90 / 147
懐かしのヴィルヘルム
元最強騎士の料理
しおりを挟む「──いただきます」
サキガケはそう言うと、肉の入った器を持った。
その横では、ガレイトが充血した目で、サキガケの一挙手一投足を注視している。
手には木を削って作ったであろうおたまが、メキメキと音を立てている。
ガレイトが作ったのは、虎肉と味噌とで作った、簡単な豚汁……ならぬ虎汁のようなものだった。
「……あの、がれいと殿?」
「はい。なんでしょうか」
「その、じっと見られていると、食べにくいというか……」
「すみません」
ス──
ガレイトは謝ると、手にしていたおたまをで目を隠した。
しかし、隠れているのは片目のみ。
ビキビキビキ……!
まるで隠されたほうの目を補うように、開いているほうの目に血管が浮き出る。
「いや、こわっ……!? よけい食べづらいのでござるが……」
「………………」
ガレイトは特に何も言わず、今度はもう片方の手で、目を覆った。
相変わらず、居心地が悪そうにしていたサキガケだったが、やがて、観念して、目の前の椀に集中した。
「ずずず……」
まずは汁。と言わんばかりに、サキガケが味噌を溶いた汁に口をつける。
サキガケは何度も何度も、小鳥が水を飲むように、器に口をつけると、ガレイトに向かって微笑んだ。
「どう……ですか……?」
「いや、見えてるのでござる!?」
「いえ、気配でなんとなく……」
「……まぁ、さすがにこれだけだと、味噌の味しかしないでござるな。せめてもっと出汁を──」
「……ええ!?」
「ええ!?」
ガレイトが声をあげ、サキガケも声をあげる。
「うそ……」
「なにが……? というか、えっと、どうかしたでござるか……? がれいと殿?」
ガレイトは手を下ろすと、心配そうにサキガケを見た。
「あの、すみません。変な事を訊くかもしれませんが、その、飲めたのですか?」
「え? いや、そりゃ、飲めたでござるが……」
「なんというか、こう……異物とか、そういうのは……?」
「は? ちょ、もしかしてがれいと殿、異物を混入させたでござるか?」
「ああ、いえ、そういう事ではなく──」
「なんだ……」
「俺が言いたいのは……その、じゃりじゃりしたモノやヌルヌルしたモノ、グズグズのモノとか、混ざってませんでしたか?」
「……がれいと殿は、一体、何を言っているのでござる?」
眉を顰め、首を傾げるサキガケ。
「……いえ、特に何もなければ、それでいいのですが……あれ? なぜだ……?」
ガレイトは軽くこぶしを握ると、口元へ持っていき、小さく呟いた。
「というか、がれいと殿、きちんと虎の下処理は済ませていたでござるよね? 皮を剝いで、余分な脂も削いで、血抜きをして、内臓も取って……その手際は見事でござったが?」
「まあ、肉の処理は慣れているので……」
「なら、何も問題はござらんよ。では、いざ──」
サキガケは手にしていた箸で肉を掴むと、それを躊躇することなく──
ぱくん。
口の中へと放り込んだ。
もむもむ。
くにゅくにゅ。
サキガケは味を確かめるように、右へ左へ、肉を転がすように噛む。
そして──
ゴクン。
「ど、どう……でしょうか?」
「肉自体の味は……やはり、そこまで美味しくないでござるな」
「え?」
「すこし臭いというか……汁と一緒に飲んで、ちょっとマシになるくらい……?」
「あ、あの、お腹が痛くなったり、眩暈や吐き気……頭痛などは?」
「え? なんで?」
「サキガケさん」
「……ううむ。そういうのは特にないでござるが……」
それを聞いたガレイトは腕組みをして黙り込む。
「……がれいと殿?」
「ああ、そうだ! また、妙なことを尋ねるかもしれませんが……その、サキガケさんは体が……胃や腸が丈夫とか……そういう体質なのでしょうか?」
「ニン? ……いや、特別、そういう事はないと思うでござる」
「そうなのですか?」
「冰淇淋や、かき氷などを食べ過ぎたら、お腹を壊したりしてたし……べつに普通でござる」
それを聞いたガレイトは、自分で作った虎汁をおたまで掬い、容器に移し替えた。
ズズズ……。
サキガケと同じように汁を飲み──
ぱくん。
肉を口へと放り込み──
もぐもぐ……ゴクン。
なんの躊躇もなく、飲み込んだ。
「……あれ?」
暫くして、ガレイトは驚いたように声をあげる。
「腹が……痛くなっていない……?」
「いや、なにがどうしたのでござるか……?」
「い、いえ、その、いつもならここで腹を下し、茂みに行って、用を足す……のですが、いつまで経っても、腹が痛くならないのです。これは一体……?」
「……いまいち、がれいと殿が何に驚いて、何に疑問を持っているかはわからんでござるが──要するに、がれいと殿が成長した、ということでござらぬか?」
「成長……ですか、これが……」
「ニン。猿に木登り、河童に水練ではござるが──がれいと殿が現在のように武に秀でているのは、軍人時代の、日々のたゆまぬ努力の賜物でござろう?」
「そ、そうですね……」
「それと同じで、がれいと殿は、がれいと殿が知らないうちに、色々と勉強して、料理の腕も上達していっていたのでござろうよ」
「な……なるほど。たしかに、あのブリギットさんに毎日料理を教わっていたのですから、上達していたのも納得……出来るかもしれません! 自信が湧いてきました!」
「ふふ。その意気でござる。……なら、この調子でこれも調理してみるでござるか?」
サキガケはそう言うと、懐から蛇を取り出した。
くすんだ茶色に、艶のない鱗、生気のない目、だらんと垂れた舌。
蛇はすでに息絶えているのか、サキガケの手の中で動く気配はない。
「蛇……ですか。サキガケさん、それをどこで……」
「ニン。さっき……というか、結構前でござるな。がれいと殿とはぐれてしまった時、たまたま見つけて、食料にと、とっておいたのでござる」
「なるほど。……あの、それで、そのような持ち方で大丈夫なのですか?」
サキガケは蛇の頭を動かないように掴んでいるのではなく、その体の中心部を掴んでいるだけだった。
「ああ、一度、頭を強く木に叩きつけたので、もう動かないでござる」
「そうなのですね……」
「……がれいと殿、蛇を食べるのは初めてでござるか?」
「は、はい……ウナギは食べたことはあるのですが……」
「鰻……でござるか。蛇は鰻というよりも、味や食感は、どちらかというと鳥に近いでござるな」
「鳥……そうなんですね。てっきり、形も似ているウナギのほうが近いのかと……」
「まぁ、確かに骨は多めでござるが……ちなみに、我が国、千都では普通に焼いて食べたり、煮込んだり、酒に漬け込んだりと、その調理法は様々でござる」
「けっこう一般的な食材なのですね」
「いや、一般的とは呼べないのでござるが……ともかく、蛇というのは、毒が強ければ強いほど、美味とされているのでござる」
「毒が強いほど……ですか。てっきり、毒が強いものほど食べられないのだと」
「ニン。蛇の持つ毒の大半は、タンパク質で構成されているゆえ、そういった要因も、味の良し悪しに関係してくるのかもしれぬでござるな。……ちなみに、この蛇の名は〝赤大将〟と呼ぶでござる」
「アカダイショウ。……ですが、鱗は茶色ですね」
「そう。じつはこれ、幼体で、今はくすんだ茶色でござるが、これが成長すると、色鮮やかな赤色になるのでござる」
「色鮮やかな……ですか。でも、それだとかえって、目立ってしまいませんか?」
「はっはっは。その疑問はもっともでござるが、赤大将の成体は幼体とは比べ物にならないほど、大きいのでござる」
「なるほど。もう自分を捕食する者がいないから、そこまで派手になれるということですか……」
「ニン。それに、噂によると、島を丸呑みにするほど大きい、伝説の赤大将もいるのだとか」
「し、島を丸吞み……ですか。凄まじいですね」
「ふふ、眉唾物でござるがな」
「……ですが、一度は見てみたいですね」
「ふふ、たしかに、ロマンでござるな。……話を戻すでござるが、この幼体、噛まれれば即昇天……するほどの毒は持っておらぬでござるが、噛まれれば一週間は腫れが引かない程度の毒を持っているでござる。がれいと殿の腕を試すには、絶好の相手ではないかと」
「……そうですね。自信もついてきましたし、調理させていただきます」
ガレイトはそう言うと、サキガケから蛇を受け取った。
0
お気に入りに追加
211
あなたにおすすめの小説
量産型英雄伝
止まり木
ファンタジー
勇者召喚されたら、何を間違ったのか勇者じゃない僕も何故かプラス1名として召喚された。
えっ?何で僕が勇者じゃないって分かるのかって?
この世界の勇者は神霊機って言う超強力な力を持った人型巨大ロボットを召喚し操る事が出来るんだそうな。
んで、僕はその神霊機は召喚出来なかった。だから勇者じゃない。そういう事だよ。
別なのは召喚出来たんだけどね。
えっ?何が召喚出来たかって?
量産型ギアソルジャーGS-06Bザム。
何それって?
まるでアニメに出てくるやられ役の様な18m級の素晴らしい巨大ロボットだよ。
でも、勇者の召喚する神霊機は僕の召喚出来るザムと比べると月とスッポン。僕の召喚するザムは神霊機には手も足も出ない。
その程度の力じゃアポリオンには勝てないって言われたよ。
アポリオンは、僕らを召喚した大陸に侵攻してきている化け物の総称だよ。
お陰で僕らを召喚した人達からは冷遇されるけど、なんとか死なないように生きて行く事にするよ。量産型ロボットのザムと一緒に。
現在ストック切れ&見直しの為、のんびり更新になります。
険悪だと噂の後宮は実は暖かい場所でした
さち
ファンタジー
アステリア王国の国王の元へ側室として新たに嫁ぐことになった伯爵家の令嬢ユリア。仲が悪いと噂の王妃や他の3人の側室たちと果たしてうまくやっていけるのか?
底辺から始まった俺の異世界冒険物語!
ちかっぱ雪比呂
ファンタジー
40歳の真島光流(ましまみつる)は、ある日突然、他数人とともに異世界に召喚された。
しかし、彼自身は勇者召喚に巻き込まれた一般人にすぎず、ステータスも低かったため、利用価値がないと判断され、追放されてしまう。
おまけに、道を歩いているとチンピラに身ぐるみを剥がされる始末。いきなり異世界で路頭に迷う彼だったが、路上生活をしているらしき男、シオンと出会ったことで、少しだけ道が開けた。
漁れる残飯、眠れる舗道、そして裏ギルドで受けられる雑用仕事など――生きていく方法を、教えてくれたのだ。
この世界では『ミーツ』と名乗ることにし、安い賃金ながらも洗濯などの雑用をこなしていくうちに、金が貯まり余裕も生まれてきた。その頃、ミーツは気付く。自分の使っている魔法が、非常識なほどチートなことに――
異世界転生は、0歳からがいいよね
八時
ファンタジー
転生小説好きの少年が神様のおっちょこちょいで異世界転生してしまった。
神様からのギフト(チート能力)で無双します。
初めてなので誤字があったらすいません。
自由気ままに投稿していきます。
システムバグで輪廻の輪から外れましたが、便利グッズ詰め合わせ付きで他の星に転生しました。
大国 鹿児
ファンタジー
輪廻転生のシステムのバグで輪廻の輪から外れちゃった!
でも神様から便利なチートグッズ(笑)の詰め合わせをもらって、
他の星に転生しました!特に使命も無いなら自由気ままに生きてみよう!
主人公はチート無双するのか!? それともハーレムか!?
はたまた、壮大なファンタジーが始まるのか!?
いえ、実は単なる趣味全開の主人公です。
色々な秘密がだんだん明らかになりますので、ゆっくりとお楽しみください。
*** 作品について ***
この作品は、真面目なチート物ではありません。
コメディーやギャグ要素やネタの多い作品となっております
重厚な世界観や派手な戦闘描写、ざまあ展開などをお求めの方は、
この作品をスルーして下さい。
*カクヨム様,小説家になろう様でも、別PNで先行して投稿しております。
田舎暮らしと思ったら、異世界暮らしだった。
けむし
ファンタジー
突然の異世界転移とともに魔法が使えるようになった青年の、ほぼ手に汗握らない物語。
日本と異世界を行き来する転移魔法、物を複製する魔法。
あらゆる魔法を使えるようになった主人公は異世界で、そして日本でチート能力を発揮・・・するの?
ゆる~くのんびり進む物語です。読者の皆様ものんびりお付き合いください。
感想などお待ちしております。
『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる
農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」
そんな言葉から始まった異世界召喚。
呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!?
そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう!
このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。
勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定
私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。
ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。
他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。
なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。
異世界転生した俺は平和に暮らしたいと願ったのだが
倉田 フラト
ファンタジー
「異世界に転生か再び地球に転生、
どちらが良い?……ですか。」
「異世界転生で。」
即答。
転生の際に何か能力を上げると提案された彼。強大な力を手に入れ英雄になるのも可能、勇者や英雄、ハーレムなんだって可能だったが、彼は「平和に暮らしたい」と言った。何の力も欲しない彼に神様は『コール』と言った念話の様な能力を授け、彼の願いの通り平和に生活が出来る様に転生をしたのだが……そんな彼の願いとは裏腹に家庭の事情で知らぬ間に最強になり……そんなファンタジー大好きな少年が異世界で平和に暮らして――行けたらいいな。ブラコンの姉をもったり、神様に気に入られたりして今日も一日頑張って生きていく物語です。基本的に主人公は強いです、それよりも姉の方が強いです。難しい話は書けないので書きません。軽い気持ちで呼んでくれたら幸いです。
なろうにも数話遅れてますが投稿しております。
誤字脱字など多いと思うので指摘してくれれば即直します。
自分でも見直しますが、ご協力お願いします。
感想の返信はあまりできませんが、しっかりと目を通してます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる