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ためし
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自宅に戻ってきた恵一はリナのポスターが大量に貼られている湿った部屋に駆け込んだ。
そのまま部屋の鍵をかけて、中央に座りこむ。
普段ならすぐにデジタルカメラの写真をパソコンに取り込んで拡大印刷を行うのだけれど、今日は違った。
部屋の中央に座り込んだ恵一はカバンの中から真っ白な仮面を取り出した。
それはまだ少し太陽の熱を持っていて、手の中にあると暖かい。
なんの絵も描かれていない面は真っ白で汚れひとつついておらず、新品のように見える。
でも、真新しい仮面をあんなところに忘れていく人間なんているだろうか?
演劇部の備品だとしたら余計にだ。
新しく購入したものを忘れて、そのままにしておくなんて思えない。
だとすれば、やっぱり大田の仕業だろうか?
確認したときは誰もいないみたいだったけれど、巧妙に隠れていたのかもしれない。
本当は影で恵一の行動をすべて見ていて、仲間と笑っていたのかも。
その仲間の中のリナの姿があった様子を想像してしまい、恵一は慌ててかぶりをふってその想像をかき消した。
リナはそんなことに参加する子じゃない。
大田に誘われたとしても断るに決まっている。
そう思い直し、恵一はまた仮面に意識を集中した。
顔につける面を確認してみると、こちらも真っ白だった。
表も裏も全く同じ。
耳にかける紐もなく、ただ顔に当てることしかできない。
使い道はなさそうなのに、その仮面にはどうしても惹かれるものがあった。
一体なんなんだろう?
惹かれる正体を知りたくて恵一は自分の顔に仮面を近づけた。
仮面は天気のいい日に干された布団のような臭いがする。
そのまま顔につけてみると肌に密着する感覚があった。
ツルリとした表面がピッタリと吸い付いて、太陽の香りを間近に感じる。
恵一は少し混乱しながらも仮面から手を離した。
この仮面は耳や頭にゴムをかけなくてもいいのか。
そう思った次の瞬間だった。
自分の両手が手早く制服を脱ぎ始めた。
家に戻ったのだから着替えはしないといけないが、それは恵一が今望んでしていることではなかった。
恵一の両手は勝手に制服を脱ぐとクローゼットの中で一番地味な服を選んでいた。
強制的に着替えをさせられる形になった恵一は、悲鳴を上げようとする。
しかし悲鳴は喉の奥に張り付き、乾いた空気しかでてこなかった。
続いて自分の右手が制服のポケットからデジタルカメラを取り出すのを見た。
そして自分の意思に関係なく部屋と飛び出していく。
なんだよこれ、どうなってんだよ!?
疑問は口に出てくる前に消えていく。
まるで誰かにそうされているように、恵一は自分の足で近所の家の裏手へと回っていた。
そこは浴室の窓だった。
まだ明るい時間なのに、窓は少し開いていて湯気が出てきている。
浴室の中からは女性の鼻歌が聞こえてきて恵一は一瞬にして耳まで真っ赤になってしまった。
常にアイドルを追いかけてる恵一はもちろん女性に興味があった。
だけど付き合った経験は1度もなく、全裸の女性が壁を隔てた向こうにいるという事実に逃げ出したいような気持ちに襲われる。
しかし、足は勝手に裏庭へと侵入していた。
生垣の隙間を縫い、今まさに入浴中の風呂場へと近づいていく。
そして窓の下まで来たときデジタルカメラを持っている右手が持ち上がった。
やめろ!!
その叫びも心の中だけで消えて行った。
左手で自分の右手を押さえようとするが、自分のものとは思えない力で抵抗されてビクともしない。
そうこうしているうちにデジタルカメラは連射機能を使い、窓の隙間から浴室内を撮影してしまったのだ。
恵一が青ざめる。
さっきから赤くなったり青くなったり、まるで信号機のようだ。
撮影を終えた恵一の足はまた勝手に動き出し、足音を立てることなく、だけど素早く裏庭から逃げ出していた。
自室へと逃げ戻った恵一はフローリングに両手両膝をつけて肩で呼吸を繰り返した。
なんだこれ。
どうなってる。
まるで自分が自分じゃないみたいだった!
恐怖で混乱状態になりながら両手で仮面を引き剥がす。
仮面はすんなりとはがれて地面に落ちた。
蛍光灯で光っているそれを見たとき、恵一はようやく「あぁ……」と嘆息の声を出すことができた。
今まで一言も自分の意思で声を出すこともできなかったのだ。
体中から汗が流れ出していて、まるでシャワーを浴びたようになっている。
そのまま10分ほど経過して心臓が落ち着いてきたのを確認すると、恵一はデジタルカメラの画像を確認した。
最初に出てきたのは湯気の向こうにうっすらと浮かんでいる肌色で、ゴクリと喉が鳴った。
これは確かに自分が撮ったものだけれど、画面の確認はしていなかった。
それなのに、被写体をちゃんと捕らえている。
次は湯気が少し動いて肌色がしっかりと写っている。
女性はこちらに背を向けて湯船につかっているようだ。
長い髪の毛はお団子にされていて、両手がバスタブ脇に乗せられている。
細い二の腕にはお湯の粒がいくつもついていて、妖艶さをかもし出している。
「プロ級の犯罪」
恵一は噂に聞いたことを思い出し、呟く。
それがなんの犯罪であるかは噂の中に出てこなかった。
でも、仮面をつけた相手に合わせて犯罪が決められるのだとしたら……?
