82 / 147
懐かしのヴィルヘルム
元最強騎士、漂流する
しおりを挟む「──どこだ、ここは」
セブンスカジキフェアの翌日。
ガレイトたちの乗っていた船は、ひとつの島──その海岸、真っ白な砂浜の上に座礁していた。
空は気持ちがいいほどの快晴。
砂浜には、透き通ったエメラルドグリーンの波がザザーン……ザザーン……と寄せては返している。
島の周りには、大量のヤシの木が、ぐるりと取り囲むように群生しており、さらに島の中心部は、鬱蒼とした草木が生い茂るジャングルのような密林地帯があった。
島の外に目を向けても、そこには大陸や島の影はなく、ただ水平線が望むのみ。
「もしかして、おれたち、遭難したんじゃねえの……?」
イケメンが船の後方──水平線を、薄目のまま睨みつける。
その瞬間、それを聞いていた乗客から、どよめきが起こった。
「遭難……なぜ、こんなことに……? 嵐などはなかったはずですが……」
ガレイトがイケメンに尋ねる。
「いや、わからねえ。たしかに嵐は起こってねえし、波もそんなに立ってなかった。風も特別強かったわけじゃねえし……航行自体は順調だったはずなんだ」
「では……」
「……そういえば、ロスの野郎を見てねえな」
「ロス……どなたですか?」
「ああ、いつもそこで船の舵輪を握っていたやつなんだが──」
「あいててて……頭が割れるようだ……飲みすぎちまったか。……あれ?」
頭を抱えながら船内から出てきたのは、マドロスハットをかぶった壮年の男だった。
ロスはハッとなって、キョロキョロと辺りを見回すと、その場にいる全員の視線が自分に集まっていることに気が付いた。
「……もしかして俺、なんかやっちまったか?」
ボコボコボコ。
突然の暴力がロスを襲う。
殴っているのは乗組員たち……だけではなく、事態を飲み込んだ乗客たちもそれに参加していた。
ガレイトは最初は呆れたように頭を抱えていたが、やがてそれを止めに入った。
ロスはあざだらけの顔で、ガレイトに泣きながら感謝すると、現状について大雑把に説明した。
「わりぃ、飲み過ぎた。酒」
十分過ぎるほどの説明に、その場にいた全員がまた頭を抱えると──
バチャン。
ガレイト先頭を切って船から降り、その島へと降り立った。
「ガレイトさぁん!」
「おーい」とブリギットが声をあげ、ガレイトが振り返り、船を見上げる。
そこには、ガレイトに向かって手を伸ばすブリギットの姿が。
ガレイトはその手を取ると、ブリギットの体を抱えながら、ゆっくりと船から降ろした。
そしてそれに続くようにして、イルザードとサキガケとロスが船から降りてきた。
「……大丈夫ですか?」
ガレイトが心配そうにロスに尋ねるが──
「おう。二日酔いを覚ますにゃ、もってこいだな」
ロスは案外、ポジティブであった。
「そ、そうですか……。さて、どうしましょうか……」
「そうだなぁ……」
ガレイトとロスの二人が、船を見ながら唸る。
その横でイルザードが暇そうに爪を眺め、ブリギットとサキガケは、楽しそうに水遊びをしている。
「──なぁ、ガレイトのニーチャン」
ロスが口を開く。
「なんでしょうか」
「あんたロロネー海賊団の船をぶっ飛ばしたんだってな? 生身で」
「はい」
「ならよ、この船もいっちょ、ぶっ飛ばしてみてくれねえか?」
「ぶっ飛ばす……ですか?」
「ああ、座礁したら風をうまく捕まえて、後退するしかねえんだが……あんまし吹いてねえだろ? 風」
「そうですね……」
「満潮を待つって手もあるが、思いのほか、深くまで乗り上げちまってるからなぁ……」
「……ですが、いいのですか?」
「ああ。派手にやってくれて構わねえ……と、言いてえところだが、やっぱりその前にこの船がどれくらい耐久が残ってるか、確認していいか? もし乗り上げた衝撃で穴が開いてたり、こすれてたりしたら浸水しちまうからな」
「わかりました」
「おし、じゃあニーチャンは後方を頼む、俺は前方な。……んで、おまえらは船内を見てくれぇー!」
ロスが声をあげると、乗組員たちは頷いた。
◇
「──よお、調べ終わったよ」
ロスが、ヤシの木にもたれかかり、腕組みをしていたガレイトに話しかける。
「船の後方は……問題らしい問題はありませんでした。多少古くなっている部分もありますが、軽く叩いてみても大丈夫でしたので、耐久面では問題ないかと」
「そうか。ちなみに前方も特に何も問題なかった」
「では──」
「だが、船内はダメだった。船底がこすれて摩耗しているうえ、なにより船首から船尾にかけて船を支える木材にヒビが入ってやがった。短い距離ならいいが……とてもじゃねえが、長距離の航行は無理だ」
「そうか。──で、どう責任をとるつもりだ?」
いままで横で、黙って話を聞いていたイルザードが、ロスを見る。
「うぐ!? そ、それは……」
「おい、よせ、イルザード。誰が悪いかよりも、これからどうするかが先決だ」
「……なら、ここで二人、仲睦まじく暮らしますか?」
「話を飛躍させるな馬鹿者め。俺が言っているのは、この窮地をどう脱するかだろ」
「……泳ぎます?」
「無茶を言うな。ここからヴィルヘルムのあるゲイル大陸まで、どのくらい距離があるというんだ」
「どのくらい距離があるんですか?」
「……どのくらい距離があるんですか?」
イルザードからガレイトに。
ガレイトからロスに、質問が回される。
「さ、さあ、俺にゃあここがどこかさえわからねえが……昨日、俺が舵輪を握っていた頃は、まだ四日以上かかる計算だったな。……そっから考えてみても、どうやったって泳いでいける距離じゃねえだろ」
「──なら、この船を直すか、新しく船を拵えるしかないでござろうな」
突然、顔面に赤い海星を張り付けた人間が現れた。
それを見た三人は、ギョッと目を見開き、後ずさる。
「さ、サキガケさん、顔……! 顔……!」
ガレイトが慌てた様子で指摘すると、サキガケは海星をベリベリと顔面から剥がし、笑った。
「あっはっは。びっくりしたでござる?」
「ビックリするも何も、大丈夫なんですか……?」
「全然問題ないでござる。千都では普通に食べてたでござるし」
「た、食べれるん……ですか?」
「実際はこの触手の中にある、茶色いものを食べるのでござるが、雲丹のような蟹味噌のような、不思議な味がするでござるよ」
「う、ウニ……」
「おお、そういえば、あちらのほうでぶりぎっと殿が──」
ばちゃばちゃばちゃ。
波を蹴り上げ、水に濡れた服でブリギットが近づいてくる。
その腕には鯖ほどの大きさの魚が抱かれていた。
「ぶ、ブリギットさん!? その魚は……?」
「ガレイトさん、イルザードさん、ここすごいんだよ! こんな浅瀬にまで魚が来てるんだ……!」
「浅瀬って……」
「──おい、おまえたち」
不意にその中の誰でもない、聞きなれない声が響く。
ガレイトたちがその声のほうを見ると──
そこには、肩にかかるほどの長く、黒い髪に、小麦色の肌の少年が立っていた。
その見た目はグラトニーよりもすこし年上で、ところどころほつれている半ズボンのようなものを穿いていた。
少年は物怖じすることなくガレイトにずんずん近づいて行くと、下から目線でガレイトを睨みつける。
「おまえがボスだな」
「……俺のことか?」
困惑するガレイトに対し、少年が続ける。
「このふね、のれるのか?」
「いや、もう乗れないと思うが……」
「なんだ」
「少年はここの住み──」
「じゃあ、このフネのざいりょう、もってっていい?」
「……なんのために?」
「いいの? ダメなの?」
ガレイトは困ったように皆の顔を見たが、そこにいる全員、ガレイトと同じように困惑しているような顔をしていた。
「……いや、持っていくのはダメだが……」
「そう、つかえないね。ばいばい」
少年はそれだけ言うと、プイッと目をそらし、来た道を帰っていった。
「……なんだったんだ」
「知り合いだったんですか?」
イルザードが尋ねる。
「いや、知らん」
「なんか、船の素材を欲しがってましたけど……」
「船が珍しいのか……?」
「珍しいから、材料が欲しいんですかね……?」
「……ああ、たしかにそれは考えにくいな」
「それよりも、こんなところにも人間が住んでいるのでござるな」
「……あ、また誰か来た」
ブリギットが指さした先──
そこには髪や髭をもじゃもじゃと生やし、ボロボロの腰布を巻いた、初老の男性の姿が。男性はゆっくりとガレイトたちに近づいてくると、やがて口を開いた。
「あんたらも、外から流されて来たのか?」
「……外?」
「……あんたらも?」
ガレイトとイルザードが同時に疑問を口にする。
「……ああ、ここは〝流され島〟何らかの理由で漂着した者たちが、身を寄せ合って暮らす、島だ」
0
お気に入りに追加
211
あなたにおすすめの小説
量産型英雄伝
止まり木
ファンタジー
勇者召喚されたら、何を間違ったのか勇者じゃない僕も何故かプラス1名として召喚された。
えっ?何で僕が勇者じゃないって分かるのかって?
この世界の勇者は神霊機って言う超強力な力を持った人型巨大ロボットを召喚し操る事が出来るんだそうな。
んで、僕はその神霊機は召喚出来なかった。だから勇者じゃない。そういう事だよ。
別なのは召喚出来たんだけどね。
えっ?何が召喚出来たかって?
量産型ギアソルジャーGS-06Bザム。
何それって?
まるでアニメに出てくるやられ役の様な18m級の素晴らしい巨大ロボットだよ。
でも、勇者の召喚する神霊機は僕の召喚出来るザムと比べると月とスッポン。僕の召喚するザムは神霊機には手も足も出ない。
その程度の力じゃアポリオンには勝てないって言われたよ。
アポリオンは、僕らを召喚した大陸に侵攻してきている化け物の総称だよ。
お陰で僕らを召喚した人達からは冷遇されるけど、なんとか死なないように生きて行く事にするよ。量産型ロボットのザムと一緒に。
現在ストック切れ&見直しの為、のんびり更新になります。
底辺から始まった俺の異世界冒険物語!
ちかっぱ雪比呂
ファンタジー
40歳の真島光流(ましまみつる)は、ある日突然、他数人とともに異世界に召喚された。
しかし、彼自身は勇者召喚に巻き込まれた一般人にすぎず、ステータスも低かったため、利用価値がないと判断され、追放されてしまう。
おまけに、道を歩いているとチンピラに身ぐるみを剥がされる始末。いきなり異世界で路頭に迷う彼だったが、路上生活をしているらしき男、シオンと出会ったことで、少しだけ道が開けた。
漁れる残飯、眠れる舗道、そして裏ギルドで受けられる雑用仕事など――生きていく方法を、教えてくれたのだ。
この世界では『ミーツ』と名乗ることにし、安い賃金ながらも洗濯などの雑用をこなしていくうちに、金が貯まり余裕も生まれてきた。その頃、ミーツは気付く。自分の使っている魔法が、非常識なほどチートなことに――
異世界転生は、0歳からがいいよね
八時
ファンタジー
転生小説好きの少年が神様のおっちょこちょいで異世界転生してしまった。
神様からのギフト(チート能力)で無双します。
初めてなので誤字があったらすいません。
自由気ままに投稿していきます。
システムバグで輪廻の輪から外れましたが、便利グッズ詰め合わせ付きで他の星に転生しました。
大国 鹿児
ファンタジー
輪廻転生のシステムのバグで輪廻の輪から外れちゃった!
でも神様から便利なチートグッズ(笑)の詰め合わせをもらって、
他の星に転生しました!特に使命も無いなら自由気ままに生きてみよう!
主人公はチート無双するのか!? それともハーレムか!?
はたまた、壮大なファンタジーが始まるのか!?
いえ、実は単なる趣味全開の主人公です。
色々な秘密がだんだん明らかになりますので、ゆっくりとお楽しみください。
*** 作品について ***
この作品は、真面目なチート物ではありません。
コメディーやギャグ要素やネタの多い作品となっております
重厚な世界観や派手な戦闘描写、ざまあ展開などをお求めの方は、
この作品をスルーして下さい。
*カクヨム様,小説家になろう様でも、別PNで先行して投稿しております。
『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる
農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」
そんな言葉から始まった異世界召喚。
呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!?
そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう!
このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。
勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定
私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。
ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。
他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。
なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。
異世界転生した俺は平和に暮らしたいと願ったのだが
倉田 フラト
ファンタジー
「異世界に転生か再び地球に転生、
どちらが良い?……ですか。」
「異世界転生で。」
即答。
転生の際に何か能力を上げると提案された彼。強大な力を手に入れ英雄になるのも可能、勇者や英雄、ハーレムなんだって可能だったが、彼は「平和に暮らしたい」と言った。何の力も欲しない彼に神様は『コール』と言った念話の様な能力を授け、彼の願いの通り平和に生活が出来る様に転生をしたのだが……そんな彼の願いとは裏腹に家庭の事情で知らぬ間に最強になり……そんなファンタジー大好きな少年が異世界で平和に暮らして――行けたらいいな。ブラコンの姉をもったり、神様に気に入られたりして今日も一日頑張って生きていく物語です。基本的に主人公は強いです、それよりも姉の方が強いです。難しい話は書けないので書きません。軽い気持ちで呼んでくれたら幸いです。
なろうにも数話遅れてますが投稿しております。
誤字脱字など多いと思うので指摘してくれれば即直します。
自分でも見直しますが、ご協力お願いします。
感想の返信はあまりできませんが、しっかりと目を通してます。
公爵家長男はゴミスキルだったので廃嫡後冒険者になる(美味しいモノが狩れるなら文句はない)
音爽(ネソウ)
ファンタジー
記憶持ち転生者は元定食屋の息子。
魔法ありファンタジー異世界に転生した。彼は将軍を父に持つエリートの公爵家の嫡男に生まれかわる。
だが授かった職業スキルが「パンツもぐもぐ」という謎ゴミスキルだった。そんな彼に聖騎士の弟以外家族は冷たい。
見習い騎士にさえなれそうもない長男レオニードは廃嫡後は冒険者として生き抜く決意をする。
「ゴミスキルでも美味しい物を狩れれば満足だ」そんな彼は前世の料理で敵味方の胃袋を掴んで魅了しまくるグルメギャグ。
転生無双なんて大層なこと、できるわけないでしょう!〜公爵令息が家族、友達、精霊と送る仲良しスローライフ〜
西園寺わかば
ファンタジー
転生したラインハルトはその際に超説明が適当な女神から、訳も分からず、チートスキルをもらう。
どこに転生するか、どんなスキルを貰ったのか、どんな身分に転生したのか全てを分からず転生したラインハルトが平和な?日常生活を送る話。
- カクヨム様にて、週間総合ランキングにランクインしました!
- アルファポリス様にて、人気ランキング、HOTランキングにランクインしました!
- この話はフィクションです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる