2 / 9
手紙
しおりを挟む
コポコポ湧き上がる白い泡と一緒に水面へ顔を出すと、そこは水神様の頂上だった。
集まった水神様の塔は人が蟻んこほどにしか見えないほど高くなっていて、桜子は少女と共に塔の上に立ち、眼下を見下ろした。
練り歩く祭りは水の塔を通りすぎようとしている所だった。
ここから見ると祭りも綺麗なんだ。
色とりどりのチョウチンが揺れるのを見て、桜子はホタルという生き物の明かりを想像していた。
「あ、こっちへ来るよ!」
少女が白くて細い手を目一杯伸ばして祭りを指差す。
「嘘!?」
祭りは当然のように水の塔を上ってくる。
みんな水をパシャパシャと跳ね上げながらも、沈んでしまわないように気をつけながら歩いてくる。
どうしよう、こちへ来る!
「お姉ちゃん、一緒にお祭りしようよ」
少女が桜子の手を掴んだ。
「いやっ!」
その手を振り解き、後ずさりする。
祭りは近づく。
血が沸いたように熱くなる。
これは恐怖心なのよ。
怖い怖い怖いよぅ。
ズルッと水の塔から足がすべった。
あっという暇もない、桜子は後ろ向きに水の塔から落ちていく。
あぁ……落ちる落ちる落ちる――。
笑ってこちらへ手を伸ばそうとする水神様が見えた……。
☆☆☆
「桜子?」
ハッと目が覚めれば、そこはいつもの部屋の中だった。
修哉が不安そうな顔で桜子をのぞきこんでいる。
「私……」
「まだ、寝てた方がいいよ」
そう言って舌に触れ、熱を測る。
「うん平熱」
シェルターに入ったから早くよくなったんだ。
そう言っているように満足そうに微笑み、水を差し出してくれる。
桜子はそれを手に取ろうとして、やめた。
水神様の笑顔が脳裏を過ぎったから。
「落ち着いてからでいいけど、手紙が来てたから読んでおくんだよ?」
そう言って、修哉はベッドの横に白い封筒を置いた。
「紙の手紙なんて一体誰からかしら?」
手紙といえば当然小さなメモリーカードで送られてくるものが主流で、紙のものなんて生まれてから見た事がない。
桜子は興味深くその手紙に触れて、手触りを確認する。
表面はザラザラゴワゴワしていて、布の張り切れみたいなものが見える。
和紙を使っているからなのだが、桜子にはそれがわからなかった。
「じゃぁ、僕は部屋に戻るから、何かあれば呼んで」
「わかった」
修哉が部屋を出るのを見送ると、桜子はすぐにその封筒を開いた。
なにかで頑丈にくっつけてある紙を慎重にはがして、中を覗き込む。
「本当に手紙だ」
もしかしたら外見だけ手紙っぽくしてあるのかと思ったが、その中には折りたたまれた白い紙が入っていた。
紙の中に紙。
「変なの」
クスッと小さく笑ったのは、テレビでロボットたちが水神様に水をかけていた場面を思い出したから。
その後ロボットたちはそれぞれの部品をひとつずつ取られて、方向感覚を失い、ぶつかり合っていた。
桜子は手紙を引っ張り出すと、しばらくそれを物珍しそうに眺め、それから開いた。
「わ……綺麗」
和紙には金魚が涼しげに泳いでいる姿が真ん中に大きく描かれていて、その上に文字が書いてあった。
「すごい、これペンを使ってるんだわ」
そっと文字の上を指先で撫でてみる。
少し濡れた感覚があって見ると、インクが指についていた。
ついさっき書いたばかりという感じだ。
こすったため滲んだ文字に目をパチクリさせて「不思議、文字が変化したわ」と、小さく呟く。
そうやって好きなだけ手紙を観察し終えた後、桜子はようやく文字に集中し始めた。
その手紙に書かれていた内容はこうだ。
《拝啓 桜子様。
突然のお手紙申し訳なく感じておりますが、用件だけお伝えします。
あなたは何かを忘れてはいませんか?
早々》
たったそれだけの文章を中央に大きく書かれている。
桜子は手紙を何度も何度も読み返し、そして眉間にシワを寄せて考え込んだ。
忘れている?
私が?
なにを?
家から滅多に出る事のない生活なので、どこかになにかを忘れて帰るなんてことあるハズがない。
もしかしたら見たい映画を見忘れているとか?
それとも仕事の事?
修哉と何か約束ごとでもしていたっけ?
堂々巡りの記憶の中でさまよっていたが、やがて「思い出せない」と、首を振ってため息をついた。
私ったら何かを忘れたことも忘れちゃったの?
