友梨奈さまの言う通り

西羽咲 花月

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校舎裏

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放課後の校舎裏は人気がなくてとてもさみしい。
小さな花壇に点々と花が咲いているけれど、それもこころなしか元気がなさそうに見える。

そんな花壇のブロックに友梨奈は座って待っていた。
ふたりが近づいていくと立ち上がり、スカートのほこりを手ではらう。

友梨奈はカアたてにチョコレートの箱を持っていて、すでにいくつか食べた後のようだ。「友梨奈ちゃんこんにちは。チョコレート気に入ってくれた?」

早希の問いかけに友梨奈が微笑む。

「有名なお店のチョコレートだよね。私のためにわざわざ買いに行ってくれてありがとう。すごく美味しいよ」

その言葉に早希と絵里香は目を見交わせて微笑んだ。
どうやら気に入ってもらえたみたいだ。

「友梨奈ちゃん、本当にありがとう。ここまで体が自由に動くことなんて今までなかったよ」


「知ってる。肺炎って大変な病気だもんね。バスケで活躍できたんでしょう?」
そう聞かれて早希は照れ笑いを浮かべる。

「活躍ってほどじゃないよ」

「そんなことないよ。バスケの顧問の先生が教室に早希を見に来たくらいなんだから」

絵里香が大げさな身振り手振りで話して聞かせた。
友梨奈は何度も頷いてその話を耳を傾ける。

「そっか。バスケ部に入るの?」

「どうしようか、まだ悩んでるところ。調子が良くなったことも、まだ信じられないくらいだし」

もう少しこの体に慣れたなら、早希もやりたいことぉお実行に移し始めるはずだ。
「そう……でも、それはできないかも」

「え?」
友梨奈の言葉に早希が首をかしげたそのときだった。

友梨奈が持っていたチョコレートの箱を落としたのだ。
落ちた衝撃で箱が横倒しになってチョコレートが地面に散らばる。

咄嗟に拾おうと手を伸ばした絵里香の前で、その箱は踏みつけられていた。
グシャッ!

と嫌な音がして箱が潰れる。
絵里香は愕然として顔を上げた。

そこにはニヤついた笑みを浮かべる友梨奈が立っていた。
「たったこれだけの礼で足りると思った?」

低く、威嚇するような声。
振り向くと早希が口を半分開けた状態で硬直してしまっている。

絵里香はすぐに早希の横まで後ずさりをした。
友梨奈の表情は冷たく、さっきまでの笑顔は消えている。


踏みつけたチョコレートの箱をつま先で何度もぐりぐりと地面に押し付けている。
チョコレートも粉々に砕かれて、もう食べられる状態ではなかった。

「ゆ、友梨奈ちゃん?」
早希が怯えたように声を震わせる。

「そ、そのチョコレートが気に入らなかったなら、新しいものを買ってくるよ。ね?」

絵里香は咄嗟にそう言った。
さっき友梨奈は美味しいと言っていたけれど、ただのお世辞だったのかもしれない。

隣で早希は何度も頷いている。
せっかく健康的になったいたのに、今はその顔も真っ青だ。

「私はあんたの人生を変えてやったんだ。それなのに、本当にこれしか渡さないなんて。頭悪いの?」

友梨奈が早希に近づく。


早希は体が固まってしまったかのように、その場に棒立ちになっていた。
「ご、ごめんなさい……」

じゃあどうすればよかったんだろう。
時代劇みたいに、チョコレートと一緒にお金を入れておけばよかったんだろうか。

だけど中学生の私たちに大金を用意することはできない。

絵里香はそう反論したかったけれど、友梨奈の威圧的な雰囲気に負けてなにも言うことができなかった。

ただ、ジリジリと早希に近づいていく友梨奈を見つめることしかできない。
友梨奈は右手を伸ばして早希の手を握りしめた。

早希は友梨奈に触れられた瞬間ビクリと全身を震わせる。
「私は他人の病気を取り除くことができる。でも……」

そこで言葉を切った。
早希の手を両手で包み込むように握りしめたその直後だった。

突然早希が苦しげに咳き込み始めたのだ。


乾いた咳にヒューヒューと笛のように鳴る喉。
早希はその場に両膝をついて喉をかきむしる。

顔は青くなり、苦しげに口を大きく開けている。
「早希!?」

咄嗟に駆け寄って確認すると、昨日と同じような状態になっていることがわかった。

今日は薬を飲んでいない分、その様子は昨日よりもひどい。
「早希になにをしたの!?」

怒鳴って聞くと友梨奈が楽しげに笑い声を上げる。

「これが私の力。病気を取り除くこともできるけれど、その病気をもとに戻すこともできる!」

両手を空へ突き上げて宣言するように言う友梨奈に絵里香が目を見開いた。
「なにそれ、それじゃあ今早希の病気を元に戻したの!?」


「そうだよ。だってその子、1度こらしめてやらないと理解できないみたいだから」
友梨奈はまるでおもちゃを見るような目つきで早希を見つめた。

「早希のなにが気に入らなかったの チョコレートならちゃんと用意したじゃん!」
「それがダメなんだよ。本当に感謝してるなら、言われた通りのものを準備するだけじゃダメでしょう?」

