仮面

西羽咲 花月

文字の大きさ
上 下
15 / 16

衝突

しおりを挟む
工事現場から出ると満月が出ていた。
周囲に外灯がなくても十分に周りを確認することができた。
光平はゆっくりと歩いて人影を探す。
物音は少しもしない。
しかし足元は砂利がしかれているので、ここから逃げていたとずれば足音が聞こえているはずだ。
つまり、相手はまだこの工事現場にいる。
さっき聞こえてきたあの音は間違いなくカメラのシャッター音だった。
夜中にこんな場所を撮影しに来るのはオカルトマニアくらいなものだろう。
だけど光平の脳裏には全く別の人物の顔が浮かんできていた。
それは仮面を拾った恵一だった。
恵一の持つ能力は盗撮、つまり、カメラだ。
そして恵一はリナの隠し撮りをしていた。
リナはクルミの家に盗みに入っているから、あの放火が起こったときに恵一がリナを追いかけて、あの場所にいた可能性があるのだ。

そう考えて恵一は思わずフフッと笑みを浮かべた。
まさか、仮面を拾った人間がこの場所に集合するとは思わなかった。
「出ておいでよ、南部恵一くん」
暗闇の中声をかけると工事現場の横から物音が聞こえた。
素早い身のこなしでそちらへ向かうと、デジタルカメラを握り締めた恵一がその場にうずくまっていた。
地面には白い仮面が落ちている。
光平がそれを手に取ると、恵一が慌てたように立ち上がった。
「そ、それは……っ!」
「知ってる。俺だってつけてるんだから」
光平は自分の顔を指差して答えた。
そのときようやく恵一は相手の顔をマジマジと見つめた。
悲鳴を上げそうになった恵一の首を光平が掴む。
喉をグッと抑えると悲鳴は掻き消えていった。
「俺のこと覚えてる? 同じクラスの立石だよ」
そう行って手を離したが、恵一は口をパクパクさせるだけで声を上げなかった。
どうやら上手に声帯をつぶすことができたみたいだ。
「君は仮面は盗撮だっけ?」
質問すると恵一は目を見開いた。
どうして知っているのだと質問してきているが、わざわざ教えてやるつもりはなかった。

光平はそっと恵一の耳に自分の顔を近づけた。
そしてささやく。
「知ってる? 俺の仮面はね……殺人の仮面なんだよ」
光平の笑い声が、恵一の耳元にいつまでも聞こえてきていたのだった。

☆☆☆

恵一は今日、眠っているリナを盗撮しようと準備を進めていた。
今まで盗撮を続けてきて、リナの部屋が道路沿いから見えることはすでに把握済みだった。
節約をするためにどれだけ暑くてもエアコンをつけず、扇風機と窓を開けることで夜中の熱を逃がしていることも。
リナみたいな子が無用心だと最初は心配したけれど、観察しているうちに兄弟3人で同じ部屋で眠っていることがわかった。
きっと、部屋数が少ないのだろう。
リナの妹と弟はさすがという感じで容姿がよく、妹なんてリナにそっくりだった。
この子もいずれスターになるかもしれないと思い、恵一は妹の写真もついでに撮影していた。
今日の撮影もきっとうまくいく。
空いている窓からこっそり写真を撮影するだけなのだから、仮面を手に入れた恵一にとっては簡単な作業だった。
それこそ朝飯前だとばかりにリナの家へ向かったとき、リナが家から出てひとりでどこかへ向かう姿を目撃したのだ。
リナはジーンズにTシャツというラフな格好で、手には大きな布製のバッグを持っていた。

