テスター

西羽咲 花月

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連れてくる~千紗サイド~

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テスターが2人の死体を運び出してからどのくらい時間が経過しただろうか?


あたしはずっとひとりで椅子に座っていて、緊張と恐怖で全身に汗をかいていた。


体の中からどんどん水分が出て行って、喉が渇いて仕方がない。


声を上げようとしても喉にひっかかって出てこない。


このままテスターが戻ってこなければ、誰にも気が付かれなければ、あたしは死んでしまうだろう。


意識が朦朧としてきて視界が歪む。


無理矢理意識を保つことが困難になってきたとき、再び倉庫のドアが開かれた。


その音に反応して意識が戻ってくる。


眩しい光が差し込んできてすでに朝になっていることがわかった。


助けが来てくれた!?


と喜んだのもつかの間、倉庫に入ってきたのはテスターその人だったのだ。


一気に体が緊張に包まれる。


テスターは重たそうな麻袋を引きずり、倉庫内に入ってきた。


あれはなんだろう……?


あたしは身をよじって少しでもテスターから遠ざかろうとした。


テスターは上機嫌で、鼻歌を歌いながら麻袋を床に置いた。


ドサッと重たそうな音が聞こえてくる。


途端に麻袋がグネグネと動いたのだ。


「ヒッ」


小さく悲鳴をあげると、テスターがあたしを見て笑い声をあげた。


麻袋がまだうごめいている。


テスターが袋の口を緩めると、中から女の子が頭を除かせたのだ。


猿轡をかまされ、両手は背中で拘束されている。


「郁乃!?」


あたしは驚きのあまりその名前を叫んでいた。


麻袋の中から出てきたのは郁乃だったのだ。


郁乃の顔はひどく晴れ上がり、口の端には血がこびりついている。


それでも原型はとどめていた。


郁乃は目を見開いてあたしを見上げ、荒い呼吸を繰り返す。


そんな……!


テスターの正体が郁乃だと思っていたあたしは驚愕で言葉を失ってしまった。


「郁乃だって可愛い、郁乃だって可愛い、郁乃だって可愛い」


テスターはまた壊れた機械のように繰り返す。


その言葉にスッと血の気が引いていった。


まさか、あたしがあんなことを言ったから、次のターゲットに郁乃を選んだんじゃ……。


麻袋から出てきた郁乃は両足もロープで固定されていて、幼虫のようにしか動くことができない状態だった。


猿轡の下で必死に悲鳴を上げているが、それはすべてかき消されていく。


テスターは郁乃の両脇の下に腕を入れると、力をこめて椅子に座らせた。


郁乃はされるがままだ。


新しいロープで椅子と体を固定された郁乃は涙目をこちらへ向けた。


「郁乃、なんで……」


それ以上は言葉にならなかった。


郁乃がここに連れてこられたのは間違いなくあたしのせいだ。


その後テスターは郁乃の猿轡を外した。


ここで大声を出されたも大丈夫だと、わかっている行動だった。


郁乃は大きく息を吸い込み、そして咳き込んだ。


「ち、千紗……」


郁乃の声はかすれていて、どうにか聞き取れる程度のものだった。


これじゃ大声を上げて助けを呼ぶことも困難だろう。


「郁乃、いつから拘束されてたの?」


聞くと、郁乃は恐ろしいものを思い出したかのように強く身震いをした。


「昨日の放課後……ひとりで教室に忘れ物をとりに戻ったの。そしたら突然この人が現れて、ずっとロッカーに閉じ込められてた」


郁乃の声はひどく震えている。


相当怖い思いをしたみたいだ。


テスターは郁乃の行動を監視していたのだろうか。


倉庫にいる間もずっとスマホを見ていたけれど、もしかしたら学校内に監視カメラなどを仕掛けていて、それを確認していたのかもしれない。


そうすれば、あたしたちや郁乃を誘拐してくることは簡単だったはずだ。


テスターは郁乃顔をジッと見つめて、舌打ちをした。


晴れ上がった顔を切り取っても意味がないと判断したのかもしれない。


郁乃は体を硬直させて、必死にテスターから視線をそらせている。


テスターはカッターナイフを取り出すと、郁乃の制服を切り裂いた。


郁乃は捕まる前に相当暴れたのだろう、制服はすでにボロボロの状態だった。


「っ!」


制服を切り裂かれた郁乃が青ざめる。


テスターはそれを意に介さず、郁乃の下着も切り裂いた。


形のいいきれいな胸が露出してテスターはそこに顔を近づける。


まさか、顔以外にもパーツをほしがるんじゃ……。


そう思いテスターが最初に見せてきた動画を思い出した。


あの動画では、テスターは少女の足を切断していたのだ。


胸や腕をほしがっても不思議じゃなかった。

「綺麗な胸ね」


テスターが郁乃へ向けて笑いかける。


「やめて……」


郁乃は左右に首を振る。


胸なんて切り取られたらそれこそすぐに死んでしまう。


「そうだよ。胸を取り替えるなんて、頭おかしいんじゃないの!?」


横から声を上げるが、やはりテスターは動じない。


袋の中からナイフを取り出して刃先の血を指先で落としはじめた。


あれは智恵理の顔の皮膚を切り裂いたときに使ったものだ。


「これ、まだ切れるかしら?」


テスターは首をかしげて郁乃に近づいていく。


血がこびりついたままの刃は少し切れ味が悪くなっているようで、郁乃の胸を安易には切り裂かない。


「あああああああ!」


弱った刃を押し当てられた郁乃は痛みに絶叫を上げた。


その悲鳴は鼓膜をつんざき、テスターは顔をしかめた。


「やっぱりこれじゃダメね。あたらしいのを用意しないと」


ぶつぶつと文句を言いながら、ナイフを袋に戻す。


それを見てホッと息を吐き出した。


ひとまずは諦めてくれたみたいだ。


「少し待っててね。すぐに戻ってくるから」


テスターはそう言うと、あたしと郁乃を残して倉庫から出て行った。


ドアが開いた瞬間グラウンドを確認してみたが、生徒たちの姿はひとりも見当たらない。


どうして誰もいないの!?


テスターが遠ざかっていく足音だけが聞こえてくる。


「誰か助けて!」


あたしは残っている力を振り絞り、精一杯声を上げた。


「誰にも聞こえないよ」


郁乃の言葉にあたしは目を見開く。


「どうしてそんなこと言うの!?」


「今日は午前中で学校は終わり。部活動も委員会活動もないんだって。ロッカーの中で聞いた」


郁乃の言葉に背中に冷や汗が流れて行った。


「なんで、そんなことになってるの!?」


「仕方ないでしょ。あんたたち3人がいなくなって、あたしまでこんなことになったんだから」


郁乃はそう言ってから、思い出したように首を曲げて倉庫内を確認した。


「他の2人は?」


聞かれて、あたしは左右に首を振った。


「え?」


意味が理解できなかったようで、郁乃は眉間に眉を寄せた。


「……死んだの」


あたしの言葉に郁乃が一瞬息を飲んだ。


ヒュッと、空気が喉を通る音が聞こえてきた。


「嘘でしょ……」


「本当だよ。あの女、どんなことでもする。あたしもまぶたを切り取られたんだから」


「じゃ、じゃあ戻ってきたら、あたしの胸を?」


郁乃の言葉にあたしはうなづいた。


テスターは容赦なく郁乃の胸を切り取り、そして自分の胸と付けかえるはずだ。


そうなる前に、どうにかここから脱出しないといけない。


あたしは両足をそろえて、思いっきり床を蹴飛ばした。


ガンッと大きな音が倉庫の中に響く。


「ちょっと、何する気?」


「誰もいないなら、この倉庫を壊して外に出るしかないじゃん」


長年使われていない木製の倉庫だ。


頑張れば壊すことができるかもしれない。


郁乃は大きくうなづき、あたしと同じように床を蹴りつけた。


ガンガンと音が響き渡るが、倉庫自体が壊れる気配は見られない。


想像しているよりも、よほどしっかりと作られているみたいだ。


「壊れて、壊れてよ!」


額に汗が滲み、体が熱を帯びてくる。


それでもあたしたちはやめなかった。


絶対にここから脱出してやる。


その気持ちが強かったから。


それなのに、無常にも足音がこちらへ近づいてくることに気がついてしまった。


テスターはすぐに戻ってくると言っていたけれど、本当だったみたいだ。


あたしと郁乃は足を止めて顔を見合わせた。


郁乃の顔からは血の気がうせていて、唇まで青くなっている。


きっとあたしも同じような顔をしていることだろう。


ひどいストレスから吐き気がこみ上げてくる。


足音はどんどん近づいてくる。


テスターが戻ってくれば、郁乃は……。


そこまで考えたとき、倉庫の前で足音が止まった。


郁乃が唾を飲み込む音が聞こえてくる。


倉庫のドアがゆっくりと開かれて、新しいナイフを握り締めたテスターが目の前に現れた。


あぁ……もう、終わりだ。


希望が消えうせてすべてが暗転していくようだった。


テスターが大切そうにナイフを握り締めて倉庫の中に入ってくる。


と、その瞬間だった。


テスターの背後から突然人が割り込んできたのだ。


体を押されたテスターはバランスを崩して膝を突く。


「千紗!!」


あたしの名前を呼んだのは久典だった。


ここに拘束されてから何度も思い出したその人が、今目の前にいる。


それが信じられなくて、あたしは唖然としてしまった。


テスターが体を起こし、ナイフを久典へむけた。


久典は寸前のところでナイフをかわすと、足元に置かれている袋に視線を落とした。


それはテスターが使っているものだった。


「邪魔をするな!」


テスターが叫び声を上げて再び久典へ向けてナイフを振り上げる。


久典は身をかがめ、袋の中から出ていたなにかを握り締めていた。


襲い掛かってくるテスターへ向けて、それを差し向ける。


途端にバチバチッという音がして、テスターはその場に倒れこんでいた。


久典が手にしているのは黒い箱。


あたしたちを襲ったスタンガンだとすぐにわかった。


久典は倒れたテスターからナイフを奪い、テスターの顔に突きつけた。


痛みにもだえていたテスターは大きく息を吐き出し、久典を睨み上げた。


「お前、テスターか?」


久典の声は震えていた。


こんな血まみれの倉庫内を目の当たりにして、気が動転していてもおかしくないのに必死に両足で立っている。


「そうよ。私のことを知っているの?」


テスターはどこか愉快そうな声色で言った。


この状況でも、まだ楽しんでるようで寒気がした。


「どうしてこんなことをするんだ!」


「理由なら、知ってるんじゃないの?」


テスターはゆらりと体を揺らして立ち上がる。


久典は両手でナイフを握り締めた。


「顔か」


「そうよ。それに体もね」


テスターはそう言うと顔の包帯に手をかけた。


久典が目を見開く。


しかし包帯の下から出てきたのはつぎはぎだらけの醜い顔。


久典はそれを見た瞬間絶句してしまった。


「この皮膚は智恵理ちゃんの。この鼻は栞ちゃんの。それからこのまぶたは千紗ちゃんの」


ひとつひとつ、パーツを指差して説明するテスター。


久典が強くした唇をかんで、すこし血が滲んだ。


「千紗の……」


こちらへ向く久典が怒りで顔が真っ赤に染まっていく。


「お前は誰だ。学校の人間か」


またテスターへ向き直って聞いた。


「そうよ。あなたたちもよーく知ってるはずよ」


テスターはそう言うと、高笑いをはじめた。


その狂気じみた笑い方に久典がたじろぐ。


「名前を言え!」


「こういえばすぐにわかるんじゃない? 私、一ヶ月前に交通事故に遭ったのよ」


その言葉にあたしは目を見開いた。


一ヶ月前の交通事故。


まさか……!


「谷津先生?」


そう言ったのは郁乃だった。


郁乃もあたしと同じように目を見開いて驚いている。


「そうよ」


「で、でも先生はまだ入院中のはずじゃ……」


一ヶ月前のホームルームで、あたしたちは谷津先生が事故に遭ったと聞かされた。


大きな事故だったようでしばらく入院が必要になったと。


いつ退院できるか聞いていないけれど、まだ入院中だということだけは知っていた。


それなのに……。


思えば、テスターの声は谷津先生に似ているかもしれない。


予想外の展開についていけずにいると、久典がナイフを突きつけた状態で袋の中からロープを取り出した。


そのままてテスターを後ろに向かせ、強引に手首を縛っていく。


その間もテスターは抵抗せず、久典にやられるがままだった。


「大丈夫か?」


テスターの両手足を拘束した後、すぐにあたしの体のロープを解きに来てくれた。


「ありがとう」


ようやく自由になれたのに、なかなか体が動かない。


あちこちいたくて、床に膝をついてしまった。


久典は郁乃のロープを解いている。


壁に手をついてどうにか立ち上がり、テスターを見下ろす。


本当に谷津先生なんだろうか?


その顔を見てもすでに原型はなく、判別がつかなくなっている。


なにか証拠になるものがないかと思い、スーツのポケットに手を入れた。


指先になにかが触れて取り出してみると、小さなサイフだった。


中を確認してみると免許証があり、そこには谷津先生の名前と写真が印刷されていた。


本当に谷津先生なんだ……。


「本当に本人みたいだな」


郁乃の拘束を解き終えた久典が隣に立って言った。


「でもどうして? 事故に遭ったんでしょう?」


聞くと谷津先生はあたしを見上げた。


「事故なんて嘘よ。私はあの頃からテスターとして動き始めたの」


「どうしていきなりそんなことをしようとしたんだ」


久典の言葉に谷津先生は鼻で笑った。


「いきなり? いきなりなものですか。私はず~っとテスターになりたかった。なろうと思ってたのに!」


ずっと……?


あたしは後ずさりをして谷津先生から距離を置いた。


こんな異常なことをずっとやりたかったなんて、どういうことだろう。


「あんたたちのせいよ! あんたたちが、私をバカにするから……!!」
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