命令教室

西羽咲 花月

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SOS

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「誰がやった?」


すすり泣きだけが聞こえてくる教室内に充の鋭い声がとんだ。


「誰も、なにもしてない。見てただろ」


修が私の体を抱き起こしながら答える。
私はどうにか立ち上がったが、すぐにふらついて机に手をついた。


「俺たちは全員この教室内にいた。誰もホワイトボードに近づいてないし、潤を消すようなマジックも使えない」


どうにか冷静になろうと、修はゆっくりと説明をしている。
けれどそれは充を納得させられるような内容ではなかった。


「じゃあ、今の出来事をどう説明すんだよ!」


バンッと壁を叩いて威嚇する充に花と彩が体をビクリと撥ねさせた。


「そういうのやめろよ」


修がすぐに止めに入るけれど、充はそんな修を睨みつけるだけだった。


「この中に俺たちを閉じ込めてる犯人がいる。そうとしか思えねぇ!」


普通だったらそう考えてもおかしくはない。
だけど、この施設内ではすでに普通じゃないことが数多く起こっているんだ。
そんな中で常識的な解決方法なんて、ないんじゃないかと思えてくる。


「それなら、充は今日ここで待機してればいいんじゃない?」


声を震わせて提案したのは純子だ。
純子は無駄に怒鳴り散らす充を睨みつけている。


「なんだと?」

「きっと明日もそのホワイトボードになにかが書かれる。この中に犯人がいるなら、犯人は必ず教室に現れるってことでしょう?」


純子はホワイトボードを指差して説明した。
明日も同じことが起きるかもしれないと想像したら、体中が冷たく凍りついていく。
こんなことが、あと何回続くというんだろう。


「なるほど。犯人が現れたら俺が捕まえればいいんだな?」


充は純子の提案を飲んだようだ。


「本気でそんなことする気か?」


さすがに修は反対みたいだ。
だけど、こうするしか充を納得させる方法はない。
誰もなにもしていないのに現象が起きる。
そう理解すれば、もう誰かを怒鳴るようなこともなくなるはずだ。


「当たり前だろ」


充は簡潔に返事をすると、教室で寝るための準備を始めたのだった。

☆☆☆

ホワイトボードの前に布団が用意され、枕元には野球バッドが置かれていた。
バッドは元々施設にあったもののようで、年季が入っている。

充はそのバッドを両手で握りしめてブンブンと何度も素振りを繰り返す。
こんなことをする犯人を絶対に捕まえてやると、意気込んでいた。


「俺たちはそれぞれの部屋で眠ろう。ちゃんとカギをかけて」


本当は今日もみんなと一緒にいたかったけれど、この中に犯人はいないと断言するためには個々になった方が得策だった。
それぞれカギのかかった個室にいれば、犯人だと疑われる可能性は低くなるから。


「わかった。そうだね」


後ろ髪をひかれる気分になりながらも、私は修の提案を受け入れたのだった。



☆☆☆

昨日はみんなと一緒だったから少しは眠ることができたけれど、1人の今日はさすがに眠りが遠かった。
窓から差し込む月明かりは弱々しくて、部屋の中は暗闇に包み込まれている。
そんな中で目を閉じてみれば、浮かんでくるのは先生と潤の姿ばかりだ。

ふたりともどこに行ってしまったんだろう。
なんの痕跡も残さずに消えてしまったから、死んだのかどうかすらわからないままだ。

布団の中で寝返りをうつと自然と涙が流れてきてしまう。
手の甲で目尻をぬぐい、どうにか涙を押し込める。

眠れなくて何度もスマホ画面を確認してしまうけれど、やはり暗転したままでうんともすんともいわない。
これが使えさえすれば、警察や家に連絡をとることができるのに!


「動いて、お願いだから」


闇雲に画面をタップして、現実から逃れようともがく。
けれどそれは海底まで沈んでから必死で呼吸しようとしているのと同じで、もがけばもがくほど、苦しみにさいなまれるのだった。



☆☆☆

バタバタバタと普段は聞き慣れない音が聞こえてきて私はうっすらと目を開いた。
昨晩は早朝近くまで起きていたから、まだ頭が重たい。
それでも今の音はなんだったのだろうと上半身を起こす。
窓から外を確認してみると、よく晴れた空にヘリコプターが飛んでいく様子が見えた。


「なんだ、ヘリコプターか」


呟き、再び布団に戻っていく。
この近くには軍の基地があると聞いたことがあるから、その関係なんだろう。
ぼんやりとする頭のまま布団に潜り込んで、ハッと息を飲んだ。


「ヘリ!?」


もう1度窓辺に駆け寄って上空を確認するけれど、もうヘリコプターの姿は見えない。
だけど一揆だけとは限らない。

私は慌てて服を着替えて廊下へと飛び出した。
ヘリが飛んでいるということは、屋上からなら助けを呼ぶことができるかもしれないということだ!

隣の部屋の香に伝えようとしたとき、足音が近づいてきて振り向いた。
そこにいたのは早足でこちらへ向かってくる修だ。
修はパジャマ姿で、寝癖がついたままだ。


「今、ヘリが飛んで行ったんだ!」


息を切らして説明する修に私は頷いた。


「私も見た! 屋上へ行ってSOSを送れば気がついてくれるかもしれない!」


施設に閉じ込められてからこれほどまで大きな希望を胸に抱いたことはない。
私は泣きそうになりながら修の手を握りしめる。


「倉庫行けばにラインカーがあるかもしれない」


ラインカーとはグランドに白線を引くときにつかう道具だ。


「そうだね。行ってみよう」


☆☆☆

施設の倉庫は1階のシャワー室の横にある。
そこへ行くためには教室の前を通過しないといけない。
犯人と間違われないか少しの不安はあったけれど、助かる可能性を捨てるわけにはいかない。
私と修は早足で階段を駆け下りていく。

その足音に気がついたのか、廊下では仁王立ちをしている充が待ち構えていた。
全く眠っていないのか目は充血し、握りしめたバッドは細かく震えている。


「来たかよ犯人」


充血した目で睨みつけられるといつも以上の迫力を感じる。
だけど立ち止まっている暇はない。


「俺たちは犯人じゃない。それよりも、さっきヘリがいたんだ」


「ヘリだと?」


充にはあの音が聞こえなかったんだろうか?
寝不足と緊張で聞き逃してしまったのかもしれない。


「そうだよ。だから屋上からSOSを送りたいの。私達、ここから出ることができるかもしれないんだから!」


希望に胸が膨らんで、自然と声が大きくなっていく。
この機会を逃せば次はいつチャンスが訪れるかわからない。


「俺はそんな音聞いてねぇぞ! お前らが犯人なんだろ!?」


叫びながらバッドを振り回す充に私達はあとずさりをする。
バッドがブンブンと空をかいて、その音が鼓膜を揺るがす。


「落ち着いて。犯人は俺達じゃない」

「嘘つけ! じゃあどうしてここに来たんだ!」

「倉庫に行くためだ。あそこにはラインカーがあるから、それを使って屋上でSOSを送るんだ。わかるだろ?」

「はぁ? そんなことできるわけねぇだろうが!」


眠っていないせいで頭が動いていないのか、充はさっきから否定的な言葉しか発しない。
このままじゃこのチャンスまで逃してしまうことになる!
私は咄嗟に廊下に膝をついて頭を下げていた。


「お願い充、ここを通して! 話なら後からいくらでもするから!」


今は押し問答をしている場合ではない。
頭を下げてでも、通してもらわないと困るんだ!
突然土下座をした私に修は驚いた顔をしていたけれど、すぐに同じように頭を下げてくれた。


「頼む! 倉庫へ行かせてくれ!」


懇願する私達に充の表情が徐々に柔なくなっていく。

「ヘリが、居たんだな?」

確認するように聞いてくる充に私は大きく頷いた。


私は確かにこの目でヘリを見た。
そして修も見たから私を呼びに来てくれたんだ。


「……わかった」


充はそう言うとバッドをおろして、よろよろと教室へ戻って行った。
疲れ果てた充の様子は気になったけれど、それは後回した。
私と修はすぐに立ち上がると倉庫へと走ったのだった。

☆☆☆

倉庫のカギと屋上へ出るためのカギは事務室から拝借をした。
ラインカーを抱えるようにして持って階段を駆け上がっていたとき、ちょうど部屋から出てきた香と鉢合わせをシた。

充の様子が気になって見に行こうとしていたらしいけれど、ヘリが飛んでいたことを説明すると、一緒に屋上へ向かうことになった。


「本当にヘリがいたの?」


屋上から空を見上げてもそれらしいものは見当たらない。
だけどヘリが飛んでいった形跡が雲の切れ間によって残されていた。


「いたよ。だから急がなきゃ」


これから何機飛んでくるのかわからないけれど、急いでSOSの白線を引いていく。


「そうだ。ノロシを上げてみようか」


充が思いついたように手をうつ。


「ノロシ?」

「そう。煙を炊いて気がついてもらうんだ。火事だと思われれば消防に連絡してもらえるし。ちょっと待ってて!」



そう言うとすぐに駆け出してしまった。
私は上空からでも見えるほど大きなSOSを描く。

どうか気がついてくれますようにと、願いを込めた。
今日は天気もいいからこれが消えることはないはずだ。


「私達、本当に助かるのかな」


香が空を見上げて呟く。


「助かるよ、絶対に大丈夫」


今はそう信じて行動するしか方法がなかった。
それから数分後。
修がダンボールに入った大量の紙とライターを持ってきてくれた。


「これ、私達がやる予定だったプリント?」


紙には問題がビッシリと印刷されていて、見ているだけで嫌気が差してくるものだった。


「あぁ。ここには嫌ってほど紙があることを思い出したんだ」


修はそう言って笑うとプリントを一枚手にとり、クシャクシャに丸めてから火をつけた。
煙はふわりと風にのって飛んでいく。
私は煙りの行く先を視線で追いかけて溜息を吐き出した。

煙はなんの抵抗もなく校舎の外へと流れていく。
つい、手を伸ばしてそれを追いかけてしまう。


この煙についていけば外に出られるんじゃないかと、淡い期待を持ってしまう。
しかし屋上のフェンスまでやってきたとき、私の体は見えない何かによって突き放されていた。
玄関から出ようとしたときと全く同じ現象だ。

ふらふらと後退して立ち止まる。
やっぱりダメなんだ。

煙は施設から出ることができても、自分たちは出られない。
どこもかしこも、閉ざされている。
絶望感が胸に押し寄せてきたとき、修が私の肩に手を置いた。


「大丈夫?」

「う……ん。大丈夫」


どうにか頷いて微笑むけれど、ひきつった笑顔になってしまった。


「これだけ頑張ってるんだ。きっと助けにくるよ」


振り向くと火は大きくなっていて、煙を空へと巻き上げていたのだった。
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