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男子たちに指示を出しながら作るカレーは想像以上に時間がかかった。
なにせ充と正志のふたりは包丁を握った経験もないと言うのだ。
潤も一生懸命手伝おうとしていたのだけれど、なにをしても失敗して、最終的には純子と未来に邪魔者扱いされて食堂を追い出されてしまっていた。
「修くん、上手だね!」
香の声が聞こえてきて視線を向けると、修が手際よくジャガイモの皮を剥いているところだった。
ジャガイモはゴロゴロしていて皮が剥きにくいけれど、修はするするとまるで手品みたいに剥いている。
「本当だ、すごく上手!」
思わず声を上げると修がこちらへ視線を向けた。
「ありがとう」
とはにかむ笑顔に心臓がドキンッと撥ねる。
「うちの家共働きだからさ、俺が料理することも時々あるんだ」
「それで手際がいいんだね」
私の言葉に修は頷く。
修はあっという間に5つのジャガイモの皮を剥き終えてしまった。
もしかしたら私よりもずっと料理上手なのかもしれない。
そう思って少し気持ちが焦ってくる。
勉強もスポーツもできて料理までできるなんて、すごすぎる!
私も負けていられなくて懸命にニンジンの皮を剥いていく。
ニンジンの甘い香が食欲を刺激して、カレーが出来上がった頃にはすっかりお腹が空いていた。
「あぁ、腹減った!」
大きな声を上げたのはろくに手伝っていない充だ。
充は細長い体をくの字に曲げて椅子に座っている。
食べても食べても太らないタイプなんだろうなぁ。
内心羨ましく感じながら人数分のカレーを運ぶ。
食堂内はとてもいい香りに包まれた。
途中から食堂を追い出されてしまった潤も戻ってきて、全員が席に座る。
「それじゃ、いただきます」
先生の言葉を合図にして、私達はカレーを食べ始めたのだった。
☆☆☆
食後にそれぞれ各部屋のカギを受け取って荷物を運び、シャワーも終わってあとは眠るだけになったころだった。
「歩!」
部屋に向かう階段を歩いていたときに後ろから声をかけられて振り向いた。
そこには未来が立っている。
「なに?」
並んで歩きながら聞くと、「今日の夜、1階の一番奥の部屋に入ってみるんだけど、一緒にいかない?」
その誘いに私は目を丸くした。
「一番奥の部屋って、先生が入らないように言ってた部屋だよね?」
「そう! 入るなって言われたら入りたくなっちゃうじゃん?」
未来はすでに楽しそうな表情を浮かべている。
「でもきっとなにもないよ? 先生にとって大切なものってことは、書類とかだろうし」
そんなものを見ても楽しくないことは未来だってわかっているはずだ。
「もしかしたら合宿に参加してる子たちの成績が見れるかもしれないじゃん」
「そんなの見てどうするの?」
他人の成績を盗み見るのは確かにちょっとおもしろい気がするけれど、バレたら先生に怒られてしまう。
そんなリスクを背負ってまでやることじゃない。
「みんなの秘密を探るのって面白いじゃん!」
未来の目はキラキラと輝いている。
「ね、いいじゃん。一緒に行こうってば」
痛いほど腕を掴まれて顔をしかめる。
未来や純子たちはこういうときに相手の気持ちを考えない。
容赦ない部分もあるので苦手だった。
「でも……」
まだ渋っている私に未来の表情が険しくなる。
「なんでそんなに断るわけ?」
明らかに私を被弾した声色に変わる。
それを言うならどうしてそんなにしつこく誘うの? と聞きたくなるけれど、不機嫌さむき出しの未来になにも言えなくなってしまう。
「わ、わかった。一緒にいくよ」
未来の威圧的な態度にそう返事をすると、未来は急に笑顔に切り替わった。
「じゃあ、今夜1時に食堂の前に集合ね!」
未来はそれだけ言うと、一段とばしで階段を駆け上がっていったのだった。
