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懐かしのヴィルヘルム

元最強騎士の料理

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「──いただきます」


 サキガケはそう言うと、肉の入った器を持った。
 その横では、ガレイトが充血した目で、サキガケの一挙手一投足を注視している。
 手には木を削って作ったであろうおたま・・・が、メキメキと音を立てている。
 ガレイトが作ったのは、虎肉と味噌とで作った、簡単な豚汁……ならぬ虎汁・・のようなものだった。


「……あの、がれいと殿?」

「はい。なんでしょうか」

「その、じっと見られていると、食べにくいというか……」

「すみません」


 ス──
 ガレイトは謝ると、手にしていたおたまをで目を隠した。
 しかし、隠れているのは片目のみ。
 ビキビキビキ……!
 まるで隠されたほうの目を補うように、開いているほうの目に血管が浮き出る。


「いや、こわっ……!? よけい食べづらいのでござるが……」

「………………」


 ガレイトは特に何も言わず、今度はもう片方の手で、目を覆った。
 相変わらず、居心地が悪そうにしていたサキガケだったが、やがて、観念して、目の前の椀に集中した。


「ずずず……」


 まずは汁。と言わんばかりに、サキガケが味噌を溶いた汁に口をつける。
 サキガケは何度も何度も、小鳥が水を飲むように、器に口をつけると、ガレイトに向かって微笑んだ。


「どう……ですか……?」

「いや、見えてるのでござる!?」

「いえ、気配でなんとなく……」

「……まぁ、さすがにこれだけだと、味噌の味しかしないでござるな。せめてもっと出汁を──」

「……ええ!?」

「ええ!?」


 ガレイトが声をあげ、サキガケも声をあげる。


「うそ……」

「なにが……? というか、えっと、どうかしたでござるか……? がれいと殿?」


 ガレイトは手を下ろすと、心配そうにサキガケを見た。


「あの、すみません。変な事を訊くかもしれませんが、その、飲めた・・・のですか?」

「え? いや、そりゃ、飲めたでござるが……」

「なんというか、こう……異物とか、そういうのは……?」

「は? ちょ、もしかしてがれいと殿、異物を混入させたでござるか?」

「ああ、いえ、そういう事ではなく──」

「なんだ……」

「俺が言いたいのは……その、じゃりじゃりしたモノやヌルヌルしたモノ、グズグズのモノとか、混ざってませんでしたか?」

「……がれいと殿は、一体、何を言っているのでござる?」


 眉をひそめ、首を傾げるサキガケ。


「……いえ、特に何もなければ、それでいいのですが……あれ? なぜだ……?」


 ガレイトは軽くこぶしを握ると、口元へ持っていき、小さく呟いた。


「というか、がれいと殿、きちんと虎の下処理は済ませていたでござるよね? 皮を剝いで、余分な脂も削いで、血抜きをして、内臓も取って……その手際は見事でござったが?」

「まあ、肉の処理は慣れているので……」

「なら、何も問題はござらんよ。では、いざ──」


 サキガケは手にしていた箸で肉を掴むと、それを躊躇することなく──
 ぱくん。
 口の中へと放り込んだ。
 もむもむ。
 くにゅくにゅ。
 サキガケは味を確かめるように、右へ左へ、肉を転がすように噛む。
 そして──
 ゴクン。


「ど、どう……でしょうか?」

「肉自体の味は……やはり、そこまで美味しくないでござるな」

「え?」

「すこし臭いというか……汁と一緒に飲んで、ちょっとマシになるくらい……?」

「あ、あの、お腹が痛くなったり、眩暈や吐き気……頭痛などは?」

「え? なんで?」

「サキガケさん」

「……ううむ。そういうのは特にないでござるが……」


 それを聞いたガレイトは腕組みをして黙り込む。


「……がれいと殿?」

「ああ、そうだ! また、妙なことを尋ねるかもしれませんが……その、サキガケさんは体が……胃や腸が丈夫とか……そういう体質なのでしょうか?」

「ニン? ……いや、特別、そういう事はないと思うでござる」

「そうなのですか?」

冰淇淋あいすくりぃむや、かき氷などを食べ過ぎたら、お腹を壊したりしてたし……べつに普通でござる」


 それを聞いたガレイトは、自分で作った虎汁をおたまで掬い、容器に移し替えた。
 ズズズ……。
 サキガケと同じように汁を飲み──
 ぱくん。
 肉を口へと放り込み──
 もぐもぐ……ゴクン。
 なんの躊躇もなく、飲み込んだ。


「……あれ?」


 暫くして、ガレイトは驚いたように声をあげる。


「腹が……痛くなっていない……?」

「いや、なにがどうしたのでござるか……?」

「い、いえ、その、いつもならここで腹を下し、茂みに行って、用を足す……のですが、いつまで経っても、腹が痛くならないのです。これは一体……?」

「……いまいち、がれいと殿が何に驚いて、何に疑問を持っているかはわからんでござるが──要するに、がれいと殿が成長した、ということでござらぬか?」

「成長……ですか、これが……」

「ニン。猿に木登り、河童かっぱに水練ではござるが──がれいと殿が現在のように武に秀でているのは、軍人時代の、日々のたゆまぬ努力の賜物でござろう?」

「そ、そうですね……」

「それと同じで、がれいと殿は、がれいと殿が知らないうちに、色々と勉強して、料理の腕も上達していっていたのでござろうよ」

「な……なるほど。たしかに、あのブリギットさんに毎日料理を教わっていたのですから、上達していたのも納得……出来るかもしれません! 自信が湧いてきました!」

「ふふ。その意気でござる。……なら、この調子でこれ・・も調理してみるでござるか?」


 サキガケはそう言うと、懐から蛇を取り出した。
 くすんだ茶色に、艶のない鱗、生気のない目、だらんと垂れた舌。
 蛇はすでに息絶えているのか、サキガケの手の中で動く気配はない。


「蛇……ですか。サキガケさん、それをどこで……」

「ニン。さっき……というか、結構前でござるな。がれいと殿とはぐれてしまった時、たまたま見つけて、食料にと、とっておいたのでござる」

「なるほど。……あの、それで、そのような持ち方で大丈夫なのですか?」


 サキガケは蛇の頭を動かないように掴んでいるのではなく、その体の中心部を掴んでいるだけだった。


「ああ、一度、頭を強く木に叩きつけたので、もう動かないでござる」

「そうなのですね……」

「……がれいと殿、蛇を食べるのは初めてでござるか?」

「は、はい……ウナギは食べたことはあるのですが……」

「鰻……でござるか。蛇は鰻というよりも、味や食感は、どちらかというと鳥に近いでござるな」

「鳥……そうなんですね。てっきり、形も似ているウナギのほうが近いのかと……」

「まぁ、確かに骨は多めでござるが……ちなみに、我が国、千都では普通に焼いて食べたり、煮込んだり、酒に漬け込んだりと、その調理法は様々でござる」

「けっこう一般的な食材なのですね」

「いや、一般的とは呼べないのでござるが……ともかく、蛇というのは、毒が強ければ強いほど、美味とされているのでござる」

「毒が強いほど……ですか。てっきり、毒が強いものほど食べられないのだと」

「ニン。蛇の持つ毒の大半は、タンパク質で構成されているゆえ、そういった要因も、味の良し悪しに関係してくるのかもしれぬでござるな。……ちなみに、この蛇の名は〝赤大将アカダイショウ〟と呼ぶでござる」

「アカダイショウ。……ですが、鱗は茶色ですね」

「そう。じつはこれ、幼体で、今はくすんだ茶色でござるが、これが成長すると、色鮮やかな赤色になるのでござる」

「色鮮やかな……ですか。でも、それだとかえって、目立ってしまいませんか?」

「はっはっは。その疑問はもっともでござるが、赤大将の成体は幼体これとは比べ物にならないほど、大きいのでござる」

「なるほど。もう自分を捕食する者がいないから、そこまで派手になれるということですか……」

「ニン。それに、噂によると、島を丸呑みにするほど大きい、伝説の赤大将もいるのだとか」

「し、島を丸吞み……ですか。凄まじいですね」

「ふふ、眉唾物でござるがな」

「……ですが、一度は見てみたいですね」

「ふふ、たしかに、ロマンでござるな。……話を戻すでござるが、この幼体、噛まれれば即昇天……するほどの毒は持っておらぬでござるが、噛まれれば一週間は腫れが引かない程度の毒を持っているでござる。がれいと殿の腕を試すには、絶好の相手ではないかと」

「……そうですね。自信もついてきましたし、調理させていただきます」


 ガレイトはそう言うと、サキガケから蛇を受け取った。
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