仮面

西羽咲 花月

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噂その2

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《また、野良猫が殺害されました》
家電量販店の店先では、地元ニュースを映し出したテレビが流れている。
それを横目に光平は町を闊歩した。
初めて野良猫を殺害したときの快感は今でもしっかりと覚えている。
自分の手の中で必死に暴れて、そして生き絶えた野良猫。
あの瞬間、自分が神様にでもなったような気分だった。
自分が相手の生死を操ったのだ。
それから光平はことあるごとに町を歩き、野良猫を見つけると様々な方法で殺していった。
時にはカッターナイフで腹を裂き、時にはライターでその体を燃やした。
どんな殺し方をしても同じような快楽を得ることができた。
しかし最近の光平はすこし不満だった。
出席日数ギリギリのところで進級して高校2年生になったものの、まだ心の中には黒い塊が存在している。
この塊はどれだけ猫を殺しても拭い去ることはできないのかもしれない。
もっと大きなもの。
犬とか、野生動物とかにまで手を伸ばさないといけないのかもしれない。

そんことを考え始めたときのことだった。
学校の廊下で話したこともない女性生徒たちが噂話に花を咲かせているのが偶然耳に入った。
「1人で放課後の屋上にいくと、仮面が落ちているんだって」
その仮面はプロ級の犯罪師になれるというものだった。
光平は女子生徒の後ろを通りすぎながらその話を聞き、そのまま保健室へとむかった。
「あら、いらっしゃい」
40代後半の保険医の先生が笑顔で出迎えてくれる。
「どうも」
光平はぶっきらぼうに返事をして、ベッドに直行した。
自分の教室である2年B組にいくつもりはなかった。
こうして保健室で眠っているだけで保険医の先生はちゃんと出席扱いにしてくれる。
時にやる気がある時には保険医の先生に勉強を教えてもらうこともあった。
この人がいなければ、きっと光平は高校に来ることもなかっただろう。
光平は大きな欠伸をひとつして、目を閉じたのだった。

☆☆☆

保健室で寝て、少しだけ勉強をして、保険医の先生と相談とも言えないような雑談の時間を過ごすと、あっという間に放課後になった。
廊下を行きかう生徒たちの声が途絶えたのを確認して、保健室をあとにする。
そのまま昇降口へ向かおうと思ったが、ふと思いついて足を逆方向へ向けた。
普段は普通の生徒でも絶対に行かないような場所、屋上へ向かって歩き出す。
女子生徒たちの噂話を信じているわけじゃない。
17にもなってあんな話真に受けたりはしない、だけど屋上がどんな場所なのか気になったのだ。
階段をあがりきると灰色のドアが見えた。
「へぇ、こんなドアなんだ」
ここへ来るのは初めてだからドアが灰色だとは思っていなかった。
ものめずらしげにそのドアを見つめた後、光平はドアノブに手をかけた。
回してみると簡単に開いてしまった。
こんなもんなのか?
首を傾げつつ屋上へ出ると日差しの強さに目を細める。
今からこんな灼熱の中アパートまで帰らないといけないのかと思うと、気が重たかった。
屋上はただ広いだけでなにもない。
剥げたフェンスが寂しげに立っているだけだ。
きびすをかえそうとした光平の視界に光る何かが見えて途中で動きを止めた。
近づいていってみるとそれは真っ白な仮面だった。
「これ……」

呟き、手を伸ばす。
噂で聞いていたあの仮面か?
それにしては軽いし、珍しくもなんともない仮面に見える。
噂のように不思議な仮面ならもっと重厚感のあるものだろうと勝手に想像していたのだ。
ツルリとした仮面の表面を指先でなでると、光平はそのまま持ち帰ってしまったのだった。
それからの数日間は少しだけ刺激的なものとなった。
あの噂は相変わらず学校内でささやかれているようで、自分以外にも誰か仮面を求めて屋上へやってくるのではないかと思った光平は、放課後近くになると屋上に向かうようになった。
貯水槽の影に隠れていると、最初に来たのは恵一だった。
同じクラスなので顔くらいは覚えている。
でも残念。
仮面は俺がもらったんだ。
心の中でそう思った光平だったが、気がつけば屋上にあの仮面が落ちていたのだ。
恵一はとまどいながらもそれを手にすると持ち帰ってしまった。

その光景を見ていた光平は唖然として、慌ててアパートへと賭け戻った。
誰かがあの仮面を盗んで屋上に戻したのではないかと考えたのだ。
だけどその心配は不要だった。
光平が持って帰った仮面はしっかりとクローゼットの中に保管されていた。
それを確認して思い当たることはひとつだけ。
あの仮面は必要な人の前にだけ現れる。
ひとりだけじゃなく、必要としている全員の前に現れるのだ。
それから光平は毎日屋上へ行き、誰が仮面を拾うのかを確認した。
仮面を拾った相手の後をつけて、どのような犯罪を犯すのかも見てきたため、自分が使わずともあの仮面の力が本物であることはわかっていた。
そして、クルミが自分の家を放火したあの日、光平は始めて自分の仮面を身に着けたのだ。
自分がどんな犯罪者になるのか、内心光平はワクワクしていた。
今まで動物を殺してきて、今度はもっと大きな動物を殺したいと願っている。
その願いを、この仮面がかなえてくれると信じていたからだ。
仮面をつけた光平は自分の手足が勝手に動き、クルミの家へと向かうのを感じた。
クルミが自宅に火をつけて裏路地に身を潜めているのを確認すると、あらかじめ準備していたスタンガンを握り締めて近づいた。
最初の獲物はこいつだ。
光平は電力を最大に上げたスタンガンを、クルミの体に押し当てたのだった。

そして、現在。
光平は目の前に転がっているクルミを見下ろしていた。
クルミは蒼白顔で小刻みに震えている。
2人がいる場所はクルミの家から近い工事現場で、なにか問題が起きたようで途中で取りやめにされていた。
周囲には当時使われていた工具がそのまま残されていたし、これほど殺人に最適な場所はないと思えた。
この場所も光平の体が勝手に探し当ててきたものだった。
光平はクルミを見下ろして舌なめずりをした。
それはとても大きな動物で光平は自分の血が騒ぐのを感じた。
今からこの大物を殺すことができるんだ。
どうやって殺そうか?
簡単に死んでしまっては面白くない。
ここはやっぱり、少しずつ痛みつけるのがいいだろう。
そう判断した光平は工具箱の中からニッパーを取り出した。
少し錆びているけれど、力を込めれた爪くらい簡単に剥がせそうだ。

光平はクルミの前に膝をつくと興奮で自分の呼吸が荒くなっていくのを感じた。
どうにか気持ちを落ちつかせて、クルミの体をうつぶせにさせた。
クルミは抵抗したが、手足を拘束されているため簡単にコロンッと転がってしまった。
その後クルミの体に馬乗りになるとクルミの指を確認した。
手荒れのない綺麗な手だ。
たしかクルミはお嬢様だと聞いたことがあるから、きっと水仕事なんてしたこともないのだろう。
自分との境遇の違いに苛立ちを感じて光平は、乱暴にクルミの爪と肉の間にニッパーを挟みこんだ。
それだけで激しい痛みがクルミの体を駆け抜ける。
爪と指の肉がジリジリと分離していくのを感じる。
爪を剥ぐ瞬間、光平はクルミの指にできたペンダコに気がついた。
勉強にしすぎで一部だけ指が硬くなってタコができているのだ。
しかしそれは見なかったことにして、一気に爪を剥ぎ取ったのだった。

爪を一枚はがしてしまった後は夢中になった。
光平の体の下でクルミはビクビクと痙攣したように震える。
それが楽しくて仮面の下で満面の笑みを浮かべて、すべての爪を剥いでしまった。
クルミの長くしなやかな指先は真っ赤に染まり、それが月明かりに照らされてヌラヌラと輝いている。
次に光平はクルミの体を反転させて上向きにさせた。
クルミは目から大粒の涙を流していて、光平を見上げてくる。
大きくて魅力的な目をしている。
光平は仮面の下に笑みを浮かべたまま、工具箱を確認した。
そして手に取ったのは隙間などに差し込むことができる、ヘラのようなものだった。
金属製のそれの強度を確かめるように地面を叩く。
カンカンと甲高い音が響いてクルミがまた体を震わせた。
再びクルミの前にやってきた光平はクルミの体に馬乗りになると、片手でクルミの右目を無理矢理開かせた。
クルミがイヤイヤするように左右に首を振るので、光平は一度クルミから手を離すとその頬を殴りつけた。
容赦なく、2発3発と続けて殴ると頬骨が折れる感触が伝わっていた。

それでクルミは大人しくなった。
陥没した頬はすぐに腫れあがってきている。
光平は気を取り直して先ほどと同じようにクルミの目を無理矢理開いた。
そして金属のヘラを眼球の上部分へ差し込む。
するとクルミは光平の下で痙攣するようにビクビクと震える。
光平はその反応を楽しみながらクルミの眼球をえぐりだした。
途端におびただしいほどの血があふれ出し、クルミの顔を真っ赤に染めていく。
光平は血のぬくもりを感じながらもう片方の眼球を同じようにして抉り出した。
これでクルミはなにも見えなくなった。
これから足の腱を切り、そして拘束を解くのだ。
その時クルミがどんな風に逃げようとするのかが見ものだった。
あぁ、その前に声帯もつぶしておかないといけない。
出ない声を必死で振り絞り、見えない目で逃げ道を探し、立てない足で走って逃げようとする。
考えただけでも全身がゾクゾクと震え上がった。
この仮面を手にしたクラスメートたちはみんなくだらない犯罪者になった。
だけど俺は違う。
最大限にこの仮面の力を利用することができているんだ。

自分に酔い、恍惚とした表情になったそのときだった。
突然薄闇の中にカシャカシャカシャといシャッター音が響き渡ったのだ。
光平はハッと息を飲んで振り返る。
工事現場の壁の奥へ逃げていく人影が見えて立ち上がった。
一瞬クルミを見下ろしたが、クルミは出血のショックのせいか完全に気絶してしまっているようだ。
本当は生きている間にもっと拷問したいが、今は緊急事態だ。
このままクルミが死んでしまっても仕方ない。
光平はクルミをそこに残して、人影を追いかけたのだった。

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