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聞こえてこない
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先生や警察の人が言っていた通り、夜のニュース番組には大谷高校のことが大きく報道されていた。
画面いっぱいに学校の校舎が移されているのをみると、なんだか不思議な気分になる。
「イジメがあったんですって?」
夕飯のハンバーグを食べる手を止めて、母親が聞いてきた。
「うん。私は気が付かなかったけどね」
当然のように嘘をついて、ハンバーグを咀嚼する。
「麻衣子は大丈夫なんでしょうね? 誰かをイジメたり、イジメられたり、してないわよね?」
身を乗り出して質問してくる母親に笑ってしまいそうになる。
この人は今更なにを言ってるんだろう。
私には長い期間友だちなんていなかった。
大々的にイジメられることはなくても、誰からも見下されるような存在だった。
それに気がついていなかったんだ!
その様子が滑稽で、必死に笑いを噛み殺す。
「大丈夫だよ。なにも問題ないから」
「そう。それならいいんだけれど」
ホッとした様子で椅子に座り直している。
そんな様子を父親はぼんやりと見つめていた。
「学校はどうなるんだ? 勉強は?」
ようやく口を開いたかと思うとまた勉強の話だ。
もっと心配するべき部分があるんじゃないかと言いそうになる。
「学校は行っても行かなくてもいいみたい。家庭学習用のプリントも出されたから、しばらくそれで勉強するかも」
「そうか。それならいいんだ」
父親は納得したように何度も頷いて、また食事に戻っていく。
涼香と優の騒ぎが収まってまた学校へ行くことになれば、今度こそ私のバラ色の学生生活のはじまりだ!
私はそう信じて疑わなかったのだった。
☆☆☆
その日、私はベッドに入ってうつらうつらしていた。
さすがに今日1日の出来事で疲れてしまったんだろう。
どうせ不穏ラジオが始まれば目が覚めると思っていたのだけれど、気がついたときには夜中の2時を過ぎていた。
「えっ?」
思わず声を出して上半身をベッドの上に起こす。
いつもなら夜10時くらいの聞こえてきた不穏ラジオが、昨日は聞こえてこなかったのだ。
脳内に直接聞こえてくる音楽やDJの声で起きないはずがないのに。
どうしたんだろう。
今まで休むことなんてなかったのに。
困惑しながらも、ラジオ番組だって毎日放送されているわけじゃないと思い直す。
きっと、不穏ラジオは昨日が休みの日だったんだ。
DJだって休む必要があるよね。
そうして、特に気にすることもなく、私は再び眠りについたのだった。
☆☆☆
早く眠ってしまったせいか、翌日はいつもよりも1時間早く目が覚めてしまった。
二度寝をしようと思って目を閉じるけれど、なかなか寝付けない。
仕方なくそのまま起きることにした。
机の上に置いてある学生カバンへ視線を向けて、今日は学校へ行こうかどうしようか思案する。
できれば正広が登校するかどうかで判断したいけれど、あいにく正広の番号を知らなくて連絡をとることができない。
面倒くさいけれど、いつも時間に行ってみるか。
そう決めて、準備を始めたのだった。
☆☆☆
「本当に学校へ行くの?」
「うん。みんなのことも気になるし」
昨日のことがあったせいで母親が心配して玄関先まで出てきていた。
私はすでに制服に着替えてカバンを右手持っている。
「無理そうならすぐに帰ってくるのよ」
「わかってるよ」
今朝の全国ニュースでも大谷高校の事件が取り上げられていたし、きっと登校時間になってもマスコミ関係者は沢山いるはずだ。
私は母親へ「行ってきます」と声をかけて玄関を出る。
そして家の門を抜けたところで早くも家を出てきてしまったことを後悔した。
そこには小高先生と留伊と風翔の三人が立っていたのだ。
その顔ぶれにギクリとして足を止める。
そのまま玄関に逃げ入ってしまえばよかったのに、そのすきも与えられずに留伊と小高先生が私の両端に立ち、腕を掴んでいた。
痛いほどに掴まれて顔をしかめる。
「み、みんな、どうしたの」
引きつった声で訊ねると、目の前に立つ風翔がニヤリと笑って見せた。
「このメンツを見ればわかるはずだろ? 全員お前のせいで居場所を失った」
風翔の言葉に私はフンッと鼻で笑った。
「私のせい? 私は事実を公表しただけ。あんたに至っては私はほとんどなにもしてない、勝手に鳥殺しがバレただけじゃん」
思い出してもウケル。
結局風翔が退学になるのは時間の問題だったんだから、不穏ラジオは関係ない。
私の言葉に風翔の額に青筋がたった。
「少し歩こうか」
風翔がそう言うと、隣の二人が強引に歩き出す。
腕を掴まれている私はそれに従うしかなかった。
大きな悲鳴を上げて近所の人に助けを求めようとしてみたとき、脇腹になにか硬いものが押し付けられてハッと息を飲んだ。
見ると、留伊が私の脇腹にナイフを押し付けているのだ。
自分の体で周囲からナイフを隠している。
抵抗すればこのナイフの切っ先が自分の脇腹に突き立てられる。
昨日の朝、涼香と優の出来事を思い出してサッと血の気が引いていった。
あんな風になるのだけはごめんだ。
「昨日の夜、辺なラジオが聞こえてきたんだ」
「ラジオ?」
風翔の言葉に首をかしげる。
「そう。軽快な音楽に男性DJの声がした。でもラジオなんてつけてなかったんだ。音の出どころを探してみると、どうやら自分の脳内に直接聞こえてきているらしいってわかった」
風翔の言葉に私は唾を飲み込んだ。
知らない間に喉がカラカラに乾いている。
嫌な予感が全身を支配して、思うように足が前へ進んでくれない。
「DJは不穏ラジオだって言ってた」
「嘘! 昨日の放送はなかったはず!」
こらえきれずに怒鳴っていた。
途端に留伊がナイフを押し付けてくる手に力を込める。
「やっぱり、お前もあれを聞いてたんだな。それで、みんなの弱みを知ったんだ」
私は下唇を噛み締めて風翔を睨みつけた。
「どうやらあれは特定の人間にしか聞こえないみたいだった」
「私にはずっと聞こえてた。だけど昨日は聞こえなかったから番組は休みだったはず」
もうごまかすことは不可能だ。
私は風翔を睨みつけた。
「それは違う。番組はちゃんと放送された。ただ、周波数が変わったんだ」
「周波数……?」
聞いてから背筋がゾッと寒くなった。
ラジオは周波数が合わないと番組を聞くことができない。
ザーザーと不快な音しか聞こえてこない局も多く存在している。
「昨日から、波長が合うのが樋口に変わったんだ」
今まで黙っていた小高先生が言った。
いや、もう先生ではないか。
「その番組内では森村麻衣子の不穏要素を暴露してた。いろいろなことをやりすぎて、今日の放送でも引き続きお前のことを放送するって言ってたよ」
風翔の言葉に私は愕然とした。
昨日聞こえてこなかったラジオでは私のことを伝えていた。
だから風翔は同じ被害者である小高と留伊に連絡を取ったんだ!
ようやく事態を把握した私は左右に立つ小高と留伊に交互に視線を向けた。
風翔が聞いたのなら、他のふたりはラジオを聞いていないことになる。
「こ、こんなことを信じるの? 頭に直接聞こえてくるラジオなんて、あるわけないじゃん!」
「それはどうかな? 本当かどうか、これから調べてみることにする」
小高の言葉に私は視線を宙へ彷徨わせた。
調べるって、どうやって?
