までいい終えると同時に緑鬼が屋上に出現した。
「信一……」
鬼へ向けて名前を呼んでも反応はない。
切ない気持ちが胸にこみ上げてきて涙が滲んできた。
それを手の甲でぬぐい、キッと緑鬼をにらみつける。
これは信一だけど信一じゃない。
心を許しちゃいけないんだ。
「今回のルールはこれ」
森慎吾が手で指し示した先には三脚に立てられたカメラがあった。
「屋上といえば集合写真でしょ。だから鬼に追いかけられている間に3回4人の集合写真を撮ることが条件」
「4人って……!?」
「決まってるでしょ。君たち4人だよ」
森慎吾がクスクスと笑う。
「信一は鬼になってるのに、そんなの無理だよ」
由紀が悲痛な声を上げる。
緑鬼の信一は森慎吾に操られているから、おとなしくカメラに収まってくれるとは思えない。
絶対に撮影を邪魔してくるに決まっている。
「つべこべ言わずに楽しませてよ。それじゃ、鬼ごっこスタート!」
森慎吾が合図すると同時に緑鬼が「ガアア!」と咆哮を上げて両手を天へ突き上げた。
その両手はそのまま地面に付き降ろされる。
ドォンッという大音量と共にホコリが舞い上がり、地面が揺れる。
「とにかく逃げるぞ!」
直人の声を合図にして私達3人はバラバラに駆け出した。
走り出してすぐに由紀が体のバランスを崩して倒れてしまう。
だけど助けている暇はなかった。
私は屋上に設置されている赤いベンチにかけよるとその後に身を隠した。
由紀がどうにか立ち上がり、擦りむいた膝を気にする暇もなく走りだす。
その直後、由紀が今まで立っていた場所に鬼の拳が振り下ろされた。
「緑鬼は捕まえるんじゃなくて、叩き潰すつもりなんだ」
鬼の拳の威力に体の震えが止まらない。
そうしている間にも設置されているカメラは勝手に何枚もシャッターを切っている。
自分たちで設定しなくていいようになっているみたいだ。
「カメラの前に集まれ!」
直人の声に顔を向けると、直人と由紀がカメラへ向けて走っているのが見えた。
緑鬼はずっと後の方にいる。
私はベンチの後から飛び出してカメラへ向けて駆け出した。
「ガアアア!」
緑鬼の咆哮がすぐ後に聞こえる中、逃げ惑う私たちの姿がカメラに収められた。
「へぇ。なかなかやるじゃん」
森慎吾が関心した声を上げる。
ギリギリ、後の方に緑鬼の姿も入っていてセーフだったんだろう。
「あと2枚!」
直人が叫ぶ。
だけどその前に緑鬼に追いつかれてしまった。
大きな拳がすぐ隣に振り下ろされて「キャア!」と悲鳴を上げる。
逃げたいのに、足が震えて動かない。
緑鬼が再び拳を振り上げた。
そして私の頭上へと持ってくる。
「いや……やめて信一」
震える声は小さすぎて緑鬼には届かない。
ガタガタと震える足は言うことを聞かず、一歩前へ踏み出したと同時にその場に崩れ落ちてしまった。
「ひぃ……!」
喉に張り付いた悲鳴を上げて這いずって逃げる。
そんなゆっくりじゃ鬼から逃げることはできない。
すぐ真上に緑鬼の拳がある。
あれが振り下ろされたら、終わり……!!