恵一はデジタルカメラを仮面を抱きしめるようにして握り締めた。
「僕は、盗撮のプロになる」
小さく呟き、やがてその表情は不適な笑みへと変化して行ったのだった。
そのまま部屋の鍵をかけて、中央に座りこむ。
普段ならすぐにデジタルカメラの写真をパソコンに取り込んで拡大印刷を行うのだけれど、今日は違った。
部屋の中央に座り込んだ恵一はカバンの中から真っ白な仮面を取り出した。
それはまだ少し太陽の熱を持っていて、手の中にあると暖かい。
なんの絵も描かれていない面は真っ白で汚れひとつついておらず、新品のように見える。
でも、真新しい仮面をあんなところに忘れていく人間なんているだろうか?
演劇部の備品だとしたら余計にだ。
新しく購入したものを忘れて、そのままにしておくなんて思えない。
だとすれば、やっぱり大田の仕業だろうか?
確認したときは誰もいないみたいだったけれど、巧妙に隠れていたのかもしれない。
本当は影で恵一の行動をすべて見ていて、仲間と笑っていたのかも。
その仲間の中のリナの姿があった様子を想像してしまい、恵一は慌ててかぶりをふってその想像をかき消した。
リナはそんなことに参加する子じゃない。
大田に誘われたとしても断るに決まっている。
そう思い直し、恵一はまた仮面に意識を集中した。
顔につける面を確認してみると、こちらも真っ白だった。
表も裏も全く同じ。
耳にかける紐もなく、ただ顔に当てることしかできない。
使い道はなさそうなのに、その仮面にはどうしても惹かれるものがあった。
一体なんなんだろう?
惹かれる正体を知りたくて恵一は自分の顔に仮面を近づけた。
仮面は天気のいい日に干された布団のような臭いがする。
そのまま顔につけてみると肌に密着する感覚があった。
ツルリとした表面がピッタリと吸い付いて、太陽の香りを間近に感じる。
恵一は少し混乱しながらも仮面から手を離した。
この仮面は耳や頭にゴムをかけなくてもいいのか。
そう思った次の瞬間だった。
自分の両手が手早く制服を脱ぎ始めた。
家に戻ったのだから着替えはしないといけないが、それは恵一が今望んでしていることではなかった。
恵一の両手は勝手に制服を脱ぐとクローゼットの中で一番地味な服を選んでいた。
強制的に着替えをさせられる形になった恵一は、悲鳴を上げようとする。
しかし悲鳴は喉の奥に張り付き、乾いた空気しかでてこなかった。
続いて自分の右手が制服のポケットからデジタルカメラを取り出すのを見た。
そして自分の意思に関係なく部屋と飛び出していく。
なんだよこれ、どうなってんだよ!?
疑問は口に出てくる前に消えていく。
まるで誰かにそうされているように、恵一は自分の足で近所の家の裏手へと回っていた。
そこは浴室の窓だった。
まだ明るい時間なのに、窓は少し開いていて湯気が出てきている。
浴室の中からは女性の鼻歌が聞こえてきて恵一は一瞬にして耳まで真っ赤になってしまった。
常にアイドルを追いかけてる恵一はもちろん女性に興味があった。
だけど付き合った経験は1度もなく、全裸の女性が壁を隔てた向こうにいるという事実に逃げ出したいような気持ちに襲われる。
しかし、足は勝手に裏庭へと侵入していた。
生垣の隙間を縫い、今まさに入浴中の風呂場へと近づいていく。
そして窓の下まで来たときデジタルカメラを持っている右手が持ち上がった。
やめろ!!
その叫びも心の中だけで消えて行った。
左手で自分の右手を押さえようとするが、自分のものとは思えない力で抵抗されてビクともしない。
そうこうしているうちにデジタルカメラは連射機能を使い、窓の隙間から浴室内を撮影してしまったのだ。
恵一が青ざめる。
さっきから赤くなったり青くなったり、まるで信号機のようだ。
撮影を終えた恵一の足はまた勝手に動き出し、足音を立てることなく、だけど素早く裏庭から逃げ出していた。
自室へと逃げ戻った恵一はフローリングに両手両膝をつけて肩で呼吸を繰り返した。
なんだこれ。
どうなってる。
まるで自分が自分じゃないみたいだった!
恐怖で混乱状態になりながら両手で仮面を引き剥がす。
仮面はすんなりとはがれて地面に落ちた。
蛍光灯で光っているそれを見たとき、恵一はようやく「あぁ……」と嘆息の声を出すことができた。
今まで一言も自分の意思で声を出すこともできなかったのだ。
体中から汗が流れ出していて、まるでシャワーを浴びたようになっている。
そのまま10分ほど経過して心臓が落ち着いてきたのを確認すると、恵一はデジタルカメラの画像を確認した。
最初に出てきたのは湯気の向こうにうっすらと浮かんでいる肌色で、ゴクリと喉が鳴った。
これは確かに自分が撮ったものだけれど、画面の確認はしていなかった。
それなのに、被写体をちゃんと捕らえている。
次は湯気が少し動いて肌色がしっかりと写っている。
女性はこちらに背を向けて湯船につかっているようだ。
長い髪の毛はお団子にされていて、両手がバスタブ脇に乗せられている。
細い二の腕にはお湯の粒がいくつもついていて、妖艶さをかもし出している。
「プロ級の犯罪」
恵一は噂に聞いたことを思い出し、呟く。
それがなんの犯罪であるかは噂の中に出てこなかった。
でも、仮面をつけた相手に合わせて犯罪が決められるのだとしたら……?
恵一はデジタルカメラを仮面を抱きしめるようにして握り締めた。
「僕は、盗撮のプロになる」
小さく呟き、やがてその表情は不適な笑みへと変化して行ったのだった。
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