☆☆☆
「本当に未来に気に入られてるね」
さっきの出来事を香に相談すると、香は呆れ顔になってしまった。
ここは私の部屋で、隣の部屋から香が遊びに来ているのだ。
消灯時間まであと1時間はあるからバレでも問題ない。
「ほんと、困るよ……」
私と未来は所属しているグループも違うし、性格だって違う。
それなのに未来は私によく声をかけてくるのだ。
潤のようにからかったりバカにしたりして遊ぶのではない。
ごく普通の仲良くなりたそうだ。
「どうして未来に気に入られたの?」
その質問に私は2年生に上がってすぐの頃を思い出した。
そのときは未来の性格もよくわかっていなかったっけ。
2年生初日の学校が終わって教室から出たとき、前方を歩いていた女子生徒のかばんからお守りがちぎれて落ちたのを偶然見つけた。
赤いお守りは黒く変色した部分もあって、紐がちぎれるまでずっと大切にしていたことがわかるものだった。
だから私は咄嗟にそのお守りを拾って、女子生徒に声をかけたんだ。
『これ、落ちたよ?』
ただそれだけのこと。
特別なことなんてなにもしてないけれど、その相手が未来だった。
『うっそ、ありがとう!!』
未来は私から大切そうにお守りを受け取って飛び上がらんばかりの喜び方をした。
落とし物を拾っただけでこんなに喜ばれるなんてとおどろいたけれど、その後の話でお守りは母親の形見なのだとわかった。
『1年前に死んでから、ずっと大切に使ってたの。ほんと、ありがとう』
未来の目に微かに浮かぶ涙を見て、その話が嘘じゃないことを理解した。
それ以来、未来はなにかにつけて私に話しかけてくるようになったんだ。
「へぇ、いい話じゃん!」
話を聞き終えた香がパチパチと手を叩く。
「そうだけど、でもキャラが違い過ぎてさぁ」
未来と仲良くなることは別に構わない。
だけど今回みたいに少し強引なところがあるのが問題だった。
私は未来の誘いをちゃんと断れた試しがない。
「そのこと、修くんに相談してみたら?」
不意に出てきた修の名前に心臓がドキンッと撥ねる。
自分の頬が赤くなっているのがわかった。
「な、なんで急に!?」
しどろもどろになって聞くと「だって、この合宿に参加してる子の中では一番頼りになりそうじゃん?」と、言われた。
確かにそうだけれど、いきなり相談なんてできない。
会話だって、挨拶程度でしか交わしたことがないのに。
「せっかく近づくチャンスなんだから、頑張らないと!」
「チャンス……なのかなぁ?」
勉強ばかっかりの合宿で恋が進展するかどうかわからない。
「歩は可愛いんだから、もっと自信持って!」
香の励ましに私は曖昧に頷いたのだった。
☆☆☆
就寝時間が過ぎて深夜1時が回った頃。
眠ることができなかった私は結局未来との約束場所へ来ていた。
常夜灯だけ灯された暗い階段を降りて食堂への廊下を歩いていると、すでに未来たちが集まっているのが見えた。
「ちょっと、遅いんだけど」
小声で文句を言ってきたのは純子だ。
純子は未来が私に構うのをあまりよく思っていないようで、すでに不機嫌顔だ。
「ご、ごめん」
来たくなかったところに来て文句まで言われると、さすがに心の中がモヤモヤしてくる。
嫌な気分を振り払うように未来へ視線を向けた。
「来てくれてありがと! 寝てたら起こしに行かなきゃって思ってたんだ」
未来は純子とは裏腹に上機嫌だ。
起こされてまで参加しなきゃいけなかったのなら、自らここへやってきてよかった。
「これで全員か。じゃあ行くぞ」
充がライトを片手に歩き出す。
その隣を正志、そしてふたりの後ろに女子たちがついて歩く。
「入ってはいけない部屋なんて、学校の七不思議みたいで面白そうだよね」
未来がぴょこぴょこと飛び跳ねるようにして歩く。
「そうだね……」
恐いものは得意じゃない私は中途半端位に頷く。
廊下は薄暗く、夜になってから山の気温はグッと下がって肌寒さも感じる
8月でも山の中の施設はこんなにも気温が下がるものなのかと、おどろいていた。
長袖のパジャマを準備していたことを自分で関心しつつ、気味の悪い廊下を進む。
昼間見れば別にどうってことのない光景でも、夜になると雰囲気は一変する。
「ここだな」
しばらく歩いてたどり着いたのは先生が説明していた1番奥の部屋だった。
見た所他の教室となにも変わりはなさそうだ。
灰色のドアは沈黙し、銀色のドアノブがあライトに照らし出されている。
一瞬このドアの奥から化け物が飛び出してくるのではないかという妄想にかられて身構える。
えれどドアは沈黙を続けるばかりでなんの変化もなかった。
「震えてるじゃん。怖いんでしょう?」
いつの間にか微かに体が震えていたようで、純子がつついてくる。
「べ、別に怖くなんか……」
つい、強がってしまって、しまったと顔をしかめる。
ここで怖いから部屋に戻りたいと言えば、未来は納得してくれたかもしれないのに。
でももう遅い。
強がった私を見て純子はおかしそうに笑っている。
「カギを開けるぞ」
そう言ったのは充だった。
充の右手にはいつの間にかカギが握られている。
「そのカギ、どうしたの?」
未来が不思議そうに尋ねる。
「食堂に集合するまえに事務室から盗んできたんだ」
充は自慢げに説明する。
「事務室は空いてたの?」
未来が更に質問を重ねると「施設に来たとき、廊下側の窓のカギを開けておいたんだよ。そこから入った」と、説明した。
つまり、先生の説明を聞いてすぐに今夜の計画を思いついたということだ。
用意周到な充にあきれてしまう。
その頭の回転を勉強に使えばいいのに。
内心でそう思いながら、充がドアの鍵穴にカギを差し込むのを見つめる。
カギはカチャッと小さく音を立てて簡単に開いた。
もっと苦戦するかと思っていたので拍子抜けしてしまう。
生徒に本当に入られたくない部屋なら、もう少し頑丈にしておけばいいのに。
「開くぞ」
充が緊張した声で言う。
ドアがギィっと微かに音を立てながら外側へと開いていく。
そのとき、ベリッと紙が敗れるような音を聞いた。
「今の音なんだ?」
正志が首をかしげるけれど、小さな音は他の子たちには聞こえなかったようで、誰も返事はしなかった。
ドアが半分ほど開いたところで充がライトで室内を照らした。
そこは6畳の和室の部屋になっていて、何年も窓が閉められたままだったのか、すごく埃っぽい。
ライトの光が宙を舞うホコリを輝かせている。
意外に感じたのは部屋の中はものが少なくてスッキリしていたことだ。
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もっと書類が山積みにされているのかと思っていた。
部屋の奥、窓辺にデスクと椅子があるだけで、他にはなにもない。
不思議に思って部屋に一歩足を踏み入れたとき、足の裏で何かを踏んだ感触があった。
カサッと乾いた音がして、充が足元を照らす。
そこに落ちていたのは御札だ。
白い紙は変色して黄色くなり、筆で書かれた文字はなにを書いていたのか読み取ることができない。
かなり古いものだということだけがわかる。
「ちょっとこれやばいんじゃない?」
後ろにいた未来が楽しげな声を上げる。
入ってはいけない部屋で御札を見つけたことで、少し興奮しているみたいだ。
「これ、入ったときに破れたんだな」
正広が御札を手に取ってそう言った。
よく見ると半分に破れているのがわかった。
残る半分はドアの内側に張り付いたままだ。
「入るなっていうのは、そういうことだったんだ」
純子が部屋の中を見回して呟く。
てっきり重要書類や生徒たちの成績表などが保管されているのだと思ったけれど、大違いだ。
途端に背筋に氷を当てられたような寒気を感じて強く身震いをする。
「ねぇ、もう出ようよ」
部屋の中には大したものはなかったし、見るものもない。
一刻も早くこの部屋から出たかった。
しかし他の4人は部屋の奥へと入っていってしまう。
「この部屋、窓がないんだな」
充が月明かりの入らない6畳間を不思議そうに眺めている。
窓のない部屋は珍しいかもしれないけれど、そのせいで余計に空気が淀んで蓄積している。
あまり長くいたくはない場所だ。
「この机には何が入ってるんだろう?」
未来が好奇心をむき出しにきたキラキラと輝く瞳で机に近づいていく。
「もういいじゃん。なにもなかったんだってば」
なんだか嫌な予感がして未来の腕を掴んで動きを止める。
未来は怪訝そうな瞳をこちらへ向けた。
「ね、もう出よう?」
「そんなに出たいなら1人で出なよ」
「そんな……」
本当はひとりでも廊下へ逃げ出したかったけれど、私はライトを持っていない。
薄暗くて気味の悪い廊下でひとり待つのも嫌だった。
そうこうしている間に未来は私の腕を振り払って机に近づいていく。
この部屋の中で調べられそうな場所と言えば、机と襖くらいなものだ。
そこを確認すれば満足してくれるだろう。
もう少しの時間我慢するだけだ。
自分にそう言い聞かせた、そのときだった。
あぁぁ……うぅう……。
低い唸り声か、泣き声に似た声が聞こえてきて私は悲鳴を上げてその場に飛び上がっていた。
「ちょっと、なに!?」
机の引き出しを開けようとしていた未来が驚いて振り返る。
「い、いま、声が聞こえた!」
ガタガタと全身を震わせる私に他の4人は目を見交わせている。
「なにも聞こえなかったぞ?」
「嘘! 絶対に聞こえた!」
充の言葉に私は強く左右に首をふる。
「歩、顔真っ青だよ! 大丈夫?」
未来が驚いたのはライトで照らし出された私の顔色だった。
でもなんだっていい。
とにかくここから出たい!
こうしている間にもまたさっきの唸り声が耳元で聞こえてきそうで、全身に鳥肌が立つ。
「仕方ない。出るか」
私の異様な怖がり方を見て充がそう判断したのだった。
☆☆☆
あの声が聞こえたのは私ひとりだった。
他の4人は声がしたことを信じていなかったみたいだけれど、たしかに聞こえた!
自分の部屋で頭まで布団をかぶった私は猫のように体を丸めて震えていた。
あぁぁ……うぅう……。
その声は苦しみにうめいていて、助けを求めているように感じられた。
たった一度聞いただけの声が何度も何度も頭の中でリピートされる。
私は両手で頭を抱えて強く目を閉じた。
もうやめて!!
寒くもないのに体の震えは止まらない。
結局一睡もすることなく、朝日が窓から差し込み始めたのだった。
なにせ充と正志のふたりは包丁を握った経験もないと言うのだ。
潤も一生懸命手伝おうとしていたのだけれど、なにをしても失敗して、最終的には純子と未来に邪魔者扱いされて食堂を追い出されてしまっていた。
「修くん、上手だね!」
香の声が聞こえてきて視線を向けると、修が手際よくジャガイモの皮を剥いているところだった。
ジャガイモはゴロゴロしていて皮が剥きにくいけれど、修はするするとまるで手品みたいに剥いている。
「本当だ、すごく上手!」
思わず声を上げると修がこちらへ視線を向けた。
「ありがとう」
とはにかむ笑顔に心臓がドキンッと撥ねる。
「うちの家共働きだからさ、俺が料理することも時々あるんだ」
「それで手際がいいんだね」
私の言葉に修は頷く。
修はあっという間に5つのジャガイモの皮を剥き終えてしまった。
もしかしたら私よりもずっと料理上手なのかもしれない。
そう思って少し気持ちが焦ってくる。
勉強もスポーツもできて料理までできるなんて、すごすぎる!
私も負けていられなくて懸命にニンジンの皮を剥いていく。
ニンジンの甘い香が食欲を刺激して、カレーが出来上がった頃にはすっかりお腹が空いていた。
「あぁ、腹減った!」
大きな声を上げたのはろくに手伝っていない充だ。
充は細長い体をくの字に曲げて椅子に座っている。
食べても食べても太らないタイプなんだろうなぁ。
内心羨ましく感じながら人数分のカレーを運ぶ。
食堂内はとてもいい香りに包まれた。
途中から食堂を追い出されてしまった潤も戻ってきて、全員が席に座る。
「それじゃ、いただきます」
先生の言葉を合図にして、私達はカレーを食べ始めたのだった。
☆☆☆
食後にそれぞれ各部屋のカギを受け取って荷物を運び、シャワーも終わってあとは眠るだけになったころだった。
「歩!」
部屋に向かう階段を歩いていたときに後ろから声をかけられて振り向いた。
そこには未来が立っている。
「なに?」
並んで歩きながら聞くと、「今日の夜、1階の一番奥の部屋に入ってみるんだけど、一緒にいかない?」
その誘いに私は目を丸くした。
「一番奥の部屋って、先生が入らないように言ってた部屋だよね?」
「そう! 入るなって言われたら入りたくなっちゃうじゃん?」
未来はすでに楽しそうな表情を浮かべている。
「でもきっとなにもないよ? 先生にとって大切なものってことは、書類とかだろうし」
そんなものを見ても楽しくないことは未来だってわかっているはずだ。
「もしかしたら合宿に参加してる子たちの成績が見れるかもしれないじゃん」
「そんなの見てどうするの?」
他人の成績を盗み見るのは確かにちょっとおもしろい気がするけれど、バレたら先生に怒られてしまう。
そんなリスクを背負ってまでやることじゃない。
「みんなの秘密を探るのって面白いじゃん!」
未来の目はキラキラと輝いている。
「ね、いいじゃん。一緒に行こうってば」
痛いほど腕を掴まれて顔をしかめる。
未来や純子たちはこういうときに相手の気持ちを考えない。
容赦ない部分もあるので苦手だった。
「でも……」
まだ渋っている私に未来の表情が険しくなる。
「なんでそんなに断るわけ?」
明らかに私を被弾した声色に変わる。
それを言うならどうしてそんなにしつこく誘うの? と聞きたくなるけれど、不機嫌さむき出しの未来になにも言えなくなってしまう。
「わ、わかった。一緒にいくよ」
未来の威圧的な態度にそう返事をすると、未来は急に笑顔に切り替わった。
「じゃあ、今夜1時に食堂の前に集合ね!」
未来はそれだけ言うと、一段とばしで階段を駆け上がっていったのだった。
☆☆☆
「本当に未来に気に入られてるね」
さっきの出来事を香に相談すると、香は呆れ顔になってしまった。
ここは私の部屋で、隣の部屋から香が遊びに来ているのだ。
消灯時間まであと1時間はあるからバレでも問題ない。
「ほんと、困るよ……」
私と未来は所属しているグループも違うし、性格だって違う。
それなのに未来は私によく声をかけてくるのだ。
潤のようにからかったりバカにしたりして遊ぶのではない。
ごく普通の仲良くなりたそうだ。
「どうして未来に気に入られたの?」
その質問に私は2年生に上がってすぐの頃を思い出した。
そのときは未来の性格もよくわかっていなかったっけ。
2年生初日の学校が終わって教室から出たとき、前方を歩いていた女子生徒のかばんからお守りがちぎれて落ちたのを偶然見つけた。
赤いお守りは黒く変色した部分もあって、紐がちぎれるまでずっと大切にしていたことがわかるものだった。
だから私は咄嗟にそのお守りを拾って、女子生徒に声をかけたんだ。
『これ、落ちたよ?』
ただそれだけのこと。
特別なことなんてなにもしてないけれど、その相手が未来だった。
『うっそ、ありがとう!!』
未来は私から大切そうにお守りを受け取って飛び上がらんばかりの喜び方をした。
落とし物を拾っただけでこんなに喜ばれるなんてとおどろいたけれど、その後の話でお守りは母親の形見なのだとわかった。
『1年前に死んでから、ずっと大切に使ってたの。ほんと、ありがとう』
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それ以来、未来はなにかにつけて私に話しかけてくるようになったんだ。
「へぇ、いい話じゃん!」
話を聞き終えた香がパチパチと手を叩く。
「そうだけど、でもキャラが違い過ぎてさぁ」
未来と仲良くなることは別に構わない。
だけど今回みたいに少し強引なところがあるのが問題だった。
私は未来の誘いをちゃんと断れた試しがない。
「そのこと、修くんに相談してみたら?」
不意に出てきた修の名前に心臓がドキンッと撥ねる。
自分の頬が赤くなっているのがわかった。
「な、なんで急に!?」
しどろもどろになって聞くと「だって、この合宿に参加してる子の中では一番頼りになりそうじゃん?」と、言われた。
確かにそうだけれど、いきなり相談なんてできない。
会話だって、挨拶程度でしか交わしたことがないのに。
「せっかく近づくチャンスなんだから、頑張らないと!」
「チャンス……なのかなぁ?」
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「歩は可愛いんだから、もっと自信持って!」
香の励ましに私は曖昧に頷いたのだった。
☆☆☆
就寝時間が過ぎて深夜1時が回った頃。
眠ることができなかった私は結局未来との約束場所へ来ていた。
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「ちょっと、遅いんだけど」
小声で文句を言ってきたのは純子だ。
純子は未来が私に構うのをあまりよく思っていないようで、すでに不機嫌顔だ。
「ご、ごめん」
来たくなかったところに来て文句まで言われると、さすがに心の中がモヤモヤしてくる。
嫌な気分を振り払うように未来へ視線を向けた。
「来てくれてありがと! 寝てたら起こしに行かなきゃって思ってたんだ」
未来は純子とは裏腹に上機嫌だ。
起こされてまで参加しなきゃいけなかったのなら、自らここへやってきてよかった。
「これで全員か。じゃあ行くぞ」
充がライトを片手に歩き出す。
その隣を正志、そしてふたりの後ろに女子たちがついて歩く。
「入ってはいけない部屋なんて、学校の七不思議みたいで面白そうだよね」
未来がぴょこぴょこと飛び跳ねるようにして歩く。
「そうだね……」
恐いものは得意じゃない私は中途半端位に頷く。
廊下は薄暗く、夜になってから山の気温はグッと下がって肌寒さも感じる
8月でも山の中の施設はこんなにも気温が下がるものなのかと、おどろいていた。
長袖のパジャマを準備していたことを自分で関心しつつ、気味の悪い廊下を進む。
昼間見れば別にどうってことのない光景でも、夜になると雰囲気は一変する。
「ここだな」
しばらく歩いてたどり着いたのは先生が説明していた1番奥の部屋だった。
見た所他の教室となにも変わりはなさそうだ。
灰色のドアは沈黙し、銀色のドアノブがあライトに照らし出されている。
一瞬このドアの奥から化け物が飛び出してくるのではないかという妄想にかられて身構える。
えれどドアは沈黙を続けるばかりでなんの変化もなかった。
「震えてるじゃん。怖いんでしょう?」
いつの間にか微かに体が震えていたようで、純子がつついてくる。
「べ、別に怖くなんか……」
つい、強がってしまって、しまったと顔をしかめる。
ここで怖いから部屋に戻りたいと言えば、未来は納得してくれたかもしれないのに。
でももう遅い。
強がった私を見て純子はおかしそうに笑っている。
「カギを開けるぞ」
そう言ったのは充だった。
充の右手にはいつの間にかカギが握られている。
「そのカギ、どうしたの?」
未来が不思議そうに尋ねる。
「食堂に集合するまえに事務室から盗んできたんだ」
充は自慢げに説明する。
「事務室は空いてたの?」
未来が更に質問を重ねると「施設に来たとき、廊下側の窓のカギを開けておいたんだよ。そこから入った」と、説明した。
つまり、先生の説明を聞いてすぐに今夜の計画を思いついたということだ。
用意周到な充にあきれてしまう。
その頭の回転を勉強に使えばいいのに。
内心でそう思いながら、充がドアの鍵穴にカギを差し込むのを見つめる。
カギはカチャッと小さく音を立てて簡単に開いた。
もっと苦戦するかと思っていたので拍子抜けしてしまう。
生徒に本当に入られたくない部屋なら、もう少し頑丈にしておけばいいのに。
「開くぞ」
充が緊張した声で言う。
ドアがギィっと微かに音を立てながら外側へと開いていく。
そのとき、ベリッと紙が敗れるような音を聞いた。
「今の音なんだ?」
正志が首をかしげるけれど、小さな音は他の子たちには聞こえなかったようで、誰も返事はしなかった。
ドアが半分ほど開いたところで充がライトで室内を照らした。
そこは6畳の和室の部屋になっていて、何年も窓が閉められたままだったのか、すごく埃っぽい。
ライトの光が宙を舞うホコリを輝かせている。
意外に感じたのは部屋の中はものが少なくてスッキリしていたことだ。
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もっと書類が山積みにされているのかと思っていた。
部屋の奥、窓辺にデスクと椅子があるだけで、他にはなにもない。
不思議に思って部屋に一歩足を踏み入れたとき、足の裏で何かを踏んだ感触があった。
カサッと乾いた音がして、充が足元を照らす。
そこに落ちていたのは御札だ。
白い紙は変色して黄色くなり、筆で書かれた文字はなにを書いていたのか読み取ることができない。
かなり古いものだということだけがわかる。
「ちょっとこれやばいんじゃない?」
後ろにいた未来が楽しげな声を上げる。
入ってはいけない部屋で御札を見つけたことで、少し興奮しているみたいだ。
「これ、入ったときに破れたんだな」
正広が御札を手に取ってそう言った。
よく見ると半分に破れているのがわかった。
残る半分はドアの内側に張り付いたままだ。
「入るなっていうのは、そういうことだったんだ」
純子が部屋の中を見回して呟く。
てっきり重要書類や生徒たちの成績表などが保管されているのだと思ったけれど、大違いだ。
途端に背筋に氷を当てられたような寒気を感じて強く身震いをする。
「ねぇ、もう出ようよ」
部屋の中には大したものはなかったし、見るものもない。
一刻も早くこの部屋から出たかった。
しかし他の4人は部屋の奥へと入っていってしまう。
「この部屋、窓がないんだな」
充が月明かりの入らない6畳間を不思議そうに眺めている。
窓のない部屋は珍しいかもしれないけれど、そのせいで余計に空気が淀んで蓄積している。
あまり長くいたくはない場所だ。
「この机には何が入ってるんだろう?」
未来が好奇心をむき出しにきたキラキラと輝く瞳で机に近づいていく。
「もういいじゃん。なにもなかったんだってば」
なんだか嫌な予感がして未来の腕を掴んで動きを止める。
未来は怪訝そうな瞳をこちらへ向けた。
「ね、もう出よう?」
「そんなに出たいなら1人で出なよ」
「そんな……」
本当はひとりでも廊下へ逃げ出したかったけれど、私はライトを持っていない。
薄暗くて気味の悪い廊下でひとり待つのも嫌だった。
そうこうしている間に未来は私の腕を振り払って机に近づいていく。
この部屋の中で調べられそうな場所と言えば、机と襖くらいなものだ。
そこを確認すれば満足してくれるだろう。
もう少しの時間我慢するだけだ。
自分にそう言い聞かせた、そのときだった。
あぁぁ……うぅう……。
低い唸り声か、泣き声に似た声が聞こえてきて私は悲鳴を上げてその場に飛び上がっていた。
「ちょっと、なに!?」
机の引き出しを開けようとしていた未来が驚いて振り返る。
「い、いま、声が聞こえた!」
ガタガタと全身を震わせる私に他の4人は目を見交わせている。
「なにも聞こえなかったぞ?」
「嘘! 絶対に聞こえた!」
充の言葉に私は強く左右に首をふる。
「歩、顔真っ青だよ! 大丈夫?」
未来が驚いたのはライトで照らし出された私の顔色だった。
でもなんだっていい。
とにかくここから出たい!
こうしている間にもまたさっきの唸り声が耳元で聞こえてきそうで、全身に鳥肌が立つ。
「仕方ない。出るか」
私の異様な怖がり方を見て充がそう判断したのだった。
☆☆☆
あの声が聞こえたのは私ひとりだった。
他の4人は声がしたことを信じていなかったみたいだけれど、たしかに聞こえた!
自分の部屋で頭まで布団をかぶった私は猫のように体を丸めて震えていた。
あぁぁ……うぅう……。
その声は苦しみにうめいていて、助けを求めているように感じられた。
たった一度聞いただけの声が何度も何度も頭の中でリピートされる。
私は両手で頭を抱えて強く目を閉じた。
もうやめて!!
寒くもないのに体の震えは止まらない。
結局一睡もすることなく、朝日が窓から差し込み始めたのだった。
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弓屋 晶都
児童書・童話
顔出しNGで動画投稿活動をしている中学一年生のアキとミモザ、
動画の再生回数がどんどん伸びる中、二人の正体を探る人物の影が……。
果たして二人は身バレしないで卒業できるのか……?
走って歌ってまた走る、元気はつらつ少女のアキと、
悩んだり立ち止まったりしながらも、健気に頑張るミモザの、
イマドキ中学生のドキドキネットライフ。
男子は、甘く優しい低音イケボの生徒会長や、
イケメン長身なのに女子力高めの苦労性な長髪書記に、
どこからどう見ても怪しいメガネの放送部長が出てきます。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
フラワーキャッチャー
東山未怜
児童書・童話
春、中学1年生の恵梨は登校中、車に轢かれそうになったところを転校生・咲也(さくや)に突き飛ばされて助けられる。
実は咲也は花が絶滅した魔法界に花を甦らせるため、人の心に咲く花を集めに人間界にやってきた、「フラワーキャッチャー」だった。
けれど助けられたときに、咲也の力は恵梨に移ってしまった。
これからは恵梨が咲也の代わりに、人の心の花を集めることが使命だと告げられる。
恵梨は魔法のペンダントを預けられ、戸惑いながらもフラワーキャッチャーとしてがんばりはじめる。
お目付け役のハチドリ・ブルーベルと、ケンカしつつも共に行動しながら。
クラスメートの女子・真希は、恵梨の親友だったものの、なぜか小学4年生のあるときから恵梨に冷たくなった。さらには、咲也と親しげな恵梨をライバル視する。
合唱祭のピアノ伴奏に決まった恵梨の友人・奏子(そうこ)は、飼い猫が死んだ悲しみからピアノが弾けなくなってしまって……。
児童向けのドキワクな現代ファンタジーを、お楽しみいただけたら♪
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