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懐かしのヴィルヘルム
見習い料理人と騎士志望
しおりを挟む「──ニン、もう大丈夫なのでござるか、がれいと殿?」
青い顔をしたガレイトが、腹をさすりながら戻ってくる。
「はい。おそらくは……これで解毒完了かと……」
「いやいや、それを解毒とは言わな……まあ、細かいことは、どうでもいいでござるな……これからはあまり、毒はそのまま食べないほうがいいでござる。というか、食べないほうがいいでござる」
「はい。ありがとうございます……」
ガレイトはそう言うと、カミールの横に静かに座った。
「──それよりも、ようやくお目覚めか、少年」
「しょうねんじゃない、ぼくのなまえはカミールだ」
「ほう、カミールか。いい名前じゃないか。悪かったな、カミール」
「ふん」
「それで……なあ、カミール」
「……なに」
「どうだった? それ」
ガレイトはそう言うと、自身が作った虎汁を指さした。
「美味かったか?」
「まずかった」
「……まぁ、だろうな」
ガレイトの青い顔のまま、苦虫を噛み潰したような顔をする。
「それで? ぼくになんかよう?」
「おや、まだ話していなかったのですか? サキガケさん」
サキガケは肩をすくめてみせると、ガレイトはカミールを見た。
「あー……じつはだな、俺たちは──」
「おじさんは、ぼくをさがしに来たんでしょ?」
「お、おじ……!? ……そうか。俺ももう、おじさんと呼ばれる歳か。感慨深くはあるが、ほんのすこし、寂しくもあるな……」
「おじさん?」
「……なあ、カミール。悪いが、しばらくは〝おじさん〟は禁止だ」
「なんで?」
「それを言われるたび、現実という名の、硬く、重い鈍器で、頭を殴りつけられるような錯覚を覚える」
「ふうん?」
「……まあ、平時ならいいのだが、今の俺はすこしばかり体調が悪い。受け止められない……受け止めたくない現実から、しばらくの間、目を背けていたいんだ。だから、もう少しの間、俺をおじさんと呼ぶのは、勘弁してくれないか」
「えっと、つまり、どういうこと? おじさん?」
「……まあいい。これもまた、修行の一環になる……」
ガレイトはひとり、すっと目を閉じる。
何も見えていないであろうその目で、ガレイトは満点の星空を睨みつけた。
「──さて、話を戻すか。あえてとぼけているのかもしれないが、簡潔にいこう。もうサキガケさんから聞いているかもしれないが、俺たちはカミール、君を探していたんだ。その理由はわかるか?」
「ぼくが……すごいからでしょ」
「いや、まぁ……そうだな。何も間違っちゃいない。君がすごいから、俺たちは君を探していた。君の力を借りるために」
「へへへ。……ま、そっちのおねーちゃんにも言ったけど、いいよべつに」
「本当か?」
「うん。ぼくもナカマがほしかったしね」
「そうか、ありがとうカミール。……それと、まだ、大丈夫か?」
「なにが?」
「いや、眠くないのかと思ってな」
「あー……、そういえば……」
「夜も更けてきた。あと数時間のうちに太陽も顔を覗かせるだろう。俺たちは夜明けとともに、密林を出る。が、その前に色々と訊いておきたくてな。その後、他の仲間とも、その話を共有しておきたいんだ」
「えーっと……う~ん……」
「しかし、そうなると二度手間になってしまうだろう? だから、先に俺とサキガケさんが聞いておいて、あとは要点だけをかいつまんで他の仲間に……カミール?」
「……ごめん、なんか眠くなってきたかも」
「がれいと殿、拙者が言うのもアレでござるが……もすこし優しい言葉を使うでござる。相手は子どもでござるよ」
やがて、ガレイトは「こほん」と咳ばらいをすると、カミールと再び向き合った。
「あー……つまりだな……いまからカミールにいくつか質問するから、カミールはそれに対して──」
「ごがー……ぐごっ……ごごごごごご……すぴー……すぴー……ぎりぎり……」
カミールが豪快な寝息を立て、寝落ちする。
「あーあ、気持ちよさそうに寝ちゃったでござる」
「……無理もありませんよ。年端もいかない少年です」
「年端……そういえば、何歳くらいでござろうか、カミール少年は」
「訊かなかったのですか?」
「個人情報に関しては、最初に拒否されたでござるからな。知っているのは名前くらいでござる」
「そうでしたか。ふーむ……見た目からして、十はあるような……ないような……」
「まあ、そのくらいござろうな。拙者も、子どもの年齢に詳しいわけではないでござるし」
「……そんな少年が密林を彷徨っていたのですからね。おまけにルビィタイガーに襲われていて……カミールは、カミールが思っている以上に気力、体力ともに疲労していたのでしょう」
「うむ。……ところで、がれいと殿はどうでござるか?」
「俺……ですか?」
「さきほどの解毒で、ずいぶんと気力、体力を消費したのではござらぬか?」
「……ああ、それなら問題ありません。俺の場合、寝ずに七日は過ごせるので、一日くらいはなんともないです」
「いや、すご……いのでござるか?」
「蛇も食べましたし、体調こそよくありませんが、目は冴えています。……なので、どうぞサキガケさんもゆっくり休まれてください」
ガレイトがそう言うと、サキガケは立ち上がって、大きな欠伸をした。
「ふぁ……ぁぁぅ……かたじけない。じつのところ、拙者、すごく眠かったのでござる。船酔いをしていたせいで、まともに睡眠を取っていなかったござるからな」
「乗り物酔いはしやすいのですか?」
「いや、おそらく海賊と船上でアレコレしたせいでござろうな。……うぷ、思い出したら、またキモチワルク……ああ、そうだ、ひとつ、言いたいことが……」
「なんでしょう?」
「……やはり、ここにるびぃたいがあがいるのは、どうもおかしい気がするのでござる」
「そうなのですか?」
「ニン。あれは大陸の固有種。……こんな島に生息するようなものではないでござる」
「ということは……どういうことですか?」
「……いまはまだ、わからんでござる。とりあえず、拙者は寝させてもらうでござるよ」
「寝床は……」
「問題ないでござる。基本的にどこでも寝れるので……では、お言葉に甘えて……」
サキガケはそう言うと、草の上に、猫のように丸まって眠りに就いた。
ガレイトはそれを一瞥すると、手近にあった木や枝を火にくべた。
「ああ、もうひとつ──」
サキガケが猫のように目を細めたまま、頭をあげる。
「な、なんでしょう、サキガケさん」
「カミール少年についてでござるが、なにやら騎士になりたいと言っていたでござる」
「騎士……ですか? なぜ?」
「いや、それは訊いていないでござる。騎士になるために、家を出たと」
「そうですか……」
「拙者、いちおう、がれいと殿の素性は伏せておいたでござるが──」
「ありがとうございます」
「そういう事情も一度、カミール少年から訊いておいたほうがよいかもしれぬでござるな」
「……そうですね。時間を見て話してみることにします」
「ニン。……それでは、おやすみでござるぅ」
サキガケはそれだけ言うと、今度こそ眠り始めた。
「騎士になりたい……か」
ガレイトは遠い目をして呟くと、カミールを一瞥し、その場で背伸びをした。
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