「そんな……!」
そんなの卑怯だ。

それならそうと、最初から伝えてくれないとわかるわけがない。
早希は苦しそうに喉をかきむしる。

昨日よりも遥かに悪化しているのがわかった。
そんな早希に視線を追わせるように友梨奈が腰を落とした。

「もっと私の力が見たい? 今までにも何人もの病気を治してきた。だけどそれは私の体に蓄積されているだけ。それを他人に移動することだってできるんだよ?」


説明しながら早希の手をまた両手で握りしめた。
早希が大きく目を見開いたかと思うと、白目が白濁していく。

「ちょっと、なにしてるの!?」
「これは目が見えなくなった人の病気。どう? 真っ暗?」

途端に視界を奪われた早希はパニック状態に陥って両手足をばたつかせる。
「早希、落ち着いて!」

暴れる早希を止めようと手を伸ばせば、爪で引っかかれてしまった。
ジンッとした痛みが頬に走り、続いて血が溢れ出してくる。

「あははっ。どう? 私の力ってすごいでしょう?」
自慢する友梨奈を絵里香がキッと睨みつけた。

「早く早希をもとに戻して!」

どうしてこんなひどいことをするのかと罵倒したかったけれど、今はそれよりも早希を助けることが先決だ。


「助けてほしい?」
その質問は早希へ向けてされた。

まだパニック状態にある早希は呼吸の苦しさもあいまってその場でのたうち回っている。

返事なんてできるわけがない。
それでも友梨奈は静かに質問を繰り返す。

「ねぇ、助けてほしい?」
その声がどうにか届いたようで、早希が苦しみながら頷いた。

白濁した目からボロボロと涙が溢れ出している。
「それなら、治してあげる」

友梨奈が早希の手を両手で包み込む。
「その代わり……これからずっと、私の命令を聞き続けること」

友梨奈は早希の耳元でそう言い、早希から病を消し去ったのだった。


☆☆☆

私達はとんでもない人を相手にしてしまったのかもしれない。

地面に倒れ込んだまま大きく深呼吸をしている早希を見て、絵里香は背筋に冷たい汗が流れていくのを感じた。

早希の白濁した目はすっかり元に戻っているし、呼吸も乱れてはいない。
それでもショックで起き上がることができずにいた。

「それじゃさっそくだけど、紹介してあげる」
早希がどうにか立ち上がったのを確認して、友梨奈が言った。

一体なにを紹介するというんだろう。
そう思っていると、校舎裏にある倉庫の陰からふたりの生徒が顔を出した。

1人は男子、もう1人は女子生徒だ。
ふたりとも2年生であることは、胸元のネクタイとリボンの色でわかった。

異変を感じたのはそのふたりの手には木刀が持たれていたことだった。
絵里香は咄嗟に数歩後ずさりをして距離をとった。

「自己紹介して」
友梨奈に促されて女子生徒が前に出た。

「私は大月詩乃」
「俺は久保井直斗だ」

それぞれ名前を名乗っても、聞いたことのない名前だった。
「ふたりとも私が助けてあげたの」

「はい、友梨奈さまに助けてもらいました」
言ったのは直斗だ。

直斗は中学生にしては筋肉質な体で、背も高い。
高校生だと言っても通りそうだ。

そんな直斗が小柄な友梨奈を友梨奈さまと呼んでいる様子は異様だった。

「私は交通事故で足が動かなくなった。だけど友梨奈さまが動くようにしてくれた」

「俺は心臓が悪くて入学してから1度も学校に来られなかった。それを、友梨奈さまが足すけてくれた」


ふたりにとって友梨奈は神様同然ということのようだ。
絵里香が全身が寒くなるのを感じた。

友梨奈の力によってこのふたりは完全にコントロールされているように見える。

「わ……私はどうすすれば?」
早希が絵里香の腕にしがみつきながら、友梨奈へ聞いた。

「聞いてたでしょ。これからは私のことを『友梨奈さま』と呼びなさい」
それは命令で、拒絶できる雰囲気ではなかった。

友梨奈の隣には木刀を持った生徒ふたりが険しい表情で早希を見ている。
「ゆ……友梨奈さま」

カラカラに乾燥した喉で総発音すると吐き気がした。
「それじゃ連絡先を交換して」

友梨奈の指示で詩乃と直斗が同時に動いた。


ふたりは邪魔者の絵里香を突き飛ばし、早希から連絡先を聞き出している。
「ちょっと、勝手にそんなことしないでよ」

絵里香が横からなにを言っても誰も聞く耳を持ってくれない。
あっという間に連絡先が交換されてしまった。

「あんたも。友達を殺したくないなら、おとなしくしておいた方がいいよ」
直斗が冷たい声で絵里香へ向けてそう言ったのだった。


☆☆☆

校舎裏からどこをどう通ってここまで来たのかわからない。
気がつけばふたりは学校から近い公園のベンチに座っていた。

遊具がある場所では子供たちが遊んでいて、空はまだ明るい時間だ。
「どうしよう。私たちとんでもない相手に頼っちゃったのかもしれない」

早希はさっきから両手を握りしめて震えている。
絵里香はそんな早希の肩をそっと抱いた。

「大丈夫だよ、きっとどうにかなるから」
そう励まして見たところで、解決策はなにも浮かんではいなかった。

どうすればいいのか全くわからない。

妙な動きをすれば早希に病気を戻されてしまうだろうし、下手をすれば他の病気も移動されて本当に死んでしまうかもしれない。

絵里香は直斗が心臓の病気だったと言っていたのをちゃんと覚えていた。
それはもしかしたら、命に関わることだったのかもしれない。


「こんなことになるなら病気を治す女子生徒の噂なんて信じるんじゃなかった」
早希が頭を抱えてうめき声を上げる。

確かにそうだ。
都市伝説なんて曖昧なものにすがりついたから、こんなことになってしまった。

だけど、それ以外に早希が元気になる方法なんてあったのかな?
学校へ来てもすぐに早退して、何度も入院して、体育授業には出られなくて。

そんな毎日が続いていくだけだったんじゃないかな?
絵里香はそう考えて下唇を噛み締めた。

都市伝説でも、なんでも頼ってみたくなるような毎日だった。
大人だって神社とかで神頼みをしたりする。

それと同じことだったんじゃないのかな。
自分たちが悪いことをしてしまったとは、どうしても思えなかった。

友梨奈は弱い人間につけ込んで悪事を働いているだけだ。

「もう少し友梨奈について調べてみなきゃ」
震えている早希に向けて絵里香は励ますように言った。

これだけの悪事を働いているのだから、きっと情報は他にもあるはずだ。
たとえば中学校の裏SNSとか、そういう人目のつかないところを探してみればいい。

絵里香はすぐにスマホを取り出してお気に入りに入れているSNSを表示させた。
そこには学校に噂について様々なことが書かれている。

友梨奈についても書かれていたSNSだ。
「本人の名前で検索すればなにか出てくるかも」

試しに花咲友梨奈という名前で検索してみたけれど、結果はなにも出てこなかった。

ネームに書かれていたから本名で間違いないと思っていたけれど、もしかしたらあれは嘘なのかもしれない。

他にも沢山仲間がいると考えれば、ネームを作ってくれる人がいてもおかしくはない。

それから10分ほど友梨奈の本名で調べてみたけれど、やはり目ぼしい情報はなにも出てこなかった。


「あれだけのことをしてるのに、どうして誰もなにも書き込んでないんだろう」
早希が眉を寄せて考え込む。

ネットの世界ではあらゆる情報が溢れている。

それでもここまで情報が出てこないということは、友梨奈が目を光らせているからかもしれない。

都市伝説としての情報をはそのまま泳がせて置いて、自分にとって不利な情報は削除させる。

友梨奈ならそれくらいのことはしていそうだ。
「それなら私達がなにか書き込んでみようか」

絵里香が中学校の噂が書かれているSNSを表示させて言った。
「それって大丈夫なの?」


「捨てアカウントを作って投稿すれば大丈夫だと思う」
それでも早希は心配そうだ。

もしネット上で友梨奈の悪口を書いているのがバレたら、絵里香が病気を移されてしまう可能性だってあるんだ。

それを承知でやろうとしている。
さっそくアカウントを作って書き込んでいく。

『屋上の女子生徒は病気を治してくれる。その子は1年生の友梨奈という子。友梨奈は病気を治すだけじゃなく、病気を人に移動することもできる。それを使って悪事を働いている』

これで反応してくれる人がいればいいだけれど、絵里香が送信ボタンを押そうとしたときだった。
「これ見て」

自分スマホで調べ物をしていた早希が絵里香を止めた。


早希のスマホ画面には同じSNSが表示されていて、そこには『屋上の女子生徒は悪魔』とだけ書かれているのだ。

ふたりは息を飲んで顔を見合わせる。
これは間違いなく友梨奈のことを言っている。

そして友梨奈の悪事まで知っている人からの書き込みだった。
「この人に連絡を取ってみよう。自分たちがここに書き込むのは、それからでいいよ」

早希の言葉に絵里香は頷き、自分の書き込もうとしていた文章を一旦消した。
SNSに書き込んでいた人も捨てアカウントのようで、プロフィールにはなにも記載されていない。

男か女かもわからない相手に連絡を取るのは怖かったけれど、今は勇気を出すしかない。
早希が相手のダイレクトメールを開いた。

「どうしよう、なんてメールすればいいと思う?」
「屋上の女子生徒について詳しい話を聞きたい。とかでいいんじゃないかな?」


連絡を取るために早希のアカウントは相手にバレてしまうけれど、ほとんどSNSをつかていない早希は気にしていない様子だ。

それからすぐに相手にメールを送ることができた。
「返事が来ればいいけれど……」

早希は両手でスマホを握りしめて、祈るように呟いたのだった。
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