水祭り

西羽咲 花月

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水祭り

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目覚めは体が軽く清清しい気分だった。


体を起こすと、修哉とおじいさんが食事をしている最中だった。


「おはよう、桜子。今日は顔色がいいね」


「えぇ。なんだかとてもスッキリしてるの」


修哉の言葉に桜子は頷く。


「桜子に手紙が来てたよ。伝書鳩のやつシェルターまで入ってきたんだ」


「そうだと思った」


修哉から和紙の手紙を受け取ると、それを目を細めて懐かしそうに見つめる。


そんな様子を見て、「怖がりが直ったみたいだ」と、修哉が驚きの声を上げる。


「そうね。私、元々祭りが怖くなんてなかったのかもしれない」



呟くように言いながら、封筒を開ける。


そこには、また一枚の写真が入っていた。


1人は知っている。


おばあさんだ。


そして、隣にはもう1人の女性。


背景は前の写真と同じ大学だ。


「ねぇおじいさん、質問があるの」


「なんだい? なんでも聞いてくれ」


「おばあさんは、どうして亡くなったの?」


ある確信を持ってそう訊ねると、おじいさんは少しだけ眉間にシワをよせて、視線をそらせた。


「おばあさんは亡くなってなんかない……」


「桜子、なに言ってるんだ?」


桜子の言葉に一番驚いたのは修哉だった。


しかし、おじいさんは反応を示さない。


「おばあさんは、祭り戦争について行ってしまったんじゃないんですか?」


巻き込まれたのではなく、自分から進んで入って行ったんだ。


その理由は、夢の中感じたあの懐かしい気持ちにある。


暖かな川の中。


綺麗な魚たち。


輝くうろこ。


はねた――水。


「おばあさんはきっと……水神様だんじゃないですか?」


それが前世の話しなのかどうかは、わからない。


川や池がなくなった今、水神様たちは狭い貯水タンクの中にしかいられなくなっていると思うのだ。


それを見越した水神様たちが、人に姿を変え人として生きていたとしたら?


タヌキやキツネが変化するのと同じように、社会へと紛れ込んだ。


そして、自分が水神様であることさえ忘れ、生きていく――。


「そして、おばあさんによく似ているという、私もきっと……」


祭りが怖いんじゃない。


祭りと聞いて本当の自分を取り戻そうとしていたんだ。


《あなたは何かを忘れてはいませんか?》


あの手紙も。


おばあさんとおじいさんの写真も。


そして、この写真も。


本当の私へと繋がるものだ――。


「この写真の中にいるのは、私です」


修哉とおじいさんに、手の中の写真を見せる。


古びてこそいるが、そこにうつっているのは間違いなく桜子だった。


桜子はおばあさんを知らない。


なのに、こうして隣同士で友人のように微笑んで映っている。


「おばあさんの写真を探したけど、出てこなかった。


それはつまり。おじいさんが写真を残しておきたくなかった。それか、撮らせようとしなかったんでしょう?」


何年経っても、何十年経っても年を追わないおばあさんのその姿を、おかしいと感じていたに違いない。


おじいさんは大きく息を吸い込んで長いため息をついた。


「その通り、おばあさんは人に変化した水神様だったんだ」


だけど、おばあさんも自分が水神様だという事を忘れていて、人間と何一つ変わらない生活を送っていた。


そんなおばあさんに異変が起こったのは、ある祭り戦争の一週間前だったという。


「それと同じような手紙が届いたんだ」


そう言って、桜子の持っている手紙を指差す。


「手紙を合図に、おばあさんは毎回祭りの夢を見るようになった。その度に怯えていたのに、ある日パッタリと祭りを怖がらなくなった。さっきの桜子のように、本当に穏やかな表情で目覚めたんだよ」


おじいさんがそう言った時、遠くに祭りの鐘の音が聞こえてきた。


もうすぐこの地域を通過して行くだろう。


桜子は自分の心が弾んでいる事に気がついていた。


「おばあさんは、死んではいない。元の姿に戻っただけなんだ」


「祭り戦争の祭りは、水神祭なのね?」


「祭り戦争は、毎年違う祭りがやってくる。でも、桜子にその手紙が来たという事は、今年は水神祭に間違いないだろう」


やっぱり、そうなんだ……。


あの懐かしい感覚は、本当の自分を思い出したからだ。


祭りの音は容赦なくどんどん近づいてい来る。



「修哉……」


桜子は黙って話を聞いていて修哉のほうへ向いた。


この短時間ですべてを受け入れることなんて無理なハズなのに、その表情には悲しみの色が浮かんでいた。


「ずっと、一緒にいられると思ってた」


「俺だって……」


「これ、大事に持っててね」


大昔の自分とおばあさんが映った写真を、修哉の手に握らせる。


私がここにいた証も、おばあさんがここにいた証も、ちゃんともっていて、忘れないで。


だけど、私は死ぬワケじゃない。


元の姿に戻るだけ。


だから、泣かないで。


悲しまないで。



祭りの音が大きく響き、家の中に侵入してきたのがわかる。


「もう、行かなきゃ」


桜子の体は水のように波うち、透き通る。


別れは悲しいハズなのに、祭りのかおりに頬がゆるむ。


「桜子――」


最後にふりむくと、小鳥のようなキスが待っていた。


「ありがとう」


桜子の体は魔法が溶けたように小さくなり、気がつけば小さなまぁるい水の玉になっていた。


そこから棒のような手足が生え、ピョンッと高く飛ぶとドアの隙間から祭りの中へと姿を消した――。


《一週間におよぶ祭り戦争は日本全国でおよそ千人の犠牲者を出しました。
これから犠牲者の名前をあいうえお順でお伝えします――》
テレビから聞こえるロボットの声。


「桜子がいないと後片付けが大変だな」


修哉は祭りが荒らして行った室内を見てため息を吐き出す。


「でも、こうやって水神祭は自分たちの仲間を探し出して帰っていくんだ。そうすればきっと、大雨が大地を濡らし砂漠化が止まるだろう」


2人は廃墟のように荒れた家で、何十年ぶりかに曇り始めた空を見上げた――。
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