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告白
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彼氏を作るためにはどうすればいいんだろう。
午後の授業を受けながら私はぼんやりと考えを巡らせる。
みんな相手から告白されたり、自分から告白して付き合い始めていることは理解しているけれど、その詳しい内容を知るすべがなかった。
告白するきっかけは?
告白したときの内容は?
相手の反応は?
誰かに聞きたいけれど、聞けるほど親しい人がいない。
お手本となる人がいないのは、これほど難解なことなんだ。
みんなは当たり前のように友だちを作って、恋愛話にも花を咲かせている。
そういうことをしてこなかった私はやっぱり、異質な存在なのかもしれないと再確認させられる。
みんなができていることが、自分だけはできない。
そんな気持ちだ。
私は授業内容をろくに聞かずに親指の爪を噛んだ。
今更こんなことで悩んでも仕方がない。
友人を作って恋愛相談をするよりも、当たって砕けるほうがよっぽど手っ取り早いじゃないか。
そこまで考えて自分がフラれる前提で想像していることに気が付き、嘆息した。
恋愛はいつも片思いで終わってきたから、ついネガティブな考え方になってしまう。
そんな風に考えているからこそ、実らないかもしれないのに。
私は居住まいを正して考え直した。
最近の私は調子がいい。
それもこれも不穏ラジオのおかげだけれど、きっと私自身にも変化があったはずだ。
たとえば相手の弱みを握ってそれを利用するとか、そんなことは絶対に考えつかないことだった。
今までの私なら誰かの弱みを知ったって、それを利用しようなんて考えることもなかったはずだ。
ただ見て見ぬふりをして、できるだけ波風の立たない生活を維持していただろう。
それが、今は違う。
今までしてこなかったことをしているんだから、それは自信として捉えていいはずだ。
私は真面目に授業を聞いている正広へ視線を向ける。
この胸の高鳴りはどうしたって消えるものじゃないと思う。
たとえ断られたとしても、気持ちを伝えるまでは。
私はゴクリと唾を飲みこんで、黒板へ視線を戻したのだった。
☆☆☆
教室内でうっとおしい存在だった留伊はいなくなった。
涼香もこの調子でいけばいないも同然。
優も、一番の腰巾着である涼香を遠ざけている間は大人なしいはずだ。
優の取り巻きたちが涼香のような存在になる可能性はあるけれど、そうなったらまた不穏ラジオを聞いてなにか対策を考えればいい。
考えながら昇降口へ向かう。
色々と思案していたから教室から出るのがすっかり遅くなってしまい、クラスメートたちはみんな部活へ行ったり先に帰宅したりしている。
昇降口には誰の姿もなく、1人で上履きに履き替える。
「こんな時間に帰るなんて珍しいね」
不意に後ろから話し掛けられて飛び上がりそうになった。
もうほとんど誰も残っていないと思っていたし、学校内で私に話し掛けてくる生徒は滅多にいない。
その2重の意味で驚いたのだ。
振り向くとそこには正広が立っていた。
正広は穏やかな表情で微笑みかけてくる。
私は突然話し掛けられたことにも、相手が正広だったことにも驚いて返事をすることを忘れて立ちすくむ。
「どうかした?」
正広が首を傾げて怪訝そうな表情になった。
「う、ううん。別に、なんでもない」
慌てて左右に首を振る。
まさかこんなところで好きな人と会話ができるなんて思っていなかった。
どういう会話をすればいいのかわからなくて、言葉が続かない。
ただ、体温が急上昇していくことだけは自分でもハッキリと感じ取っていた。
「今日は帰りが遅いんだね?」
「う、うん。ちょっと考え事してたら遅くなっちゃって」
たどたどしく返事をしながら自分の足元へ視線を落とす。
真っ直ぐに正広の顔を見ることができない。
「なにか悩み?」
「そ、そういうんじゃないけど……」
まさか本人へ向けて恋愛相談するわけにもいかなくて、言葉を濁す。
「そっか、俺は委員会で残ってたんだ。毎週毎週、色々あって大変だよ」
「そ、そうなんだ」
あれ?
どうしてこんな風に普通に会話できてるんだろう。
正広の話を聞いて相槌を打っている自分が急に不思議なものに感じられた。
クラスメートたちはできるだけ私から遠ざかり、会話しなようにしている。
だけど正広はそんなこと意に介していなかったのかもしれない。
今まで会話してこなかったのは、単にそのタイミングがなかっただけなのかも。
「じゃ、そろそろ帰るね」
しばらく立ち話をした後、正広が手を振って「ばいばい」と声をかけてくる。
私も同じように右手をあげて「ばいばい」と言って、正広の後ろ姿を見送る。
昇降口を出た正広の後ろ姿はどんどん小さくなっていく。
明日になってもきっと正広は今みたいに私に話し掛けてくれるだろう。
でも、今ほど丁寧に長い時間会話するかどうかはわからない。
教室内にいれば他の友人もいるし、あまり目が合うこともないのだから。
そう考えると、体が自然と動いていた。
正広に追いつこうと早足になる。
こんチャンスはきっともう二度と訪れることはないだろう。
私みたいに自身で目立たない生徒を正広が気にかけてくれるなんて、気まぐれに決まってる。
「待って!」
早足に追いかけてようやく呼び止めたのは校門を出る寸前だった。
正広は足を止めて驚いた表情で振り向く。
「どうかしたの?」
「あ、あの……」
勢いで呼び止めたものの、告白をした経験はない。
いつも好きな気持が相手にバレた瞬間、嫌な顔をしてフラれていたからだ。
それは単なる勘違いのときも合ったかもしれない。
だけど私はそれ以上深入りすることをやめて、自分から遠ざかってきた。
自分なんかが相手にされるわけがないと、はなから諦めていたと言ってもいいかもしれない。
「実は、ちょっと話があって」
私は今までの自分を振り払うように正広の顔を見つめる。
まっすぐ、そらさずに。
正広は嫌そうな表情は見せずにただ首を傾げていた。
今回は逃げない。
もう、暗い学生生活に終止符を打つんだ。
「話って?」
「あの……実は……」
周囲に生徒たちの姿はない。
遠く離れたグラウンドから体育会系の生徒たちの声が聞こえてくるだけだ。
風が強く吹いて私の前髪を揺らした。
「実は私っ。ずっと正広くんのことが好きでした。付き合ってください!」
少したどたどしかったかもしれないけれど、一気に伝えることができた。
呼吸を止めて正広の様子を伺う。
正広は驚いたように目を丸くしていた。
その様子じゃ私の気持ちには全然気がついていなかったみたいだ。
「驚いたな……」
そう呟いて頭をかいている。
私は緊張から何度も唾を飲み込んで正広の返事を待った。
正広の顔は少しだけ赤らんでいる。
「正直びっくりしたよ、大人しい麻衣子ちゃんが、俺のことそんな風に思ってるなんて知らなかったから」
「め、迷惑かな?」
「迷惑なんてことないよ。でも、ただ……」
正広の視線が泳ぐ。
言いにくそうに表情を歪める。
その瞬間私は理解してしまった。
あぁ。今回もダメだったんだと。
「好きな子がいるんだ」
正広がそう言うと一瞬で頬が赤く染まった。
その顔は、私が正広を思っているときと全く同じ顔だ。
「だから、その……」
「……わかった。呼び止めてごめんね」
目の奥がジンッと熱くなるのを感じて私は早口でそう言い、正広の隣を通り過ぎてあるき出した。
このままずっと一緒にいると、絶対に泣いてしまうと思ったから。
大股に歩いて胸の痛みをごまかすことしか、今の私にはできない。
正広には好きな子がいる。
相手は誰なのか気になる前に、そんな情報くらい仕入れていなかった自分に腹がたった。
勝手に好きになって勝手に告白したくせに、相手のことをなにも知らなかったのだから。
私は今にもこぼれてしまいそうな涙を押し込めて帰路を歩いだのだった。
☆☆☆
外を歩いている間はどうにか我慢していたけれど、家に帰ってからはもう無理だった。
リビングにいる母親に顔を見せることもなく、そのまま自室へ向かう。
バタンッと少し乱暴にドアを閉めてそのままベッドに突っ伏した。
枕に顔をうずめてこぼれ落ちてくる涙をそのままにする。
失恋してここまで泣いたことは初めてかもしれない。
いつも人を好きになる度にどこかで諦めてきたから、ショックはそれほど大きくなかった。
少し食欲が落ちるくらいで、後は普通のフリをして過ごすことができていた。
でも今回は違う。
諦めることもなく、ちゃんと自分から告白をしてそしてフラれたのだ。
それが自分にとってどれだけ大きな衝撃となるか、想像できていなかった。
特に最近では不穏ラジオのおかげで自分の思う通りに事が運んでいただけあって、このマイナス要素が大きく感じられているのだ。
頭ではそう理解できていても、感情はついていかない。
悲しみが次から次へと湧き上がってきて、止めることができない。
ない多分だけスッキリしているはずなのに、泣いた分だけまた涙が出てきてしまう。
あぁそうか。
それが本当の失恋なのかもしれない。
胸が痛くて悲しくて、やり場がない感情が胸に渦巻いている。
この気持はしばらく消え去ることはなさそうだった。
☆☆☆
正広に失恋した日の夜はほとんど食事も取らず、お風呂もシャワーで済ませて自室にこもっていた。
なにをする気も起きない。
楽しいテレビを見る気分にもなれない。
すっかり沈み込んでいても、ベッドの中に入っているとあの音楽が聞こえてきた。
不穏ラジオの始まりを教えて軽快な音楽に思わず耳を塞ぐ。
やめて!
今日はそんなもの聞きたい気分じゃない!
必死に耳を塞いでみても、音は脳に直接届いているから遮断することはできない。
音楽が軽快だからこそ、余計に胸がざわついた。
このまま目を閉じて眠ってしまいたかったけえど、さすがにそれも難しそうだ。
不穏ラジオのおかげで人生が変わりつつあったけれど、こうして毎日強制的に聞かされることには辟易した気分になってしまう。
失恋したときくらい、そっとしておいてよ。
心の中で毒づいてみてもラジオは止まらない。
やがていつもの男性DJの声が聞こえ始めた。
【みなさまこんばんは! 今日もやってきました不穏ラジオのお時間です!】
相変わらずのテンションだ。
その声を聞いてふと、正広にだってなにかひとつくらい欠点があるんじゃないかと思えてきた。
その不穏要素を知ることができれば、小高先生と同様に自分の言いなりにすることができるんじゃないか?
相手を脅して付き合っても、それは本当に自分のことを好きになってもらったことにはならない。
わかっているけれど、期待してしまう。
今日の不穏ラジオの内容は正広でありますようにと。
もしも正広の不穏要素を知ることができれば、また私の人生は変わるかもしれないんだ。
今度こそ、バラ色の学生生活を送るために。
しかし、DJが口にした名前は最も興味の薄い生徒の名前だった。
【今日も大谷高校2年A組から! 樋口風翔くんの話をしようか!】
その名前が出た瞬間私は嘆息する。
教室内で私と同じように目立たず、ただジッと机に座っているだけの風翔の姿を思い出す。
なにを考えているのかわからない気味の悪さはあるものの、風翔が驚異だと感じることはなかった。
ただ根暗で、そのためクラスから浮いている存在だ。
そんな風翔の不穏要素を知ったところで、別に面白くもなんともない。
もっと使えるものを話してよ!
心の中でDJへ向けて文句をつけるけれど、もちろんこちらの気持ちが相手に通じるわけではない。
【風翔くんと言えば学校内ではとても大人しくて、目立たない真面目な生徒ですよねぇ? でもでもなんと! 彼の不穏要素はなかなかひどいものなんです!】
DJが期待させるように声色を高くしていく。
気がつけば私もその話術にはまって聞き入ってしまっていた。
【最近地域ニュースで話題になっている鳥殺しのこと、みなさん知ってますかぁ?】
その言葉に私はハッと息を飲んだ。
鳥殺しについてはここ最近毎日のようにニュース番組で報道されている。
それを見て両親が嫌そうな顔をしていたことを思い出した。
確か、今朝のニュースでもまた被害があったことを伝えていたはずだ。
その件数は日に日に増加して行っていて、数日に1件ほどだったのが毎日になっているという。
それでも犯人が捕まらないので、報道を見た他の人達が真似をしているのではないかと言われ始めていた。
いわゆる、模倣犯というやつだ。
その鳥殺しの最初の犯人が、風翔だと言うのだろうか。
【最近では風翔くん以外でも真似している犯人がいると言われているみたいだけど、実はあれぜ~んぶ、風翔くんの仕業だったんです! いやぁ、あの大人しい彼が鳥殺しの犯人だなんて誰も思いませんよねぇ。怖い怖い!】
私はDJの声にギョッと目を見開く。
模倣犯はいなくて、全部風翔の仕業?
ということは、風翔は毎日鳥を殺しているということになる。
その事実に失恋の胸の痛みを忘れ去っていた。
あまりにも驚きの事実だ。
学校にいるときの風翔を思い出してみても、とてもそんな様子には見えない。
いつもどおり授業を受けている姿しか見たことがない。
その裏では鳥を殺していたなんて、まだ信じられなかった。
私はゴクリと唾を飲み込んだ。
【今のところ鳥殺しで済んでいますが、これから先エスカレートする可能性は十分にあります! みなさん、気をつけて!】
そこで不穏ラジオは終わってしまった。
脳内に響く声が消えて静かになったものの、私の心臓はまだバクバクと早鐘を打っている。
これが本当のことだとしたら、大変な事実を知ってしまったことになる。
留伊のイジメなんて、まだ可愛い方だ。
学校にバレれば、風翔はまちがいなく退学処分になるだろう。
思わぬ収穫のあったラジオに私はしばらく眠れそうになかったのだった。
午後の授業を受けながら私はぼんやりと考えを巡らせる。
みんな相手から告白されたり、自分から告白して付き合い始めていることは理解しているけれど、その詳しい内容を知るすべがなかった。
告白するきっかけは?
告白したときの内容は?
相手の反応は?
誰かに聞きたいけれど、聞けるほど親しい人がいない。
お手本となる人がいないのは、これほど難解なことなんだ。
みんなは当たり前のように友だちを作って、恋愛話にも花を咲かせている。
そういうことをしてこなかった私はやっぱり、異質な存在なのかもしれないと再確認させられる。
みんなができていることが、自分だけはできない。
そんな気持ちだ。
私は授業内容をろくに聞かずに親指の爪を噛んだ。
今更こんなことで悩んでも仕方がない。
友人を作って恋愛相談をするよりも、当たって砕けるほうがよっぽど手っ取り早いじゃないか。
そこまで考えて自分がフラれる前提で想像していることに気が付き、嘆息した。
恋愛はいつも片思いで終わってきたから、ついネガティブな考え方になってしまう。
そんな風に考えているからこそ、実らないかもしれないのに。
私は居住まいを正して考え直した。
最近の私は調子がいい。
それもこれも不穏ラジオのおかげだけれど、きっと私自身にも変化があったはずだ。
たとえば相手の弱みを握ってそれを利用するとか、そんなことは絶対に考えつかないことだった。
今までの私なら誰かの弱みを知ったって、それを利用しようなんて考えることもなかったはずだ。
ただ見て見ぬふりをして、できるだけ波風の立たない生活を維持していただろう。
それが、今は違う。
今までしてこなかったことをしているんだから、それは自信として捉えていいはずだ。
私は真面目に授業を聞いている正広へ視線を向ける。
この胸の高鳴りはどうしたって消えるものじゃないと思う。
たとえ断られたとしても、気持ちを伝えるまでは。
私はゴクリと唾を飲みこんで、黒板へ視線を戻したのだった。
☆☆☆
教室内でうっとおしい存在だった留伊はいなくなった。
涼香もこの調子でいけばいないも同然。
優も、一番の腰巾着である涼香を遠ざけている間は大人なしいはずだ。
優の取り巻きたちが涼香のような存在になる可能性はあるけれど、そうなったらまた不穏ラジオを聞いてなにか対策を考えればいい。
考えながら昇降口へ向かう。
色々と思案していたから教室から出るのがすっかり遅くなってしまい、クラスメートたちはみんな部活へ行ったり先に帰宅したりしている。
昇降口には誰の姿もなく、1人で上履きに履き替える。
「こんな時間に帰るなんて珍しいね」
不意に後ろから話し掛けられて飛び上がりそうになった。
もうほとんど誰も残っていないと思っていたし、学校内で私に話し掛けてくる生徒は滅多にいない。
その2重の意味で驚いたのだ。
振り向くとそこには正広が立っていた。
正広は穏やかな表情で微笑みかけてくる。
私は突然話し掛けられたことにも、相手が正広だったことにも驚いて返事をすることを忘れて立ちすくむ。
「どうかした?」
正広が首を傾げて怪訝そうな表情になった。
「う、ううん。別に、なんでもない」
慌てて左右に首を振る。
まさかこんなところで好きな人と会話ができるなんて思っていなかった。
どういう会話をすればいいのかわからなくて、言葉が続かない。
ただ、体温が急上昇していくことだけは自分でもハッキリと感じ取っていた。
「今日は帰りが遅いんだね?」
「う、うん。ちょっと考え事してたら遅くなっちゃって」
たどたどしく返事をしながら自分の足元へ視線を落とす。
真っ直ぐに正広の顔を見ることができない。
「なにか悩み?」
「そ、そういうんじゃないけど……」
まさか本人へ向けて恋愛相談するわけにもいかなくて、言葉を濁す。
「そっか、俺は委員会で残ってたんだ。毎週毎週、色々あって大変だよ」
「そ、そうなんだ」
あれ?
どうしてこんな風に普通に会話できてるんだろう。
正広の話を聞いて相槌を打っている自分が急に不思議なものに感じられた。
クラスメートたちはできるだけ私から遠ざかり、会話しなようにしている。
だけど正広はそんなこと意に介していなかったのかもしれない。
今まで会話してこなかったのは、単にそのタイミングがなかっただけなのかも。
「じゃ、そろそろ帰るね」
しばらく立ち話をした後、正広が手を振って「ばいばい」と声をかけてくる。
私も同じように右手をあげて「ばいばい」と言って、正広の後ろ姿を見送る。
昇降口を出た正広の後ろ姿はどんどん小さくなっていく。
明日になってもきっと正広は今みたいに私に話し掛けてくれるだろう。
でも、今ほど丁寧に長い時間会話するかどうかはわからない。
教室内にいれば他の友人もいるし、あまり目が合うこともないのだから。
そう考えると、体が自然と動いていた。
正広に追いつこうと早足になる。
こんチャンスはきっともう二度と訪れることはないだろう。
私みたいに自身で目立たない生徒を正広が気にかけてくれるなんて、気まぐれに決まってる。
「待って!」
早足に追いかけてようやく呼び止めたのは校門を出る寸前だった。
正広は足を止めて驚いた表情で振り向く。
「どうかしたの?」
「あ、あの……」
勢いで呼び止めたものの、告白をした経験はない。
いつも好きな気持が相手にバレた瞬間、嫌な顔をしてフラれていたからだ。
それは単なる勘違いのときも合ったかもしれない。
だけど私はそれ以上深入りすることをやめて、自分から遠ざかってきた。
自分なんかが相手にされるわけがないと、はなから諦めていたと言ってもいいかもしれない。
「実は、ちょっと話があって」
私は今までの自分を振り払うように正広の顔を見つめる。
まっすぐ、そらさずに。
正広は嫌そうな表情は見せずにただ首を傾げていた。
今回は逃げない。
もう、暗い学生生活に終止符を打つんだ。
「話って?」
「あの……実は……」
周囲に生徒たちの姿はない。
遠く離れたグラウンドから体育会系の生徒たちの声が聞こえてくるだけだ。
風が強く吹いて私の前髪を揺らした。
「実は私っ。ずっと正広くんのことが好きでした。付き合ってください!」
少したどたどしかったかもしれないけれど、一気に伝えることができた。
呼吸を止めて正広の様子を伺う。
正広は驚いたように目を丸くしていた。
その様子じゃ私の気持ちには全然気がついていなかったみたいだ。
「驚いたな……」
そう呟いて頭をかいている。
私は緊張から何度も唾を飲み込んで正広の返事を待った。
正広の顔は少しだけ赤らんでいる。
「正直びっくりしたよ、大人しい麻衣子ちゃんが、俺のことそんな風に思ってるなんて知らなかったから」
「め、迷惑かな?」
「迷惑なんてことないよ。でも、ただ……」
正広の視線が泳ぐ。
言いにくそうに表情を歪める。
その瞬間私は理解してしまった。
あぁ。今回もダメだったんだと。
「好きな子がいるんだ」
正広がそう言うと一瞬で頬が赤く染まった。
その顔は、私が正広を思っているときと全く同じ顔だ。
「だから、その……」
「……わかった。呼び止めてごめんね」
目の奥がジンッと熱くなるのを感じて私は早口でそう言い、正広の隣を通り過ぎてあるき出した。
このままずっと一緒にいると、絶対に泣いてしまうと思ったから。
大股に歩いて胸の痛みをごまかすことしか、今の私にはできない。
正広には好きな子がいる。
相手は誰なのか気になる前に、そんな情報くらい仕入れていなかった自分に腹がたった。
勝手に好きになって勝手に告白したくせに、相手のことをなにも知らなかったのだから。
私は今にもこぼれてしまいそうな涙を押し込めて帰路を歩いだのだった。
☆☆☆
外を歩いている間はどうにか我慢していたけれど、家に帰ってからはもう無理だった。
リビングにいる母親に顔を見せることもなく、そのまま自室へ向かう。
バタンッと少し乱暴にドアを閉めてそのままベッドに突っ伏した。
枕に顔をうずめてこぼれ落ちてくる涙をそのままにする。
失恋してここまで泣いたことは初めてかもしれない。
いつも人を好きになる度にどこかで諦めてきたから、ショックはそれほど大きくなかった。
少し食欲が落ちるくらいで、後は普通のフリをして過ごすことができていた。
でも今回は違う。
諦めることもなく、ちゃんと自分から告白をしてそしてフラれたのだ。
それが自分にとってどれだけ大きな衝撃となるか、想像できていなかった。
特に最近では不穏ラジオのおかげで自分の思う通りに事が運んでいただけあって、このマイナス要素が大きく感じられているのだ。
頭ではそう理解できていても、感情はついていかない。
悲しみが次から次へと湧き上がってきて、止めることができない。
ない多分だけスッキリしているはずなのに、泣いた分だけまた涙が出てきてしまう。
あぁそうか。
それが本当の失恋なのかもしれない。
胸が痛くて悲しくて、やり場がない感情が胸に渦巻いている。
この気持はしばらく消え去ることはなさそうだった。
☆☆☆
正広に失恋した日の夜はほとんど食事も取らず、お風呂もシャワーで済ませて自室にこもっていた。
なにをする気も起きない。
楽しいテレビを見る気分にもなれない。
すっかり沈み込んでいても、ベッドの中に入っているとあの音楽が聞こえてきた。
不穏ラジオの始まりを教えて軽快な音楽に思わず耳を塞ぐ。
やめて!
今日はそんなもの聞きたい気分じゃない!
必死に耳を塞いでみても、音は脳に直接届いているから遮断することはできない。
音楽が軽快だからこそ、余計に胸がざわついた。
このまま目を閉じて眠ってしまいたかったけえど、さすがにそれも難しそうだ。
不穏ラジオのおかげで人生が変わりつつあったけれど、こうして毎日強制的に聞かされることには辟易した気分になってしまう。
失恋したときくらい、そっとしておいてよ。
心の中で毒づいてみてもラジオは止まらない。
やがていつもの男性DJの声が聞こえ始めた。
【みなさまこんばんは! 今日もやってきました不穏ラジオのお時間です!】
相変わらずのテンションだ。
その声を聞いてふと、正広にだってなにかひとつくらい欠点があるんじゃないかと思えてきた。
その不穏要素を知ることができれば、小高先生と同様に自分の言いなりにすることができるんじゃないか?
相手を脅して付き合っても、それは本当に自分のことを好きになってもらったことにはならない。
わかっているけれど、期待してしまう。
今日の不穏ラジオの内容は正広でありますようにと。
もしも正広の不穏要素を知ることができれば、また私の人生は変わるかもしれないんだ。
今度こそ、バラ色の学生生活を送るために。
しかし、DJが口にした名前は最も興味の薄い生徒の名前だった。
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その名前が出た瞬間私は嘆息する。
教室内で私と同じように目立たず、ただジッと机に座っているだけの風翔の姿を思い出す。
なにを考えているのかわからない気味の悪さはあるものの、風翔が驚異だと感じることはなかった。
ただ根暗で、そのためクラスから浮いている存在だ。
そんな風翔の不穏要素を知ったところで、別に面白くもなんともない。
もっと使えるものを話してよ!
心の中でDJへ向けて文句をつけるけれど、もちろんこちらの気持ちが相手に通じるわけではない。
【風翔くんと言えば学校内ではとても大人しくて、目立たない真面目な生徒ですよねぇ? でもでもなんと! 彼の不穏要素はなかなかひどいものなんです!】
DJが期待させるように声色を高くしていく。
気がつけば私もその話術にはまって聞き入ってしまっていた。
【最近地域ニュースで話題になっている鳥殺しのこと、みなさん知ってますかぁ?】
その言葉に私はハッと息を飲んだ。
鳥殺しについてはここ最近毎日のようにニュース番組で報道されている。
それを見て両親が嫌そうな顔をしていたことを思い出した。
確か、今朝のニュースでもまた被害があったことを伝えていたはずだ。
その件数は日に日に増加して行っていて、数日に1件ほどだったのが毎日になっているという。
それでも犯人が捕まらないので、報道を見た他の人達が真似をしているのではないかと言われ始めていた。
いわゆる、模倣犯というやつだ。
その鳥殺しの最初の犯人が、風翔だと言うのだろうか。
【最近では風翔くん以外でも真似している犯人がいると言われているみたいだけど、実はあれぜ~んぶ、風翔くんの仕業だったんです! いやぁ、あの大人しい彼が鳥殺しの犯人だなんて誰も思いませんよねぇ。怖い怖い!】
私はDJの声にギョッと目を見開く。
模倣犯はいなくて、全部風翔の仕業?
ということは、風翔は毎日鳥を殺しているということになる。
その事実に失恋の胸の痛みを忘れ去っていた。
あまりにも驚きの事実だ。
学校にいるときの風翔を思い出してみても、とてもそんな様子には見えない。
いつもどおり授業を受けている姿しか見たことがない。
その裏では鳥を殺していたなんて、まだ信じられなかった。
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【今のところ鳥殺しで済んでいますが、これから先エスカレートする可能性は十分にあります! みなさん、気をつけて!】
そこで不穏ラジオは終わってしまった。
脳内に響く声が消えて静かになったものの、私の心臓はまだバクバクと早鐘を打っている。
これが本当のことだとしたら、大変な事実を知ってしまったことになる。
留伊のイジメなんて、まだ可愛い方だ。
学校にバレれば、風翔はまちがいなく退学処分になるだろう。
思わぬ収穫のあったラジオに私はしばらく眠れそうになかったのだった。
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