熱のせいかも。
そっと自分額に手を当てる。
これは幼い頃からの自分のクセである。
熱が出ると、なぜかしら額に手を当ててしまう。
あ――…。
古い記憶がほんの一瞬顔を覗かせる。
が、それが何であるかを理解する前にすぐに引っ込んでしまった。
「もうっ!」
桜子は思い出さない自分にイライラし、枕を壁に投げつけたのだった。
集まった水神様の塔は人が蟻んこほどにしか見えないほど高くなっていて、桜子は少女と共に塔の上に立ち、眼下を見下ろした。
練り歩く祭りは水の塔を通りすぎようとしている所だった。
ここから見ると祭りも綺麗なんだ。
色とりどりのチョウチンが揺れるのを見て、桜子はホタルという生き物の明かりを想像していた。
「あ、こっちへ来るよ!」
少女が白くて細い手を目一杯伸ばして祭りを指差す。
「嘘!?」
祭りは当然のように水の塔を上ってくる。
みんな水をパシャパシャと跳ね上げながらも、沈んでしまわないように気をつけながら歩いてくる。
どうしよう、こちへ来る!
「お姉ちゃん、一緒にお祭りしようよ」
少女が桜子の手を掴んだ。
「いやっ!」
その手を振り解き、後ずさりする。
祭りは近づく。
血が沸いたように熱くなる。
これは恐怖心なのよ。
怖い怖い怖いよぅ。
ズルッと水の塔から足がすべった。
あっという暇もない、桜子は後ろ向きに水の塔から落ちていく。
あぁ……落ちる落ちる落ちる――。
笑ってこちらへ手を伸ばそうとする水神様が見えた……。
☆☆☆
「桜子?」
ハッと目が覚めれば、そこはいつもの部屋の中だった。
修哉が不安そうな顔で桜子をのぞきこんでいる。
「私……」
「まだ、寝てた方がいいよ」
そう言って舌に触れ、熱を測る。
「うん平熱」
シェルターに入ったから早くよくなったんだ。
そう言っているように満足そうに微笑み、水を差し出してくれる。
桜子はそれを手に取ろうとして、やめた。
水神様の笑顔が脳裏を過ぎったから。
「落ち着いてからでいいけど、手紙が来てたから読んでおくんだよ?」
そう言って、修哉はベッドの横に白い封筒を置いた。
「紙の手紙なんて一体誰からかしら?」
手紙といえば当然小さなメモリーカードで送られてくるものが主流で、紙のものなんて生まれてから見た事がない。
桜子は興味深くその手紙に触れて、手触りを確認する。
表面はザラザラゴワゴワしていて、布の張り切れみたいなものが見える。
和紙を使っているからなのだが、桜子にはそれがわからなかった。
「じゃぁ、僕は部屋に戻るから、何かあれば呼んで」
「わかった」
修哉が部屋を出るのを見送ると、桜子はすぐにその封筒を開いた。
なにかで頑丈にくっつけてある紙を慎重にはがして、中を覗き込む。
「本当に手紙だ」
もしかしたら外見だけ手紙っぽくしてあるのかと思ったが、その中には折りたたまれた白い紙が入っていた。
紙の中に紙。
「変なの」
クスッと小さく笑ったのは、テレビでロボットたちが水神様に水をかけていた場面を思い出したから。
その後ロボットたちはそれぞれの部品をひとつずつ取られて、方向感覚を失い、ぶつかり合っていた。
桜子は手紙を引っ張り出すと、しばらくそれを物珍しそうに眺め、それから開いた。
「わ……綺麗」
和紙には金魚が涼しげに泳いでいる姿が真ん中に大きく描かれていて、その上に文字が書いてあった。
「すごい、これペンを使ってるんだわ」
そっと文字の上を指先で撫でてみる。
少し濡れた感覚があって見ると、インクが指についていた。
ついさっき書いたばかりという感じだ。
こすったため滲んだ文字に目をパチクリさせて「不思議、文字が変化したわ」と、小さく呟く。
そうやって好きなだけ手紙を観察し終えた後、桜子はようやく文字に集中し始めた。
その手紙に書かれていた内容はこうだ。
《拝啓 桜子様。
突然のお手紙申し訳なく感じておりますが、用件だけお伝えします。
あなたは何かを忘れてはいませんか?
早々》
たったそれだけの文章を中央に大きく書かれている。
桜子は手紙を何度も何度も読み返し、そして眉間にシワを寄せて考え込んだ。
忘れている?
私が?
なにを?
家から滅多に出る事のない生活なので、どこかになにかを忘れて帰るなんてことあるハズがない。
もしかしたら見たい映画を見忘れているとか?
それとも仕事の事?
修哉と何か約束ごとでもしていたっけ?
堂々巡りの記憶の中でさまよっていたが、やがて「思い出せない」と、首を振ってため息をついた。
私ったら何かを忘れたことも忘れちゃったの?
熱のせいかも。
そっと自分額に手を当てる。
これは幼い頃からの自分のクセである。
熱が出ると、なぜかしら額に手を当ててしまう。
あ――…。
古い記憶がほんの一瞬顔を覗かせる。
が、それが何であるかを理解する前にすぐに引っ込んでしまった。
「もうっ!」
桜子は思い出さない自分にイライラし、枕を壁に投げつけたのだった。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
【完結】カワイイ子猫のつくり方
龍野ゆうき
青春
子猫を助けようとして樹から落下。それだけでも災難なのに、あれ?気が付いたら私…猫になってる!?そんな自分(猫)に手を差し伸べてくれたのは天敵のアイツだった。
無愛想毒舌眼鏡男と獣化主人公の間に生まれる恋?ちょっぴりファンタジーなラブコメ。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
【3】Not equal romance【完結】
ホズミロザスケ
ライト文芸
大学生の桂咲(かつら えみ)には異性の友人が一人だけいる。駿河総一郎(するが そういちろう)だ。同じ年齢、同じ学科、同じ趣味、そしてマンションの隣人ということもあり、いつも一緒にいる。ずっと友達だと思っていた咲は駿河とともに季節を重ねていくたび、感情の変化を感じるようになり……。
「いずれ、キミに繋がる物語」シリーズ三作目(登場する人物が共通しています)。単品でも問題なく読んでいただけます。
※当作品は「カクヨム」「小説家になろう」にも同時掲載しております。(過去に「エブリスタ」にも掲載)
Forever Friends
てるる
ライト文芸
大学の弓道部のOB会で久々に再会するナカヨシ男女。
彼らの間の友情とは!?
オトナのキュン( *´艸`)
てゆーか、成長がない^^;
こともないか(笑)
心の落とし物
緋色刹那
ライト文芸
・完結済み(2024/10/12)。また書きたくなったら、番外編として投稿するかも
・第4回、第5回ライト文芸大賞にて奨励賞をいただきました!!✌︎('ω'✌︎ )✌︎('ω'✌︎ )
〈本作の楽しみ方〉
本作は読む喫茶店です。順に読んでもいいし、興味を持ったタイトルや季節から読んでもオッケーです。
知らない人、知らない設定が出てきて不安になるかもしれませんが、喫茶店の常連さんのようなものなので、雰囲気を楽しんでください(一応説明↓)。
〈あらすじ〉
〈心の落とし物〉はありませんか?
どこかに失くした物、ずっと探している人、過去の後悔、忘れていた夢。
あなたは忘れているつもりでも、心があなたの代わりに探し続けているかもしれません……。
喫茶店LAMP(ランプ)の店長、添野由良(そえのゆら)は、人の未練が具現化した幻〈心の落とし物(こころのおとしもの)〉と、それを探す生き霊〈探し人(さがしびと)〉に気づきやすい体質。
ある夏の日、由良は店の前を何度も通る男性に目を止め、声をかける。男性は数年前に移転した古本屋を探していて……。
懐かしくも切ない、過去の未練に魅せられる。
〈主人公と作中用語〉
・添野由良(そえのゆら)
洋燈町にある喫茶店LAMP(ランプ)の店長。〈心の落とし物〉や〈探し人〉に気づきやすい体質。
・〈心の落とし物(こころのおとしもの)〉
人の未練が具現化した幻。あるいは、未練そのもの。
・〈探し人(さがしびと)〉
〈心の落とし物〉を探す生き霊で、落とし主。当人に代わって、〈心の落とし物〉を探している。
・〈未練溜まり(みれんだまり)〉
忘れられた〈心の落とし物〉が行き着く場所。
・〈分け御霊(わけみたま)〉
生者の後悔や未練が物に宿り、具現化した者。込められた念が強ければ強いほど、人のように自由意志を持つ。いわゆる付喪神に近い。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
実はこれ実話なんですよ
tomoharu
恋愛
え?こんな話絶対ありえない!作り話でしょと思うような話からあるある話まで幅広い範囲で物語を考えました!ぜひ読んでみてください!1年後には大ヒット間違いなし!!
作品情報【マーライオン】【愛学両道】【やりすぎ智伝説&夢物語】【トモレオ突破椿】など
・【やりすぎ智久伝説&夢物語】とは、その話はさすがに言いすぎでしょと言われているほぼ実話ストーリーです。
小さい頃から今まで主人公である【智久】はどのような体験をしたのかがわかります。ぜひよんでくださいね!
・【トモレオ突破椿】は、公務員試験合格なおかつ様々な問題を解決させる話です。
頭の悪かった人でも公務員になれることを証明させる話でもあるので、ぜひ読んでみてください!
特別記念として実話を元に作った【呪われし◯◯シリーズ】も公開します!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる