水祭り

西羽咲 花月

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おばあさんの写真が届いた日、桜子は再び祭りの夢を見ていた。


それはいつもと少しだけ違う夢で、いつもの桜子よりもずいぶんと視界が低かった。


歩くとコンクリートに履物が当ってカランコロンと涼しげな音を立てるし、着ているものはお腹のあたりが窮屈だ。


祭りの中にいるというのに恐怖心はなく、出店をひとつひとつ覗いてみては歓声をあげる。


今日が祭りであることが当たり前のように感じ、いつしか桜子は右手に綿飴、左手には水風船を持っていた。


遠くから聞こえてくる笛や太鼓の音も心地よく響いて聞こえ、ダンジリの明かりを目指して歩き出す。


「わぁ……!」


光に反射して輝く林檎飴がすごく綺麗で、桜子は子供のような声を上げ、目を輝かせた。


「林檎飴、1つちょうだい」


手持ちも確認せずにそう言うと、おじさんに大きな林檎飴を受け取ってから、お金が足りない事に気がついた。


「いいよいいよ。今日は祭りなんだから楽しんでおいで」


焦って巾着の中を必死で探す桜子に、おじさんは笑顔を向けた。


「ありがとう、おじさん!」


キラキラ光る林檎飴を食べながら、再び桜子は歩き出す。


甘い飴が口いっぱいに広がって、幸せな気分になってくる。


ついつい頬が緩み、1人でクスクスと笑い始めた。


楽しい。


お祭りって楽しいし、林檎飴ってとてもおいしい。


どうしてこれが戦争なのだろう。


どうしてこれが恐怖なのだろう。


祭りの中にいると、祭り戦争のことなんて忘れてしまいそうになる。


「ダンジリ!」


大人の男たちが肩へ担いでいる大きなダンジリが、すぐ横を通り過ぎた。


ダンジリには色とりどりのチョウチンがぶら下がっていて、屋根には大きな作り物の金魚が乗っかっている。


林檎飴を食べながらその金魚を見送っていると、その眼がギロリとこちらへ動いた。


「金魚がこっち見た!」


それでも怖くはない、ただただ楽しかった。


こんなお祭りがいつまでも続くと思っていた。


毎年毎年、必ず繰り返されると思っていた。


人の関係がどんどん軽薄になり、伝統行事が失われていく時代になっても、それは変わらないと思っていた。


よく晴れた夏の日に昼間から浴衣を着て待っていた時、《雨天中止》の知らせが来ても。


ずっとずっと、待っていた――。


『祭りは死んだ』


林檎飴をくれた店のおじさんが、灰色の濁った目をして呟いた。


祭りは死んだ――。


その言葉の意味はよくわからなかったけれど、桜子は胸に大きな穴が開き、悲しさに包まれたのだった。


☆☆☆

「どうした? 平気か?」


そう言いながら揺さぶり起こしてくれたのはおじいさんだった。


目を開けると、視界がぼんやりと滲んでいる。


「なんだか、とても悲しい夢を見た気がする……」


「だから泣いてたんだな」


言われて初めて自分が泣いていることに気がつく。


頬の涙をぬぐうと、おじいさんが手の甲をさすってくれる。


そうされていると落ち着くようだった。


「おばあさんも、眠れない夜にこうして手の甲をさすると落ち着いて眠れるようになったんだよ」


「私、おばあさんにすごくよく似てるのね」


「あぁ、そうだよ」


今度は悲しい夢を見ませんように。


そう呟きながら、桜子は再び眠りについたのだった。


☆☆☆

祭り戦争が4日後に近づいていた。


テレビでは祭り戦争の時に必要な事、やってはいけないことなどを毎日のように繰り返し放送されている。


桜子は地下のシューターから戻ってきて「修理が終わったみたいよ」と、修哉に伝えた。


シューターのどこかが壊れていたというワケではないが、念には念を入れて新しいものに交換してもらったのだ。


「そうか、よかった。これで桜子も安心できるな」


「えぇ」


祭り戦争を一番怖がっているのが自分だとわかっているから、桜子は頬を少し赤らめて頷いた。


「戦争は簡単に家の中にまで入ってきて荒らしていく。今日は仕事が休みだから、必要なものシューターに運ぼうと思うんだ」


手伝ってくれるよね?


修哉の言葉に、桜子はもちろん。と、返事をした。


荷物を運ぶのは単調で、しかし大変な作業だった。


必要なものはすべてロボットやコンピューター内に納められているため、それごと運ばなければならないのだ。


昔みたいに置き場に困るということはなくなったが、いざ移動しようという時には困ってしまう。


どんどんコンパクトなロボットが出ているようだけれど、この家を建てるために買うのを我慢していたので家には古くて大きなものしかない。


「この中のものはメモリーカードに移し変えよう。テレビの中のデータはそのまま地下へ転送して、それから――」


そんな事をしているとあっという間に一日が過ぎていく。


2人で作業を続けている間、修哉は新しく入った女子社員のことばかりを話していた。


とにかくすごくよく働いて、気がきいて、今時いないような女の子なんだとか。


桜子はその話しを聞きながらも、頭の中にはキラキラと輝く林檎飴が存在した。


あれはいったいどんな味なんだろう?


夢の中で食べた時は、甘くて、ほっぺがジンジンした。


きっと、実際に食べればもっともっとおいしいハズだ。


「桜子、聞いてる?」


「えぇ、聞いてるわよ。いい子ね、その子」


嫌味ではなく素直にそう言ったのに、修哉はニヤリと笑って「もしかして焼きもちかい?」と言ってきた。


そんな事ないわ。


と言いかけたが言葉を飲み込み、「そうね」と、微笑んだ。


修哉は、いつだって自分を一番に考えていてほしいと思っている人なんだ。


桜子が焼きもちをやくと、修哉は嬉しがる。


「心配するなよ。俺は桜子が一番だからさ」


林檎飴って、たとえばこんなキスよりも甘いんだろうか……。


☆☆☆

「私、昨日夢の中で小さな女の子になってたの」


修哉のキスを合図に作業を止めた2人は、今ベッドの中にいる。


「うん……」


半分夢の中にいる修哉が、返事をしてくれる。


「それは、今まで私が夢の中で客観的に見てた女の子なの。綿菓子とヨーヨーを持ってた」


「うん……」


「その夢の中に、私の姿はなかったの」


これって、一体どういうことなんだろう?


今まで見ていた夢とは全然違う。


楽しい祭りがなくなってしまうという悲しい夢。


夢の中の彼女と私がリンクしているような、そんな不思議な夢。


「ねぇ、修哉私怖いの」


次眠ると、一体どんな夢を見るのか、怖いの――。
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