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懐かしのヴィルヘルム
見習い料理人、島を脱出……?
しおりを挟むぷかぷか。
同じ長さの丸太を並列に並べ、それを蔓や縄で縛っただけの船が、浜辺の波打ち際に浮かぶ。
ブリギットとサキガケは早速、その船の上に乗ると、興奮した様子で、ゆっくりと立ち上がった。
「おお……、二人乗ったくらいじゃ、全然問題ないでござるな……!」
「すごい……本当に、私たちだけで船、作れちゃうんだ……!」
ぴょんぴょんと、小さく飛び跳ねながら船の上ではしゃぐブリギット。
それを聞いていたカミールは、すぐにブリギットの言葉を否定する。
「ちがうよ、フネじゃないぞ。これはイカダっていうんだぜ」
「イカダ……?」
「そう。ほんとうは、ぼくひとり用のボートを作りたかったんだけど、あれじゃみんな乗れないからな」
「そっかぁ、ありがとう。カミールくん」
「へへ」
「ああ、ありがとう、カミール。これならヴィルヘルムへ行くことが出来るよ」
ブリギットとガレイトがそう言うと、カミールは照れくさそうに、人差し指で鼻頭をこすった。
「ま、まぁな」
「あとは全員がこれに乗れるかどうかです──ね!」
イルザードはそう言うと、勢いよくイカダの上へ飛び乗った。
ドン、と衝撃が起き、波が立つが、イカダはびくともしない。
「うん、さすがに問題ないか……」
「お、おい、イルザード。あんまり乱暴な乗り方は……」
「どうせ、これからこれで海を渡るんです。私くらいの衝撃で壊れてしまうのなら、いっそのこと今、壊れたほうがいいでしょう?」
「そうも……そうだな……」
「いざ海に出て壊れてしまったら、それこそ洒落になりませんしね」
「──とりゃ!」
今度はカミールが、砂浜からイカダに飛び乗ろうとする。が──
ガツン。
ボチャン。
距離が足らず、顔をイカダにぶつけ、そのまま海の中へ沈んでしまう。
「大丈夫か、カミール」
ガレイトが海の中からカミールを引っ張りあげる。
「あいたたたた……」
「なんでカミールまでそんなことを……出発前に怪我をすれば、それこそ遅れることになるんだぞ? 待ってろ、いまなにか、腫れがひくような……」
「だ、だいじょうぶだから!」
「いや……、そうは言うが、鼻血が出てるぞ」
「こんなの拭けばすぐ直るよ」
「そ、そうか……あまり強く拭うなよ。逆に止まらなくなるからな」
「……でも、イルザード、さんの言うとおりなんだ」
「うん? なんなことだ?」
「これくらいのことでこわれてちゃ、海にはいけない……だから、こんどは、おじさんがこのイカダにとび乗って」
「いや、俺が飛び乗るのはさすがに……」
「試してみるでござるよ、がれいと殿。ここの木は生木でもよく浮く。さらに、がれいと殿がしっかりと、木と木を結び付けていたから、おそらく、ちょっとやそっとじゃ壊れないと思うでござる」
サキガケにそう背中を押され、改めてイカダを見るガレイト。
そして──
「わかりました。……やってみます」
ガレイトはカミールを砂浜の上におろすと、ふぅー……と大きく息を吐く。
ガレイトは膝を何度も屈伸させると、今度はキッとイカダを睨みつけた。
そんなガレイトを見ていた三人は、イカダの上で額に汗を滲ませている。
「あ、あの、ガレイトさん……?」
「たしかに私、飛び乗りはしましたけど……」
「これ、そんな気合を入れることじゃないでござるが──」
「ズェアッ!!」
ガレイトは豪快なかけ声とともに、その場で大きく跳躍をした。
「話聞いてねえ!?」
そんな三人のツッコミも虚しく──
ザッバァァァァァアアアアアアアアァン!
ガレイトは大量の水しぶきを上げながら、イカダに飛び乗る。
舞い上がったしぶきが、雨のようにザーザーと音を立てて落ちると、ガレイトはその中で、すっくと立ちあがった。
イカダは原型を保ったまま、ガレイトの足元でぷかぷかと浮いている。
「すごい! やったね! おじさん!」
砂浜の上。
海水でずぶ濡れになったカミールが、握りこぶしを固めながら言う。
「ああ、皆で作った魂の籠ったイカダだ。これくらいで壊れていたら……」
ガレイトが言いかけて、辺りをキョロキョロと見る。
しかし、そこにはイルザードをはじめ、あらかじめイカダの上に乗っていたはずの三人の姿が消えていた。
「おじさん、どうしたの?」
「三人はどこへ……?」
ざぱー……ん。
三人は、まるで深海魚のように浜辺に打ち上げられた。
◇
浜辺には、ティムやイケメンなど、船の乗員乗客が集まっている。
それぞれの視線の先には、ガレイトたちの姿が。
四人は、皆と別れの挨拶をしている最中だった。
「……本当に、皆さんはここから出なくてもいいのですか?」
ガレイトが尋ねると、そこにいた全員が頷いた。
「ああ、俺たちも乗れる船を作るとなると、かなり時間がかかりそうだしな」
「いえ、そんなことは……」
「いいんだ。どのみち、こうなったのは俺たちの……いや、おもに操舵手の責任だが──」
イケメンはそこまで言うと、責めるようにロスの顔を見た。
「それを、いつまでもぐちぐち言ってらんねぇしよ。……まあ、こっちとしては、大見得切って、『あんたたちをヴィルヘルムまで運んでやる』と言った手前、恥ずかしくはあるんだが……」
「いえ、そんなことは。そもそも、俺たちはタダで乗せてもらっていたのですから……」
「ああ、まったくだ。貴様らのせいで余計な時間を浪──ひっ!?」
ゴツン。
ガレイトの拳がイルザードの頭に直撃し、その口を塞ぐ。
「……あまりお気になさらないでください」
「ああ、ネーチャンも悪かったな。……俺らも、ここで少しだらだらしてから、どうにかして帰るとするよ。……なんてったって、まだまだやりたい商売があるからな」
イケメンがそう笑うと、ガレイトは「ははは……」と乾いた笑いで返した。
「──しっかりやるんだぞ、ブリギットさん」
そんなガレイトたちの横──
ブリギットとティムも、別れの挨拶をしている。
「正直、ブリギットさんの技術はもう、俺に教わるとか、そういう水準じゃねえ。もう十分、そこいらのレストランで、看板をはれる腕前を持ってる。……だから、あとは経験だ。ひたすら経験を積むんだ。そうすりゃ、ブリギットさんは無敵になれる」
「け、経験……! はい、頑張ります……!」
「その意気だ。いろんなものを見て、触れて、食うんだ。その積み重ねが、ブリギットさんを最高の料理人へと押し上げてくれる。……陰ながら応援してるからな」
ティムがスッと手を差し出すと、ブリギットは遠慮がちに、その手を握った。
「は、はい。ありがとうございます、ティムさん!」
「おう、がんばれよ」
「……でも」
ブリギットが手を離しながら、小さく言う。
「……ん? なんだ?」
「ティムさんは、ここに残らなくてもいいんじゃ……?」
ブリギットがそうに尋ねると、ティムは乗組員たちを見て、答えた。
「──だな。こいつらに付き合う義理は全くないが、それでもまだ一応契約は続いている。それに正直なところ、こいつらの目指す先を見てみたいって気持ちもあるし……だから、俺も、こいつらと一緒に残ろうと思う」
「そうなんですね……」
「ああ、それに、グランティ近海に負けず劣らず、ここにはいろんな魚がいるしな。退屈はしねえだろうしよ」
「そ、そうですね……! じゃ、じゃあ、ティムさんもお元気で……!」
「ああ。……それと、ガレイトさんもな」
「ええ、お達者で」
二人はがっちりと握手を交わした。
「──おーい! みんなー! もう出るぞー!」
一足早く、イカダに乗っていたカミールが声をあげる。
ガレイトたちは互いに顔を見合わせると、そのままイカダに乗り、オールを持ち、海へと漕ぎ出した。
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