そう質問するより前に、私の目には廃墟同然となった大きな病院後が見えてきていたのだった。
☆☆☆
この日の学校は半分ほどの生徒たちが登校してきていた。
マスコミから逃げるように顔をそむけて校門を抜けたのは春菜だ。
春菜はそのまま教室まで一気に走った。
最近、ストレスでお菓子の量が増えていて、体重も右肩上がりになっているのが気になる。階段を駆け上がる体がいつも以上に重たかった。
そのまま2年A組の教室へ入るつもりが、入り口の前で思わぬ人物に声をかけられて足を止めた。
「おはよう」
そう言ったのは正広だった。
同じクラスの男子生徒で、真面目で優しいことから女子生徒からまぁまぁ人気がある。
あまり目立つタイプじゃないけれど、春菜は彼のことを良く思っていた。
そんな正広に声をかけられたものだから、とまどって視線を泳がせた。
「お、おはよう」
「ちょっと、話がしたいんだけど、いいかな?」
そう言う正広の顔はほんのりと赤くなっている。
それはまるで告白する前の様子に似ていて、春菜も思わず赤らんだ。
「えっと、話って……?」
「ここじゃちょっと。移動していい?」
「も、もちろん」
今日は生徒数が少ないから、少し移動すれば誰もいなくなる。
春菜は新しい恋の予感に胸がドキドキと高鳴るのを感じていた。
今の苦しい恋愛から抜け出すことができるかもしれないんだ。
そして、今度こそ幸せになる。
胸を張って彼と付き合っているとみんない言えるようになりたい。
いつしか春菜は本気でそう願うようになっていた。
「大丈夫だよ。一緒にいるから」
一旦振り向いた正広がそう言ってきた。
それはなにもかも知っていて、それでいてすべてを受け入れてくれる言葉だった。
「うん」
春菜も力強く頷く。
どうして正広は私の秘密を知っているんだろう。
そんな疑問が浮かんできたけれど、質問をするのはまず彼の話を聞いてからだ。
期待を胸に、正広の後ろをついて歩いていくのだった。
☆☆☆
いつの間に気絶していたのだろう、目が覚めると私は見知らぬ部屋の中にいた。
壁のあちこちがひび割れ、天井からは破れた薄いカーテンが垂れ下がっている。
そして部屋の奥にはパイプベッドが積み重ねて置かれていた。
ここは……病院?
天井や床、カーテンの様子を見てそう感じた。
そして自分が廃病院の近くまで連れてこられたことを思い出したのだ。
ここへ入ってくる前に殴られるかなにかして気絶させられてしまったんだろう。
そう思うととたんに後頭部が傷んだ。
吐きそうになる痛みに顔をしかめる。
誰かが、あの3人のうちの誰かが私の頭を後ろから殴ったに違いない。
怒りが湧き上がってきてすぐにでも立ち上がろうとするのだけれど、うまく動くことができない。
頭痛のせいだと思ったけれど、違う。
私は手足をロープで縛られて床に転がされているのだ。
ちょっと!
叫ぼうとしたけれど、布を口の奥まで突っ込まれていて声も出ない。
うーうーと唸り声を上げていると、ドアから3人が入ってきた。
一瞬見えたドアの向こうは廊下になっているみたいだ。
それから私は3人がそれぞれにナイフや鉄パイプを持っていることに気がついて息が止まった。
今から自分がなにをされるのか、簡単に予想がついたからだ。
必死にもがいて逃げようとするけれど、手足をしばられた状態ではミノムシみたいにうごめくことしかできない。
あっという間に3人は私の前まで移動してきていた。
「お前、普段はずっと心の中でみんなのことを罵倒してたんだろ? 昨日のラジオで聞いた」
風翔が私を見下ろして言う。
もちろん、私は答えることができない。
「それなら、これから先も黙って心の中だけで生きてろよ」
留伊がバットを振り上げる。
筋肉質な留伊に攻撃されればひとたまりもない。
私はブンブンと左右に振って拒絶する。
しかし、そうすると頭の痛みが加速していき、また気絶してしまいそうになる。
どうしよう。
どうすればいい?