こんな時間にどこへ行くんだ?
リナの姿を見つけた恵一は一瞬眉間にシワを寄せたが、すぐにその後を追いかけた。
リナの眠っている姿を撮影したかったが、今日はお預けになるかもしれない。
それは残念なことだったけれど、今はリナの行動のほうがずっと気になった。
リナの後を追いかけていくと、どんどん高級住宅街へと入っていく。
慣れない場所に戸惑いながらリナを見失わないように必死について歩いていくと、リナは大きな家の前で立ち止まり表札を確認しはじめた。
そして、そえがお目当ての家だとわかったのか裏手へと回っていった。
恵一は一旦門の近くまで行き、表札を確認した。
そこには『四条』と書かれている。
「四条って、四条クルミか?」
同じクラスのお嬢様を思い出して呟く。
リナはクルミと会話しているときに険しい顔つきになる。
そのことを恵一はしっかりと覚えていた。
2人の関係はあまり良好とはいいがたそうなのに、こんな時間に訪問するつもりだろうか?
いや、それなら普通に玄関から入ればいいだけだ。
リナは裏口へと回っていた。
疑問が膨らんできて、恵一は慌ててリナの後を追いかけた。

大きな生垣に囲まれて家の様子はよく見えない。
バシャバシャと水音が聞こえてきた気がして、恵一は一旦足を止めて耳を済ませた。
水音はもう聞こえてこない。
気のせいか?
生垣の背が低くなった場所から中をのぞいてみると、リナの背中が勝手口から中へと入っていくのが見えた。
リナ!
思わず声をかけそうになったが、裏庭に別の人影を見かけて慌てて身をかがめた。
リナ以外の人影。
それはクルミだった。
クルミは持っていた青いタンクを地面に置くと、点火棒を取り出した。
スイッチを押すと先端からオレンジ色の炎が上がる。
クルミの顔が照らし出され、その顔は奇妙に笑っていることに気がついた。
一瞬恵一の体に寒気が走った。
あんな顔のクルミを学校内ではみたことがなかった。
恵一がなにもできずにただ見つめている間に、クルミは火をつけた状態で身をかがめた。
途端に炎が燃え上がった。
「うわっ!?」
恵一は低い悲鳴を上げて路地横へと逃げ込んだ。

炎は一瞬にして家を包み込み、クルミが庭から逃げ出してくるのを見た。
ゴウゴウと音を上げて燃え盛る炎に恵一の心臓は早鐘を打ち、背中につめたい汗が流れていった。
周囲は昼間のような明るさに包まれて、風が熱を運んでくる。
リナが家の中にいる!
ハッと気がついたとき、クルミが倒れこむのが見えた。
咄嗟に視線をそちらへ向けると黒い服を着た男が、倒れたクルミを引きずっていくところだった。
なんだなんだなんだ?
今日はリナの寝顔を盗撮して終わるはずだったのに、どうしてこんなことになってるんだ?
燃える家の裏口からひとりの人物が転がり出てくる。
その人は体中火にまみれながら悲鳴を上げ、ダンスを踊るように暴れ狂う。
あれは……リナ?
炎に包まれているため顔は見えない。
だけどその人物が持っている布製のバッグには見覚えがあった。
全身から血の気が引いていく中、恵一は無意識の内に踊り狂うリナの写真を撮影していたのだった。

☆☆☆

「へぇ、こんな写真も撮るのか」
恵一を工事現場へ引きずり込んだ光平はデジタルカメラの映像を確認して笑った。
リナの盗撮の他に、光平がクルミを拷問しているシーンもバッチリ撮られてしまっていた。
仮面をつけているのにと憤りを感じなくもないけれど、こうして恵一を捕まえることができたから、まぁよしとしよう。
光平は息絶えてしまったクルミの体を軽く蹴った。
顔は血まみれで悲惨なことになっているが、これだけのことで死なれてはつまらない。
「今度はどうしようかな。人間ってあまり強くないから、拷問の種類を考えなくちゃ」
光平は恵一へ視線を向ける。
恵一は逃げ出そうとするが、手足はオモチャの手錠で拘束されていてうまく動くことができない。
まるで死にかけの虫のように動き回る恵一の姿を見て光平は声をあげて笑った。
大物を狙うためにいろいろな道具を準備しておいてよかった。
恵一の場合は飛んで火に入る夏の虫だ。
と言っても、恵一はクルミより体力も力もあるから、もう少し弱らせないといけない。
光平は片手にハンマーを握り締めて恵一の前に立った。
「大丈夫だよ。ちゃんと手加減してあげるから」
そう言うと、恵一の頭部にハンマーを振り下ろしたのだった。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

奇怪未解世界

五月 病
ホラー
突如大勢の人間が消えるという事件が起きた。 学内にいた人間の中で唯一生存した女子高生そよぎは自身に降りかかる怪異を退け、消えた友人たちを取り戻すために「怪人アンサー」に助けを求める。 奇妙な契約関係になった怪人アンサーとそよぎは学校の人間が消えた理由を見つけ出すため夕刻から深夜にかけて調査を進めていく。 その過程で様々な怪異に遭遇していくことになっていくが……。

リューズ

宮田歩
ホラー
アンティークの機械式の手に入れた平田。ふとした事でリューズをいじってみると、時間が飛んだ。しかも飛ばした記憶ははっきりとしている。平田は「嫌な時間を飛ばす」と言う夢の様な生活を手に入れた…。

『霧原村』~少女達の遊戯が幽から土地に纏わる怪異を起こす~転校生渉の怪異事変~

潮ノ海月
ホラー
とある年の五月の中旬、都会から来た転校生、神代渉が霧野川高校の教室に現れる。彼の洗練された姿に女子たちは興味を示し、一部の男子は不満を抱く。その中、主人公の森月和也は、渉の涼やかな笑顔の裏に冷たさを感じ、彼に違和感を感じた。 渉の編入から一週間が過ぎ、男子達も次第に渉を受け入れ、和也の友人の野風雄二も渉の魅力に引き込まれ、彼の友人となった。転校生騒ぎが終息しかけたある日の学校の昼休み、女子二人が『こっくりさん』で遊び始め、突然の悲鳴が教室に響く。そしてその翌日、同じクラスの女子、清水莉子が体調不良で休み、『こっくりさん』の祟りという噂が学校中に広まっていく。その次の日の放課後、莉子を心配したと斉藤凪紗は、彼女の友人である和也、雄二、凪沙、葵、渉の五人と共に莉子の家を訪れる。すると莉子の家は重苦しい雰囲気に包まれ、莉子の母親は憔悴した姿に変わっていた。その異変に気づいた渉と和也が莉子の部屋へ入ると、彼女は霊障によって変わり果てた姿に。しかし、彼女の霊障は始まりでしかなく、その後に起こる霊障、怪異。そして元霧原村に古くから伝わる因習、忌み地にまつわる闇、恐怖の怪異へと続く序章に過ぎなかった。 《主人公は和也(語り部)となります。ライトノベルズ風のホラー物語です》

歩きスマホ

宮田歩
ホラー
イヤホンしながらの歩きスマホで車に轢かれて亡くなった美咲。あの世で三途の橋を渡ろうとした時、通行料の「六文銭」をモバイルSuicaで支払える現実に——。

怖い話 〜邪神 石薙命〜

まろ
ホラー
私の友達の地元の神社には石薙命という名前の神様が祀られていました。これは、その神様の存在を目の当たりにした友達の体験談です。かなり怖いので是非お読みください!

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

限界集落

宮田歩
ホラー
下山中、標識を見誤り遭難しかけた芳雄は小さな集落へたどり着く。そこは平家落人の末裔が暮らす隠れ里だと知る。その後芳雄に待ち受ける壮絶な運命とは——。

Jamais Vu (ジャメヴュ)

宮田歩
ホラー
Jamais Vu (ジャメヴュ)と書いてある怪しいドリンクを飲んでしまった美知。ジャメヴュとはデジャヴの反対、つまり、普段見慣れている光景や物事がまるで未体験のように感じられる現象の事。美知に訪れる衝撃の結末とは——。

処理中です...