「うぅ……信一……!!」
もう一歩も動けなくて涙で視界が歪む。
「おい! 森慎吾! お前、イジメられてたんだってな!!」
直人の叫び声が聞こえた途端に鬼の動きが止まった。
森慎吾が直人へ視線を向けたまま固まっている。
「今日お前の同級生だった人に聞いてきたんだ。お前、イジメられて死んだからその復習のためにこんなことしてんだろ! なんにも関係ねぇ俺たちを巻き込んで、それで満足かよ!?」
直人の声に気を取られて、緑鬼は完全に停止している。
私は地面を這いずってどうにか拳の下から脱出した。
フェンスに手をついて無理やり立ち上がり、少しでも鬼から遠ざかる。
「裕美、大丈夫?」
貯水槽の陰に隠れていた由紀が顔を出した。
「うん……なんとか」
まだ恐怖で足が震えているけれど、どうにか動くことはできそうだ。
振り向いてみると、まだ鬼は動き出さない。
「今なら写真が撮れるかも」
由紀が小声で言う。
確かに、緑鬼の後にはカメラがある。
鬼の後方に集まれば写真を撮るチャンスがある。
「行ってみよう」
私は勇気を出して再び歩き出した。
森慎吾へ向けてまだ言葉を続けている直人に近づく。
直人は気配に気がついて視線だけをこちらへ向けた。
カメラがある方向を指差すと、直人が微かに頷いた。
それから私と由紀は森慎吾に気が付かれないように鬼の後へと回り込んだ。
直人は話しかけながらジリジリと後ずさりをしてくる。
そして4人全員がカメラのフレームに収まったとき、シャッターが下りた。
「やった! これで2枚目!」
由紀と共に手を取り合って喜んだとき、緑鬼がゆっくりと動き出した。
まずい!
至近距離で再び動き出した鬼に慌ててその場から逃げ出す。
しかし緑鬼は私達を追いかけてこなかった。
代わりにやみくもに拳を地面へと突き落としはじめたのだ。
ドォンドォン!
と、立て続けに大きな音が鳴り響く。
更にはさっきまで私が隠れていたバンチを両手で持ち上げると、引きちぎるようにして破壊してしまったのだ。
バラバラとベンチのかけらが地面に降り注ぐ。
「どうしたんだろう」
諸水槽の陰から森慎吾の様子を確認してみると、その目が釣り上がり怒りで燃えているのが見えた。
ゾッと全身に寒気が走る。
さっきのイジメられていたんだろうという言葉で完全に怒らせてしまったようだ。
緑鬼は森慎吾の怒りで暴走し、手当たりしだいに物を壊しはじめていた。
森慎吾が準備したカメラまで、簡単にへし折られてしまう。
「カメラが……!」
あと1回でミッション達成だったのに、それもできなくなってしまった。
「くそ! 逃げろ! とにかく捕まるな!」
直人が叫ぶ。
緑鬼が貯水槽へと近づいてくる足音が聞こえてきた。
私と由紀は貯水槽の陰から飛び出して駆け出した。
「ガアアア!」
緑鬼が咆哮を上げて貯水槽に拳を叩きつける。
貯水槽にバキバキとヒビが入り、そのから水が吹き出した。
ものすごいパワーだ。
森慎吾の怒りがそうさせているんだろう。
「……あと10分」
森慎吾の呟くような声が脳内に聞こえてくる。
あと10分逃げ切ることができるだろうか。
いや、それよりも今日はまだ誰も捕まっていない。
このままだと明日も信一がいない世界が来てしまう。
そう思うと逃げる足が鈍くなった。
信一に戻ってきてほしいという気持ちが強くなる。
「逃げて裕美!」
由紀の声にハッと我に返って再び全力で走り出した。
そうだ。
ここで私が鬼になったとしても、また明日同じように幽霊鬼ごっこが始まってしまう。
鬼でいる期間の記憶がなくなるのなら、きっと鬼のままでいた方が幸せだ。
自分が鬼になって仲間をい傷つけるかも知れないことを思えば、傷つけられた方がいい!
「あと5分だ」
森慎吾が呟く。
今回は感情が高ぶっているせいか、さっきからその声は震えていた。
「はぁ……はぁ!」
あと5分。
あと5分。
そう思って必死で足を動かす。
もう止まることはできなかった。
由紀も、直人も走りっぱなしだ。
息が切れて汗が吹き出して、両足が痛くてたまらない。
それでも走り続けるしかない。
「ガアアア!」
緑鬼の咆哮が全身をビリビリと震わせても、ドォンと拳が地面を叩いても止まらない。
そして、やっと。
「今日の鬼ごっこは終わりだ」
森慎吾が低く、怒りを込めた声で告げた。
ホッとした足から力が抜け落ちていく。
その場に座り込んだのは由紀と直人も同じだった。
3人とも汗びっしょりでもう一歩も歩けない。
「じゃあ、また明日」
森慎吾はそう言うと、緑鬼と共に姿を消したのだった。
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