友梨奈さまの言う通り

西羽咲 花月

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万引する

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購買は1階の廊下の奥にあった。

小さな購買にはちょっとした食べ物と、ノートや鉛筆などの筆記用具が揃っている。

パンはいつも長テーブルの上に並べられていて、一律150円で購入することができた。

まだ給食を食べ始めたばかりの時間のため、生徒の姿は少なかった。
それでも男子生徒が5人ほどパンを選んでいる。

給食だけでは足りないから、早めに好きなパンを購入しているんだろう。
「そうだ。パンの種類を聞いて置かなきゃ」

早希が途中で立ち止まり、思い出したように呟いた。

今朝はジュースの種類がわからずに怒られてしまったから、二度同じ失敗をしないようにしているのがわかった。

だけど、そこにあるのは恐怖心だった。
友梨奈の機嫌を損ねればどうなるかわからない。

だから同じ失敗はできない。


そんな苦しい心情が隠されている。
友梨奈からの返事はすぐに来た。

「ウインナーパンだって」
購買で打っているパンの中でも一番人気の惣菜パンだ。

すぐに売り切れてしまうから、早めに来て正解だった。

パン売り場へ近づいていくとまだまだ残っていて、すぐにウインナーパンを手に取ることができた。

だけど問題はここからだった。
友梨奈はこれを万引きするように命令してきたのだ。

ただ購入しただけじゃダメなのだ。
早希はチラリと廊下の奥へ視線を送った。

そこでは詩乃と直斗が自分を見張っているから、万引きしてきたと嘘をつくこともできない。

だけど周りには男子生徒たちも購買のおばちゃんもいる。


そう簡単に盗むことなんてでいなくて、早希の心臓はドクドクと早鐘を打ちはじめた。
もし失敗したらと想像して、嫌な汗が背中を流れていく。

呼吸が乱れて、過呼吸になってしまいそうだ。
そんな先に気がついて絵里香が、早希の前に立って、パンを吟味し始めた。

「どれがいいかなぁ?」
とわざとらしく声を出して呟き、注目を浴びる。

それを見た早希は小さく息を飲んだ。
今ならパンを制服の中に隠すことができる。

早希は咄嗟に購買から後ろを向いた。
みんなに背中を向ける形になってパンをそっと制服の中に入れる。

その間にも絵里香はパンを選んでいて、「これにしよ!」とメロンパンを手に取ったりしていた。

「おばちゃんこれちょうだい」
後ろで絵里香がパンを購入しているスキに、早希はその場を後にしたのだった。


☆☆☆

「へぇ、ふたりで万引きしてきたんだ?」
屋上へ行くと友梨奈が教室から持ってきた椅子に座って待っていた。

万引きの一部始終を説明したのは詩乃と直斗だった。
「結構使えるかもしれませんよ」

詩乃がニヤニヤといやらしい笑みを早希と絵里香へ投げかけている。
絵里香はムッとして睨み返し、早希はうつむいた。

「そうだね。ひとりじゃできないことでも、ふたりにやってもらえればできるかもしれない」
友梨奈はそう言って受け取ったパンの袋を開ける。

ウインナーの香ばしい匂いが風にのってやってきたけれど、絵里香は少しも食欲を刺激されなかった。
「どうしてこんなことをさせるの」

悠々とお昼を食べ始めた友梨奈に絵里香は食いつくように質問した。


「どうして? これくらいのことしても当然でしょう? 私はこいつの人生を変えてやったんだから」

もうすでに最初に会った時の印象はなくなっていた。
今の友梨奈はまるで傍若無人なお姫様みたいだ。

「だけど、万引きは犯罪なんだよ!?」
「だから何? 病気で入院してたんじゃ犯罪者にだってなれないでしょう?」

友梨奈はクスクスと笑みを浮かべる。
詩乃と直斗も同じように笑う。

この人達にはきっと何を言っても通用しない。
心が動くようなことだってないのかもしれない。

絵里香は早希の腕を掴んで大股であるき出した。
これ以上同じ空間にいたくなかったし、用事があればどうせすぐにメッセージが届くはずだ。

友梨奈はふたりを呼び止めることなく、いつまでも笑い続けていたのだった。


☆☆☆

屋上から逃げるように校舎へ戻ったふたりはしばらく無言で階段を下りた。
そのまま教室へには行かずに購買へ向かう。

途中で振り向いて後方を確認したけれど、詩乃も直斗もついてきていなかった。
購買にはすでに生徒の姿はなくて、おばちゃんが商品の整頓をしていた。

「早希」
絵里香が促すと、早希が頷いておばちゃんに駆け寄っていく。

「ごめんなさい。さっき人が多くてお金を払わずに持って行っちゃったの」

ポケットから財布を取り出して150円を手渡すと、おばちゃんは温厚な笑顔を浮かべて早希の頭をなでた。

まるで子供にするようなことだったけれど、涙が溢れ出してくる。

「あらあら、ちゃんとお金を払ってくれたんだから泣く必要なんてないのにねぇ」
呆れ顔のおばちゃんの言葉に、早希はいつまでも泣き続けていたのだった。
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