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神様お願い!
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それは夏も終わりが近づき始めた9月下旬のことだった。
もみじのような小さな手が互いの手をギュッと握りあい、トテトテと音を立てて歩いていく。
舗装されていた道はやがておわり獣道へ差し掛かるとき、前を歩いていた足が一旦とまった。
「優莉奈ちゃん大丈夫? こわくない?」
振り返り、拙い言葉で相手をいたわる。
優莉奈と呼ばれた女の子はコクンとひとつ頷いた。
本当はこの先へ進んでいくのが少し怖かったけれど、男の子と一緒なら平気だった。
「じゃあ、行くよ」
前を行く男の子が優莉奈の手を握り直してまたトテトテと歩き出す。
優莉奈はそれに必死についていくだけだった。
やがて短い石段が見えてきた。
「ついたよ!」
男の子の声に優莉奈の顔に笑顔が咲く。
たった3段しかない石段の上には石の鳥居がどっしりと佇んでいる。
ふたりは鳥居の前に立ち、1度お辞儀をして境内へと足を踏み入れた。
そこは縁結びの神様として有名な場所であり、地元に暮らす5歳のふたりもそのことを知っていた。
「縁結びの神様。僕を優莉奈ちゃんのお婿さんにしてください」
「縁結びの神様。私を俊介くんのお嫁さんにしてください」
ふたりしてお辞儀をして、小さな手で柏手を打つ。
その瞬間周囲の木々がざわめいた。
まるでふたりを歓迎するかのように、歌うように葉が擦れ合う。
だけど突然のざわめきは幼いふたりにとってちょっと怖いことだった。
木々に囲まれた境内は薄暗くて少しジメジメしているし、人の気配だってない。
木々の隙間から今にも化け物が飛び出してきそうな雰囲気がある。
今更ながら恐怖心が湧き上がってきて、優莉奈が俊介の手を握りしめた。
俊介も緊張しているようで、体が硬くなっている。
「もう行こうよ。お願いしたから、きっと叶えてもらえるよ」
震える声の優莉奈にそう言われて俊介は頷いた。
「そうだね。きっと大丈夫だよ」
ふたりはまたトテトテと歩いて来た道を歩いて戻ったのだった。
☆☆☆
そんなことがあった3日後のことだった。
優莉奈がすっかり寝静まった夜の10時ごろ、優莉奈の両親がリビングで小声の雑談をしていた。
「来月には引っ越しだ。そろそろ挨拶まわりのことを考えないと」
「そうね。優莉奈が小学校へ上る前にいい物件が見つかってよかったわ」
そんな会話をしていることは、夢の中でイチゴキャンディーを食べている優莉奈には知るよしもなかった。
☆☆☆
そしてそれから更に一ヶ月が経過した頃、ようやく優莉奈は自分が引っ越すのだということを理解した。
両親はずっと前からそのことを優莉奈に伝えていたけれど、優莉奈自身が引っ越しがなんなのかを理解するまでに今までかかってしまったのだ。
「嫌だ! 俊介くんと離れたくない!」
引越し当日の朝、すでに引っ越しトラックに荷物が積み終わっている中、優莉奈は大きな声で泣きじゃくっていた。
涙と鼻水で顔はぐちゃぐちゃになり、玄関の門扉にしがみついて座り込み、決して動こうとはしない。
「すみません。先に新居へ行ってください」
てこでも動かなさそうな優莉奈に、母親が引越し業者へ向けてそう言った。
「わかりました。先に荷物をおろして起きますね」
そういう引越し業者のお兄さんはとても優しい笑顔をしていたけれど、優莉奈は一瞬にしてその人のことが嫌いになった。
家の中のものをすべて積んだトラックが無情にも走り去っていくのを見て、また涙が溢れ出した。
「俊介くんと一緒にいるんだもん! 優莉奈は引っ越ししないもん!」
「そんなこと言っても優莉奈ひとりで生きていくことはできないのよ?」
「俊介くんのお嫁さんになるからひとりじゃないもん!」
頑なにその場を動こうとしない我が子にしびれを切らしそうになった、その時だった。
「優莉奈ちゃん!」
トテトテと走ってくる足音。
ハッと振り向くと、そこには俊介の姿があった。
「俊介くん!」
優莉奈はすぐに立ち上がって俊介の元へ走った。
俊介は息を切らして優莉奈と手を繋ぐ。
「間に合って……よかった」
俊介と優莉奈の家は近所だけれど、子供の足では少し遠い。
優莉奈が引っ越してしまうと聞いて、慌ててやってきたのだ。
「俊介くん、私引っ越ししたくない!」
俊介の顔を見るとまた涙が溢れ出した。
もうすでに体内の水分はすべて出し切ったくらいには泣いているのに、まだ涙は止まらない。
何度もしゃくりあげて泣きながら滲んだ視界で俊介を見つめる。
俊介はそんな優莉奈を見て悲しそうな表情をしていたけれど、やがてパッと笑顔になった。
そして優莉奈の耳に自分の顔を近づける。
俊介が優莉奈になにかを耳打ちしたその瞬間、優莉奈の涙は引っ込んでいた。
「ね? だから、大丈夫だよ」
俊介が顔を離して優莉奈へ微笑みかける。
その笑顔を見ていると、優莉奈もだんだん大丈夫な気がしてきた。
ついさっきまで泣いていたのに今はもう涙はほとんど引っ込んでいた。
「うん!」
やがて笑顔になって頷く優莉奈。
「じゃあ、またね」
「うん。またね!」
さっきまで泣いていた優莉奈が笑顔で俊介に手を振り、母親の元へ駆け戻っていく。
「ちょっと優莉奈、なにがあったの?」
なにを言っても泣き続けていた我が子の豹変ぶりに驚き、母親が目を丸くしている。
だけど優莉奈は笑顔のままで答えなかった。
これは優莉奈と俊介との秘密だ。
母親はわけがわからず首を傾げていたが、安堵したようにため息を吐き出した。
とにかく、これでようやく出発することができる。
「俊介くん、またね!」
「優莉奈ちゃん、またね!」
車の後部座席に乗り込んだ優莉奈が窓から手をふる。
俊介もそれに振りかえした。
運転手のお父さんが危ないから窓を閉めなさいと言ったので、今度は車の中から後ろを振り向いて手を振った。
ばいばいは言わない。
またねっていう。
だって、俊介くんと私は約束したから。
『縁結びの神様にお願いしたから、僕たちは離れても大丈夫なんだよ』
別れ際に俊介が囁いてくれた言葉を思い出す。
私達は大丈夫。
離れても、結婚することができる。
だからばいばいじゃない。
そう思うと途端にさみしくはなくなって、涙も引っ込んだ。
優莉奈は離れていく俊介にずっとずーっと手を振っていたのだった。
もみじのような小さな手が互いの手をギュッと握りあい、トテトテと音を立てて歩いていく。
舗装されていた道はやがておわり獣道へ差し掛かるとき、前を歩いていた足が一旦とまった。
「優莉奈ちゃん大丈夫? こわくない?」
振り返り、拙い言葉で相手をいたわる。
優莉奈と呼ばれた女の子はコクンとひとつ頷いた。
本当はこの先へ進んでいくのが少し怖かったけれど、男の子と一緒なら平気だった。
「じゃあ、行くよ」
前を行く男の子が優莉奈の手を握り直してまたトテトテと歩き出す。
優莉奈はそれに必死についていくだけだった。
やがて短い石段が見えてきた。
「ついたよ!」
男の子の声に優莉奈の顔に笑顔が咲く。
たった3段しかない石段の上には石の鳥居がどっしりと佇んでいる。
ふたりは鳥居の前に立ち、1度お辞儀をして境内へと足を踏み入れた。
そこは縁結びの神様として有名な場所であり、地元に暮らす5歳のふたりもそのことを知っていた。
「縁結びの神様。僕を優莉奈ちゃんのお婿さんにしてください」
「縁結びの神様。私を俊介くんのお嫁さんにしてください」
ふたりしてお辞儀をして、小さな手で柏手を打つ。
その瞬間周囲の木々がざわめいた。
まるでふたりを歓迎するかのように、歌うように葉が擦れ合う。
だけど突然のざわめきは幼いふたりにとってちょっと怖いことだった。
木々に囲まれた境内は薄暗くて少しジメジメしているし、人の気配だってない。
木々の隙間から今にも化け物が飛び出してきそうな雰囲気がある。
今更ながら恐怖心が湧き上がってきて、優莉奈が俊介の手を握りしめた。
俊介も緊張しているようで、体が硬くなっている。
「もう行こうよ。お願いしたから、きっと叶えてもらえるよ」
震える声の優莉奈にそう言われて俊介は頷いた。
「そうだね。きっと大丈夫だよ」
ふたりはまたトテトテと歩いて来た道を歩いて戻ったのだった。
☆☆☆
そんなことがあった3日後のことだった。
優莉奈がすっかり寝静まった夜の10時ごろ、優莉奈の両親がリビングで小声の雑談をしていた。
「来月には引っ越しだ。そろそろ挨拶まわりのことを考えないと」
「そうね。優莉奈が小学校へ上る前にいい物件が見つかってよかったわ」
そんな会話をしていることは、夢の中でイチゴキャンディーを食べている優莉奈には知るよしもなかった。
☆☆☆
そしてそれから更に一ヶ月が経過した頃、ようやく優莉奈は自分が引っ越すのだということを理解した。
両親はずっと前からそのことを優莉奈に伝えていたけれど、優莉奈自身が引っ越しがなんなのかを理解するまでに今までかかってしまったのだ。
「嫌だ! 俊介くんと離れたくない!」
引越し当日の朝、すでに引っ越しトラックに荷物が積み終わっている中、優莉奈は大きな声で泣きじゃくっていた。
涙と鼻水で顔はぐちゃぐちゃになり、玄関の門扉にしがみついて座り込み、決して動こうとはしない。
「すみません。先に新居へ行ってください」
てこでも動かなさそうな優莉奈に、母親が引越し業者へ向けてそう言った。
「わかりました。先に荷物をおろして起きますね」
そういう引越し業者のお兄さんはとても優しい笑顔をしていたけれど、優莉奈は一瞬にしてその人のことが嫌いになった。
家の中のものをすべて積んだトラックが無情にも走り去っていくのを見て、また涙が溢れ出した。
「俊介くんと一緒にいるんだもん! 優莉奈は引っ越ししないもん!」
「そんなこと言っても優莉奈ひとりで生きていくことはできないのよ?」
「俊介くんのお嫁さんになるからひとりじゃないもん!」
頑なにその場を動こうとしない我が子にしびれを切らしそうになった、その時だった。
「優莉奈ちゃん!」
トテトテと走ってくる足音。
ハッと振り向くと、そこには俊介の姿があった。
「俊介くん!」
優莉奈はすぐに立ち上がって俊介の元へ走った。
俊介は息を切らして優莉奈と手を繋ぐ。
「間に合って……よかった」
俊介と優莉奈の家は近所だけれど、子供の足では少し遠い。
優莉奈が引っ越してしまうと聞いて、慌ててやってきたのだ。
「俊介くん、私引っ越ししたくない!」
俊介の顔を見るとまた涙が溢れ出した。
もうすでに体内の水分はすべて出し切ったくらいには泣いているのに、まだ涙は止まらない。
何度もしゃくりあげて泣きながら滲んだ視界で俊介を見つめる。
俊介はそんな優莉奈を見て悲しそうな表情をしていたけれど、やがてパッと笑顔になった。
そして優莉奈の耳に自分の顔を近づける。
俊介が優莉奈になにかを耳打ちしたその瞬間、優莉奈の涙は引っ込んでいた。
「ね? だから、大丈夫だよ」
俊介が顔を離して優莉奈へ微笑みかける。
その笑顔を見ていると、優莉奈もだんだん大丈夫な気がしてきた。
ついさっきまで泣いていたのに今はもう涙はほとんど引っ込んでいた。
「うん!」
やがて笑顔になって頷く優莉奈。
「じゃあ、またね」
「うん。またね!」
さっきまで泣いていた優莉奈が笑顔で俊介に手を振り、母親の元へ駆け戻っていく。
「ちょっと優莉奈、なにがあったの?」
なにを言っても泣き続けていた我が子の豹変ぶりに驚き、母親が目を丸くしている。
だけど優莉奈は笑顔のままで答えなかった。
これは優莉奈と俊介との秘密だ。
母親はわけがわからず首を傾げていたが、安堵したようにため息を吐き出した。
とにかく、これでようやく出発することができる。
「俊介くん、またね!」
「優莉奈ちゃん、またね!」
車の後部座席に乗り込んだ優莉奈が窓から手をふる。
俊介もそれに振りかえした。
運転手のお父さんが危ないから窓を閉めなさいと言ったので、今度は車の中から後ろを振り向いて手を振った。
ばいばいは言わない。
またねっていう。
だって、俊介くんと私は約束したから。
『縁結びの神様にお願いしたから、僕たちは離れても大丈夫なんだよ』
別れ際に俊介が囁いてくれた言葉を思い出す。
私達は大丈夫。
離れても、結婚することができる。
だからばいばいじゃない。
そう思うと途端にさみしくはなくなって、涙も引っ込んだ。
優莉奈は離れていく俊介にずっとずーっと手を振っていたのだった。
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