ホスト科のお世話係になりました

西羽咲 花月

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お仕事

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ホスト科から出た私は左胸につけているネームを外してカバンの中に入れた。
そしてまた大きく「ふぅ」と息を吐き出す。
先生からホスト科に案内されてまだ1時間も経過していないのにひどく疲れてしまった。

あんなにカッコイイ男子たちに囲まれて会話したことなんてなかったし、ホスト科なんてちょっと信じられない部活の説明を受けたせいだ。
夢の中から現実へ戻るように早足で昇降口へ向かうと、クラスメートの石村百恵が待ってくれていた。

ふわりとした天然パーマの髪の毛をツインテールにしている百恵は背が小さくて、可愛らしい子だ。
「百恵! ごめん、待っててくれたんだ?」
慌てて駆け寄ると百恵はピンク色の唇を上げて笑った。

「うん。先生に呼ばれて行ったのを見て気になってたから」
「先に帰ってくれててよかったのに」
言いながらふたり並んで歩き出す。
私の家と百恵の家はすぐ近くだから、小学校の頃からいつも一緒に通学しているのだ。

「どうせ帰り道同じだし、ひとりで帰るのって寂しいじゃん。それで、先生からの用事はなんだったの?」
百恵に聞かれて一瞬口ごもる。
ホスト科のことを説明してもいいかどうか、悩んでしまった。
だけど別に黙っておくようには言われていないし、きっと話してもいいことなんだろう。

「実はね、さっきまでホスト科にいたの」
「ホスト科?」
百恵が目をパチクリさせている。
そこで私はこの学校にあるホスト科という部活動に関して簡単に説明した。

「お世話係って、つまりホストクラブのボーイさんみたいな仕事をするってこと?」
「う~ん、それとはちょっと違うけど、でもスケジュール管理とかも任されるみたい」
「それってなんだかすごいね!」
百恵の目がキラキラと輝く。

そんなにすごいことだと感じてなかったので、なんとなくくすぐったい。
「でも、とりあえずお試し期間なの。私にできる仕事かどうか、まだわからないから」
「そっか。気になってたんだけどホストってことはみんなカッコイイの?」

百恵の目の輝きの一番の理由はそこにあったみたいだ。
私はホスト科の男子生徒たちの顔を思い出して言った。
「侑介くんは可愛い系で、尋くんはお兄さんみたいな優しいタイプ。大くんは力持ちで汰斗くんはクール系かなぁ」
「へぇ! ちゃんとキャラ分けもされてるんだね!」
そう言われれば誰1人として同じキャラクターの男子生徒はいなかったかも。

今日はみんなのことをあまりよく観察できなかったけれど、お試し期間中にもっとよく知り合うこともできるかもしれない。
「それでそれで? 愛美の中では誰が一番かっこよかった!?」

その質問に一番最初に浮かんできたのは汰斗の顔で、慌ててそれをかき消した。
「そ、そんなのわかんないよ。だいたい、私が誰かを選ぶようなことはできないし」
なんだか胸がドキドキしてきてしまう。
だけどお世話係は自分の内申点のためであって、それ以上でも以下でもない。

「なぁんだつまんないの。私もそのホスト科っていうのを使ってみようかなぁ」
冗談だか嘘だかわからないことを言う百恵に私は苦笑いを浮かべたのだった。

☆☆☆

私がお世話係に任命されたことはその日のうちに両親にも説明しておくことになった。
朝早く登校したり、放課後遅くまで学校に残ることが増えてくるからだ。
だけどどうしてもホスト科のことを説明することはできなくて、部活動でウサギを飼っているところがあるのだと、嘘をつくことになってしまった。
「あ~あ、嘘をつくなんて心苦しいよ」

ひとりベッドに寝っ転がって呟く。
これから先本当にホストの科お世話係がうまくいくのかどうか、やっぱり不安は拭えない。
「お試しでもやるって決めたんだから。頑張らなきゃだよね。明日は30分早く学校へ行くから、もう寝なきゃ」
私はいつもより30分早い時間にスマホのアラームを設定して、部屋の電気を消したのだった。


☆☆☆

早朝の学校はほとんど話し声が聞こえてこなくてとても静かだった。
体育館とグラウンドからは朝練をしている生徒たちの声が聞こえてくるけれど、校舎内は静まり返っている。
慣れた場所でも新鮮さを感じながらホスト科の部室へと向かう。
昨日汰斗に言われた通り最初に職員室へ行ってここのカギを借りてきていた。
「さっそくお仕事ね。頑張って」

と、先生からねぎらいの言葉ももらっている。
ホスト科の部室に入るとまずはすべてんの窓を開け放った。
これから掃除をするから、埃っぽくならないようにするためだった。

「よーし。頑張るぞ!」
ロッカーからホウキを取り出して部室の前方から後方へと順番にホコリをはいていく。
普通の教室の半分くらいの広さだから、ひとりで掃除するのにも困らないくらいの広さだ。

それから床にモップがけもして、ひとまず綺麗にはなった。
だけどそれだけじゃ終わらない。
今度は昨日買っておいた真新しい布巾を取り出してテーブルの上と棚の上も丁寧にふいていく。


真っ白なテーブルが輝きを取り戻したようで気持ちいい。
「最後にこの花を飾って、完成!」
持ってきた花は今朝登校途中に道端で積んできたものだ。
さすがにお花を買うような余裕まではなかったけれど、白い野花が凛としていて涼しげになった。

「結構いいじゃん」
自分の働きっぷりに自画自賛していたとき、不意に電話がなり始めた。
古い黒電話のような音で鳴り響くの音にビクリと体を跳ねさせる。
「えっと、電話対応の仕方ってどうなんだっけ?」

オロオロしながら電話へ近づいていくと、電話のすぐ横に受け答えのマニュアルが貼り付けてあった。
それも真新しく作られたもののようだ。
昨日私が帰ってからホスト科の誰かが用意してくれたのかもしれない。
そう思うと胸が熱くなった。

「はい、ホスト科です」
私はメモを見ながら対応を開始した。
『あれ? 女の子?』

相手の女子生徒はとまどった声をあげる。
「あ、はい。今日からお試しでお世話係をしています」
『あぁ、なんだ、そういうこと』
電話の向こうの女の子はホッとしているようだ。

「ホストのご予約ですか?」
『うん。今日のお昼、尋くん空いてる?』
そう聞かれて慌てて棚から手帳を引っ張り出して確認した。
今日の日付を確認すると、まだ昼は空欄になっている。

「空いていますよ」
『やった! じゃあ昼休憩が始まったらすぐに1階の自販機コーナーで待ち合わせしてもらえる?』
「わ、わかりました」

胸ポケットからペンを取り出し、手帳に書き込んでいく。
ちょっと焦って文字が下手になってしまったけれど、これは仕方ない。
「以前もホスト科をご利用ですか?」

『うん。もう3回目だよ』
「それでしたら、前回と同じようにお金をご用意してください」
『わかってるって。じゃ、よろしくね!』
そのまま電話が切れて私はふぅーと大きく肩で息を吐き出した。

緊張で受話器を握りしめた手に汗が滲んでいる。
「今の感じでいいんだよね?」
誰にともなく呟く。
初めてホスト科を利用する相手には千円必要であることもちゃんと伝えなきゃいけないけれど、何度目かの利用者の場合は細かな説明は省いていいと、メモ用紙には書かれている。

メモを更に読んでいくと、最後に赤い文字で《新しい予約が入ったら全員に連絡すること! 専用のスマホは引き出しの中》と書かれているのが目に入った。
「専用のスマホまであるんだ」

と、関心しながら棚の一番下にある引き出しを引き出してみると、そこに白い格安スマホがあった。

つるりとした手触りのそれを手に取ったとき、今日がお弁当持参日だということを思い出した。
お世話係のことばかりが頭を支配していたけれど、私のカバンの中にもしっかりとお母さんが作ってくれたお弁当が入っている。
「今日のお昼を一緒に食べたいって誘いなのかな」

呟きつつ専用のスマホを開くと、すぐにホスト科のメッセージグループが起動した。
これ以外には使えなように設定されているみたいだ。
《星野愛美です。今日の昼ころ尋さんに予約が1件入りました》

相手が指定してきた場所と、相手の名前(これは本名かどうかわからないけれど)を、入力して何度か読み直して送信ボタンを押す。
するとすぐに既読がついた。

《尋:了解。しっかりお世話係をしてくれてありがとうございます》
ニコニコ笑顔のスタンプも一緒に送られてきて嬉しくなる。
「掃除も終わったし、朝のお仕事終了!」
初日にしてはいい感じなんじゃない!?

☆☆☆

仕事を終えて自分の教室へ入ると、百恵がすぐに駆け寄ってきてくれた。
「おはよう百恵」

「おはよ! 今日から仕事だったんだよね? どうだった?」
挨拶もそこそこに質問攻めしてくる百恵はやっぱり目を輝かせている。
「朝はひとりで部室の掃除をして、予約を1件取っただけだよ」

「えぇ、それだけ? ホスト科の人たちには会わなかったの?」
「会わなかったよ。みんなが部室に集まるのは昼と放課後だけなんじゃないかな?」
そのあたりの詳しい事情は知らないけれど、今朝はいなかったことは事実だ。

すると百恵はあからさまに肩を落として「なんだぁ」と、残念そうに呟いた。
「だけどひとりで掃除するのも結構楽しかったよ。花も飾ってきた」

「そっかぁ。ねぇ、昼間も行くの?」
「うん。一応顔を出しておこうかな。初日だし、昼間予約が入ったホストがいるから、気にもなるし」
「それじゃお昼は一緒に食べられないの?」

「ううん。お昼は食べてから行くよ」
更に残念そうに眉を下げる百恵に向けて、そう言ったのだった。
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