デス・ドール

西羽咲 花月

文字の大きさ
上 下
7 / 14

やってくる

しおりを挟む
綾は逃げずに図書委員の仕事に参加していた。
一緒に放課後まで残ればまた襲われるかもしれないのに、その姿は気丈だった。

「やっと綾とふたりでカウンターの仕事ができる」
と、健太は喜んでいたくらいだ。

けれど、そんな楽しい仕事はあっという間に終わってしまう。

気がつけば図書室の閉館時間5分前で、私達は先生に追い立てられるようにして図書室から出てきていた。

学校内に残っている生徒はもうほとんどいなくて、廊下も外もとても静かだ。
昇降口へと向かう足取りはみんな重たくて、口数もだんだん少なくなってくる。

「1人1本な」
昇降口の掃除道具入れの中に隠しておいたバッドを健太が取り出してくれる。

バッドを手に持ってみると想像よりもずっしりと重たいことがわかった。
ピエロが襲ってきたときにこれを振り回すことなんてできるだろうか。


不安が脳裏をかすめた、そのときだった。
「おーい」

と、声がして私達は振り向いた。
廊下の奥から先生が走ってくるのが見えて私と綾は目を見かわせた。

「よかった。まだいたんだな」
先生は息を切らして足を止めると私へ視線を向けた。

「先生、どうしたんですか?」
「昼間の話がどうしても気になってなぁ。校門まで送ってやろうと思ってたんだ」

私の質問に先生は苦い顔で笑いながらそう言ったのだ。
「あの話を信じてくれたんですか!?」

「いや、うーん。正直信じてるわけじゃないけど、柴原と水野があんな嘘をつくとは主無くてなぁ」


と、頭をかく。
私達が頑張って説明したことは決して無駄ではなかったんだ!

それが嬉しくて思わず綾と抱き合って飛び跳ねる。
先生が一緒にいてくれれば、これほど心強いことはない。

「それより、そのバッドはなんだ?」
4人が1本ずつ持っているバッドに気がついて先生が怪訝そうな顔つきに代わる。

なにか悪いことを企んでいると思われたかもしれない。
「これはピエロを撃退するための道具です」

健太が真面目な顔で説明するので先生はキョトンとした顔になってしまった。

それでもどうにか納得してくれたようで、私達はようやくグラウンドへと出ることができたのだった。

☆☆☆

グラウンドにはいつもどおり誰の姿もなかった。
「こんな中帰るのは寂しいよなぁ」

誰もいないグラウンドよ横切りながら先生が呟く。
私たちはそれに答えず、警戒しながら先生の後ろを進んでいく。

いつもならグラウンドへ出てきてすぐにあの音楽が聞こえてくるけれど、今日はまだ聞こえてこない。

「おいおい、そんなに怖がらなくても」

先生の背中にピッタリくっつくようにして移動する私に、呆れ声を出す先生。

「ピエロはいつどこから襲ってくるかわからないんです」
「そうかぁ。でももう、校門に到着したぞ?」

先生に言われて顔をあげると校門の前まできてしまっていた。


いつの間にかグラウンドを渡りきっていたのだ。
私は驚いて他の3人を見つめる。

3人もまばたきを繰り返したり、グラウンドを振り返ったりしている。
「こんなに簡単に校門まで来れるなんて」

と、健太は顎に手を当てて考え込んでしまった。
「先生。次も校門まで送ってください!」

すがるように言ったのは綾だった。
先生がいることでピエロが出てこなかったのなら、もう安全だ。

だけどそれには先生が渋い顔を浮かべた。
「先生にだって仕事があるんだ。毎日校門まで送ることはできないだろ」

「そんな!」


先生がいてくれればすべて解決するのに!
私も先生に追いすがる。

けれど先生は何事もなかったことに安心したのか「それじゃ、気をつけて帰れよ」
と、校舎へ戻っていってしまった。

「先生と一緒だったから出てこなかったんじゃなくて、僕たち以外に人がいたから出てこなかったのかもしれない。それなら無理に先生に頼む必要はなさそうだな」

考えていた健太がそう言った。
「私達以外に誰かが一緒にいれば、それでいいってこと?」

綾が聞き返すと、健太は「おそらくは」と、頷いた。
それなら学校に残っている友達を誘って一緒にグラウンドへ出てくればいいだけだ!

「よし、とにかくこれで問題解決だな! バッドの出番はなかったのが残念だけどなぁ」
竜二は手持ちぶさたにバッドを振り回している。


「なぁんだ、こんなことで良かったんだ」
ホッとしてそう呟いたときだった。

不意にあの音楽が聞こえてきて私は動きを止めた。
サッと一気に血の気が引いていくのを感じる。

「おい、冗談だろ……」
問題解決だと言っていた竜二も青ざめる。

みんなの視線がグラウンドへと注がれた。
そこにはピエロがカラカラ音を立ててタイヤを回転させていたのだ。

「もう出てこないんじゃないのかよ!」
竜二がバッドを構えて叫ぶ。

その声は風に乗ってかき消され、誰の耳にも届かない。
ついさっきまでグラウンドを歩いていた先生にすら、届かない。


「外へ逃げよう!」
叫んだのは健太だった。

今まではグラウンドの中だけだったから、校門から外へ出たらどうなるのかわからない。

もしかしたらピエロが諦めるんじゃないかという期待もあった。
だけど私達が校門を抜けて走り出すとピエロもそれについてきたのだ。

「くそっ。外に出ても無意味か……」
走りながら健太が悔しそうに呟く。

街の中を見回してみても人の姿はなく、行き交う車も今は見えなかった。
誰もいないなんてどう考えてもおかしい!

「家の中に逃げてみよう!」


私は大きな民家の前で立ち止まり、その玄関のノブに手を伸ばした。
ガチャガチャと何度も回して見るけれど、びくともしない。

「ダメだ。玄関も窓も閉まってる!」
隣の家を確認していた竜二が言う。

「こっちもダメ!」
更に綾も絶望的な声で言った。

カーポートに車がある家でも、中に人はいなかった。
「一旦隠れよう!」

健太の提案で、私達は大きな庭に駆け込み、身を縮めた。
ピエロの音楽は徐々に近づいてきているから、長くは隠れていることもできなさそうだ。

「やっぱりここは現実の世界じゃないんだ。ピエロが作り上げた異世界かもしれない」
一番現実主義の健太がそんなことを言いはじめた。


「異世界ってことはスマホも使えないのかな」
綾が自分のスマホを操作して確認しはじめた。

だけど画面は真っ暗で少しも動いていない。
「電池切れ?」

横から聞くと綾は左右に首を振った。
「そんなはずない。夜にはちゃんと充電してるんだから」

私も同じようにスマホを確認してみたけれど、やはり画面は真っ暗でなんの反応もなかった。

「連絡手段はないってことか」
竜二が大きく息を吸い込んで呟く。

逃げ続けることも、助けてもらうこともできないのなら、後は対決するしか無い。
カラカラというタイヤの音はすぐ近くまで迫ってきている。


このまま通り過ぎていってくれればいいけれど、ピエロは周囲を伺うように時折止まっているのがわかった。

ここにいれば全員が見つかってしまう。
私は勇気を振り絞って立ち上がった。

そのままの勢いで庭から道へと飛び出した。
「ここよ!!」

叫び声をあげ、バッドを両手で握りしめる。
近づいてきたときにバッドで殴りつけるつもりだった。

だけどピエロは目にも止まらない速さで私の前までやってきていた。
「えっ」

反応できたときにはタイヤが私の右足を踏んでいたのだ。
片手で持てるくらいの人形に、安っぽいタイヤ。


そのはずが、私の右足がミシミシと音を上げた。
「キャアア!」

あまりの激痛に悲鳴を上げてその場にうずくまった。
ピエロに踏まれた右足の甲がズキズキと痛んで涙が滲んだ。

動けずにいると、1度通り過ぎていったピエロが方向転換して再びこちらへ向けて走ってきたの。

また同じところを踏まれたら、骨が砕ける!
そう思っても動くことができなかった。

迫ってくるピエロを見て蒼白になるばかりだ。
「冗談じゃねぇぞ!!」

ピエロに踏まれる寸前で竜二が庭から飛び出してきた。
そして思いっきりバッドをふる。

竜二が振りかぶったバッドはピエロの頭を捉えた。


ガンッと硬い音がしてピエロが怯む。
私は四つん這いになってどうにかその場から離れることに成功した。

竜二が2度、3度とピエロにバッドを振り下ろすと、ようやくピエロは背中を向けて逃げていったのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

生贄姫の末路 【完結】

松林ナオ
児童書・童話
水の豊かな国の王様と魔物は、はるか昔にある契約を交わしました。 それは、姫を生贄に捧げる代わりに国へ繁栄をもたらすというものです。 水の豊かな国には双子のお姫様がいます。 ひとりは金色の髪をもつ、活発で愛らしい金のお姫様。 もうひとりは銀色の髪をもつ、表情が乏しく物静かな銀のお姫様。 王様が生贄に選んだのは、銀のお姫様でした。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

結構な性欲で

ヘロディア
恋愛
美人の二十代の人妻である会社の先輩の一晩を独占することになった主人公。 執拗に責めまくるのであった。 彼女の喘ぎ声は官能的で…

お父さんのお嫁さんに私はなる

色部耀
恋愛
お父さんのお嫁さんになるという約束……。私は今夜それを叶える――。

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

13歳女子は男友達のためヌードモデルになる

矢木羽研
青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。

処理中です...