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懐かしのヴィルヘルム

閑話 コケコッコー

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 朝の帝都。
 その大通りにある肉屋の男性が、二十代半ばくらいの女性と会話をしている。
 男性の年齢も二十代半ば。
 すこし黒ずんだ白いエプロンをかけており、その手には肉切り包丁を持っていた。


「ねえ、聞いた? 昨日のこと……」

 女性が、今まで談笑していた話を切り上げ、すこし声のトーンを下げる。

「昨日? なんかあったのか?」
「ええ、なんでも、この帝都に麻袋をかぶった、不審な大男が現れたって話よ」
「麻袋を……? そいつは確かに気味が悪いな……」
「でしょう? 友達が騎士団に通報したんだけど、取り合ってくれなかったって」
「取り合ってくれない? そりゃなんでだ?」
「なんかね、聞いた話だとその男、べつに怪しい者じゃないんだって」
「いやいや、十分怪しいだろ。大男が麻袋をかぶってんだろ?」
「そうよね? 怪しいわよね? だから、なんか裏があるんじゃないかって」
「裏?」
「そう」
「たとえば?」
「……そうね、あの麻袋をかぶってたのは国の要人だった……みたいな?」
「要人?」
「そ。ガレイトさんが帰って来たって噂があったでしょ?」
「あったか?」
「あるのよ。だから、麻袋をかぶってたのはガレイトさんで、顔がバレると騒ぎになるから、麻袋をかぶってる。……どう? なかなかいいんじゃない?」
「いや、顔がバレるから麻袋って、ただのバカだろ」
「うーん……」
「……へっ、つーかよ、あいつをそもそも〝要人〟って呼ぶのが間違ってんだよ」
「え? でも、ガレイトさんってこの国の……」
「あんなのはただの腰抜けさ。みんな持ち上げすぎなんだよ」
「そうかなぁ……?」
「そうだろ。いきなり辞めやがって。そのせいでこの国も日和って、他国と戦争しなくなっちまった」
「でも、戦争をしないことはいい事じゃない?」
「いや、よく考えてみろ。この国が本気を出したら、他の国なんてすぐ獲っちまえるんだぞ? そんなのは戦争なんて言わねえよ。そのぶん土地が広がるんだから、良いこと尽くめだろ」
「うーん、そうかなぁ……」
「でもよ、案外騎士団なんて、名前だけで大したことなかったのかもよ」
「えー? すごいと思うけど?」
「だってもう、不審な男ひとり満足にしょっぴけない腰抜け集団に成り下がっちまったんだろ?」
「……かもね。でも、あんたなら出来るの?」
「当たり前だろ? 俺は肉屋だぜ? 不審者なんてこの肉みてぇに……!」

 ダン!
 男性が包丁を振り下ろし、肉を断ち切る。

「一発だよ」
「へえ、やるじゃん」
「へへ。……ほらよ、こいつはサービスしとくぜ」

 男性はそう言うと、その肉を手際よく紙に包み、女性に渡した。

「ふふ、ありがと。また頼むわね」
「おう、そっちこそ──」

 男性はそう言うと、女性の耳元に口を近づける。

「……今度はまた、旦那がいないときにな」
「りょーかい。楽しみにしてるわ」
「任せとけ。その麻袋かぶった馬鹿野郎も、俺が追い払ってやっからよ」
「頼もしいこと言ってくれるじゃ──」

 ドシン──

「え、じ、地震……!?」
「な、なんだこれ……!」

 ドシン……! ドシン! ドシン!!
 突如、地響きのような音が鳴り響く。
 音の主は猪王。
 猪王はその巨体を揺らしながら、早朝の帝都、その往来を闊歩していた。
 ドシン! ドシン! ドシン!
 往来の人々はその様子を、まるで蛇に睨まれた蛙の如く、黙って見送っていたが──

「や、やべえぞ……! なんであんなのが帝都の中に……!」
「あ、み、見て……あの下……!」

 やがて、その女性が猪王の下を指さす。
 そこには麻袋・・をかぶった大男ガレイトが、猪王を担ぎながら石畳を踏み鳴らしていた。
 ドシン! ドシン!
 ガレイトはやがて、肉屋の前で止まると、ゆっくり猪王の死体を地面に置いた。


「フー……! フー……! すみません……! 肉屋さん……!」


 息を切らしているガレイトが、麻袋をぺこぺこと動かしながら、男性に話しかける。


「あ……あ……あ……!」


 男性もパクパクと口を開閉させ、後ずさる。
 そんな男性に構わず、ガレイトが続ける。


「あの……よろしいでしょうか?」

「ひぃ!?」

「この肉……買い取って……もらいたいのですが……!」

「へ? 肉?」

「はい」

「こここ、この肉って……もしかして、それ全部か……?」

「ええ、出来ればそうしていただきたいのですが……」

「わ、わかりました……! 全部、買い取らせていただき──」


 近くにいた主婦がじぃっと責めるような視線で、男性の顔見る。
 男性はハッとなると、改めてガレイトと向き合った。


「ば、ばば、馬鹿野郎! 無茶言うな! そんな量、いくらなんでも、買い取れるわけねえだろ!」


 男性に断られると、ガレイトは肩を落とし、俯いた。


「そ、そうですか……ですよね……」

「あ、ああああ、あったりまえだ! わかったら、この俺にぶっ飛ばされないうちに、さっさと消えやがれ! この不審──」


 ぎょろり。
 そこでたまたま、男性とガレイトの目が合ってしまう。


「どひぃぃぃぃいぃぃぃぃぃぃいぃぃ……!?」

「ど、どうかしましたか……?」

「か、買い取ります! 買い取らせていただきますぅぅぅ!」

「え? いいんですか……?」

「ももも、もちろんですともぉぉぉお……!」


 早朝の帝都。
 そこに男性の鶏鳴のような声が、ひときわ大きく響いた。
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