水祭り

西羽咲 花月

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手紙

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コポコポ湧き上がる白い泡と一緒に水面へ顔を出すと、そこは水神様の頂上だった。


集まった水神様の塔は人が蟻んこほどにしか見えないほど高くなっていて、桜子は少女と共に塔の上に立ち、眼下を見下ろした。


練り歩く祭りは水の塔を通りすぎようとしている所だった。


ここから見ると祭りも綺麗なんだ。


色とりどりのチョウチンが揺れるのを見て、桜子はホタルという生き物の明かりを想像していた。


「あ、こっちへ来るよ!」


少女が白くて細い手を目一杯伸ばして祭りを指差す。


「嘘!?」


祭りは当然のように水の塔を上ってくる。


みんな水をパシャパシャと跳ね上げながらも、沈んでしまわないように気をつけながら歩いてくる。


どうしよう、こちへ来る!


「お姉ちゃん、一緒にお祭りしようよ」


少女が桜子の手を掴んだ。


「いやっ!」


その手を振り解き、後ずさりする。


祭りは近づく。


血が沸いたように熱くなる。


これは恐怖心なのよ。


怖い怖い怖いよぅ。


ズルッと水の塔から足がすべった。


あっという暇もない、桜子は後ろ向きに水の塔から落ちていく。


あぁ……落ちる落ちる落ちる――。


笑ってこちらへ手を伸ばそうとする水神様が見えた……。


☆☆☆

「桜子?」


ハッと目が覚めれば、そこはいつもの部屋の中だった。


修哉が不安そうな顔で桜子をのぞきこんでいる。


「私……」


「まだ、寝てた方がいいよ」


そう言って舌に触れ、熱を測る。


「うん平熱」


シェルターに入ったから早くよくなったんだ。


そう言っているように満足そうに微笑み、水を差し出してくれる。


桜子はそれを手に取ろうとして、やめた。


水神様の笑顔が脳裏を過ぎったから。


「落ち着いてからでいいけど、手紙が来てたから読んでおくんだよ?」


そう言って、修哉はベッドの横に白い封筒を置いた。


「紙の手紙なんて一体誰からかしら?」


手紙といえば当然小さなメモリーカードで送られてくるものが主流で、紙のものなんて生まれてから見た事がない。


桜子は興味深くその手紙に触れて、手触りを確認する。


表面はザラザラゴワゴワしていて、布の張り切れみたいなものが見える。


和紙を使っているからなのだが、桜子にはそれがわからなかった。


「じゃぁ、僕は部屋に戻るから、何かあれば呼んで」


「わかった」


修哉が部屋を出るのを見送ると、桜子はすぐにその封筒を開いた。


なにかで頑丈にくっつけてある紙を慎重にはがして、中を覗き込む。


「本当に手紙だ」


もしかしたら外見だけ手紙っぽくしてあるのかと思ったが、その中には折りたたまれた白い紙が入っていた。


紙の中に紙。


「変なの」


クスッと小さく笑ったのは、テレビでロボットたちが水神様に水をかけていた場面を思い出したから。


その後ロボットたちはそれぞれの部品をひとつずつ取られて、方向感覚を失い、ぶつかり合っていた。


桜子は手紙を引っ張り出すと、しばらくそれを物珍しそうに眺め、それから開いた。


「わ……綺麗」


和紙には金魚が涼しげに泳いでいる姿が真ん中に大きく描かれていて、その上に文字が書いてあった。


「すごい、これペンを使ってるんだわ」


そっと文字の上を指先で撫でてみる。


少し濡れた感覚があって見ると、インクが指についていた。


ついさっき書いたばかりという感じだ。


こすったため滲んだ文字に目をパチクリさせて「不思議、文字が変化したわ」と、小さく呟く。


そうやって好きなだけ手紙を観察し終えた後、桜子はようやく文字に集中し始めた。


その手紙に書かれていた内容はこうだ。


《拝啓 桜子様。


突然のお手紙申し訳なく感じておりますが、用件だけお伝えします。


あなたは何かを忘れてはいませんか?


                               早々》


たったそれだけの文章を中央に大きく書かれている。


桜子は手紙を何度も何度も読み返し、そして眉間にシワを寄せて考え込んだ。


忘れている?


私が?


なにを?


家から滅多に出る事のない生活なので、どこかになにかを忘れて帰るなんてことあるハズがない。


もしかしたら見たい映画を見忘れているとか?


それとも仕事の事?


修哉と何か約束ごとでもしていたっけ?


堂々巡りの記憶の中でさまよっていたが、やがて「思い出せない」と、首を振ってため息をついた。


私ったら何かを忘れたことも忘れちゃったの?


熱のせいかも。



そっと自分額に手を当てる。


これは幼い頃からの自分のクセである。


熱が出ると、なぜかしら額に手を当ててしまう。


あ――…。


古い記憶がほんの一瞬顔を覗かせる。


が、それが何であるかを理解する前にすぐに引っ込んでしまった。


「もうっ!」


桜子は思い出さない自分にイライラし、枕を壁に投げつけたのだった。
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