仮面

西羽咲 花月

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噂の噂

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噂の噂

朝日が眩しくて光平は目を細めた。
室内はムッとした血の匂いが充満していて、床は血の海と化していた。
目玉を繰り抜かれ、内臓も繰り抜かれた二人分の死体が転がっている中、光平は朝日の心地よさを全身で感じていた。
朝がくることがこれほど気持ちがいいと感じたことは久しぶりの経験だった。
朝になればあいつらにイジメられる。
朝になれば叔父と叔母に暴力を振るわれる。
朝なんて来なければいいのに。
そんな毎日を送っていた光平にとって、朝は強敵ともいえるものだった。
「気持ちがいい」
光平はガラスの入っていない窓へと近づいて呟く。
朝日をもっと全身に浴びたいと思い、仮面に手をかけた。
そして仮面をはがそうとしたその瞬間、ズキンッとひどい痛みが顔を襲っていた。
「っ!?」
光平は顔をしかめ、仮面から手を離す。
今のはなんだ?
いぶかしげな表情を浮かべ、再び仮面に手をかける。
ズキンッ!
まただ。
仮面をぬごうとすると痛みが走る。
それはまるで自分の本来の顔を引き剥がそうとする痛みなのだ。

そっと仮面に触れてみると、それは皮膚のように柔らかく、そして脈打っていた。
光平の血管が仮面の中に入り込み命が吹き込まれたかのように。
光平は一瞬息を飲み、慌てて室内へと戻った。
割れたガラスが散乱している場所へと移動して、自分の姿を確認する。
散乱しているガラスに映っている自分の顔は……白い仮面に血管が浮き出ている様子だった。
血管は見る見る仮面を埋め尽くす。
それは光平の一部となりつつあるのだ。
「なんだよこれ、なんなんだよ!」
焦って仮面に手をかける。
しかし仮面を引き剥がすことは自分の顔を引き剥がすのと同じこと。
光平は体中に突き抜けるような痛みに絶叫を張り上げたのだった。

☆☆☆

「ねぇ、仮面の噂って知ってる?」
2年B組の教室内で、女子生徒たちが数人固まって噂話に花を咲かせている。
「知ってるよ。前に聞いたじゃん」
「だよね。ひとりで屋上に行ったら仮面があるっていうやつでしょう?」
「その噂ね、続きがあるんだよ」
「続き?」
「そう。仮面を手に入れた人が注意しなきゃいけないこと」
「なにそれ?」
「仮面を長時間顔につけていると、顔と仮面がひとつになっちゃうんだって。だからね、永遠に同じ犯罪を繰り返すようになるっていう噂」
「でも、仮面をつけたままだったらすぐに犯罪者だってわかるんじゃない?」
「それがこの噂の怖いところでさ、顔と仮面が完全にひとつになったら、もう元の顔に戻るんだって。だから、見た目では普通の人なのか、仮面をつけた人なのか、わからなくなるらしいよ」
「なにそれ、そんなの卑怯だよ~」
「もしかしてこのクラスにも犯罪者がいるかもってこと!?」
「まぁ、噂は噂だからねぇ」
夏の昼下がり、女子生徒たちの楽しそうな声はいつまで聞こえてきていた。

☆☆☆

「はぁ……はぁ……はぁ……」
真夜中の道を光平は荒い息を吐きながら歩いていた。
衣類はボロボロで顔は浅黒く疲れきっているし、足は今にも倒れこんでしまいそうなほど弱弱しくしか前に出ない。
それでも光平はなにかに操られているように歩く。
手に血のこびりついたハンマーを握り締めて。
その時外灯に照らされて浮かび上がるサラリーマンの後姿が見えた。
途端に光平の足は速くなり、サラリーマンとの距離を縮め始めた。
サラリーマンの真後ろへやってきたとき、光平はハンマーを持っている右手を振り上げ、そして躊躇なく振り下ろした。
ゴッ! と鈍い音が聞こえてきて、サラリーマンは声も上げずに倒れこむ。
光平は倒れたサラリーマンの顔めがけて、2度、3度とハンマーを振り下ろした。
その腕は今にも引きちぎれてしまいそうなくらい力が入っていない。
それでもハンマーを手放すことも、殺人をやめることもできなかった。
「もう……やめてくれ」
顔のつぶれたサラリーマンを見下ろして呟く。
通行人の姿はなく、これでもう今日の殺人は終わりだという安堵の気持ちが浮かんでくる。

早く家に帰りたかった。
家に帰って、この血まみれになった体を洗いたい。
アパートでなくてもいい。
あのクソみたいな叔父と叔母がいる家でもいい。
気持ち悪いイジメっ子の多い学校でもいい。
少なくても、今の状況よりはそっちのほうが幸せだと思えるようになっていた。
帰りたい。
帰りたい。
帰りたい。
だけど光平の耳は人の足音を聞き逃さなかった。
光平の意思に関係なくそちらへ振り向く。
外灯の下、懐中電灯を持って歩いているひとりの女性がいた。
とても小柄でネガメをかけて、年齢は光平と同じくらいに見える。

獲物を見つけた光平の足は強制的に歩き出す。
ズルズルと疲れきった体を引きずって。
「あ、光平くん?」
相手の目の前まで来たとき不意に名前を呼ばれて光平は目を見開いた。
小柄でメガネをかけて、真面目そうな女性。
それは唯一光平に優しい言葉をかけてくれた、あの花子だったのだ。
「あ……」
光平はなにか口にしようとするが、言葉が喉の奥にひっかかって出てこない。
仮面が余計なことを口走らせないようにしているのだ。
「あ……あ……」
どうしてここに?
逃げろ。
俺に近づいちゃいけない。
すべての言葉がかき消されてしまう。
「こんなにボロボロでどうしたの? まさか、また誰かにやられた?」
花子の表情が険しくなり、光平の頬に手を伸ばす。
次の瞬間、光平はその手を掴んで後ろへひねりあげていた。
花子のか細い悲鳴が聞こえてくる。

そのまま力を込めると、細い腕がボキッ! と音を鳴らして折れる感触がした。
花子が悲鳴をほとばしらせてその場に倒れこむ。
光平は花子の体に馬乗りになり、ハンマーを振り上げた。
いやだ。
こんなことしたくない!
感情だけがあふれ出して涙がこぼれた。
花子が青い顔をして自分を見上げている。
この子だけは、どうか助け――っ!!
光平の腕が、ハンマーを振り下ろした。


END
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