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お祝い
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私は汰斗のことが好き……?
百恵に指摘された夜はなかなか寝つくことができなくて、気がつくと窓から朝日が差し込んできていた。
「うぅ……頭痛い」
汰斗のことと自分の気持を考えすぎたこともあって頭がズキズキしている。
暗い表情で1階へ下りていくと朝食の準備をしていたお母さんが心配そうに声をかけてきた。
「愛美、風邪でも引いたの?」
「うん。、そうかもしれない」
寝不足のせいだとは思うけれど、体も重たくて動きにくい。
今日の学校は休むことになりそうだ。
そのときふと朝の掃除のことが頭をよぎったけれど、考えないことにして再びベッドに潜り込んだのだった。
☆☆☆
次に目を覚ました時には随分とスッキリしていて、頭痛もなくなっていた。
やっぱり、寝不足と考えすぎが原因だったみたいだ。
枕元のスマホを確認すると、百恵から《体大丈夫?》と、連絡が入っていた。
百恵に返事をしてから時間を確認すると、まだ昼前だということがわかった。
ベッドから起き上がって階段を下っていくとだんだんお腹が空いてきた
思えば朝からなにも食べていないのだから当然だった。
ダイニングへ入っていくとテーブルの上にお母さんからの置き手紙があった。
《冷蔵庫にオカズが入っているから、元気になったら食べなさい》
書かれている通り冷蔵庫を開けると私の大好きなハンバーグが用意されていた。
わざわざ作ってから出かけてくれたみたいだ。
「いただきます」
ハンバーグをレンジで温め直して頬張るとほっぺが落ちてしまいそうなくらいに美味しかった。
あっという間に平らげてしまった私はお皿が洗って片付けたら、後はすることがなくなってしまった。
体は元気だし、寝ている必要もない。
ダラダラとリビングでテレビを見ていても、なんとなく集中できなくて気持ちはホスト科へと向いてしまう。
今日は私がいなくてみんな困ってないかな?
部屋の掃除は誰がしたんだろう?
そんなことばかりが気になってしまって、結局テレビも消してしまった。
「仕方ない。今からでも学校に行こうかな」
ずっと家にいてもやることはないし、余計なことばかりが気になってしまって仕方ない。
私は制服に着替えて午後からの授業に使うものだけをカバンに入れて家を出た。
普段とは違う時間に通学路を歩くのは、なんとなく妙な気分になる。
行き交う生徒たちの姿もないし、いつも声をかけてくれる見守りの人もいない。
ちょっとだけ寂しくて、だけど新鮮な気分で学校へ向かい、教室に入るとすぐに百恵が気がついてくれた。
「愛美、来たの!?」
「うん。昼くらいから元気になってきたから、来ちゃった」
そう言うと百恵は本当に嬉しそうに笑顔を浮かべた。
「愛美がいなくて寂しかったよぉ」
大げさに泣いたふりをして抱きついてくる。
私は笑いながら自分の席へと向かった。
それから百恵は午前中の授業のノートを貸してくれて、それを書き写しているだけであっという間に時間は過ぎていってしまった。
「さて、今日はどうしようかな」
放課後になってから私はポツリと呟いた。
今日学校に来たことをホスト科の生徒たちは知らないはずだ。
いきなり行ったら驚かせてしまうかもしれない。
