縁切りの神様と生贄婚 ~村のために自分から生贄に志願しましたが、溺愛がはじまりました~

西羽咲 花月

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石段を駆け下りた時太陽は傾き始めて村はオレンジ色に染まっていた。
その景色に足を止めてほうっとため息を吐き出す。

ほんのひとつきほど村から離れていただけなのに、やけに懐かしい気がして胸の奥がジクジクとうずいた。
薫子再びゆっくりと歩き出す。

勢いで飛び出してきたものの、これからどこへ行こうか。
頼る家はもうそれほど残されていない。

生贄になったはずの薫子が戻ってきたとなれば村人たちに余計な混乱を招くことにもなる。
人気のない場所でしばらく逡巡した後、薫子は意を決して歩き出した

なるべく顔を見られないように伏せて小走りで心当たりのある家へと向かう。
そこは田畑がよく見渡せる小さな一軒家だった。

薫子は周囲をうかがってから板戸を叩いた。
家の中から夕飯の準備の香りがしているから、中に家人がいるはずだ。

そう思ってしばらく待っていると、内側から木製の閂を外す音が聞こえてきた。


「はい」
引き戸が少し開いて顔を出したのは菊乃だ。

菊乃は寝間着姿の相手が薫子だとはすぐにわからなかったようで、怪訝そうな顔を浮かべる。
薫子が少しだけ顔をあげて見せると、すぐに息を飲む音が聞こえてきた。

「薫子!?」
思わず声が大きくなる菊乃に、薫子が「しっ」と人差し指を立てた。
菊乃は心得たように頷き、すぐに薫子を家に上げてくれた。

薫子は今年のはじめに両親をなくしているので、今はこの家でひとり暮らしだ。
土間では川魚が焼けている最中で、囲炉裏では米がクツクツと音を立てている。

懐かしい、村の香りにホッと胸をなでおろした。
「薫子、あなたどうしたの?」

囲炉裏の前へと促しながら菊乃が目を丸くして聞いてくる。
「神様と喧嘩をして出てきたの」

薫子は囲炉裏の前に両手をかざして温まりながら簡単に説明をした。


普通に嫁に行ったのであれば相手の家と折り合いが悪く追い出されたと言っても理解が早い。
けれど薫子は神様の生贄となった身だ。

いくら説明を受けても菊乃は驚くばかりだった。
「とにかく薫子が生きていてうれしい」

菊乃はそう言うと薫子の体を抱きしめた
薫子も菊乃を抱きしめ返す。

菊乃の懐かしい香りに表情が緩んだ。
「魚しかないけど食べるでしょう?」

「うん、ありがとう」
菊乃の好意をありがたく受け取りながら薫子は気になっていたことを質問した。

「千桜と冴子のふたりがどうしているか、知ってる?」
「千桜と冴子? あのふたりは急に村から出ていったのよ。なんの知らせもなく」


菊乃がしかめっ面をして言う。
同年代の菊乃にもなにも言わずに出ていってしまったようで、それがわだかまりになっているようだ。

「でも、ついこの前隣町まで買い物に行ったらそこでふたりを見かけたのよ」
「そうなの!?」

薫子は身を乗り出してそう聞いた。
ふたりは村から縁を切られても、さほど離れていない場所で暮らしていたのかもしれない。

「うん。今は隣村の団子屋で働いているみたい」
「よかった……」

村にいられなくなったふたりがその後どうしているのか、ずっと心配していたのだ。
切神さまの逆鱗にふれてふたりが、あの兄弟のように野垂れ死にでもしたらどうしようかと気が気ではなかった。

隣村の団子やといえば半日もあれば行って帰ることのできる距離だ。
今度ふたりの顔を見に行ってもいいかもしれない。

「それよりも、神様との結婚生活について教えてよ」
菊乃の目が輝く。

薫子は順を追って、神様と出会ったときのことから菊乃に説明をしたのだった。


☆☆☆

菊乃は薫子の話を興味津々で聞いてくれた。
時に驚き、時に頬を赤く染めて熱心に耳を傾ける。

さすがに甘い実のつく果物の話になったときには半信半疑な表情になったけれど、結局それも信じてくれた。
「なんだかすごい経験をしてるんだね」

夜も更けてふたりで寝床を準備して布団に潜り込み、それでも会話は尽きなかった。
薫子が寝返りを打ったとき、頭に違和感があって手を伸ばした。

そこには切神がくれたカンザシが差したままだった。
慌てて飛び出してきたから、カンザシを置いてくるのを忘れてしまったのだ。

「それ、とても綺麗ね」
囲炉裏の火で照らされたカンザシを見て菊乃が呟く。

「これも切神さまからの贈り物よ」
そう説明して枕元へカンザシを置いた。


切神の力を借りなくても自力で生き抜いて行こうと思っていたのに、なんだか出鼻をくじかれた気持ちになる。
「薫子の赤毛にすごくよく似合ってる」

菊乃がカンザシに手を伸ばし、うっとりとした表情で赤サンゴを見つめる。
その頃薫子は急な眠気に襲われていた。

切神と喧嘩をしてここまで逃げてきた疲れが一気に押し寄せてきたみたいだ。
薫子は眠気に抗うことができず、そのまま目を閉じたのだった。


☆☆☆

囲炉裏の火がなくなって寒さで薫子は目を覚ました。
外はまだ暗く、ちょうど朝の気温が下がる時間帯らしいとわかった。

薫子は布団を頭まで引き上げて、それがいつもよりぺったんこであることに気がついて再び顔を出した。
真っ暗な部屋の中、少しだけ開いた木製の跳ね上げ窓からは光も差し込んでこない。

「火はないの?」
声に出して聞いてから、ここが神社の屋敷ではないことを思い出した。

切神さまがいつも手のひらから出している火は、ここにはない。
あれも神域だからできることなんだろう。

それなら隣に菊乃が眠っているはずだと視線を向けてみると、せんべい布団はペッタンコだ。
手を伸ばしてみても菊乃の体に触れることがない。

廁だろうかと思って再び目を閉じたけれど、朝の寒さのせいでなかなか根付くことはできなさそうだ。


しばらく目を閉じていた薫子だけれど、途中で諦めて布団から上半身を起こした。
囲炉裏では少量の灰がくすぶっている。

暗闇をしばらく見つめていると目が慣れていて、土間に積んである小枝が目に入った。
菊乃はいないが、このままじゃ寒くて眠ることができない。

薫子は土間に降りて小枝を抱えると囲炉裏にくべた。
少し息を吹きかけてやると、すぐに火がついた。

パチパチと音を立てながら揺れる炎をみていると、切神が出した火をどうしても思い出してしまう。
ただの火のくせに勘定があるかのように動き回り、薫子に異変を知らせてきた。

あの火となら、もっと仲良くなれたのにと。
囲炉裏の前で暖を取っていると段々と眠気が蘇ってきた。
菊乃はまだ戻ってこない。

それでも薫子はその場に横になって目を閉じた。
布団に入らなければ熟睡することもないだろう。

そう思い、うつらうつらし始めたのだった。


☆☆☆

次に目を覚ましたとき、太陽はすでに昇っていた。
だけど菊乃の姿は見えない。

まさかなにかあったのではないかと家の奥を探してみたけれど、誰の気配も感じられなかった。
狭い家はそれほど探す場所もない。

外の小屋も探してしまえば、もう探し場所はなくなってしまった。
薫子は囲炉裏の前に座り込んで呆然と天井を見上げた。

なにか用事があって出かけたにしても、夜が明ける前に出るなんて物騒だ。
それこそ盗賊に攫われてしまう可能性だってある。

だとしたら菊乃はどこへ行ってしまったのか……。
1人でどうすることもできず、とにかく布団を上げた。

菊乃が戻ってくるまで家の掃除をしておこうと思ったのだけれど、その時に違和感を覚えて動きを止める。
「あれ、たしかここにカンザシを置いて寝たはずだけれど……」

昨日の寝る前の行動だから自分の勘違いかもしれないと思った。


だけど頭に手をやっても肝心のカンザシがない。
それに菊乃にカンザシについて質問された記憶もあった。

「うそ。どこへ行ったの」
あれは切神からもらったものだ。

もう逃げだしてきたと言ってもやはり大切な品物。
それをなくしたなんてとんでもない話だった。

薫子はいつの間にか必死になって部屋の中を探し回っていた。
布団の下。

囲炉裏の中。
薫子が触れていない土間の隅々まで。

だけどどこにもカンザシはなかった。
赤くてキラキラと光るキレイな赤サンゴ。

それを思い浮かべて薫子はその場にペッタリと座り込んでいた。
待てど暮らせど戻ってこない菊乃。


そしてなくなったカンザシ。
これらを照らし合わせて考えてみると、自ずと答えが出てきてしまう。

菊乃がカンザシを持って逃げた。
その考えを薫子は強く左右に首を振ってかき消した。

そんなことない。
菊乃がそんなことをするはずがない。

だけど蘇ってくるのは目を輝かせてカンザシを見つめる菊乃の顔ばかり。
親を失って生活に困窮していたんだろうか。

それで私の話を聞いて、カンザシくらいならと思って持っていってしまったんだろうか。
もしそうだとすれば、菊乃はもうこの家には戻ってこないだろう。

せっかく再開できたというのに、それはほんのひとときのことだったということだ。
薫子は囲炉裏の前に座り込んだまま動くことができなくなってしまった。

カンザシを盗まれたことよりも、菊乃に裏切られてしまったショックの方が大きい。

自分1人でこれからどう生きていけばいいかもわからない。
首尾よくこの村を抜け出すことができたとしても、自分に働き口があるだろうか。

そこまで考えて大きくため息を吐き出して両手で顔を覆った。
その指先が濡れて、自分でも気が付かないうちに泣いていたのだと気がついた。

「どうしてこんなことに……」
千桜と冴子にしてもそうだ。

元々貧しい村ではあるけれど、みんなそれなりに幸せな生活をしてきたはずだった。
それが、お金がからむとこんなにも変わってしまうものなのか。

そしてその破滅を引き起こしてしまったのは間違いなく自分なのだ。
切神の生贄になったことで生活が一変し、それをみんなが羨む形になったから。

「全部、私のせい」
手の奥から嗚咽が漏れた。

切神のところから逃げだしてきたけれど、自分に行き場などなかったのだ。


もう、村に戻る場所なんてない。
かといって切神さまが自分を許してくれるとは思えなかった。

自分で生贄に志願しておきながら、喧嘩をして逃げだしてきた自分なんて……。
情けなくて涙が止まらなくなる。

このまま1人でこの家でくちていくのもいいかもしれない。
その考えに至ったときだった。

不意に足音が近づいてきて薫子は顔を上げた。
涙のせいで視界が滲んでいるけれど、誰かが玄関の戸を開けようとしていることがわかって、立ち上がった。

菊乃かもしれない!
一縷の望みをかけて玄関戸に手をかける。

そして力を込めて引いたとき……眼の前に銀髪が揺れた。
わりと風になびいて揺れるそれは切神のもので間違いなかった。


これほどキレイな銀髪は、他には見たことがない。
薫子は目の前に立つ切神に驚き、絶句してしまった。

「薫子との縁を切りたくないときは、どうすればいい?」
「え?」

その質問に薫子はキョトンとした表情になる。
切神はじれったように顔を歪めて薫子を見下ろした。

「私は縁切りの神様だ。縁を結ぶことはできない」
何度も聞いた言葉を聞いてもピンとこなくて、薫子は首を傾げた。

「また、薫子から志願してくれ」
「私から?」

薫子は自分で自分を指差した。
でも、今度は切神が言わんとしていることがわかった気がする。

『戻ってきてくれ』とは言えない。
薫子から『戻りたい』と伝えるのだ。

それがわかった瞬間、また涙がこみ上げてきた。


情けなさや悲しさに混ざって嬉しさがたしかに存在している涙。
「切神さま、私友達に逃げられてしまいました」

「あぁ。知っている」
「全部、私が悪いんです」

言いながら、薫子は切神の体にすがりついた。
涙は次から次へと溢れてきて止まらない。

薫子にはもはや制御できなくなっていた。
「そんなことはない。私と一緒にいることで、縁切りと縁ができてしまったんだろう」

切神が優しく薫子を抱きしめる。
この縁だけは決して離したくない。

そう、伝えてくれているように感じられた。
「これからも縁切りの力のせいで薫子が傷つくことがあるかもしれない」

薫子は切神の胸の中で左右に首を振った。
千桜も冴子も菊乃さえもいなくなったこの村で、自分1人で生きていくなんて嫌だった。

飛び出したくせにと責められても仕方にものを、切神はやさしく受け入れてくれようとしている。
薫子は涙をぬぐって顔を上げた。

そして「切神さま、私ともう1度やり直してください」
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