とにかく、不穏ラジオなんて知らない。
みんな風翔の虚言だと伝えないといけない。
でも、口を塞がれている今どうやってそれを伝えればいいのか……。
考えている間に、軽快な音楽が聞こえてきた。
それは外から聞こえてくるのではなく、直接頭の中に響き渡る。
なんで、今……!?
気絶していたとしても、いつもの時間よりかなり早い。
しかも、音が聞こえ始めると留伊と小高が驚いたように周りを見回しはじめたのだ。
「ははっ。不穏ラジオは配信時間を変えたらしい。しかも、どうやら不特定多数の人間に聞こえてるみたいだ」
留伊と小高の反応を見ていると、このラジオが聞こえいることは明白だった。
風翔がニヤケた顔で言う。
嘘でしょ、そんな……!
【さぁさぁ! 今日からはお昼の時間にこんにちわ! 不穏ラジオのお時間です!】
「本当だったんだな。こんなラジオが聞こえてきてるなんて」
留伊の言葉に風翔が自信満々に頷いた。
【今日も今日とて、大谷高校2年A組の不穏要素を大暴露していきましょう!】
やめて……!
【昨日と同じく。森村麻衣子! この子は一見大人しいけれど、とんだ化け物でした!】
お願い、もうやめて!
不穏ラジオは止まらない。
風翔と留伊と小高がジリジリと近づいてくる。
【なぁんと彼女、このラジオを聞いてみんなの弱みを握りまくって利用しまくってたんです!!】
DJの甲高い声が聞こえてくるのと、私にバットが振り下ろされるのはほぼ同時だった。
☆☆☆
1人の女子高生が今にも眠りにつこうとしている。
そこに突然音楽が聞こえ始めた。
とても軽快な音楽に目を開けて周囲を確認する。
しかし、音楽の出どころがわからない。
混乱する彼女の耳に今度は男の声が聞こえてきた。
【みなさんこんばんは! 今夜も不穏ラジオのお時間がやってきました!!】
END
画面いっぱいに学校の校舎が移されているのをみると、なんだか不思議な気分になる。
「イジメがあったんですって?」
夕飯のハンバーグを食べる手を止めて、母親が聞いてきた。
「うん。私は気が付かなかったけどね」
当然のように嘘をついて、ハンバーグを咀嚼する。
「麻衣子は大丈夫なんでしょうね? 誰かをイジメたり、イジメられたり、してないわよね?」
身を乗り出して質問してくる母親に笑ってしまいそうになる。
この人は今更なにを言ってるんだろう。
私には長い期間友だちなんていなかった。
大々的にイジメられることはなくても、誰からも見下されるような存在だった。
それに気がついていなかったんだ!
その様子が滑稽で、必死に笑いを噛み殺す。
「大丈夫だよ。なにも問題ないから」
「そう。それならいいんだけれど」
ホッとした様子で椅子に座り直している。
そんな様子を父親はぼんやりと見つめていた。
「学校はどうなるんだ? 勉強は?」
ようやく口を開いたかと思うとまた勉強の話だ。
もっと心配するべき部分があるんじゃないかと言いそうになる。
「学校は行っても行かなくてもいいみたい。家庭学習用のプリントも出されたから、しばらくそれで勉強するかも」
「そうか。それならいいんだ」
父親は納得したように何度も頷いて、また食事に戻っていく。
涼香と優の騒ぎが収まってまた学校へ行くことになれば、今度こそ私のバラ色の学生生活のはじまりだ!
