6 / 10
万引する
しおりを挟む
購買は1階の廊下の奥にあった。
小さな購買にはちょっとした食べ物と、ノートや鉛筆などの筆記用具が揃っている。
パンはいつも長テーブルの上に並べられていて、一律150円で購入することができた。
まだ給食を食べ始めたばかりの時間のため、生徒の姿は少なかった。
それでも男子生徒が5人ほどパンを選んでいる。
給食だけでは足りないから、早めに好きなパンを購入しているんだろう。
「そうだ。パンの種類を聞いて置かなきゃ」
早希が途中で立ち止まり、思い出したように呟いた。
今朝はジュースの種類がわからずに怒られてしまったから、二度同じ失敗をしないようにしているのがわかった。
だけど、そこにあるのは恐怖心だった。
友梨奈の機嫌を損ねればどうなるかわからない。
だから同じ失敗はできない。
そんな苦しい心情が隠されている。
友梨奈からの返事はすぐに来た。
「ウインナーパンだって」
購買で打っているパンの中でも一番人気の惣菜パンだ。
すぐに売り切れてしまうから、早めに来て正解だった。
パン売り場へ近づいていくとまだまだ残っていて、すぐにウインナーパンを手に取ることができた。
だけど問題はここからだった。
友梨奈はこれを万引きするように命令してきたのだ。
ただ購入しただけじゃダメなのだ。
早希はチラリと廊下の奥へ視線を送った。
そこでは詩乃と直斗が自分を見張っているから、万引きしてきたと嘘をつくこともできない。
だけど周りには男子生徒たちも購買のおばちゃんもいる。
そう簡単に盗むことなんてでいなくて、早希の心臓はドクドクと早鐘を打ちはじめた。
もし失敗したらと想像して、嫌な汗が背中を流れていく。
呼吸が乱れて、過呼吸になってしまいそうだ。
そんな先に気がついて絵里香が、早希の前に立って、パンを吟味し始めた。
「どれがいいかなぁ?」
とわざとらしく声を出して呟き、注目を浴びる。
それを見た早希は小さく息を飲んだ。
今ならパンを制服の中に隠すことができる。
早希は咄嗟に購買から後ろを向いた。
みんなに背中を向ける形になってパンをそっと制服の中に入れる。
その間にも絵里香はパンを選んでいて、「これにしよ!」とメロンパンを手に取ったりしていた。
「おばちゃんこれちょうだい」
後ろで絵里香がパンを購入しているスキに、早希はその場を後にしたのだった。
☆☆☆
「へぇ、ふたりで万引きしてきたんだ?」
屋上へ行くと友梨奈が教室から持ってきた椅子に座って待っていた。
万引きの一部始終を説明したのは詩乃と直斗だった。
「結構使えるかもしれませんよ」
詩乃がニヤニヤといやらしい笑みを早希と絵里香へ投げかけている。
絵里香はムッとして睨み返し、早希はうつむいた。
「そうだね。ひとりじゃできないことでも、ふたりにやってもらえればできるかもしれない」
友梨奈はそう言って受け取ったパンの袋を開ける。
ウインナーの香ばしい匂いが風にのってやってきたけれど、絵里香は少しも食欲を刺激されなかった。
「どうしてこんなことをさせるの」
悠々とお昼を食べ始めた友梨奈に絵里香は食いつくように質問した。
「どうして? これくらいのことしても当然でしょう? 私はこいつの人生を変えてやったんだから」
もうすでに最初に会った時の印象はなくなっていた。
今の友梨奈はまるで傍若無人なお姫様みたいだ。
「だけど、万引きは犯罪なんだよ!?」
「だから何? 病気で入院してたんじゃ犯罪者にだってなれないでしょう?」
友梨奈はクスクスと笑みを浮かべる。
詩乃と直斗も同じように笑う。
この人達にはきっと何を言っても通用しない。
心が動くようなことだってないのかもしれない。
絵里香は早希の腕を掴んで大股であるき出した。
これ以上同じ空間にいたくなかったし、用事があればどうせすぐにメッセージが届くはずだ。
