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久しぶりの顔

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切神が先に言っていた通り、この果物を植えた翌日には他の食物たちがぐんぐん育っていた。
カブも大根もふっくらと太り、いい食べごろだ。

「これなら芋も育ててみたらいいかもしれませんね」
カゴ一杯にカブと大根を収穫した薫子が満足気に言う。

「薫子の好きにすればいい」
切神が縁側からそう声をかけたときだった。

石段を上がってくる足音が聞こえてきて薫子は視線を向けた。
庭からでは境内の様子がよく見えないが、二人分の足音であることがわかった。

また村人たちがお参りしに来たのだろう。
盗賊騒ぎが収まってからも、こうしてお参りにくる人は耐えない。

薫子が表に回って誰が来たのか確認してみると、そこには知った顔があって思わず「あっ」と声を上げていた。
お参りにやってきていたのは千桜と冴子のふたりだったのだ。

ふたりとも野良仕事の途中でやってきたようで、仕事用の着物が汚れている。
「薫子!?」
声に気がついて振り向いたのだ千桜だった。


千桜は薫子を見て大きく目を見開き、口をポカンとあけた。
隣にいる冴子も全く同じ反応を示している。

「ふたりとも、久しぶり」
薫子は嬉しくなってふたりへ駆け寄った。

ふたりの足元にはお供えの大根とカブが置かれていて、思わず笑ってしまった。
村でもちゃんと豊作のようで安心する。

「嘘でしょ薫子、無事だったの?」
ようやく言葉を発した千桜は上から下まで薫子の姿を確認した。

今は切神からもらった赤い着物を来ている。
外行き用の着物だとわかっていたけれど、どうしても袖を通したかったのだ。

「私は大丈夫よ。ふたりは元気だった?」
「え、えぇ元気よ」

冴子が答えてなぜか数歩後ずさりをした。
そして境内の様子を伺っている。

死んでいると思っていた薫子が突然姿を見せて驚いているのかもしれない。
「お供え物をありがとう。今日神様といただくことにするわ」


「か、神様?」
冴子の声が震える。

「ここは縁切りの神様の家だもの。今は神様とふたりで暮らしているの」
薫子の言葉に冴子と千桜は目を見交わせた。

神様を信じていると言っても、その存在を見たことはない。
薫子だって、生贄になって始めて切神の姿を見たのだ。

もしかしたら、ふたりは薫子の気がふれたと思っているかもしれない。
その証拠にふたりは徐々に薫子から離れて「じゃあ、また来るわね」と言うと、そそくさと石段を駆け下りていってしまったのだった。


☆☆☆

その日の夕飯は大根の味噌汁にカブの天ぷら。
それに焼いた秋刀魚に大根おろしを載せたものだった。

「これは薫子が育てたカブと大根か?」
「そうです。でも、ほとんどあの果物のお陰で育ったんです」

薫子は野菜が取れたことがよほど嬉しいようで、さっきから笑顔が耐えない。
「そうか。菜園に役立ったのならよかった」

味噌汁の中の大根は柔らかく、噛むと染み込んだ汁がジワリと溢れてくる。
カブの天ぷらもサクサクして美味しい。

「こっちの大根おろしは違う味がするな」
大根おろしで秋刀魚を食べた切神が言った。

「気が付きましたか? そっちの大根は今日のお供え物で作ったんです」
「そうか。今日も村人が来たんだな」

「はい。私の友達ふたりです」
薫子がずっと嬉しそうな顔をしているのは、どうやら菜園のせいだけではなかったみたいだ。

ひさしぶりに友人と会話したことで気持ちが浮ついているのがわかった。


「そのふたりは千桜と冴子か?」
「さすが神様。よくわかっていますね」

「薫子と同年代で、ふたり組ということでわかった」
切神はそう言いながらも少しだけ深刻そうな表情になった。

「どうしたんですか?」
なにか料理を失敗しただろうかと不安になる。

けれどすぐに切神は左右に首を振った。
「いや、なんでもない」

そう言いながらも切神はなにかを気にするように屋敷の表へと視線を向けたのだった。

☆☆☆

翌日も千桜と冴子がやってきた。
薫子が元気でいることを知り、1人では寂しいだろうと気にしてくれたのだ。

「ふたりともありがとう。また来てくれて嬉しい!」
境内でふたりの姿を認めた薫子はすぐさま駆け寄った。

「今日は薫子この好きなおまんじゅうを買ってきたのよ」
そう言う千桜の手には村では有名な和菓子の箱が持たれていた。

「いつも山菜ばかりじゃ神様にも悪いし」
冴子が続けて言う。

「ありがとう!」
このおまんじゅを食べるのも久しぶりのことだ。

薫子はすぐに本殿へ続く扉を開けていた。
「ふたりとも中へどうぞ。お茶を出すから」

「私達入っていいの?」
千桜が本殿の中を覗き込みながら聞いてくる。

薫子は笑顔で頷いた。


「もちろんよ。神様のこともふたりに紹介したいし」
薫子がそう言って本殿へ足を踏み入れたとき、どこからともなく切神が姿を見せた。

「わぁ!?」
「きゃっ!」

千桜と冴子のふたりが同時に腰をぬかして驚いている。
「切神さま、突然出てきたら驚きます」

薫子は切神へ向けてそう言い、ふたりに手を伸ばして立たせた。
「それは悪かったな」

切神はちっとも悪びれた顔をせずに冷たく言い放つ。
薫子が始めて切神に会った時も神出鬼没だったし、基本的にはそうなのかもしれない。

普段は薫子を驚かせないように人と同じように動いているのだけなのだ。
「か、神様?」

驚いた千桜が目を白黒させて切神を見つめている。
冴子の頬は赤く染まっていた。


「いかにも。私がここの神である」
切神は冷たい視線をふたりへ向けて冷たく言った。

薫子はどうして切神がふたりへ冷たくあたるのかわからず、手にしていたお土産を両手で持ち上げてみせた。
「切神さま。千桜と冴子のふたりがお土産を持ってきてくれました。さっそくお茶にしましょう」

「それなら私がいれてくる」
そう言って部屋を出ようとする切神を薫子が慌てて止めた。

「それは私の仕事です。切神さまは、千桜と冴子のふたりと話でもしていてください」
薫子はちらりとふたりへ視線を向けた。

ふたりは驚きの表情を浮かべたままだけれど、きっと切神とすぐに打ち解けてくれるだろう。
自分がそうだったように。

「それじゃ、ちょっと待っててね」
薫子は千桜と冴子へ向けて声をかけると、お茶をいれるために部屋を出たのだった。

☆☆☆

部屋を出た薫子はさっそくお茶の準備を始めた。
千桜と冴子も寒い本殿ではなく奥へ案内してあげたい気持ちがあったけれど、切神の手前勝手なことはできなかった。

「本殿に明かりくらい灯してくれたらいいのに……」
切神が用意してくれている火を使ってお湯を沸かしながら薫子は呟く。

今は昼間だから火はなくてもいいと考えたのかもしれない。
だけど薫子は切神の不思議な力をふたりにも見てもらいたいと思っていた。

特殊な火を使えばお湯はすぐに沸き始める。
やかんがシュンシュンと音を立て始めるまでに何分もかからなかった。

薫子はすぐに熱いお茶を入れておまんじゅうを菓子盆に乗せて本殿へと戻っていく。
本殿へと続く戸を開く前に中から人の声が聞こえてきて薫子は足を止めた。

切神はふたりとちゃんと打ち解けているだろうか。
そう思って耳を近づけてみる。

するとまずは冴子の声が聞こえてきた。


「まさか神様がこんなに素敵な人だったなんて」
「薫子が着ている着物も、神様が用意したんですか?」

あとから聞こえてきた声は千桜のものだ。
ふたりはくすくすと楽しそうな笑い声をあげている。

「神様の生贄になった薫子が可哀想と思っていたけれど、こんなに素敵な生活をしているなんて」
「そうよ。それなら私達が生贄の花嫁に名乗り出たのに」

「妻はひとりで十分だ」
切神の言葉に薫子の心臓がドクリと跳ねる。

ふたりへ向けてちゃんと妻と言ってくれたことが嬉しくて顔が熱くなるのを感じる。
これ以上の立ち聞きはよくない。

思い切って戸を開けたそのときだった。
薫子が目にしたのは信じられない光景だった。

千桜と冴子は着物の前を開け、太ももを顕にして切神にまとわりついていたのだ。
そのあまりの光景に言葉を失い、持っていたお盆を落としてしまう。

足元にお茶がこぼれても薫子はなんの反応もできなかった。


その音で千桜と冴子がこちらへ気がついて視線を向けてきた。
千桜がチッと軽く舌打ちするのが聞こえてくる。

「な、なにをしてるの!?」
ようやく我に返って薫子が叫び、本殿へ足を踏み入れる。

だけどふたりを追い払うことができなくてその場で立ち止まってしまった。
呼吸ばかりが荒くなっていく。

「もう戻ってきたの? でも残念、神様はあんたよりも私達の方がいいんだって」
冴子がそう言って白い乳房を神様の腕に押し当てる。

薫子はハッと息を呑んで切神を見た。
切神は無表情でなにを考えているのかわからない。

「ねぇ神様。私達のどちらかを花嫁にしてよ。薫子とはもう夜を共にして飽きたでしょう?」
千桜がまた切神に絡みついていく。

村の中を駆け回っているだけあって、その体は引き締まっていてみずみずしい。
薫子はつい自分の体と比べてしまい、うつむいた。

自分の体など、すでに飽きられていても仕方ないのかもしれない。


絶望感が押し寄せてくると同時に薫子は3人に背を向けて駆け出していた。
後ろから千桜と冴子の笑い声が聞こてきて両耳を塞ぐ。

そのまま菜園へと駆け出していた。
心臓がバクバクと高鳴っていて、今にも破裂してしまいそうだ。

目を閉じるとふたりの艶めかしい体を思い出してしまう。
やめてと言いたかったけれど、言えなかった。

あのふたりは村でもいい女として知られているし、決めるのは切神だと判断してしまった。
自分なんかが出る幕ではない。

薫子は大きく実ったカブの前で座り込んでしまった。
自然と涙が溢れてきて肩が震える。

両親に捨てられてこの村へやってきた身。
神様にまで捨てられることになったら一体どこへ行けばいいかわからなくなる。

今度こそ、ひとりぼっちになるかもしれない。
ひとりになる恐怖と切神に捨てられるかもしれない恐怖がないまぜになって涙をそそる。


「なにをしてる」
そんな声が聞こえてきて振り向くと、いつの間にか薫子の後ろに切神が立っていた。

薫子は慌てて涙を拭って立ち上がった。
「ち、千桜と冴子はどうしたんですか」

質問する声が震えてしまう。
この質問の答え次第では、自分離縁されることになるからだ。

緊張しながら切神の返答を待っていると、ふわりと両手で抱きしめられていた。
切神の暖かさに涙が引っ込んでいく。

「あのふたりには興味がない」
耳元で囁かれて心臓が高鳴る。

「ほ、本当ですか?」
「あぁ。元々あのふたりは村でも男好きで評判があったはずだ。それを私が知らないと思ったか?」

確かに、あのふたりは少々男好きな面があった。


若くていい男や、お金を持っている男がいればすぐに近づいていく。
その素行の悪さを神様は見ていたのだ。

「じゃ、じゃああのふたりは?」
「心配しなくていい。もう帰らせた」

切神の言葉に薫子はホッと安堵のため息を吐き出した。
あの引き締まった肌を思い出すとどうしても胸が騒ぐ。

「廊下の掃除をしますね」
お茶をこぼしてそのままにしてきたことを思い出し、薫子は慌てて屋敷内へと戻ったのだった。
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