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噂話
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「裕美も昨日の歌番組見たの?」
放課後、キズナ小学校の5年1組の教室に残っているのは、私、吉野裕美と川井由紀。
そして大塚信一と竹中直人の4人だった。
「うん、見たよ。やっぱり最高だった!」
「いいなぁ。私まだ見れてないんだよね。録画してあるから、早く帰って見なきゃ」
由紀が赤いランドセルと背負うと、肩まである天然パーマの髪の毛がふわりと揺れる。
シャンプーの甘い香りが漂ってきた。
「録画といえばさぁ、呪いのディスクって知ってる?」
話を持ちかけてきたのは信一だった。
信一はクラスの中で一番背が高くて運動神経バツグン。
勉強はあまり得意じゃないけれど、女子生徒たちから密かに人気が高かった。
そんな信一は私とお隣さん同士だ。
「え、怖い話?」
由紀が眉を下げて私の腕に抱きついてくる。
「それってどんな話? 面白そう!」
怖い話も面白い話も大好きな私は身を乗り出して先を話すように勧めた。
すると直人がニヤリとした笑みを浮かべて「その話なら俺も知ってる」と、自分のことおを指差して言った。
直人はこの中で一番体が大きくて、夏服の袖から出ている腕には筋肉がしっかりついている。
心優しい力持ちだ。
「とあるレンタルビデオ店に行くと、どこかの棚に題名の書かれていないブルーレイがあるんだ。それを借りて見てみると、女の人の悲鳴が10分間聞こえてくるんだって。それを最後まで聞くと、その声の女性に呪われるんだ!」
最後にワッと脅かされて由紀がビクリと体を震わせた。
涙目になっている。
「そんなの、最後まで聞かずに止めればいいじゃん」
「バーカ。途中で止めようにも止められないのが、怖い話の鉄板だろ」
話の穴をつついてみたけれど信一が自信満々に言った。
霊力とかで機械がダメになってしまうのかもしれない。
「うぅ……怖いよう」
隣では私の腕を掴んで真っ青になっている由紀がいる。
「大丈夫だよ由紀。もしそんなブルーレイを見つけたとしても借りなければいいんだから」
「そ、そうだよね!?」
「そうだよ。それにこれはただの都市伝説なんだから、本気にしちゃダメだよ」
と、由紀をなだめていると、急に直人が「あっ」と何かを思い出したように呟いた。
「直人、どうした?」
「いや、今の話聞いてこの学校にまつわる怖い話を思い出したんだ」
「この学校の怖い話ってなに!?」
由紀は怖がっているけれど、好奇心に負けて前のめりになってしまう。
「ちょ、ちょっと裕美……」
「ごめん。でも強ければ耳を塞いでいればいいから」
私は由紀の両耳を塞いで直人を見た。
「直人、これで大丈夫だよ。続きを教えて?」
「あぁ。この学校にも七不思議があるよな。花子さんとか、テケテケとか。でもそんなんじゃないんだ。他の学校では聞いたことのない怖い話があるんだ」
直人はそう前置きをして真剣な表情で私と信一を見た。
私がゴクリと唾を飲み込む。
「幽霊鬼ごっこって、聞いたことないか?」
直人からの質問に私は左右に首を振る。
信一も聞いたことがないみたいで、首を傾げている。
「放課後になると学校のどこかで鬼ごっこが始まるんだ。鬼ごっこの鬼は、この学校に留まっている幽霊で参加者は強制的に選ばれれるんだ。鬼ごっこに参加させられた生徒の姿は他の生徒からは見えなくなる。だから助けることができない。幽霊に捕まった生徒がどうなるのかは……わからないんだ」
ゾクリと背筋が寒くなった。
直人の話し方はとてもリアルで、今ふりむいたらその幽霊が立っているような気がして振り向くことができなかった。
「へぇ、結構怖い話だな」
信一が感心したように言う。
「そ、そうだね。幽霊と鬼ごっこするなんて、他の学校じゃ聞かない話だよね」
私は無理に微笑んで由紀から手を離した。
由紀に聞かせなくてよかった。
「こ、怖い話だったの?」
「ちょっとだけね?」
そう返事をして4人でぞろぞろと教室の出口へと向かう。
今は夏だけれど、直人から話を聞いたら鳥肌が立っている。
早く帰ろう。
「幽霊に捕まった生徒ってどうなるんだろうな?」
教室の中央まで移動してきたとき、信一がそんなことを呟いた。
その話はもう終わったと思っていた由紀がビクリと体を跳ねさせる。
「きっと地獄に連れて行かれるんだぜ」
直人が面白がってそう答える。
「じ、地獄!?」
由紀の声が裏返って、また涙が滲んで浮かんでくる。
「ちょっともうやめなよ。由紀が怖がってるでしょ」
「そんなこと言って、実は裕美が怖いんだろ」
信一に言われて言葉に詰まる。
全身に出てきた鳥肌はまで消えていない。
私は自分の両腕をさすりながら「へへっ」と苦笑いを浮かべた。
「悪い悪い。さぁ、もう帰ろうぜ」
直人が一足先にドアへと向かう。
みんなが出ていった後のドアはしっかりを閉められていて、一瞬違和感が胸を刺激した。
放課後はいつもドアが開けっ放しになっているのに、今日は誰かが閉めたんだ。
そう思っていると、ドアに手を伸ばした直人が首を傾げた。
「おかしいな。開かない」
「鍵でもかかってるのか?」
信一が鍵を確認するけれど、開いているみたいだ。
それでもドアはガタガタと揺れるばかりで開いてくれない。
「ちょっと、そういう冗談しなくていいから、早く開けてよ」
後から声をかけると直人が眉間にシワを寄せて振り向いた。
「マジで開かねぇんだよ」
そう言われて変わってみると、ドアはどれだけ力を入れても少しも開くことがなかった。
隙間すらできない。
「もしかして誰かが外からつっかえ棒でもしてるのかな?」
信一が呟いてドアを逆側から開けようとする。
だけどやっぱりドアはガタガタ揺れるだけで、開かなかった。
「仕方ない。後のドアから出るか」
直人が教室後方のドアへと向かう。
だけど手をかけた瞬間顔色が変わった。
両手で必死にドアを開けようとしているけれど、ビクともしない。
「ちょっと、今度こそ冗談だよね!?」
慌てて駆け寄って確認してみるけれど、冗談でもなんでもなかった。
ドアは鍵もかかっていないのに開かないのだ。
「ね、ねぇ、窓も開かない!」
廊下側の窓を開こうとしていた由紀が真っ青になって言う。
「こっちもダメだ!」
叫んだのは外側へ面した窓を確認していた信一だった。
みんなの顔からサーッと血の気が引いていく。
「ど、どうせ信一と直人が私達を怖がらせようとしてやってるんでしょ? 外に仲間がいて、それで……」
そこまで言ったけれど、信一も直人も笑っていないことに気がついて言葉を切った。
重たい空気が全身にのしかかってくるのを感じる。
なんだかすごく息苦しい。
「そ、外に連絡取ってみる」
気を取り直して言ったのは由紀だった。
スカートのポケットからキッズスマホを取り出して操作している。
4人の中でキッズスマホを持たされているのは由紀だけだ。
「あ、あれ? おかしいな」
スマホを操作していた由紀が首を傾げた。
「由紀、どうしたの?」
近づいてスマホ画面を確認してみると、画面が真っ暗になっている。
「全然動かないの」
「電源が入ってないんじゃなくて?」
由紀は左右に首を振り、何度も電源ボタンを押して見せた。
それでも画面はなにも表示されない。
「これじゃ外に連絡も取れないよ」
由紀が泣きそうな顔で呟く。
「よし、これは緊急事態だ。教室に閉じ込められて出られないんだからな」
直人は自分に言い聞かせるように呟き、両手で椅子を持ち上げた。
大きく振り上げたかと思うと、思いっきり窓に叩きつけた。
ガンッ!
と音がしたものの、窓は無傷だ。
もう1度、直人が椅子を叩きつける。
それでも窓にはヒビひとつ入らない。
「くそ。意外と頑丈だな」
今度は直人と信一が一緒になって窓を蹴りつけた。
窓はまるでトランポリンのようにふたりの足を跳ね返し、ふたりは床に転がってしまった。
「なんだよこれ」
床に手をついて起き上がりながら直人が青ざめていく。
「こんなに柔らかい窓、壊せるわけがない」
信一が立ち上がり、窓に触れた。
けれど今度は跳ね返されることもなく、叩いてみると硬そうな音がしている。
「こ、このまま外に出られなかったら私達どうなるの!?」
由紀が叫ぶように声を上げる。
私は外側に面した窓に目を向けた。
「まだ明るいけど、すぐに真っ暗になるよ。そしたらきっと親たちが心配して探しに来てくれる。だから大丈夫だよ」
少なくても、朝までここに閉じ込められているようなことはないはずだ。
と、そこで違和感に気がついた。
太陽は街を照りつけているのに、この教室内は全く暑くなっていないのだ。
放課後になってエアコンも切られているし、窓もドアも閉まっているのに快適な温度が保たれている。
「ねぇ、鬼ごっこしようよ」
そんな声が聞こえて来て全員が互いの顔を見つめた。
「今、誰か何か言った?」
信一が聞くが全員が左右に首をふった。
こんな状況で鬼ごっこなんて始めるわけがない。
それに、今の声は聞いたことのない男の子の声だった。
互いの顔を見つめていた視線がスッとソレて教室後方へと向かう。
さっきの声がした方へ顔を向けると、そこには見知らぬ男の子が立っていた。
「キャア!」
由紀が悲鳴を上げて尻もちをつく。
同い年くらいの男の子はニコニコと微笑んでこちらを見ているけれど、その髪の毛は濡れているように見えた。
「お、お前、いつからそこにいたんだ!」
直人が椅子を握りしめて男の子へ向ける。
だけど男の子は怯んだ様子も見せずにほほえみ続けている。
なんだか様子がおかしい。
そう思っていると、男の子の両足がうっすらと透けていて、後のロッカーが見えていることに気がついた。
「こ、この子体が透けてる!」
叫びながら後退りすると、由紀と同じように尻もちをついてしまった。
だけど痛みを感じている暇もなかった。
目の前に幽霊がいる。
作り物なんかじゃない。
本物の幽霊だ。
「幽霊鬼ごっこ」
信一が小さく呟く。
驚いて視線を向けると、信一はジッと男の子を見つめていた。
「あ、あれは俺が聞いてきた、ただの噂だ。本当のことじゃねぇ」
「でも、学校の七不思議の中のどれとも当てはまらない状況だろ。きっと、あの話は本当だったんだ」
直人が「うぅ……」とうめき声を上げて椅子をおろした。
相手が幽霊じゃ、攻撃したって体をすり抜けてしまうかもしれない。
「ね、ねぇ。幽霊を追い返す方法とか知らないの!?」
私は直人の腕を掴んで聞いた。
これが幽霊鬼ごっこだとすれば、それに詳しいのは直人だからだ。
「そんなの知ってるわけねぇだろ! 知ってたらとっくにここから出れてんだからよ!」
「幽霊の噂をしてた子、なにも言ってなかったのか?」
「あぁ。相手だって本当のことだなんて思ってなかったはずだしな」
信一が大きく息を吐き出す。
足の透けた男の子は微笑んだままジッとこちらを見つめていて、動く気配がない。
「ここで鬼ごっこを拒否したらどうなる?」
「なに言ってんだよ。こんな状況で断ったら、それこそ地獄行きだ!」
信一からの質問に直人は真っ青になっている。
直人が言う通り、外に出ることができない状態で幽霊の提案を拒否するのはよくないと思う。
「じゃ、じゃあ……やるしかないよね」
机に手をついてどうにか立ち上がる。
男の子の幽霊を視線が合いそうになってとっさに逸らせてしまった。
男の子の足元には水たまりができていて、今でもポツポツと水滴が落ちてきている。
振動がドクドクして、嫌な汗が背中に流れていく。
「やるって、あの子と鬼ごっこするってこと?」
由紀が私の手を痛いほど掴んでくる。
私は頷くしかなかった。
「鬼ごっこをすればここから出られるんだよね?」
直人へ向けて聞くと、「あ、あぁ」と震える声で返事があった。
「鬼ごっこに勝った生徒からこの噂がたち始めたらしいからな」
私はコクリと頷く。
そして由紀の腕を引っ張って立たせた。
座り込んだままじゃ鬼ごっこはできない。
「鬼ごっこしてくれるの?」
全員が立ち上がったタイミングで男の子が聞いてきた。
口元は動いているのに、声は脳に直接入り込んできているような感じがする。
「由紀、大丈夫?」
「う……うん」
全身ガタガタと震えていてとても走って逃げることはできなさそうだ。
それなら、由紀に鬼が近づかないように引き寄せればいい。
「鬼は僕。みんなは逃げてね?」
男の子が淡々とルールを説明する。
私はゴクリと唾を飲み込んで由紀から手を離した。
由紀は不安そうな顔を浮かべるけれど、手をつないだまま走ることはできない。
「じゃあ、鬼ごっこスタート!」
男の子の楽しそうな声が密室の教室内に響いたのだった。
放課後、キズナ小学校の5年1組の教室に残っているのは、私、吉野裕美と川井由紀。
そして大塚信一と竹中直人の4人だった。
「うん、見たよ。やっぱり最高だった!」
「いいなぁ。私まだ見れてないんだよね。録画してあるから、早く帰って見なきゃ」
由紀が赤いランドセルと背負うと、肩まである天然パーマの髪の毛がふわりと揺れる。
シャンプーの甘い香りが漂ってきた。
「録画といえばさぁ、呪いのディスクって知ってる?」
話を持ちかけてきたのは信一だった。
信一はクラスの中で一番背が高くて運動神経バツグン。
勉強はあまり得意じゃないけれど、女子生徒たちから密かに人気が高かった。
そんな信一は私とお隣さん同士だ。
「え、怖い話?」
由紀が眉を下げて私の腕に抱きついてくる。
「それってどんな話? 面白そう!」
怖い話も面白い話も大好きな私は身を乗り出して先を話すように勧めた。
すると直人がニヤリとした笑みを浮かべて「その話なら俺も知ってる」と、自分のことおを指差して言った。
直人はこの中で一番体が大きくて、夏服の袖から出ている腕には筋肉がしっかりついている。
心優しい力持ちだ。
「とあるレンタルビデオ店に行くと、どこかの棚に題名の書かれていないブルーレイがあるんだ。それを借りて見てみると、女の人の悲鳴が10分間聞こえてくるんだって。それを最後まで聞くと、その声の女性に呪われるんだ!」
最後にワッと脅かされて由紀がビクリと体を震わせた。
涙目になっている。
「そんなの、最後まで聞かずに止めればいいじゃん」
「バーカ。途中で止めようにも止められないのが、怖い話の鉄板だろ」
話の穴をつついてみたけれど信一が自信満々に言った。
霊力とかで機械がダメになってしまうのかもしれない。
「うぅ……怖いよう」
隣では私の腕を掴んで真っ青になっている由紀がいる。
「大丈夫だよ由紀。もしそんなブルーレイを見つけたとしても借りなければいいんだから」
「そ、そうだよね!?」
「そうだよ。それにこれはただの都市伝説なんだから、本気にしちゃダメだよ」
と、由紀をなだめていると、急に直人が「あっ」と何かを思い出したように呟いた。
「直人、どうした?」
「いや、今の話聞いてこの学校にまつわる怖い話を思い出したんだ」
「この学校の怖い話ってなに!?」
由紀は怖がっているけれど、好奇心に負けて前のめりになってしまう。
「ちょ、ちょっと裕美……」
「ごめん。でも強ければ耳を塞いでいればいいから」
私は由紀の両耳を塞いで直人を見た。
「直人、これで大丈夫だよ。続きを教えて?」
「あぁ。この学校にも七不思議があるよな。花子さんとか、テケテケとか。でもそんなんじゃないんだ。他の学校では聞いたことのない怖い話があるんだ」
直人はそう前置きをして真剣な表情で私と信一を見た。
私がゴクリと唾を飲み込む。
「幽霊鬼ごっこって、聞いたことないか?」
直人からの質問に私は左右に首を振る。
信一も聞いたことがないみたいで、首を傾げている。
「放課後になると学校のどこかで鬼ごっこが始まるんだ。鬼ごっこの鬼は、この学校に留まっている幽霊で参加者は強制的に選ばれれるんだ。鬼ごっこに参加させられた生徒の姿は他の生徒からは見えなくなる。だから助けることができない。幽霊に捕まった生徒がどうなるのかは……わからないんだ」
ゾクリと背筋が寒くなった。
直人の話し方はとてもリアルで、今ふりむいたらその幽霊が立っているような気がして振り向くことができなかった。
「へぇ、結構怖い話だな」
信一が感心したように言う。
「そ、そうだね。幽霊と鬼ごっこするなんて、他の学校じゃ聞かない話だよね」
私は無理に微笑んで由紀から手を離した。
由紀に聞かせなくてよかった。
「こ、怖い話だったの?」
「ちょっとだけね?」
そう返事をして4人でぞろぞろと教室の出口へと向かう。
今は夏だけれど、直人から話を聞いたら鳥肌が立っている。
早く帰ろう。
「幽霊に捕まった生徒ってどうなるんだろうな?」
教室の中央まで移動してきたとき、信一がそんなことを呟いた。
その話はもう終わったと思っていた由紀がビクリと体を跳ねさせる。
「きっと地獄に連れて行かれるんだぜ」
直人が面白がってそう答える。
「じ、地獄!?」
由紀の声が裏返って、また涙が滲んで浮かんでくる。
「ちょっともうやめなよ。由紀が怖がってるでしょ」
「そんなこと言って、実は裕美が怖いんだろ」
信一に言われて言葉に詰まる。
全身に出てきた鳥肌はまで消えていない。
私は自分の両腕をさすりながら「へへっ」と苦笑いを浮かべた。
「悪い悪い。さぁ、もう帰ろうぜ」
直人が一足先にドアへと向かう。
みんなが出ていった後のドアはしっかりを閉められていて、一瞬違和感が胸を刺激した。
放課後はいつもドアが開けっ放しになっているのに、今日は誰かが閉めたんだ。
そう思っていると、ドアに手を伸ばした直人が首を傾げた。
「おかしいな。開かない」
「鍵でもかかってるのか?」
信一が鍵を確認するけれど、開いているみたいだ。
それでもドアはガタガタと揺れるばかりで開いてくれない。
「ちょっと、そういう冗談しなくていいから、早く開けてよ」
後から声をかけると直人が眉間にシワを寄せて振り向いた。
「マジで開かねぇんだよ」
そう言われて変わってみると、ドアはどれだけ力を入れても少しも開くことがなかった。
隙間すらできない。
「もしかして誰かが外からつっかえ棒でもしてるのかな?」
信一が呟いてドアを逆側から開けようとする。
だけどやっぱりドアはガタガタ揺れるだけで、開かなかった。
「仕方ない。後のドアから出るか」
直人が教室後方のドアへと向かう。
だけど手をかけた瞬間顔色が変わった。
両手で必死にドアを開けようとしているけれど、ビクともしない。
「ちょっと、今度こそ冗談だよね!?」
慌てて駆け寄って確認してみるけれど、冗談でもなんでもなかった。
ドアは鍵もかかっていないのに開かないのだ。
「ね、ねぇ、窓も開かない!」
廊下側の窓を開こうとしていた由紀が真っ青になって言う。
「こっちもダメだ!」
叫んだのは外側へ面した窓を確認していた信一だった。
みんなの顔からサーッと血の気が引いていく。
「ど、どうせ信一と直人が私達を怖がらせようとしてやってるんでしょ? 外に仲間がいて、それで……」
そこまで言ったけれど、信一も直人も笑っていないことに気がついて言葉を切った。
重たい空気が全身にのしかかってくるのを感じる。
なんだかすごく息苦しい。
「そ、外に連絡取ってみる」
気を取り直して言ったのは由紀だった。
スカートのポケットからキッズスマホを取り出して操作している。
4人の中でキッズスマホを持たされているのは由紀だけだ。
「あ、あれ? おかしいな」
スマホを操作していた由紀が首を傾げた。
「由紀、どうしたの?」
近づいてスマホ画面を確認してみると、画面が真っ暗になっている。
「全然動かないの」
「電源が入ってないんじゃなくて?」
由紀は左右に首を振り、何度も電源ボタンを押して見せた。
それでも画面はなにも表示されない。
「これじゃ外に連絡も取れないよ」
由紀が泣きそうな顔で呟く。
「よし、これは緊急事態だ。教室に閉じ込められて出られないんだからな」
直人は自分に言い聞かせるように呟き、両手で椅子を持ち上げた。
大きく振り上げたかと思うと、思いっきり窓に叩きつけた。
ガンッ!
と音がしたものの、窓は無傷だ。
もう1度、直人が椅子を叩きつける。
それでも窓にはヒビひとつ入らない。
「くそ。意外と頑丈だな」
今度は直人と信一が一緒になって窓を蹴りつけた。
窓はまるでトランポリンのようにふたりの足を跳ね返し、ふたりは床に転がってしまった。
「なんだよこれ」
床に手をついて起き上がりながら直人が青ざめていく。
「こんなに柔らかい窓、壊せるわけがない」
信一が立ち上がり、窓に触れた。
けれど今度は跳ね返されることもなく、叩いてみると硬そうな音がしている。
「こ、このまま外に出られなかったら私達どうなるの!?」
由紀が叫ぶように声を上げる。
私は外側に面した窓に目を向けた。
「まだ明るいけど、すぐに真っ暗になるよ。そしたらきっと親たちが心配して探しに来てくれる。だから大丈夫だよ」
少なくても、朝までここに閉じ込められているようなことはないはずだ。
と、そこで違和感に気がついた。
太陽は街を照りつけているのに、この教室内は全く暑くなっていないのだ。
放課後になってエアコンも切られているし、窓もドアも閉まっているのに快適な温度が保たれている。
「ねぇ、鬼ごっこしようよ」
そんな声が聞こえて来て全員が互いの顔を見つめた。
「今、誰か何か言った?」
信一が聞くが全員が左右に首をふった。
こんな状況で鬼ごっこなんて始めるわけがない。
それに、今の声は聞いたことのない男の子の声だった。
互いの顔を見つめていた視線がスッとソレて教室後方へと向かう。
さっきの声がした方へ顔を向けると、そこには見知らぬ男の子が立っていた。
「キャア!」
由紀が悲鳴を上げて尻もちをつく。
同い年くらいの男の子はニコニコと微笑んでこちらを見ているけれど、その髪の毛は濡れているように見えた。
「お、お前、いつからそこにいたんだ!」
直人が椅子を握りしめて男の子へ向ける。
だけど男の子は怯んだ様子も見せずにほほえみ続けている。
なんだか様子がおかしい。
そう思っていると、男の子の両足がうっすらと透けていて、後のロッカーが見えていることに気がついた。
「こ、この子体が透けてる!」
叫びながら後退りすると、由紀と同じように尻もちをついてしまった。
だけど痛みを感じている暇もなかった。
目の前に幽霊がいる。
作り物なんかじゃない。
本物の幽霊だ。
「幽霊鬼ごっこ」
信一が小さく呟く。
驚いて視線を向けると、信一はジッと男の子を見つめていた。
「あ、あれは俺が聞いてきた、ただの噂だ。本当のことじゃねぇ」
「でも、学校の七不思議の中のどれとも当てはまらない状況だろ。きっと、あの話は本当だったんだ」
直人が「うぅ……」とうめき声を上げて椅子をおろした。
相手が幽霊じゃ、攻撃したって体をすり抜けてしまうかもしれない。
「ね、ねぇ。幽霊を追い返す方法とか知らないの!?」
私は直人の腕を掴んで聞いた。
これが幽霊鬼ごっこだとすれば、それに詳しいのは直人だからだ。
「そんなの知ってるわけねぇだろ! 知ってたらとっくにここから出れてんだからよ!」
「幽霊の噂をしてた子、なにも言ってなかったのか?」
「あぁ。相手だって本当のことだなんて思ってなかったはずだしな」
信一が大きく息を吐き出す。
足の透けた男の子は微笑んだままジッとこちらを見つめていて、動く気配がない。
「ここで鬼ごっこを拒否したらどうなる?」
「なに言ってんだよ。こんな状況で断ったら、それこそ地獄行きだ!」
信一からの質問に直人は真っ青になっている。
直人が言う通り、外に出ることができない状態で幽霊の提案を拒否するのはよくないと思う。
「じゃ、じゃあ……やるしかないよね」
机に手をついてどうにか立ち上がる。
男の子の幽霊を視線が合いそうになってとっさに逸らせてしまった。
男の子の足元には水たまりができていて、今でもポツポツと水滴が落ちてきている。
振動がドクドクして、嫌な汗が背中に流れていく。
「やるって、あの子と鬼ごっこするってこと?」
由紀が私の手を痛いほど掴んでくる。
私は頷くしかなかった。
「鬼ごっこをすればここから出られるんだよね?」
直人へ向けて聞くと、「あ、あぁ」と震える声で返事があった。
「鬼ごっこに勝った生徒からこの噂がたち始めたらしいからな」
私はコクリと頷く。
そして由紀の腕を引っ張って立たせた。
座り込んだままじゃ鬼ごっこはできない。
「鬼ごっこしてくれるの?」
全員が立ち上がったタイミングで男の子が聞いてきた。
口元は動いているのに、声は脳に直接入り込んできているような感じがする。
「由紀、大丈夫?」
「う……うん」
全身ガタガタと震えていてとても走って逃げることはできなさそうだ。
それなら、由紀に鬼が近づかないように引き寄せればいい。
「鬼は僕。みんなは逃げてね?」
男の子が淡々とルールを説明する。
私はゴクリと唾を飲み込んで由紀から手を離した。
由紀は不安そうな顔を浮かべるけれど、手をつないだまま走ることはできない。
「じゃあ、鬼ごっこスタート!」
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