私はそう信じて疑わなかったのだった。
☆☆☆
その日、私はベッドに入ってうつらうつらしていた。
さすがに今日1日の出来事で疲れてしまったんだろう。
どうせ不穏ラジオが始まれば目が覚めると思っていたのだけれど、気がついたときには夜中の2時を過ぎていた。
「えっ?」
思わず声を出して上半身をベッドの上に起こす。
いつもなら夜10時くらいの聞こえてきた不穏ラジオが、昨日は聞こえてこなかったのだ。
脳内に直接聞こえてくる音楽やDJの声で起きないはずがないのに。
どうしたんだろう。
今まで休むことなんてなかったのに。
困惑しながらも、ラジオ番組だって毎日放送されているわけじゃないと思い直す。
きっと、不穏ラジオは昨日が休みの日だったんだ。
DJだって休む必要があるよね。
そうして、特に気にすることもなく、私は再び眠りについたのだった。
☆☆☆
早く眠ってしまったせいか、翌日はいつもよりも1時間早く目が覚めてしまった。
二度寝をしようと思って目を閉じるけれど、なかなか寝付けない。
仕方なくそのまま起きることにした。
机の上に置いてある学生カバンへ視線を向けて、今日は学校へ行こうかどうしようか思案する。
できれば正広が登校するかどうかで判断したいけれど、あいにく正広の番号を知らなくて連絡をとることができない。
面倒くさいけれど、いつも時間に行ってみるか。
そう決めて、準備を始めたのだった。
☆☆☆
「本当に学校へ行くの?」
「うん。みんなのことも気になるし」
昨日のことがあったせいで母親が心配して玄関先まで出てきていた。
私はすでに制服に着替えてカバンを右手持っている。
「無理そうならすぐに帰ってくるのよ」
「わかってるよ」
今朝の全国ニュースでも大谷高校の事件が取り上げられていたし、きっと登校時間になってもマスコミ関係者は沢山いるはずだ。
私は母親へ「行ってきます」と声をかけて玄関を出る。
そして家の門を抜けたところで早くも家を出てきてしまったことを後悔した。
そこには小高先生と留伊と風翔の三人が立っていたのだ。
その顔ぶれにギクリとして足を止める。
そのまま玄関に逃げ入ってしまえばよかったのに、そのすきも与えられずに留伊と小高先生が私の両端に立ち、腕を掴んでいた。
痛いほどに掴まれて顔をしかめる。
「み、みんな、どうしたの」
引きつった声で訊ねると、目の前に立つ風翔がニヤリと笑って見せた。
「このメンツを見ればわかるはずだろ? 全員お前のせいで居場所を失った」
風翔の言葉に私はフンッと鼻で笑った。
「私のせい? 私は事実を公表しただけ。あんたに至っては私はほとんどなにもしてない、勝手に鳥殺しがバレただけじゃん」
思い出してもウケル。
結局風翔が退学になるのは時間の問題だったんだから、不穏ラジオは関係ない。
私の言葉に風翔の額に青筋がたった。
「少し歩こうか」
風翔がそう言うと、隣の二人が強引に歩き出す。
腕を掴まれている私はそれに従うしかなかった。
大きな悲鳴を上げて近所の人に助けを求めようとしてみたとき、脇腹になにか硬いものが押し付けられてハッと息を飲んだ。
見ると、留伊が私の脇腹にナイフを押し付けているのだ。
自分の体で周囲からナイフを隠している。
抵抗すればこのナイフの切っ先が自分の脇腹に突き立てられる。
昨日の朝、涼香と優の出来事を思い出してサッと血の気が引いていった。
あんな風になるのだけはごめんだ。
「昨日の夜、辺なラジオが聞こえてきたんだ」
「ラジオ?」
風翔の言葉に首をかしげる。
「そう。軽快な音楽に男性DJの声がした。でもラジオなんてつけてなかったんだ。音の出どころを探してみると、どうやら自分の脳内に直接聞こえてきているらしいってわかった」
風翔の言葉に私は唾を飲み込んだ。
知らない間に喉がカラカラに乾いている。
嫌な予感が全身を支配して、思うように足が前へ進んでくれない。
「DJは不穏ラジオだって言ってた」
「嘘! 昨日の放送はなかったはず!」
こらえきれずに怒鳴っていた。
途端に留伊がナイフを押し付けてくる手に力を込める。
「やっぱり、お前もあれを聞いてたんだな。それで、みんなの弱みを知ったんだ」
私は下唇を噛み締めて風翔を睨みつけた。
「どうやらあれは特定の人間にしか聞こえないみたいだった」
「私にはずっと聞こえてた。だけど昨日は聞こえなかったから番組は休みだったはず」
もうごまかすことは不可能だ。
私は風翔を睨みつけた。
「それは違う。番組はちゃんと放送された。ただ、周波数が変わったんだ」
「周波数……?」
聞いてから背筋がゾッと寒くなった。
ラジオは周波数が合わないと番組を聞くことができない。
ザーザーと不快な音しか聞こえてこない局も多く存在している。
「昨日から、波長が合うのが樋口に変わったんだ」
今まで黙っていた小高先生が言った。
いや、もう先生ではないか。
「その番組内では森村麻衣子の不穏要素を暴露してた。いろいろなことをやりすぎて、今日の放送でも引き続きお前のことを放送するって言ってたよ」
風翔の言葉に私は愕然とした。
昨日聞こえてこなかったラジオでは私のことを伝えていた。
だから風翔は同じ被害者である小高と留伊に連絡を取ったんだ!
ようやく事態を把握した私は左右に立つ小高と留伊に交互に視線を向けた。
風翔が聞いたのなら、他のふたりはラジオを聞いていないことになる。
「こ、こんなことを信じるの? 頭に直接聞こえてくるラジオなんて、あるわけないじゃん!」
「それはどうかな? 本当かどうか、これから調べてみることにする」
小高の言葉に私は視線を宙へ彷徨わせた。
調べるって、どうやって?
そう質問するより前に、私の目には廃墟同然となった大きな病院後が見えてきていたのだった。
☆☆☆
この日の学校は半分ほどの生徒たちが登校してきていた。
マスコミから逃げるように顔をそむけて校門を抜けたのは春菜だ。
春菜はそのまま教室まで一気に走った。
最近、ストレスでお菓子の量が増えていて、体重も右肩上がりになっているのが気になる。階段を駆け上がる体がいつも以上に重たかった。
そのまま2年A組の教室へ入るつもりが、入り口の前で思わぬ人物に声をかけられて足を止めた。
「おはよう」
そう言ったのは正広だった。
同じクラスの男子生徒で、真面目で優しいことから女子生徒からまぁまぁ人気がある。
あまり目立つタイプじゃないけれど、春菜は彼のことを良く思っていた。
そんな正広に声をかけられたものだから、とまどって視線を泳がせた。
「お、おはよう」
「ちょっと、話がしたいんだけど、いいかな?」
そう言う正広の顔はほんのりと赤くなっている。
それはまるで告白する前の様子に似ていて、春菜も思わず赤らんだ。
「えっと、話って……?」
「ここじゃちょっと。移動していい?」
「も、もちろん」
今日は生徒数が少ないから、少し移動すれば誰もいなくなる。
春菜は新しい恋の予感に胸がドキドキと高鳴るのを感じていた。
今の苦しい恋愛から抜け出すことができるかもしれないんだ。
そして、今度こそ幸せになる。
胸を張って彼と付き合っているとみんない言えるようになりたい。
いつしか春菜は本気でそう願うようになっていた。
「大丈夫だよ。一緒にいるから」
一旦振り向いた正広がそう言ってきた。
それはなにもかも知っていて、それでいてすべてを受け入れてくれる言葉だった。
「うん」
春菜も力強く頷く。
どうして正広は私の秘密を知っているんだろう。
そんな疑問が浮かんできたけれど、質問をするのはまず彼の話を聞いてからだ。
期待を胸に、正広の後ろをついて歩いていくのだった。
☆☆☆
いつの間に気絶していたのだろう、目が覚めると私は見知らぬ部屋の中にいた。
壁のあちこちがひび割れ、天井からは破れた薄いカーテンが垂れ下がっている。
そして部屋の奥にはパイプベッドが積み重ねて置かれていた。
ここは……病院?
天井や床、カーテンの様子を見てそう感じた。
そして自分が廃病院の近くまで連れてこられたことを思い出したのだ。
ここへ入ってくる前に殴られるかなにかして気絶させられてしまったんだろう。
そう思うととたんに後頭部が傷んだ。
吐きそうになる痛みに顔をしかめる。
誰かが、あの3人のうちの誰かが私の頭を後ろから殴ったに違いない。
怒りが湧き上がってきてすぐにでも立ち上がろうとするのだけれど、うまく動くことができない。
頭痛のせいだと思ったけれど、違う。
私は手足をロープで縛られて床に転がされているのだ。
ちょっと!
叫ぼうとしたけれど、布を口の奥まで突っ込まれていて声も出ない。
うーうーと唸り声を上げていると、ドアから3人が入ってきた。
一瞬見えたドアの向こうは廊下になっているみたいだ。
それから私は3人がそれぞれにナイフや鉄パイプを持っていることに気がついて息が止まった。
今から自分がなにをされるのか、簡単に予想がついたからだ。
必死にもがいて逃げようとするけれど、手足をしばられた状態ではミノムシみたいにうごめくことしかできない。
あっという間に3人は私の前まで移動してきていた。
「お前、普段はずっと心の中でみんなのことを罵倒してたんだろ? 昨日のラジオで聞いた」
風翔が私を見下ろして言う。
もちろん、私は答えることができない。
「それなら、これから先も黙って心の中だけで生きてろよ」
留伊がバットを振り上げる。
筋肉質な留伊に攻撃されればひとたまりもない。
私はブンブンと左右に振って拒絶する。
しかし、そうすると頭の痛みが加速していき、また気絶してしまいそうになる。
どうしよう。
どうすればいい?
とにかく、不穏ラジオなんて知らない。
みんな風翔の虚言だと伝えないといけない。
でも、口を塞がれている今どうやってそれを伝えればいいのか……。
考えている間に、軽快な音楽が聞こえてきた。
それは外から聞こえてくるのではなく、直接頭の中に響き渡る。
なんで、今……!?
気絶していたとしても、いつもの時間よりかなり早い。
しかも、音が聞こえ始めると留伊と小高が驚いたように周りを見回しはじめたのだ。
「ははっ。不穏ラジオは配信時間を変えたらしい。しかも、どうやら不特定多数の人間に聞こえてるみたいだ」
留伊と小高の反応を見ていると、このラジオが聞こえいることは明白だった。
風翔がニヤケた顔で言う。
嘘でしょ、そんな……!
【さぁさぁ! 今日からはお昼の時間にこんにちわ! 不穏ラジオのお時間です!】
「本当だったんだな。こんなラジオが聞こえてきてるなんて」
留伊の言葉に風翔が自信満々に頷いた。
【今日も今日とて、大谷高校2年A組の不穏要素を大暴露していきましょう!】
やめて……!
【昨日と同じく。森村麻衣子! この子は一見大人しいけれど、とんだ化け物でした!】
お願い、もうやめて!
不穏ラジオは止まらない。
風翔と留伊と小高がジリジリと近づいてくる。
【なぁんと彼女、このラジオを聞いてみんなの弱みを握りまくって利用しまくってたんです!!】
DJの甲高い声が聞こえてくるのと、私にバットが振り下ろされるのはほぼ同時だった。
☆☆☆
1人の女子高生が今にも眠りにつこうとしている。
そこに突然音楽が聞こえ始めた。
とても軽快な音楽に目を開けて周囲を確認する。
しかし、音楽の出どころがわからない。
混乱する彼女の耳に今度は男の声が聞こえてきた。
【みなさんこんばんは! 今夜も不穏ラジオのお時間がやってきました!!】
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誰がこの「呪い」を生み出したのか?
そして彼らはなぜ、呪われたのか?
徐々に明かされる「赤い部屋」の真相。
その先にふたりが見たものは——。
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