友梨奈はふたりを呼び止めることなく、いつまでも笑い続けていたのだった。
☆☆☆
屋上から逃げるように校舎へ戻ったふたりはしばらく無言で階段を下りた。
そのまま教室へには行かずに購買へ向かう。
途中で振り向いて後方を確認したけれど、詩乃も直斗もついてきていなかった。
購買にはすでに生徒の姿はなくて、おばちゃんが商品の整頓をしていた。
「早希」
絵里香が促すと、早希が頷いておばちゃんに駆け寄っていく。
「ごめんなさい。さっき人が多くてお金を払わずに持って行っちゃったの」
ポケットから財布を取り出して150円を手渡すと、おばちゃんは温厚な笑顔を浮かべて早希の頭をなでた。
まるで子供にするようなことだったけれど、涙が溢れ出してくる。
「あらあら、ちゃんとお金を払ってくれたんだから泣く必要なんてないのにねぇ」
呆れ顔のおばちゃんの言葉に、早希はいつまでも泣き続けていたのだった。
小さな購買にはちょっとした食べ物と、ノートや鉛筆などの筆記用具が揃っている。
パンはいつも長テーブルの上に並べられていて、一律150円で購入することができた。
まだ給食を食べ始めたばかりの時間のため、生徒の姿は少なかった。
それでも男子生徒が5人ほどパンを選んでいる。
給食だけでは足りないから、早めに好きなパンを購入しているんだろう。
「そうだ。パンの種類を聞いて置かなきゃ」
早希が途中で立ち止まり、思い出したように呟いた。
今朝はジュースの種類がわからずに怒られてしまったから、二度同じ失敗をしないようにしているのがわかった。
だけど、そこにあるのは恐怖心だった。
友梨奈の機嫌を損ねればどうなるかわからない。
だから同じ失敗はできない。
そんな苦しい心情が隠されている。
友梨奈からの返事はすぐに来た。
「ウインナーパンだって」
購買で打っているパンの中でも一番人気の惣菜パンだ。
すぐに売り切れてしまうから、早めに来て正解だった。
パン売り場へ近づいていくとまだまだ残っていて、すぐにウインナーパンを手に取ることができた。
だけど問題はここからだった。
友梨奈はこれを万引きするように命令してきたのだ。
ただ購入しただけじゃダメなのだ。
早希はチラリと廊下の奥へ視線を送った。
そこでは詩乃と直斗が自分を見張っているから、万引きしてきたと嘘をつくこともできない。
だけど周りには男子生徒たちも購買のおばちゃんもいる。
そう簡単に盗むことなんてでいなくて、早希の心臓はドクドクと早鐘を打ちはじめた。
もし失敗したらと想像して、嫌な汗が背中を流れていく。
呼吸が乱れて、過呼吸になってしまいそうだ。
そんな先に気がついて絵里香が、早希の前に立って、パンを吟味し始めた。
「どれがいいかなぁ?」
とわざとらしく声を出して呟き、注目を浴びる。
それを見た早希は小さく息を飲んだ。
今ならパンを制服の中に隠すことができる。
早希は咄嗟に購買から後ろを向いた。
みんなに背中を向ける形になってパンをそっと制服の中に入れる。
その間にも絵里香はパンを選んでいて、「これにしよ!」とメロンパンを手に取ったりしていた。
「おばちゃんこれちょうだい」
後ろで絵里香がパンを購入しているスキに、早希はその場を後にしたのだった。
☆☆☆
「へぇ、ふたりで万引きしてきたんだ?」
屋上へ行くと友梨奈が教室から持ってきた椅子に座って待っていた。
万引きの一部始終を説明したのは詩乃と直斗だった。
「結構使えるかもしれませんよ」
詩乃がニヤニヤといやらしい笑みを早希と絵里香へ投げかけている。
絵里香はムッとして睨み返し、早希はうつむいた。
「そうだね。ひとりじゃできないことでも、ふたりにやってもらえればできるかもしれない」
友梨奈はそう言って受け取ったパンの袋を開ける。
ウインナーの香ばしい匂いが風にのってやってきたけれど、絵里香は少しも食欲を刺激されなかった。
「どうしてこんなことをさせるの」
悠々とお昼を食べ始めた友梨奈に絵里香は食いつくように質問した。
「どうして? これくらいのことしても当然でしょう? 私はこいつの人生を変えてやったんだから」
もうすでに最初に会った時の印象はなくなっていた。
今の友梨奈はまるで傍若無人なお姫様みたいだ。
「だけど、万引きは犯罪なんだよ!?」
「だから何? 病気で入院してたんじゃ犯罪者にだってなれないでしょう?」
友梨奈はクスクスと笑みを浮かべる。
詩乃と直斗も同じように笑う。
この人達にはきっと何を言っても通用しない。
心が動くようなことだってないのかもしれない。
絵里香は早希の腕を掴んで大股であるき出した。
これ以上同じ空間にいたくなかったし、用事があればどうせすぐにメッセージが届くはずだ。
友梨奈はふたりを呼び止めることなく、いつまでも笑い続けていたのだった。
☆☆☆
屋上から逃げるように校舎へ戻ったふたりはしばらく無言で階段を下りた。
そのまま教室へには行かずに購買へ向かう。
途中で振り向いて後方を確認したけれど、詩乃も直斗もついてきていなかった。
購買にはすでに生徒の姿はなくて、おばちゃんが商品の整頓をしていた。
「早希」
絵里香が促すと、早希が頷いておばちゃんに駆け寄っていく。
「ごめんなさい。さっき人が多くてお金を払わずに持って行っちゃったの」
ポケットから財布を取り出して150円を手渡すと、おばちゃんは温厚な笑顔を浮かべて早希の頭をなでた。
まるで子供にするようなことだったけれど、涙が溢れ出してくる。
「あらあら、ちゃんとお金を払ってくれたんだから泣く必要なんてないのにねぇ」
呆れ顔のおばちゃんの言葉に、早希はいつまでも泣き続けていたのだった。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
守護霊のお仕事なんて出来ません!
柚月しずく
児童書・童話
事故に遭ってしまった未蘭が目が覚めると……そこは死後の世界だった。
死後の世界には「死亡予定者リスト」が存在するらしい。未蘭はリストに名前がなく「不法侵入者」と責められてしまう。
そんな未蘭を救ってくれたのは、白いスーツを着た少年。柊だった。
助けてもらいホッとしていた未蘭だったが、ある選択を迫られる。
・守護霊代行の仕事を手伝うか。
・死亡手続きを進められるか。
究極の選択を迫られた未蘭。
守護霊代行の仕事を引き受けることに。
人には視えない存在「守護霊代行」の任務を、なんとかこなしていたが……。
「視えないはずなのに、どうして私のことがわかるの?」
話しかけてくる男の子が現れて――⁉︎
ちょっと不思議で、信じられないような。だけど心温まるお話。
忠犬ハジッコ
SoftCareer
児童書・童話
もうすぐ天寿を全うするはずだった老犬ハジッコでしたが、飼い主である高校生・澄子の魂が、偶然出会った付喪神(つくもがみ)の「夜桜」に抜き去られてしまいます。
「夜桜」と戦い力尽きたハジッコの魂は、犬の転生神によって、抜け殻になってしまった澄子の身体に転生し、奪われた澄子の魂を取り戻すべく、仲間達の力を借りながら奮闘努力する……というお話です。
※今まで、オトナ向けの小説ばかり書いておりましたが、
今回は中学生位を読者対象と想定してチャレンジしてみました。
お楽しみいただければうれしいです。
ミズルチと〈竜骨の化石〉
珠邑ミト
児童書・童話
カイトは家族とバラバラに暮らしている〈音読みの一族〉という〈族《うから》〉の少年。彼の一族は、数多ある〈族〉から魂の〈音〉を「読み」、なんの〈族〉か「読みわける」。彼は飛びぬけて「読め」る少年だ。十歳のある日、その力でイトミミズの姿をしている〈族〉を見つけ保護する。ばあちゃんによると、その子は〈出世ミミズ族〉という〈族《うから》〉で、四年かけてミミズから蛇、竜、人と進化し〈竜の一族〉になるという。カイトはこの子にミズルチと名づけ育てることになり……。
一方、世間では怨墨《えんぼく》と呼ばれる、人の負の感情から生まれる墨の化物が活発化していた。これは人に憑りつき操る。これを浄化する墨狩《すみが》りという存在がある。
ミズルチを保護してから三年半後、ミズルチは竜になり、カイトとミズルチは怨墨に知人が憑りつかれたところに遭遇する。これを墨狩りだったばあちゃんと、担任の湯葉《ゆば》先生が狩るのを見て怨墨を知ることに。
カイトとミズルチのルーツをたどる冒険がはじまる。
悪魔さまの言うとおり~わたし、執事になります⁉︎~
橘花やよい
児童書・童話
女子中学生・リリイが、入学することになったのは、お嬢さま学校。でもそこは「悪魔」の学校で、「執事として入学してちょうだい」……って、どういうことなの⁉待ち構えるのは、きれいでいじわるな悪魔たち!
友情と魔法と、胸キュンもありの学園ファンタジー。
第2回きずな児童書大賞参加作です。
初恋の王子様
中小路かほ
児童書・童話
あたし、朝倉ほのかの好きな人――。
それは、優しくて王子様のような
学校一の人気者、渡優馬くん。
優馬くんは、あたしの初恋の王子様。
そんなとき、あたしの前に現れたのは、
いつもとは雰囲気の違う
無愛想で強引な……優馬くん!?
その正体とは、
優馬くんとは正反対の性格の双子の弟、
燈馬くん。
あたしは優馬くんのことが好きなのに、
なぜか燈馬くんが邪魔をしてくる。
――あたしの小指に結ばれた赤い糸。
それをたどった先にいる運命の人は、
優馬くん?…それとも燈馬くん?
既存の『お前、俺に惚れてんだろ?』をジュニア向けに改稿しました。
ストーリーもコンパクトになり、内容もマイルドになっています。
第2回きずな児童書大賞にて、
奨励賞を受賞しました♡!!
天空の魔女 リプルとペブル
やすいやくし
児童書・童話
天空の大陸に住むふたりの魔女が主人公の魔法冒険ファンタジー。
魔法が得意で好奇心おうせいだけど、とある秘密をかかえているリプルと、
基本ダメダメだけど、いざとなると、どたんばパワーをだすペブル。
平和だった魔女学園に闇の勢力が出没しはじめる。
王都からやってきたふたりの少年魔法士とともに、
王都をめざすことになったリプルとペブル。
きほんまったり&ときどきドキドキの魔女たちの冒険物語。
ふたりの魔女はこの大陸を救うことができるのか!?
表紙イラスト&さし絵も自分で描いています。

命令教室
西羽咲 花月
児童書・童話
強化合宿に参加したその施設では
入っていはいけない部屋
が存在していた
面白半分でそこに入ってしまった生徒たちに恐怖が降りかかる!
ホワイトボードに書かれた命令を実行しなければ
待ち受けるのは死!?
密室、デスゲーム、開幕!
ちょっとだけマーメイド~暴走する魔法の力~
ことは
児童書・童話
星野桜、小学6年生。わたしには、ちょっとだけマーメイドの血が流れている。
むかしむかし、人魚の娘が人間の男の人と結婚して、わたしはずっとずっと後に生まれた子孫の一人だ。
わたしの足は水に濡れるとうろこが生え、魚の尾に変化してしまう。
――わたし、絶対にみんなの前でプールに入ることなんてできない。もしそんなことをしたら、きっと友達はみんな、わたしから離れていく。
だけど、おぼれた麻衣ちゃんを助けるため、わたしはあの日プールに飛び込んだ。
全14話 完結
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる