89 / 147
懐かしのヴィルヘルム
元最強騎士と虎ウマ
しおりを挟むギィ……! ギィ……!
ガァ! ガァ!
ホー……ホー……ホー……。
未だ、獣たちの唸り声が鳴り止まない夜の密林。
そこに、ゆらゆらと揺らめく焚火がひとつ、場違いだと言わんばかりに、時折り火の粉を飛ばしていた。
その傍らにはガレイトとサキガケ、そして未だ目覚めていない少年の姿があった。
少年はスー……スー……と寝息を立てており、裂傷部には白い布があてがわれていた。
一安心したのか、ガレイトとサキガケは、その少年から、すこし離れたところで息絶えている、ルビィタイガーを見た。
「……がれいと殿、その虎は食べないのでござるか?」
「いえ、その……なんというか……」
「虎も虎で、特に悪い事はしておらぬでござるからな。強いて言うなら、我々がこの虎の縄張りに勝手に入り、それを荒らしただけに過ぎぬ」
「はい。そうですね……」
「然らば、ここは料理人であるがれいと殿が、美味しく調理して供養してやるのが筋……ではなかろうか。それに──」
そこまで言うと、サキガケは再び視線をルビィタイガーから、少年へと戻した。
「解毒し、一命を取り留めたとしても、るびぃたいがぁの毒に冒された者は、その血肉を糧とするのが、一番とされているでござるからな……」
「そう……ですね。そうだと思います……」
「……ニン? さっきからどうしたでござるか、がれいと殿。覇気がないというか、なんというか……また腹でも下したでござる?」
「いえ、腹は……その……これから下すというか……」
「いや、どういう意味でござるか」
ガレイトは思い出したように顔をあげると、サキガケの顔を見た。
「あの、ちなみになんですが、サキガケさんはその……料理が出来たりとかは……?」
「ニン? 料理? ……あっはっは」
サキガケは楽しそうに笑うと、パタパタと手を横に振った。
「無理無理。拙者はお湯を沸かして、卵を割って、お湯を注いで三分待つ。……くらいしか出来ぬでござるよ」
「なんですか、それは……」
「あとは食べられそうな草や花に、味噌や醤油をつけて食べるくらいで……」
「でも、卵は……割れるんですね……」
「いや、さすがに卵は割れるでござるよ。片手で」
「か、片手で!? す、すごい……!!」
ガレイトが尊敬するような眼差しで、サキガケの顔を見える。
「そ、そんなに驚く事ではないと思うのでござるが……」
「いえ、俺はまだ、その領域まで達していませんから」
「領域って……たしかに、がれいと殿の馬鹿ぢ……凄まじいぱぅわぁを持っていれば、逆に難しく感じる……かもしれぬでござるな」
「はい。力加減がいまいちで……たまに爆発したり……」
「ば、爆発……!? 卵って、爆発するのでござる?」
「します」
「そんなまっすぐ目を見て言われても……」
「そうだ。試しに、サキガケさんがルビィタイガーを調理してみます? 卵も片手で割れますし」
「いやいや、卵関係あらへんがな。……というか、現役料理人である、がれいと殿の前で、『料理が出来る』と胸を張って言うほど、拙者も思い上がってはおらぬからな」
「そんなことはないと思いますが……はぁ……」
ガレイトはルビィタイガーの近くまで行くと、片方の前足──その爪の部分を、生気のない目で、まじまじと見つめた。
「……がれいと殿、本当にどうしてしまったでござる?」
「じつは、この虎、俺にとってのトラウマでして」
「とらうま……ふむ、なるほど。拙者、ここで笑えばいいのでござろうか」
「いえ、その、洒落で言っているわけではなくて……」
「……えっ? じゃあ、マジでトラウマになってるでござるか? その虎が?」
「はい」
「まあ、たしかに。素早い動きで敵を翻弄し、爪の猛毒で敵を仕留める……ということで、Eレベルとはいえ、危険指定魔物に登録されているでござるからな。しかし……」
サキガケはそこまで言うと、人差し指の腹で眉間を押し、唸った。
「……がれいと殿が、この程度の魔物に苦戦したとは考えにくい。というか、さっきは問答無用で仕留めていたし……あっ、もしかして、子どもの頃に痛い目に遭ったとか……でござる?」
「はい。……ああ、子ども頃、というよりも、以前ですね。一度、こいつには痛い目に遭わされていて……」
「なるほど。そうでござったか。……あの、よければ……?」
「そうですね。最初から話しておいたほうがよかったですね。……あれは、俺がまだ騎士だった頃──」
こうしてガレイトは、以前ルビィタイガーの手を生のまま食べた事。
そしてその後、腹を下し、ダグザに助けられた事までを簡潔に、サキガケに話した。
◇
「──ふむふむ。大体わかったでござる。つまり、虎はもう食いたくないと」
「なんか、色々と端折りすぎな気もしますが……そうですね、概ね、そういう感じです」
「でも、まあ、いまなら大丈夫でござろう」
「……へ?」
「それが何年前かは存じ上げないでござるが、だぐざ殿とお会いした時といえば、がれいと殿はまだ、料理について何も知らない時期……」
「はい」
「そんな時に、毒のある虎の手を食べてしまったのも、仕方がないと言えば、仕方がないでござる。今と違い、その知識がなかったのでござるから」
「はい。……はい?」
「けれども、今のがれいと殿なら──料理人として、日々研鑽してきた、今のがれいと殿なら、あの頃の自分に打ち勝てるのでは?」
「そ、それはちょっと……」
「らしくない」
「え?」
「らしくないでござるよ、がれいと殿」
「えぇ……」
「たしかに。最初にぶち当たってしまった壁というのは、実物よりも遥かに大きく見えてしまうもの。萎縮して、怖がってしまうのもわかるでござる。──が、それでは、いつまで経っても成長せんでござる。ここはいっちょ、開き直って、ぶつかってみるでござるよ、このとらうまと」
「で、ですが……さきほどので解毒薬を使ってしまいましたし、もし、失敗してしまったら──」
「不退転」
「え?」
「不退転の気持ちでやるでござる」
「えぇ……」
「始まる前から失敗することばかり考えていたら、何も出来ぬでござるからな」
「それは……そうですが……」
「しかし、かといって、毒を調理し、自らの体に取り込むというのも、酷な話……」
サキガケは再び、人差し指の腹で眉間を抑えると──ピンと、その指を立てた。
「ならここは、拙者が協力するでござるよ!」
「協力……サキガケさんが、ですか?」
「ニン。毒の種類は星の数あれど、拙者、〝るびぃたいがぁ〟の毒に至っては耐性を持っているでござる。……たぶん」
「耐性……ですか?」
「ニン。……まぁ、それでも当たれば、かなりの痛みを長時間伴うでござろうが……それでも、死なないだけマシでござる」
「それはどうかと思いますが……」
「いいや、ここまでがれいと殿を煽ったのでござる。ここで何もしないというのは、さすがにムシが良すぎるでござる」
「あの……本当によろしいのですか? 俺の料理を食べるということは、その──」
「ニン。……拙者の覚悟も決まっているでござる。今までに虎肉を食したことはないでござるが、あのぶりぎっと殿の右腕ともなれば、問題ないでござろう!」
「いえ、俺なんかがブリギットさんの右腕を名乗るのはちょっと……」
「──いざ、いざいざ、尋常に!」
サキガケがそう言って立ち上がる。
それを受けて、ガレイトもようやく腹を決めたのか、ゆっくり立ち上がった。
「わかりました。不肖ガレイト──精一杯、作らせてもらいます!」
0
お気に入りに追加
210
あなたにおすすめの小説
魔導書転生。 最強の魔導王は気がついたら古本屋で売られていた。
チョコレート
ファンタジー
最強の魔導王だったゾディアは気がついたら古本屋に売られている魔導書に転生していた。
名前以外のほとんどの記憶を失い、本なので自由に動く事も出来ず、なにもする事が無いままに本棚で数十年が経過していた。
そして念願の購入者が現れることにより運命は動き出す……
元最強の魔導書と魔導が苦手な少女の話。
【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?
つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。
平民の我が家でいいのですか?
疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。
義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。
学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。
必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。
勉強嫌いの義妹。
この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。
両親に駄々をこねているようです。
私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。
しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。
なろう、カクヨム、にも公開中。
晴れて国外追放にされたので魅了を解除してあげてから出て行きました [完]
ラララキヲ
ファンタジー
卒業式にて婚約者の王子に婚約破棄され義妹を殺そうとしたとして国外追放にされた公爵令嬢のリネットは一人残された国境にて微笑む。
「さようなら、私が産まれた国。
私を自由にしてくれたお礼に『魅了』が今後この国には効かないようにしてあげるね」
リネットが居なくなった国でリネットを追い出した者たちは国王の前に頭を垂れる──
◇婚約破棄の“後”の話です。
◇転生チート。
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇なろうにも上げてます。
◇人によっては最後「胸糞」らしいです。ごめんね;^^
◇なので感想欄閉じます(笑)
追放された聖女の悠々自適な側室ライフ
白雪の雫
ファンタジー
「聖女ともあろう者が、嫉妬に狂って我が愛しのジュリエッタを虐めるとは!貴様の所業は畜生以外の何者でもない!お前との婚約を破棄した上で国外追放とする!!」
平民でありながらゴーストやレイスだけではなくリッチを一瞬で倒したり、どんな重傷も完治してしまうマルガレーテは、幼い頃に両親と引き離され聖女として教会に引き取られていた。
そんな彼女の魔力に目を付けた女教皇と国王夫妻はマルガレーテを国に縛り付ける為、王太子であるレオナルドの婚約者に据えて、「お妃教育をこなせ」「愚民どもより我等の病を治療しろ」「瘴気を祓え」「不死王を倒せ」という風にマルガレーテをこき使っていた。
そんなある日、レオナルドは居並ぶ貴族達の前で公爵令嬢のジュリエッタ(バスト100cm以上の爆乳・KかLカップ)を妃に迎え、マルガレーテに国外追放という死刑に等しい宣言をしてしまう。
「王太子殿下の仰せに従います」
(やっと・・・アホ共から解放される。私がやっていた事が若作りのヒステリー婆・・・ではなく女教皇と何の力もない修道女共に出来る訳ないのにね~。まぁ、この国がどうなってしまっても私には関係ないからどうでもいいや)
表面は淑女の仮面を被ってレオナルドの宣言を受け入れたマルガレーテは、さっさと国を出て行く。
今までの鬱憤を晴らすかのように、着の身着のままの旅をしているマルガレーテは、故郷である幻惑の樹海へと戻っている途中で【宮女狩り】というものに遭遇してしまい、大国の後宮へと入れられてしまった。
マルガレーテが悠々自適な側室ライフを楽しんでいる頃
聖女がいなくなった王国と教会は滅亡への道を辿っていた。
大切”だった”仲間に裏切られたので、皆殺しにしようと思います
騙道みりあ
ファンタジー
魔王を討伐し、世界に平和をもたらした”勇者パーティー”。
その一員であり、”人類最強”と呼ばれる少年ユウキは、何故か仲間たちに裏切られてしまう。
仲間への信頼、恋人への愛。それら全てが作られたものだと知り、ユウキは怒りを覚えた。
なので、全員殺すことにした。
1話完結ですが、続編も考えています。
あ、出ていって差し上げましょうか?許可してくださるなら喜んで出ていきますわ!
リーゼロッタ
ファンタジー
生まれてすぐ、国からの命令で神殿へ取られ十二年間。
聖女として真面目に働いてきたけれど、ある日婚約者でありこの国の王子は爆弾発言をする。
「お前は本当の聖女ではなかった!笑わないお前など、聖女足り得ない!本来の聖女は、このマルセリナだ。」
裏方の聖女としてそこから三年間働いたけれど、また王子はこう言う。
「この度の大火、それから天変地異は、お前がマルセリナの祈りを邪魔したせいだ!出ていけ!二度と帰ってくるな!」
あ、そうですか?許可が降りましたわ!やった!
、、、ただし責任は取っていただきますわよ?
◆◇◆◇◆◇
誤字・脱字等のご指摘・感想・お気に入り・しおり等をくださると、作者が喜びます。
100話以内で終わらせる予定ですが、分かりません。あくまで予定です。
更新は、夕方から夜、もしくは朝七時ごろが多いと思います。割と忙しいので。
また、更新は亀ではなくカタツムリレベルのトロさですので、ご承知おきください。
更新停止なども長期の期間に渡ってあることもありますが、お許しください。
あなた方はよく「平民のくせに」とおっしゃいますが…誰がいつ平民だと言ったのですか?
水姫
ファンタジー
頭の足りない王子とその婚約者はよく「これだから平民は…」「平民のくせに…」とおっしゃられるのですが…
私が平民だとどこで知ったのですか?
勝手に召喚され捨てられた聖女さま。~よっしゃここから本当のセカンドライフの始まりだ!~
楠ノ木雫
ファンタジー
IT企業に勤めていた25歳独身彼氏無しの立花菫は、勝手に異世界に召喚され勝手に聖女として称えられた。確かにステータスには一応〈聖女〉と記されているのだが、しばらくして偽物扱いされ国を追放される。まぁ仕方ない、と森に移り住み神様の助けの元セカンドライフを満喫するのだった。だが、彼女を追いだした国はその日を境に天気が大荒れになり始めていき……
※他の投稿サイトにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる