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懐かしのヴィルヘルム

見習い料理人とメニューの行方

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 猪王キングボアと戦った翌朝。
 ガレイトのいえ
 その食卓。


「──なるほど。それで、その二人にも……あの・・イノシシを振舞うことになったと」


 イルザードが食事の手を止め、視線を窓の外、中庭のほうへと移す。
 そこには、ひと際目を引く、巨大な猪王の屍が転がっていた。


「それにしても、もぐもぐ……すごい景観でござるな……」


 サキガケが、口元を手で覆いながら話し始めた。
 皿の上には薄く切ったハムやチーズ、ミカンなどの果物が置いてある。


「噴水。植木。青々とした芝生。そして、巨大猪の死体……で、ござるからな。なんというか、ものすごく混沌としているでござる。朝食時に見る光景ではござらんな……」

「フ、甘いなサキガケ殿」


 イルザードはそう言って、白い歯をのぞかせる。


「……なにがでござる?」

「私はすでに慣れているからな」

「へぇ……左様にござるかぁ……」


 サキガケは興味がなさそうに、もぐもぐと口を動かし、食事を再開する。


「ああ。したがって、こんなものは、ただの日常の風景に過ぎんのだ。言うなれば、昼下がりのティーブレイクのようなものだ」

「……いまは朝でござるが」

「おまえは茶など飲まんだろうが」


 ガレイトとサキガケ。
 二人からツッコミが飛んでくる。


「……それはそうと、がれいと殿」

「はい。なんでしょうか、サキガケさん」

「あの猪の死体、どうするつもりでござる?」

「そうですね。……必要な部位以外はすべて売ろうかと」

「しかし、はたして買い取ってくれるのでござろうか? あの量……」

「……そうですね。ここまでの塊肉をすべて引き取ってくれる場所はなさそうです。……ですので、今日一日はニーベルンブルクの肉屋を何軒か回ることになりそうですね」

「ああ、そうです。ガレイトさん」

「なんなんだ、おまえは。飯を食ったら、さっさと城の便所掃除へ行け」

「いらないのでしたら、私に売ってくれれば買いますよ」

「……何に使うつもりだ」

「え? それは……まぁ、色々と……」

「いや、やはり聞かん。聞かんし、やらん。おまえにだけは絶対に売らん」

「そんなぁ……」

「……それよりも、なぜまだここにいるんだ、おまえは」

「いちゃだめですか?」

「ダメだ」

「えぇ~……なんで?」

「なんでって……帰れと言ったろう。それに、カミールはどうした」

「カミール少年はエルロンド殿のところです」

「エルロンド殿の……?」

「はい。昨日言ってましたよね、少年はエルロンド殿の預かりになると」

「それはわかるが……なぜエルロンド殿のところへ? もしや、個別になにか特訓を……?」

「え? いや、まあ正確に言うと少年に割り振られた寮でしょうけどね」

「……おまえはもうすこし、正確な情報を伝えられるよう努力しろ」

「はっはっはっ! ……いやあ、それにしても、ここのパンは美味しいですね」


 もぐもぐ。
 イルザードは、卓上のチーズ・・・をぐいぐいと口に押し込んでいく。


「ところでがれいと殿、その寮とは?」

「ああ、はい。なんらかの理由で家に帰れない者や、訓練に集中したい者、外国から来た騎士志望の者なんかが入寮できる施設です。寮内は清潔ですし、問題はないと思うのですが……」

「なにか、引っかかるような言い方でござるな」

「……じつは、なにやら飯がまずいようで」

「飯が……まずい?」

「はい。俺はどうとも思わなかったのですが、ほとんどの者たちが、そこで入団を断念していましたね」

「そ、そこまで……」

「なら、今日は少年にとって最後の晩餐になるかもしれませんね……」

「不吉なことを言うな」

「……あの、ガレイトさん、料理のことだけど……メニュー、決まったの?」


 ガレイトの隣に座っていたブリギットが尋ねる。


「……いえ、じつはまだ。肉屋を回るついでに、なにかヒントでも……と」

「それもいいですけど、それなら──」

「それなら、丸焼きはどうですか?」


 イルザードが手をあげて提案する。


「丸焼き……だと」

「はい、イノシシの丸焼き。あれなら不味くなることはないですし、なによりガレイトさんでも出来るくらい簡単でしょ?」

「簡単とは言うが、丸焼きは火の調節とか、結構難しいんだぞ?」

「それに……あのサイズの丸焼きってすごいことになりそう……」


 ブリギットが小さい声で呟く。


「あら、そうなんですか?」

「ああ。だからこそ、部位ごとに小さく切り分けて、網や鉄板の上で焼くのだ」

「へ~、私なら生のまま食っちゃいますけどね」

「それは、いるざぁど殿が特殊なだけでは……?」


 サキガケが呆れたようにツッコむ。


「……ところで、ブリギットさん、イルザードバカに遮られて、なにか言いかけていましたが──」

「は、はい! あの、今日、〝グロースアルティヒ〟さんへ行くから、その時に調理法とか聞いたらどうかなって……」

「グロースアルティヒへ……ですか」

「うん。たしか、ヴィルヘルムって豚さんを使った料理が有名って聞いて……だから、味も似てるイノシシだから、ちょうどいいんじゃないかって……」

「なるほど……たしかにそうですね。約束の期日は明日……なら、今日教わっても全然間に合います」

「は、はい……! その……どうでしょうか?」

「無論、問題はありませんよ。……となると、事前に断りを入れておいたほうがいいですね」

「どうするんですか?」

「営業中はさすがに無理でしょうから、営業終了後に……」

「──うん? べつにそんな時間まで待たなくても、今から行ったらどうです?」


 そう言って、イルザードが再び話に加わる。


「今から……か」


 ガレイトが腕組みをして、首を傾げる。


「有名店ですから、おそらく仕込みは朝早くからやっているはずです。なので、そのついでに意見を聞けばいいのでは?」

「たしかにな。営業終了してから、帰宅時間をわざわざずらしてもらうほうが迷惑か……?」

「ちょ……ちょっと、待つでござる……!」


 サキガケがぷるぷると体と唇を震わせながら、口を開く。
 その瞳孔は開いており、食器を握る手には汗が滲んでいた。


「ど、どうかしましたか、サキガケさん」

「がれいと殿たちが今から料理店へ行くのなら──」


 ゴクリ。
 サキガケが生唾を飲み込み、再びを口を開く。


「誰が拙者を城まで送り届けてくれるのでござる……!?」


 静まり返る食卓。
 それを聞いたガレイトとブリギットは、困ったようにお互いの顔を見た。


「ああ、それなら、私が城まで送り届けますよ。今日もどうせ、便所掃除させられるんですし」


 そう言って、スッと手を挙げるイルザード。


「か、かたじけない……ッ!」


 サキガケは席を立ちあがると、腰を直角に曲げ、イルザードに頭を下げた。
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