命令教室

西羽咲 花月

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「ごめん……ごめんな充」


教室に戻ってきてから正志は膝を抱えてずっと泣いていた。
入ってはいけない部屋に入ろうといい出したのは充だった。
消える直前に充はそれを気にして、狂ったように走り出したのだ。

そして、消えてしまった。
正志の胸には今罪悪感が支配していた。


「お前のせいじゃないよな。俺だって、楽しんでたんだ」


いくら謝罪をしても考え方を改めても、肝心の相手には届かない。
大切な親友はもういない。


「いつまでもこうしてても意味がない。次は正志の番かもしれないだろ」


厳しい意見を言ったのは修だった。
修はさっきから正志へ向けて険しい表情を浮かべている。
もう3人しか残っていない上に、正志は消えてしまうかもしれないのだ。
ここまで危機的状況で、いつまでも泣いていてもらっては困る。


「とにかく、もう1度部屋に行ってみない?」
私も正志にそう声をかける。


やれるだけのことはやらないと、このまま消えるのを待つなんて、正志だって嫌なはずだ。
正志は何度か鼻をすすり上げてから顔を上げた。
目が真っ赤に充血している。


「そうだな。なにか、しないとな」


怒り始めることもなく、ゆっくりと体を起こす。
1人きりになってしまって、ようやく協力することの大切さを理解したのかも知れない。


「カギは?」


初日、あの部屋のカギは充が準備していた。
今は誰が持っているんだろう?


「カギはあの後すぐに返したはずだ」


ということは、事務室だ。
私達3人はまず事務室へむかった。
ドアを開けて中に入ると、本来そこにいるはずの先生の姿が一瞬見えた気がして、すぐに幻覚だと気がついた。
先生の幻は近づくと陽炎のように消えていく。

事務室の壁にかけられている何種類もあるカギには、ちゃんと部屋番号が振られているけれど、その中でもなにも書かれていないカギを正志は手にした。


「これだ」


そのカギだけやけに錆びついているのは、ずっと使われていないからか。
カギを握りしめて再び廊下を歩き始める。
私達しかいない施設内は怖いくらいに静まり返っている。
少し歩くだけで自分の足音がうるさく感じられるくらいだ。


そし部屋の前までやってきたとき、小さな音が聞こえた気がして首を傾げた。
私達は今部屋の前で立ち止まっているから、なにも音はしないはずなのに。
まさかこの部屋の中から聞こえてきたんだろうか?

緊張しながらも、そっとドアに耳を近づけてみる。
部屋の中からなんの物音も聞こえてこない。
気のせいだった……?
そう思って油断した瞬間、キィィと、なにかがキシムような音が鼓膜を揺るがした。


「なんだ!?」


驚いた正志がカギを取り落とす。
3人同時に音がした方へ視線を向けると、そこにはホワイトボードがあった。
ホワイトボードは教室の中にあったはずなのに、なぜか廊下に出てきている。


「なんで……」


得体のしれない恐怖に全身が凍えたとき、ホワイトボードがキィィと音を立ててキャスターを回転させながらこちらへ近づいてきたのだ。


「嘘だろ!?」


正志が逃げようとするけれど、ここは1階の最奥だ。
逃げ道はない。

ホワイトボードはぐんぐんスピードを上げて近づいてくる。
このままじゃぶつかる!!
壁にべったりと背中をつけてキツク目を閉じる。


次の瞬間ガシャーンッ! と大きな音が響いていた。

ハッと息を呑んで目を開けると、目の前にホワイトボードが倒れて、カラカラとキャスターを回転させていた。
そして、正志の姿はどこにもなかったのだった……。



合宿参加者

山本歩 山口香(死亡) 村上純子(死亡) 橋本未来(死亡) 古田充(死亡) 小高正志(死亡) 安田潤(死亡) 東花(死亡) 町田彩(死亡) 上野修

担任教師

西牧高之(死亡)


残り2名

☆☆☆

倒れたホワイトボードを目の前にして私と修は呆然と立ち尽くしていた。
ついさっきまでそこにいた正志の姿はもうどこにもない。
修がゆっくりと腰を落として床に落ちてしまったカギを手に取る。

その指先が震えている。
私はこぼれだしてしまいそうな涙を必死に押し込める。
ついに2人なっちゃった……。
その絶望感が胸の中を支配して、この場にうずくまって泣きわめいてしまいそうになる。

だけどきっとそんな時間は残されていない。
修と2人きりになって明日になれば、またきっとホワイトボードに新しい命令が書かれているはずだ。
どちらかがその命令に失敗すれば、ひとりぼっちになってしまう。
こんな世界で自分1人が取り残されることを思うと、全身に寒気が走る。

いくら食料があったってまともに生活していけるとは思えない。
誰もいない世界なんて、想像もつかなかった。


私は無意識の内に自分の体を強く抱きしめていた。
そうしないと、本当に崩れ落ちてしまいそうだった。


「行くしかないよな」


修がカギを握りしめて呟く。
私は小刻みに頷いた。
もう、それしか方法は残っていない。

この部屋でなにかのヒントを得なければ、私達はずっとここから出られないままだろう。


「よし……行こう」


修は青ざめた顔で決意を固めたのだった。
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