2 / 19
猫になる
しおりを挟む
どうして自分の体が搬送されたのに、自分はここにいるんだろう。
全くわけがわからないことが起こって呆然としながらあてもなく歩く。
外はもう暗くなり始めていて早くアパートへ帰りたいのだけれど、なぜか大きな公園へ着ていた。
公園はオレンジ色の街灯がついているけれど、もう子供たちの姿は見えない。
ベンチに座って少し休憩しよう。
そう思って歩いていたとき、水たまりができていることに気がついて避けそうとした。
そのとき、自分の姿がその水の中に映し出されたのだ。
真っ白な毛に覆われたつぶらな瞳。
プルプルと小刻みに震えている体。
頭の上でしょぼくれている耳……。
「ミャア!?」
驚いてその場で大きく飛び上がる。
悲鳴を上げたのに喉から出てきたのは猫の泣き声だった。
いや、水たまりに写っている自分の姿も猫そのものだ。
もう1度、恐る恐る水たまりの中を確認してみると、やはり同じ白猫が怯えた瞳をこちらへ向けていた。
これが……私!?
自分の顔に触れようとしても触れられなかったのは、そもそも人間とは体の作りが違うからだ。
この体で顔に触れようとしたら、人間と同じように腕を伸ばしても無駄だ。
尚美は一度その場にお座りのポーズを取り、それから震える手……前足で自分の顔に触れた。
フワリとした毛の感触にヒッ! と内心で悲鳴を上げる。
少し爪を立ててみるとその感触もちゃんとあった。
全身から血の気が引いていき、座っているのに倒れてしまいそうな感覚に襲われる。
フラリと水たまりから離れて尚美はベンチの下へと向かった。
きっと私はとても疲れているんだ。
これは全部悪い夢なんだ。
少し眠れば、きっと現実世界で目を覚ますことができる。
そう信じて丸くなり、目を閉じたのだった。
☆☆☆
夢から目覚めることを期待して目を閉じたものの、外は寒くてそう簡単に眠れるものではなかった。
仕方なくベンチの下から這い出してきて公園を出る。
本当なら今頃カレーを食べているはずなのに、どうしてこんなところをさまよっているんだろう。
さっきから行く宛もなくフラフラ歩き回っているだけなので、体力も限界が近い。
それにカレーのことを思い出してしまってから無性にお腹が減ってきた。
なんでもいいから、なにか食べたい。
そんな気持ちで歩いていると、ふと見慣れた景色の中に出てきた。
ここはオフィス街で、尚美が毎日のように通勤しているビルの近くだった。
フラフラとさまよい歩いているつもりだ、つい自分の慣れた道を歩いていたみたいだ。
でも、こんなところに来ても食べ物にありつくことはできない。
一本入った場所が飲食店街になっているから、そっちへ行けばなにか食べられるかもしれない。
最後の体力を振り絞って再び歩き出そうとしたとき、体がフラリと揺れた。
そういえばこの猫はいつからご飯を食べていないんだろう。
私が助けたときにはもう何日も食べていなかったのかもしれない。
だとすれば、もう……体力が……。
ドサリと小さな体が横倒しに倒れる。
これが人間ならすぐに誰かがかけつけてくれるだろうけれど、今の尚美はただの猫だ。
小さな命が潰えようとしても、それに気がつく人はいない。
手足に力が入らなくてだんだんとまぶたが重たくなってくる。
公園では全く眠ることができなかったのに、こんなに簡単に眠れるなんて。
「おや、どうしたんだ?」
そんな声が近くで聞こえてきたような気がしたけれど、尚美はそのまま目を閉じてしまったのだった。
☆☆☆
甘いミルクの匂いがする。
体を暖かなものに包み込まれている感覚もある。
あぁ、ついに私は天国へ来たんだ。
事故に遭ってなぜか猫になってたけど、それはやっぱり全部夢だったんだなぁ。
どうしてあんな夢を見たのかはわからないけれど、ちゃんと成仏できたみたいでよかった。
あ、でも新作のコートは1度でいいから袖を通してみたかったなぁ……。
「起きたかい?」
ぼんやりと考え事をしていたところに声をかけられて尚美の意識は完全に覚醒した。
ハッと目を開けると目の前に男性の顔があって飛び上がって逃げる。
「そんなに怖がらなくてもいいのに」
男性は残念そうな表情になりながら、白い哺乳瓶を掲げてみせた。
その中にはミルクが入っていて、さっき感じた甘い匂いはこれだと気がついた。
でも、なんで……?
首をかしげた時、意識を失う寸前に声をかけられたことを思い出した。
あの声は気のせいじゃなかったんだ。
あの声の持ち主がこの男性?
しかっりと相手の顔を見ようと歩み寄ったとき、尚美の体は抱き上げられていた。
咄嗟に抵抗しようとするが、体力を消耗しすぎていてうまく行かない。
やだ!
知らない男の人に抱っこされるなんて……!!
焦りを感じている尚美の口元にミルクの瓶が差し出される。
ムリムリムリ!
こんな変なプレイみたいなこと絶対にできないって!
激しい拒絶反応と同時にお腹がグゥと空腹を訴えてくる。
クラリとめまいも感じて空腹が極限状態にあるとわかると、途端に口の中に唾が広がってくる。
甘くていい香りのミルクが目の前にある。
男性に抱っこされて哺乳瓶で飲まされるというのは少しアレだけれど、でも背に腹は変えられない!
尚美は思い切って哺乳瓶に口を近づけた。
そして一口飲むと、後は夢中になった。
前足を起用に使って哺乳瓶を支え、ゴクゴクと喉を鳴らしながらミルクを飲んでいく。
空っぽだった胃がほどよく温められたミルクによってどんどん満たされていく。
「そんなに焦って飲まなくても誰も盗んだりはしないよ」
男性がクスクス笑って言うけれど、必死になりすぎて尚美の耳には入ってこない。
ゴクゴクとミルクを飲むたびに小さな耳が連動するようにピクピク震えている。
その姿が愛らしくて男性の表情も緩みっぱなしなのだけれど、尚美はもちろん気が付かない。
そして用意されたミルクをすべて飲み干したとき、ようやく生き返った心地になっていた。
フカフカのタオルの上に乗せられると眠気が襲ってくる。
食べてすぐ眠くなるなんてまるで子供みたいだと自分でも思うけれど、実際尚美は今子猫になっているのだから仕方ないことだった。
おまけに男性が大きな手で尚美の背中を優しくなで始めた。
「もう少し眠るといいよ」
その声にはどこか聞き覚えがあったのだけれど、眠気にあらがうことができず尚美はまだまぶたを閉じたのだった。
全くわけがわからないことが起こって呆然としながらあてもなく歩く。
外はもう暗くなり始めていて早くアパートへ帰りたいのだけれど、なぜか大きな公園へ着ていた。
公園はオレンジ色の街灯がついているけれど、もう子供たちの姿は見えない。
ベンチに座って少し休憩しよう。
そう思って歩いていたとき、水たまりができていることに気がついて避けそうとした。
そのとき、自分の姿がその水の中に映し出されたのだ。
真っ白な毛に覆われたつぶらな瞳。
プルプルと小刻みに震えている体。
頭の上でしょぼくれている耳……。
「ミャア!?」
驚いてその場で大きく飛び上がる。
悲鳴を上げたのに喉から出てきたのは猫の泣き声だった。
いや、水たまりに写っている自分の姿も猫そのものだ。
もう1度、恐る恐る水たまりの中を確認してみると、やはり同じ白猫が怯えた瞳をこちらへ向けていた。
これが……私!?
自分の顔に触れようとしても触れられなかったのは、そもそも人間とは体の作りが違うからだ。
この体で顔に触れようとしたら、人間と同じように腕を伸ばしても無駄だ。
尚美は一度その場にお座りのポーズを取り、それから震える手……前足で自分の顔に触れた。
フワリとした毛の感触にヒッ! と内心で悲鳴を上げる。
少し爪を立ててみるとその感触もちゃんとあった。
全身から血の気が引いていき、座っているのに倒れてしまいそうな感覚に襲われる。
フラリと水たまりから離れて尚美はベンチの下へと向かった。
きっと私はとても疲れているんだ。
これは全部悪い夢なんだ。
少し眠れば、きっと現実世界で目を覚ますことができる。
そう信じて丸くなり、目を閉じたのだった。
☆☆☆
夢から目覚めることを期待して目を閉じたものの、外は寒くてそう簡単に眠れるものではなかった。
仕方なくベンチの下から這い出してきて公園を出る。
本当なら今頃カレーを食べているはずなのに、どうしてこんなところをさまよっているんだろう。
さっきから行く宛もなくフラフラ歩き回っているだけなので、体力も限界が近い。
それにカレーのことを思い出してしまってから無性にお腹が減ってきた。
なんでもいいから、なにか食べたい。
そんな気持ちで歩いていると、ふと見慣れた景色の中に出てきた。
ここはオフィス街で、尚美が毎日のように通勤しているビルの近くだった。
フラフラとさまよい歩いているつもりだ、つい自分の慣れた道を歩いていたみたいだ。
でも、こんなところに来ても食べ物にありつくことはできない。
一本入った場所が飲食店街になっているから、そっちへ行けばなにか食べられるかもしれない。
最後の体力を振り絞って再び歩き出そうとしたとき、体がフラリと揺れた。
そういえばこの猫はいつからご飯を食べていないんだろう。
私が助けたときにはもう何日も食べていなかったのかもしれない。
だとすれば、もう……体力が……。
ドサリと小さな体が横倒しに倒れる。
これが人間ならすぐに誰かがかけつけてくれるだろうけれど、今の尚美はただの猫だ。
小さな命が潰えようとしても、それに気がつく人はいない。
手足に力が入らなくてだんだんとまぶたが重たくなってくる。
公園では全く眠ることができなかったのに、こんなに簡単に眠れるなんて。
「おや、どうしたんだ?」
そんな声が近くで聞こえてきたような気がしたけれど、尚美はそのまま目を閉じてしまったのだった。
☆☆☆
甘いミルクの匂いがする。
体を暖かなものに包み込まれている感覚もある。
あぁ、ついに私は天国へ来たんだ。
事故に遭ってなぜか猫になってたけど、それはやっぱり全部夢だったんだなぁ。
どうしてあんな夢を見たのかはわからないけれど、ちゃんと成仏できたみたいでよかった。
あ、でも新作のコートは1度でいいから袖を通してみたかったなぁ……。
「起きたかい?」
ぼんやりと考え事をしていたところに声をかけられて尚美の意識は完全に覚醒した。
ハッと目を開けると目の前に男性の顔があって飛び上がって逃げる。
「そんなに怖がらなくてもいいのに」
男性は残念そうな表情になりながら、白い哺乳瓶を掲げてみせた。
その中にはミルクが入っていて、さっき感じた甘い匂いはこれだと気がついた。
でも、なんで……?
首をかしげた時、意識を失う寸前に声をかけられたことを思い出した。
あの声は気のせいじゃなかったんだ。
あの声の持ち主がこの男性?
しかっりと相手の顔を見ようと歩み寄ったとき、尚美の体は抱き上げられていた。
咄嗟に抵抗しようとするが、体力を消耗しすぎていてうまく行かない。
やだ!
知らない男の人に抱っこされるなんて……!!
焦りを感じている尚美の口元にミルクの瓶が差し出される。
ムリムリムリ!
こんな変なプレイみたいなこと絶対にできないって!
激しい拒絶反応と同時にお腹がグゥと空腹を訴えてくる。
クラリとめまいも感じて空腹が極限状態にあるとわかると、途端に口の中に唾が広がってくる。
甘くていい香りのミルクが目の前にある。
男性に抱っこされて哺乳瓶で飲まされるというのは少しアレだけれど、でも背に腹は変えられない!
尚美は思い切って哺乳瓶に口を近づけた。
そして一口飲むと、後は夢中になった。
前足を起用に使って哺乳瓶を支え、ゴクゴクと喉を鳴らしながらミルクを飲んでいく。
空っぽだった胃がほどよく温められたミルクによってどんどん満たされていく。
「そんなに焦って飲まなくても誰も盗んだりはしないよ」
男性がクスクス笑って言うけれど、必死になりすぎて尚美の耳には入ってこない。
ゴクゴクとミルクを飲むたびに小さな耳が連動するようにピクピク震えている。
その姿が愛らしくて男性の表情も緩みっぱなしなのだけれど、尚美はもちろん気が付かない。
そして用意されたミルクをすべて飲み干したとき、ようやく生き返った心地になっていた。
フカフカのタオルの上に乗せられると眠気が襲ってくる。
食べてすぐ眠くなるなんてまるで子供みたいだと自分でも思うけれど、実際尚美は今子猫になっているのだから仕方ないことだった。
おまけに男性が大きな手で尚美の背中を優しくなで始めた。
「もう少し眠るといいよ」
その声にはどこか聞き覚えがあったのだけれど、眠気にあらがうことができず尚美はまだまぶたを閉じたのだった。
5
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

包んで、重ねて ~歳の差夫婦の極甘新婚生活~
吉沢 月見
恋愛
ひたすら妻を溺愛する夫は50歳の仕事人間の服飾デザイナー、新妻は23歳元モデル。
結婚をして、毎日一緒にいるから、君を愛して君に愛されることが本当に嬉しい。
何もできない妻に料理を教え、君からは愛を教わる。

甘すぎるドクターへ。どうか手加減して下さい。
海咲雪
恋愛
その日、新幹線の隣の席に疲れて寝ている男性がいた。
ただそれだけのはずだったのに……その日、私の世界に甘さが加わった。
「案外、本当に君以外いないかも」
「いいの? こんな可愛いことされたら、本当にもう逃してあげられないけど」
「もう奏葉の許可なしに近づいたりしない。だから……近づく前に奏葉に聞くから、ちゃんと許可を出してね」
そのドクターの甘さは手加減を知らない。
【登場人物】
末永 奏葉[すえなが かなは]・・・25歳。普通の会社員。気を遣い過ぎてしまう性格。
恩田 時哉[おんだ ときや]・・・27歳。医者。奏葉をからかう時もあるのに、甘すぎる?
田代 有我[たしろ ゆうが]・・・25歳。奏葉の同期。テキトーな性格だが、奏葉の変化には鋭い?
【作者に医療知識はありません。恋愛小説として楽しんで頂ければ幸いです!】
イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。
すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。
そこで私は一人の男の人と出会う。
「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」
そんな言葉をかけてきた彼。
でも私には秘密があった。
「キミ・・・目が・・?」
「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」
ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。
「お願いだから俺を好きになって・・・。」
その言葉を聞いてお付き合いが始まる。
「やぁぁっ・・!」
「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」
激しくなっていく夜の生活。
私の身はもつの!?
※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
では、お楽しみください。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる
Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした
ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。
でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。
彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる