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懐かしのヴィルヘルム

元最強騎士と虎ウマ

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 ギィ……! ギィ……!
 ガァ! ガァ!
 ホー……ホー……ホー……。
 未だ、獣たちの唸り声が鳴り止まない夜の密林。
 そこに、ゆらゆらと揺らめく焚火がひとつ、場違いだと言わんばかりに、時折り火の粉を飛ばしていた。
 その傍らにはガレイトとサキガケ、そして未だ目覚めていない少年の姿があった。
 少年はスー……スー……と寝息を立てており、裂傷部には白い布があてがわれていた。
 一安心したのか、ガレイトとサキガケは、その少年から、すこし離れたところで息絶えている、ルビィタイガーを見た。


「……がれいと殿、そのるびぃたいがぁは食べないのでござるか?」

「いえ、その……なんというか……」

「虎も虎で、特に悪い事はしておらぬでござるからな。強いて言うなら、我々がこの虎の縄張りに勝手に入り、それを荒らしただけに過ぎぬ」

「はい。そうですね……」

「然らば、ここは料理人であるがれいと殿が、美味しく調理して供養してやるのが筋……ではなかろうか。それに──」


 そこまで言うと、サキガケは再び視線をルビィタイガーから、少年へと戻した。


「解毒し、一命を取り留めたとしても、るびぃたいがぁの毒に冒された者は、その血肉を糧とするのが、一番とされているでござるからな……」

「そう……ですね。そうだと思います……」

「……ニン? さっきからどうしたでござるか、がれいと殿。覇気がないというか、なんというか……また腹でも下したでござる?」

「いえ、腹は……その……これから下すというか……」

「いや、どういう意味でござるか」


 ガレイトは思い出したように顔をあげると、サキガケの顔を見た。


「あの、ちなみになんですが、サキガケさんはその……料理が出来たりとかは……?」

「ニン? 料理? ……あっはっは」


 サキガケは楽しそうに笑うと、パタパタと手を横に振った。


「無理無理。拙者はお湯を沸かして、卵を割って、お湯を注いで三分待つ。……くらいしか出来ぬでござるよ」

「なんですか、それは……」

「あとは食べられそうな草や花に、味噌や醤油をつけて食べるくらいで……」

「でも、卵は……割れるんですね……」

「いや、さすがに卵は割れるでござるよ。片手で」

「か、片手で!? す、すごい……!!」


 ガレイトが尊敬するような眼差しで、サキガケの顔を見える。


「そ、そんなに驚く事ではないと思うのでござるが……」

「いえ、俺はまだ、その領域まで達していませんから」

領域・・って……たしかに、がれいと殿の馬鹿ぢ……凄まじいぱぅわぁ・・・・を持っていれば、逆に難しく感じる……かもしれぬでござるな」

「はい。力加減がいまいちで……たまに爆発したり……」

「ば、爆発……!? 卵って、爆発するのでござる?」

「します」

「そんなまっすぐ目を見て言われても……」

「そうだ。試しに、サキガケさんがルビィタイガーを調理してみます? 卵も片手で割れますし」

「いやいや、卵関係あらへんがな。……というか、現役料理人である、がれいと殿の前で、『料理が出来る』と胸を張って言うほど、拙者も思い上がってはおらぬからな」

「そんなことはないと思いますが……はぁ……」


 ガレイトはルビィタイガーの近くまで行くと、片方の前足──その爪の部分を、生気のない目で、まじまじと見つめた。


「……がれいと殿、本当にどうしてしまったでござる?」

「じつは、この虎、俺にとってのトラウマでして」

とら・・うま……ふむ、なるほど。拙者、ここで笑えばいいのでござろうか」

「いえ、その、洒落で言っているわけではなくて……」

「……えっ? じゃあ、マジでトラウマになってるでござるか? その虎が?」

「はい」

「まあ、たしかに。素早い動きで敵を翻弄し、爪の猛毒で敵を仕留める……ということで、Eレベルとはいえ、危険指定魔物に登録されているでござるからな。しかし……」


 サキガケはそこまで言うと、人差し指の腹で眉間を押し、唸った。


「……がれいと殿が、この程度の魔物に苦戦したとは考えにくい。というか、さっきは問答無用で仕留めていたし……あっ、もしかして、子どもの頃に痛い目に遭ったとか……でござる?」

「はい。……ああ、子ども頃、というよりも、以前・・ですね。一度、こいつには痛い目に遭わされていて……」

「なるほど。そうでござったか。……あの、よければ……?」

「そうですね。最初から話しておいたほうがよかったですね。……あれは、俺がまだ騎士だった頃──」


 こうしてガレイトは、以前ルビィタイガーの手を生のまま食べた事。
 そしてその後、腹を下し、ダグザに助けられた事までを簡潔に、サキガケに話した。





「──ふむふむ。大体わかったでござる。つまり、虎はもう食いたくないと」

「なんか、色々と端折りすぎな気もしますが……そうですね、概ね、そういう感じです」

「でも、まあ、いまなら大丈夫でござろう」

「……へ?」

「それが何年前かは存じ上げないでござるが、だぐざ殿とお会いした時といえば、がれいと殿はまだ、料理について何も知らない時期……」

「はい」

「そんな時に、毒のある虎の手を食べてしまったのも、仕方がないと言えば、仕方がないでござる。今と違い・・・・その知識がなかった・・・・・・・・・のでござるから」

「はい。……はい?」

「けれども、今のがれいと殿なら──料理人として、日々研鑽してきた、今のがれいと殿なら、あの頃の自分に打ち勝てるのでは?」

「そ、それはちょっと……」

「らしくない」

「え?」

「らしくないでござるよ、がれいと殿」

「えぇ……」

「たしかに。最初にぶち当たってしまった壁というのは、実物よりも遥かに大きく見えてしまうもの。萎縮して、怖がってしまうのもわかるでござる。──が、それでは、いつまで経っても成長せんでござる。ここはいっちょ、開き直って、ぶつかってみるでござるよ、このとら・・うまと」

「で、ですが……さきほどので解毒薬を使ってしまいましたし、もし、失敗してしまったら──」

「不退転」

「え?」

「不退転の気持ちでやるでござる」

「えぇ……」

「始まる前から失敗することばかり考えていたら、何も出来ぬでござるからな」

「それは……そうですが……」

「しかし、かといって、とらうまを調理し、自らの体に取り込むというのも、酷な話……」


 サキガケは再び、人差し指の腹で眉間を抑えると──ピンと、その指を立てた。


「ならここは、拙者が協力するでござるよ!」

「協力……サキガケさんが、ですか?」

「ニン。毒の種類は星の数あれど、拙者、〝るびぃたいがぁ〟の毒に至っては耐性を持っているでござる。……たぶん」

「耐性……ですか?」

「ニン。……まぁ、それでも当たれば、かなりの痛みを長時間伴うでござろうが……それでも、死なないだけマシでござる」

「それはどうかと思いますが……」

「いいや、ここまでがれいと殿を煽ったのでござる。ここで何もしないというのは、さすがにムシが良すぎるでござる」

「あの……本当によろしいのですか? 俺の料理を食べるということは、その──」

「ニン。……拙者の覚悟も決まっているでござる。今までに虎肉を食したことはないでござるが、あのぶりぎっと殿の右腕ともなれば、問題ないでござろう!」

「いえ、俺なんかがブリギットさんの右腕を名乗るのはちょっと……」

「──いざ、いざいざ、尋常に!」


 サキガケがそう言って立ち上がる。
 それを受けて、ガレイトもようやく腹を決めたのか、ゆっくり立ち上がった。


「わかりました。不肖ガレイト──精一杯、作らせてもらいます!」
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