連絡を取ろうかと思ったが、ホスト科には専用のスマホがあるので個人的な連作先は知らなかった。
それだけで悲しい気持ちになってきてしまったので、自分の気持ちを切り変えるためにも大股で教室を出た。
私はホスト科のお世話係なんだから、なにも遠慮することなんてないと自分に言い聞かせる。
そしてドアの前でネームをつけたとき、ドアが開いて汰斗が出てきた。
こんな遭遇の仕方をするとは思っていなかったので戸惑い、つい視線を逸らせてしまう。
あからさまに無視してしまったような感じになって慌てて顔を上げたけれど、その時にはもう汰斗は私に背を向けて廊下を歩きだしていた。
「愛美ちゃん、体調悪いかったんじゃないの!?」
駆け寄ってきた侑介によって思考が遮断される。
「う、うん。午後から元気になったから来たんだよ」
と、答えながら部室内に入ると、大と尋の姿もあった。
今仕事へ向かったのは汰斗だけみたいだ。
「どうした? 汰斗となんかあったか?」
すぐに気がついたのは大だった。
尋と侑介もなにか感づいているみたいで、心配そうな顔をこちらへ向けている。
でも、汰斗のことを好きになってしまっただなんて、言えない。
言えばここを解雇されてしまう。
それだけは避けたかった。
「なにもないよ」
微笑んでそう言ったのだけれど笑顔が引きつっていたようで、うまくごまかすことはできなかった。
「悩みがあるなら相談に乗るよ? 愛美ちゃんが作ってくれたハチミツレモンのお礼もしたいし!」
と、侑介。
「そうですよ。僕たちはもうファミリーなんですから、なんでも遠慮なく言ってください」
「オレも、悩みくらいなら聞くぞ? まぁ、大抵の悩みは筋トレで解決するけどな!」
大が大きな声で笑う。
「みんな、ありがとう」
その気持が嬉しくて胸が暖かくなる。
本当にここには優しい人ばかりだ。
そこでふと自分の恋については言えないけれど、昨日目撃したことについては言えるんじゃないかと気がついた。
それで、汰斗が一緒にいた相手が誰なのかわかれば、この気持に諦めもつくかもしれない。
「実は昨日ね……」
私はソファに座ってぽつぽつと昨日の出来事をみんなに話し始めた。
「汰斗に彼女? そんなの聞いたことねぇな」
大は首を傾げている。
「確かに、初耳ですね。侑介はなにか聞いていますか?」
「ボクも聞いたことないよ。汰斗って女の子に慣れてない感じなんだと思ってたけどなぁ」
私も侑介と同じように思っていた。
私から近づいて行けば逃げてしまうようなタイプだと。
だけど昨日見た感じでは全く違った。
肩を並べて歩きながら、互いにちょっかいを出し合ってたように見えた。
「もしかしたら、僕たちにも内緒で彼女ができていたのかもしれませんね。だけどそれは部活動以外の場所なので、注意することはできません」
「そうだよね……」
ただ、それを目撃してしまったために自分の気持ちに気がついたとは、言えなかった。
汰斗が恋愛していたって、誰にも迷惑をかけていないのだし。
「お、噂をすれば戻ってきたぞ」
大の言葉に耳を済ませると廊下を歩いて近づいてくる足音が聞こえてくる。
「みんな、今の話しは秘密で――」
最後まで言う前にドアが開き、私の言葉はかき消されてしまった。
振り向くといつものクールな表情で汰斗が立っている。
「お、おかえり、早かったんだね」
すぐに立ち上がって作り笑いを浮かべる。
「あぁ。今日は珍しく短い時間の仕事しか入ってないみたいなんだ」
「へ、へぇそうなんだね」
相槌を打ったところで、侑介が汰斗へと駆け寄っていった。
そして真っ直ぐで大きな目を汰斗へ向ける。
「汰斗、昨日どこでなにしてたの?」
その質問に汰斗の眉がピクリと動く。
私は侑介を止めようとしたけれど、ここで止めれば余計に怪しまれてしまうと思ってできなかった。
「昨日は買い物に出かけてたけど、それがどうした?」
「愛美ちゃんが見たって。汰斗が、女の子と歩いているところ」
そう言われて汰斗の視線がこちらへ向ける。
その目は大きく見開かれていた。
「なんだ、見てたのか」
「う、うん。偶然見かけちゃって……」
覗き見していたわけじゃないのに、なんだか悪いことをした気持ちになってしどろもどろになってしまう。
だけど汰斗は気にした様子を見せず、ソファに座った。
「あれは双子の妹だ。俺によく似ていただろ?」
「妹……?」
そう言われれば似ていた気がしなくもない。
だけどあの時はショックで相手の顔をマジマジと見る余裕なんてなかった。
「それがどうかしたのか?」
「え、ううん、別になんでもないよ」
慌てて笑顔を貼り付けて左右に首を振るが、汰斗からは怪しまれている。
どう対応しようかと悩んでいたとき、尋が「愛美ちゃんの気持ちも考えて行動してくださいよ」と、汰斗へ視線を向けて言った。
「君の気持ち?」
「べ、別になんでもないの!」
ブンブンと左右に首を振る私を見て尋が含みのある笑顔を浮かべた。
「もう隠す必要はないんですよ?」
「か、隠すってなにが!? なんのこと!?」
「部活の方針を一部変更したんです。ね、汰斗?」
尋に言われて汰斗が頷いた。
「そうだ。今日の昼間にみんなには報告したんだけど、君は休んでいたからな」
「ど、どういうこと?」
みんなの話についていけなくてまばたきを繰り返す。
すると汰斗がゴホンッと咳払いをして「今日から活動内での恋愛を解禁することにしたんだ」
「え、恋愛解禁!?」
それって、もう自由に恋愛してもいいっていうこと!?
だけど急にそんなことを言われてもどうすればいいかわからない。
ひとりでオロオロしている私に侑介が抱きついてきた。
「ってことで、ボクも、もう遠慮しないからね?」
上目遣いでそう言われて頭の中はパニックになる。
侑介が言った言葉の意味を理解するよりも先に、大が侑介を引き剥がしていた。
「お前はいつでも遠慮がなかっただろうが! ちょっとは遠慮しろ!」
「えぇ~、大の意地悪!」
ぎゃあぎゃあ騒ぎ始めるふたりを横目に、私は汰斗に「どういうこと!?」と、詰め寄った。
どうして急にそんな方針になってしまったのか、説明してもらわないと納得できない。
「前にお世話係をしていた人から助言されたんだ。部長は俺なんだから、やり方を変えてもいいんじゃないかって」
「だからって、どうして急に恋愛解禁になんてしたの?」
「もちろん、客との恋愛についてはまだご法度だ。だけど誰かを好きになる気持ちに嘘を突き通すことは難しいと思ったんだ。苦しみながら自分の気持ちを隠すくらいなら、自由に恋愛してほしいと思う。もしも客のことを本気で好きになったら、そのときはちゃんと相談してほしいと思ってる」
「そう……なんだ」
汰斗は部活動を大切にしつつも、それぞれの気持ちも尊重したいと考えたんだろう。
ということは、私の気持ちも隠さなくてもいいってこと?
「こうなったら僕も遠慮しませんから、愛美ちゃんは覚悟しておいてくださいね?」
クスッと笑う尋と視線がぶつかる。
え? それってどういう意味?
混乱している間に汰斗が尋を睨みつけて、バチバチと火花が散る。
「そろそろ、その辺にしといて、今日は大切な日なんだろ?」
大の言葉に尋と汰斗が我に返ったようにこちらを見た。
「そうだった。そのために昨日は妹を引き連れて買い物に行ったんだ」
汰斗がなにが背中を向けてごそごそと何か準備を始めると、大と侑介のふたりが冷蔵庫から巨大なケーキを取り出してテーブルの置いた。
その大きさにも驚いたけれど、ケーキに乗っているチョコレートプレートに愛美ちゃんへと書かれているのを見て更に驚いた。
汰斗がカバンの中からプレゼント包装された箱を取り出したとき、
「愛美ちゃん、誕生日おめでとう!」
と、4人一斉に声を合わせた。
「あ、え? 今日って私の誕生日だっけ」
最近はお世話係のことだけで頭がいっぱいになってしまっていて、自分の誕生日をすっかり忘れてしまっていた。
「忘れてると思ってたんだ。今日君が休みだって聞いたときにはガッカリしたけど、来てくれてよかった」
汰斗がそう言って私にプレゼントを手渡してくれる。
これが、昨日準備してくれたものなんだろう。
「あ、ありがとうみんな!」
嬉しくて涙で視界が滲んでしまった。
「これは俺たち4人からのプレゼントだ。開けてみてくれ」
汰斗に言われて私は涙がこぼれないように注意しながら包装紙を剥がしていく。
中の白い箱を開けると、そこにはピンク色の手帳と万年筆が入っていた。
「うわぁ、可愛い!」
手帳を取り出してみると表紙が分厚くてしっかりしていることがわかった。
万年筆もとても使いやすそうだ。
「一ヶ月間のお試し期間はまだ残っているけれど、俺たちは全員君にここにいてほしいと思ってる。もしその気があるなら、それを受け取ってくれないか?」
汰斗からの言葉に更に嬉しさがこみ上げてくる。
これからはこの特別な手帳を万年筆を使って、みんなのそばにいることができるんだ。
私は両方をギュッと胸に抱きしめて「もちろん! これからもよろしくお願いします!」と、言ったのだった。
☆☆☆~汰斗サイド~
「それにしても汰斗が恋愛禁止を取りやめるとはな」
大がニヤニヤした顔つきで言う。
「なんだよ、なにか文句があるのか?」
「ボクはないよ! だってこれからはずっと愛美ちゃんと一緒にいられることになったし、もしかしたらボクの彼女になってくれるかもしれないんもんね!」
「侑介、それは早急というものです。愛美ちゃんは僕のような大人が好きかもしれない」
「さぁ、それはどうかな」
つい話に割って入ってしまって視線を感じる。
軽く咳払いをして3人から視線をそらせる。
「汰斗まさかお前愛美ちゃんのことが好きで恋愛禁止をやめたのか?」
「そ、そんなわけがないだろ! そんな身勝手な理由でやりたかを変えたりはしない!」
大の言葉に反論してみたものの、3人共にやついた笑みをこちらへ向けている。
俺は気が付かないふりをして取り分けられたケーキにフォークを伸ばした。
「大だって、なんでもない顔してるけど、本当は愛美ちゃんのこと気に入ってるんでしょ? ボクにはわかるよ!」
「オレは無駄な争いはしねぇよ。あいつはオレを好きになるっていう確信があるから、なにも言わないだけだ」
「なんだその確信っていうのは!?」
思わず怒鳴るように質問してしまう。
「あれあれあれれぇ? そんなに焦ってどうしたんだよ汰斗、らしくないぞ?」
ニヤつく大にしてやられたと感づくけれどもう遅い。
ここにいるメンバーには自分の気持がバレてしまっている。
黙ってケーキを食べ始めた時、ドアが開いてトイレに立っていた愛美が戻ってきた。
「ケーキおいしそうだね! いただきます!」
取り分けられたケーキにさっそく口をつけていて、鼻の頭に生クリームなんてつけている。
ちょっとドジなところもあるけれど真っ直ぐで一生懸命で、そんな愛美にどうやらホスト科のメンバーはみんなやられてしまったみたいだ。
ついつい視線が愛美へ向かう。
「みんなどうしたの? 食べないの?」
愛美に言われて全員がフォークを手に取る。
「いただきまぁす!」
これからはみんながライバルだ。
誰が愛美と付き合うことができるのか、それはまだわからない。
「あ、侑介俺のケーキ取ったな!」
「へへーん。大がのんびりしてるからだよぉん」
「ふたりとも、ケーキはまだ沢山あるんですから、喧嘩しないでください」
それを見た愛美がクスクス笑ってこちらを見た。
「汰斗くん、ホスト科って楽しいね!」
今はまだ、こうしてみんなと一緒にいることも悪くないかなと思うのだった。
END
百恵に指摘された夜はなかなか寝つくことができなくて、気がつくと窓から朝日が差し込んできていた。
「うぅ……頭痛い」
汰斗のことと自分の気持を考えすぎたこともあって頭がズキズキしている。
暗い表情で1階へ下りていくと朝食の準備をしていたお母さんが心配そうに声をかけてきた。
「愛美、風邪でも引いたの?」
「うん。、そうかもしれない」
寝不足のせいだとは思うけれど、体も重たくて動きにくい。
今日の学校は休むことになりそうだ。
そのときふと朝の掃除のことが頭をよぎったけれど、考えないことにして再びベッドに潜り込んだのだった。
☆☆☆
次に目を覚ました時には随分とスッキリしていて、頭痛もなくなっていた。
やっぱり、寝不足と考えすぎが原因だったみたいだ。
枕元のスマホを確認すると、百恵から《体大丈夫?》と、連絡が入っていた。
百恵に返事をしてから時間を確認すると、まだ昼前だということがわかった。
ベッドから起き上がって階段を下っていくとだんだんお腹が空いてきた
思えば朝からなにも食べていないのだから当然だった。
ダイニングへ入っていくとテーブルの上にお母さんからの置き手紙があった。
《冷蔵庫にオカズが入っているから、元気になったら食べなさい》
書かれている通り冷蔵庫を開けると私の大好きなハンバーグが用意されていた。
わざわざ作ってから出かけてくれたみたいだ。
「いただきます」
ハンバーグをレンジで温め直して頬張るとほっぺが落ちてしまいそうなくらいに美味しかった。
あっという間に平らげてしまった私はお皿が洗って片付けたら、後はすることがなくなってしまった。
体は元気だし、寝ている必要もない。
ダラダラとリビングでテレビを見ていても、なんとなく集中できなくて気持ちはホスト科へと向いてしまう。
今日は私がいなくてみんな困ってないかな?
部屋の掃除は誰がしたんだろう?
そんなことばかりが気になってしまって、結局テレビも消してしまった。
「仕方ない。今からでも学校に行こうかな」
ずっと家にいてもやることはないし、余計なことばかりが気になってしまって仕方ない。
私は制服に着替えて午後からの授業に使うものだけをカバンに入れて家を出た。
普段とは違う時間に通学路を歩くのは、なんとなく妙な気分になる。
行き交う生徒たちの姿もないし、いつも声をかけてくれる見守りの人もいない。
ちょっとだけ寂しくて、だけど新鮮な気分で学校へ向かい、教室に入るとすぐに百恵が気がついてくれた。
「愛美、来たの!?」
「うん。昼くらいから元気になってきたから、来ちゃった」
そう言うと百恵は本当に嬉しそうに笑顔を浮かべた。
「愛美がいなくて寂しかったよぉ」
大げさに泣いたふりをして抱きついてくる。
私は笑いながら自分の席へと向かった。
それから百恵は午前中の授業のノートを貸してくれて、それを書き写しているだけであっという間に時間は過ぎていってしまった。
「さて、今日はどうしようかな」
放課後になってから私はポツリと呟いた。
今日学校に来たことをホスト科の生徒たちは知らないはずだ。
いきなり行ったら驚かせてしまうかもしれない。
連絡を取ろうかと思ったが、ホスト科には専用のスマホがあるので個人的な連作先は知らなかった。
それだけで悲しい気持ちになってきてしまったので、自分の気持ちを切り変えるためにも大股で教室を出た。
私はホスト科のお世話係なんだから、なにも遠慮することなんてないと自分に言い聞かせる。
そしてドアの前でネームをつけたとき、ドアが開いて汰斗が出てきた。
こんな遭遇の仕方をするとは思っていなかったので戸惑い、つい視線を逸らせてしまう。
あからさまに無視してしまったような感じになって慌てて顔を上げたけれど、その時にはもう汰斗は私に背を向けて廊下を歩きだしていた。
「愛美ちゃん、体調悪いかったんじゃないの!?」
駆け寄ってきた侑介によって思考が遮断される。
「う、うん。午後から元気になったから来たんだよ」
と、答えながら部室内に入ると、大と尋の姿もあった。
今仕事へ向かったのは汰斗だけみたいだ。
「どうした? 汰斗となんかあったか?」
すぐに気がついたのは大だった。
尋と侑介もなにか感づいているみたいで、心配そうな顔をこちらへ向けている。
でも、汰斗のことを好きになってしまっただなんて、言えない。
言えばここを解雇されてしまう。
それだけは避けたかった。
「なにもないよ」
微笑んでそう言ったのだけれど笑顔が引きつっていたようで、うまくごまかすことはできなかった。
「悩みがあるなら相談に乗るよ? 愛美ちゃんが作ってくれたハチミツレモンのお礼もしたいし!」
と、侑介。
「そうですよ。僕たちはもうファミリーなんですから、なんでも遠慮なく言ってください」
「オレも、悩みくらいなら聞くぞ? まぁ、大抵の悩みは筋トレで解決するけどな!」
大が大きな声で笑う。
「みんな、ありがとう」
その気持が嬉しくて胸が暖かくなる。
本当にここには優しい人ばかりだ。
そこでふと自分の恋については言えないけれど、昨日目撃したことについては言えるんじゃないかと気がついた。
それで、汰斗が一緒にいた相手が誰なのかわかれば、この気持に諦めもつくかもしれない。
「実は昨日ね……」
私はソファに座ってぽつぽつと昨日の出来事をみんなに話し始めた。
「汰斗に彼女? そんなの聞いたことねぇな」
大は首を傾げている。
「確かに、初耳ですね。侑介はなにか聞いていますか?」
「ボクも聞いたことないよ。汰斗って女の子に慣れてない感じなんだと思ってたけどなぁ」
私も侑介と同じように思っていた。
私から近づいて行けば逃げてしまうようなタイプだと。
だけど昨日見た感じでは全く違った。
肩を並べて歩きながら、互いにちょっかいを出し合ってたように見えた。
「もしかしたら、僕たちにも内緒で彼女ができていたのかもしれませんね。だけどそれは部活動以外の場所なので、注意することはできません」
「そうだよね……」
ただ、それを目撃してしまったために自分の気持ちに気がついたとは、言えなかった。
汰斗が恋愛していたって、誰にも迷惑をかけていないのだし。
「お、噂をすれば戻ってきたぞ」
大の言葉に耳を済ませると廊下を歩いて近づいてくる足音が聞こえてくる。
「みんな、今の話しは秘密で――」
最後まで言う前にドアが開き、私の言葉はかき消されてしまった。
振り向くといつものクールな表情で汰斗が立っている。
「お、おかえり、早かったんだね」
すぐに立ち上がって作り笑いを浮かべる。
「あぁ。今日は珍しく短い時間の仕事しか入ってないみたいなんだ」
「へ、へぇそうなんだね」
相槌を打ったところで、侑介が汰斗へと駆け寄っていった。
そして真っ直ぐで大きな目を汰斗へ向ける。
「汰斗、昨日どこでなにしてたの?」
その質問に汰斗の眉がピクリと動く。
私は侑介を止めようとしたけれど、ここで止めれば余計に怪しまれてしまうと思ってできなかった。
「昨日は買い物に出かけてたけど、それがどうした?」
「愛美ちゃんが見たって。汰斗が、女の子と歩いているところ」
そう言われて汰斗の視線がこちらへ向ける。
その目は大きく見開かれていた。
「なんだ、見てたのか」
「う、うん。偶然見かけちゃって……」
覗き見していたわけじゃないのに、なんだか悪いことをした気持ちになってしどろもどろになってしまう。
だけど汰斗は気にした様子を見せず、ソファに座った。
「あれは双子の妹だ。俺によく似ていただろ?」
「妹……?」
そう言われれば似ていた気がしなくもない。
だけどあの時はショックで相手の顔をマジマジと見る余裕なんてなかった。
「それがどうかしたのか?」
「え、ううん、別になんでもないよ」
慌てて笑顔を貼り付けて左右に首を振るが、汰斗からは怪しまれている。
どう対応しようかと悩んでいたとき、尋が「愛美ちゃんの気持ちも考えて行動してくださいよ」と、汰斗へ視線を向けて言った。
「君の気持ち?」
「べ、別になんでもないの!」
ブンブンと左右に首を振る私を見て尋が含みのある笑顔を浮かべた。
「もう隠す必要はないんですよ?」
「か、隠すってなにが!? なんのこと!?」
「部活の方針を一部変更したんです。ね、汰斗?」
尋に言われて汰斗が頷いた。
「そうだ。今日の昼間にみんなには報告したんだけど、君は休んでいたからな」
「ど、どういうこと?」
みんなの話についていけなくてまばたきを繰り返す。
すると汰斗がゴホンッと咳払いをして「今日から活動内での恋愛を解禁することにしたんだ」
「え、恋愛解禁!?」
それって、もう自由に恋愛してもいいっていうこと!?
だけど急にそんなことを言われてもどうすればいいかわからない。
ひとりでオロオロしている私に侑介が抱きついてきた。
「ってことで、ボクも、もう遠慮しないからね?」
上目遣いでそう言われて頭の中はパニックになる。
侑介が言った言葉の意味を理解するよりも先に、大が侑介を引き剥がしていた。
「お前はいつでも遠慮がなかっただろうが! ちょっとは遠慮しろ!」
「えぇ~、大の意地悪!」
ぎゃあぎゃあ騒ぎ始めるふたりを横目に、私は汰斗に「どういうこと!?」と、詰め寄った。
どうして急にそんな方針になってしまったのか、説明してもらわないと納得できない。
「前にお世話係をしていた人から助言されたんだ。部長は俺なんだから、やり方を変えてもいいんじゃないかって」
「だからって、どうして急に恋愛解禁になんてしたの?」
「もちろん、客との恋愛についてはまだご法度だ。だけど誰かを好きになる気持ちに嘘を突き通すことは難しいと思ったんだ。苦しみながら自分の気持ちを隠すくらいなら、自由に恋愛してほしいと思う。もしも客のことを本気で好きになったら、そのときはちゃんと相談してほしいと思ってる」
「そう……なんだ」
汰斗は部活動を大切にしつつも、それぞれの気持ちも尊重したいと考えたんだろう。
ということは、私の気持ちも隠さなくてもいいってこと?
「こうなったら僕も遠慮しませんから、愛美ちゃんは覚悟しておいてくださいね?」
クスッと笑う尋と視線がぶつかる。
え? それってどういう意味?
混乱している間に汰斗が尋を睨みつけて、バチバチと火花が散る。
「そろそろ、その辺にしといて、今日は大切な日なんだろ?」
大の言葉に尋と汰斗が我に返ったようにこちらを見た。
「そうだった。そのために昨日は妹を引き連れて買い物に行ったんだ」
汰斗がなにが背中を向けてごそごそと何か準備を始めると、大と侑介のふたりが冷蔵庫から巨大なケーキを取り出してテーブルの置いた。
その大きさにも驚いたけれど、ケーキに乗っているチョコレートプレートに愛美ちゃんへと書かれているのを見て更に驚いた。
汰斗がカバンの中からプレゼント包装された箱を取り出したとき、
「愛美ちゃん、誕生日おめでとう!」
と、4人一斉に声を合わせた。
「あ、え? 今日って私の誕生日だっけ」
最近はお世話係のことだけで頭がいっぱいになってしまっていて、自分の誕生日をすっかり忘れてしまっていた。
「忘れてると思ってたんだ。今日君が休みだって聞いたときにはガッカリしたけど、来てくれてよかった」
汰斗がそう言って私にプレゼントを手渡してくれる。
これが、昨日準備してくれたものなんだろう。
「あ、ありがとうみんな!」
嬉しくて涙で視界が滲んでしまった。
「これは俺たち4人からのプレゼントだ。開けてみてくれ」
汰斗に言われて私は涙がこぼれないように注意しながら包装紙を剥がしていく。
中の白い箱を開けると、そこにはピンク色の手帳と万年筆が入っていた。
「うわぁ、可愛い!」
手帳を取り出してみると表紙が分厚くてしっかりしていることがわかった。
万年筆もとても使いやすそうだ。
「一ヶ月間のお試し期間はまだ残っているけれど、俺たちは全員君にここにいてほしいと思ってる。もしその気があるなら、それを受け取ってくれないか?」
汰斗からの言葉に更に嬉しさがこみ上げてくる。
これからはこの特別な手帳を万年筆を使って、みんなのそばにいることができるんだ。
私は両方をギュッと胸に抱きしめて「もちろん! これからもよろしくお願いします!」と、言ったのだった。
☆☆☆~汰斗サイド~
「それにしても汰斗が恋愛禁止を取りやめるとはな」
大がニヤニヤした顔つきで言う。
「なんだよ、なにか文句があるのか?」
「ボクはないよ! だってこれからはずっと愛美ちゃんと一緒にいられることになったし、もしかしたらボクの彼女になってくれるかもしれないんもんね!」
「侑介、それは早急というものです。愛美ちゃんは僕のような大人が好きかもしれない」
「さぁ、それはどうかな」
つい話に割って入ってしまって視線を感じる。
軽く咳払いをして3人から視線をそらせる。
「汰斗まさかお前愛美ちゃんのことが好きで恋愛禁止をやめたのか?」
「そ、そんなわけがないだろ! そんな身勝手な理由でやりたかを変えたりはしない!」
大の言葉に反論してみたものの、3人共にやついた笑みをこちらへ向けている。
俺は気が付かないふりをして取り分けられたケーキにフォークを伸ばした。
「大だって、なんでもない顔してるけど、本当は愛美ちゃんのこと気に入ってるんでしょ? ボクにはわかるよ!」
「オレは無駄な争いはしねぇよ。あいつはオレを好きになるっていう確信があるから、なにも言わないだけだ」
「なんだその確信っていうのは!?」
思わず怒鳴るように質問してしまう。
「あれあれあれれぇ? そんなに焦ってどうしたんだよ汰斗、らしくないぞ?」
ニヤつく大にしてやられたと感づくけれどもう遅い。
ここにいるメンバーには自分の気持がバレてしまっている。
黙ってケーキを食べ始めた時、ドアが開いてトイレに立っていた愛美が戻ってきた。
「ケーキおいしそうだね! いただきます!」
取り分けられたケーキにさっそく口をつけていて、鼻の頭に生クリームなんてつけている。
ちょっとドジなところもあるけれど真っ直ぐで一生懸命で、そんな愛美にどうやらホスト科のメンバーはみんなやられてしまったみたいだ。
ついつい視線が愛美へ向かう。
「みんなどうしたの? 食べないの?」
愛美に言われて全員がフォークを手に取る。
「いただきまぁす!」
これからはみんながライバルだ。
誰が愛美と付き合うことができるのか、それはまだわからない。
「あ、侑介俺のケーキ取ったな!」
「へへーん。大がのんびりしてるからだよぉん」
「ふたりとも、ケーキはまだ沢山あるんですから、喧嘩しないでください」
それを見た愛美がクスクス笑ってこちらを見た。
「汰斗くん、ホスト科って楽しいね!」
今はまだ、こうしてみんなと一緒にいることも悪くないかなと思うのだった。
END
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湖宮結衣(こみやゆい)
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文武両道な学園の王子様
実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?
氷堂秦斗(ひょうどうかなと)
最初は【仮】のはずだった。
「結衣さん……って呼んでもいい?
だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」
「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」
「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、
今もどうしようもないくらい好きなんだ。」
……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。
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