76 / 147
懐かしのヴィルヘルム
元最強騎士とダグザの意志を継ぐ者
しおりを挟むスー……。
すでに半身になっているセブンスカジキの肉に、ブリギットが包丁を入れていく。
ブリギットはカジキの肉を丁寧に、短冊形に切っていくと、それを皿にのせ、炊き出しのような列で順番待ちをしていた乗客の男性に渡した。
「おぉ、こいつはうまそうだ。ありがとう、お嬢さん」
男性はブリギットに軽く会釈をすると、そのまま自身の竿が置いてある場所まで移動し、座って刺身を食べ始めた。
「──次の人どうぞ」
ブリギットの横で、その手伝をしていたガレイトが声を上げると、今度は、赤いエプロンを着た、さきほどの中年男性が、息を切らせながら列に割り込んできた。
当然、列後方からはブーイングがおきていたが、ガレイトは冷静に男性の所へ行くと丁寧にその男性を誘導しようとした。
「すみません、カジキの肉はまだまだあるので、後ろへ並んで待──」
「いや、来いよ!!」
男性の声が辺りに響き渡る。
「え?」
「『え?』じゃねえよ。来いよ!」
「来いと言われましても……」
「知らない人にはついて行くなって……」
ガレイトの後ろで話を聞いていたブリギットが、困ったような顔をする。
「いや、たしかにまあ、知り合いではないけど、セブンスカジキの捌き方をタダで教えてやるってんだから、来いよ」
「いえ、でも、もうブリギットさんは問題なく捌いていますし……」
「あらほんと。なんて綺麗なお刺身なんでしょう。──って、アホか!」
男性の未熟なノリツッコミが船上に轟くと、さきほどまでのブーイングも一層苛烈なものになっていく。
「すべってるぞー!」
「下手くそー!」
「引っ込めー!」
「覚悟ないやつがノリツッコミすんじゃねー!」
「死ねー!」
様々な怒号や罵詈雑言が飛び交い、次第に中年男性の顔も赤くなっていく。
「あ、ありがとうございました」
ぺこり。
そんな中、突然、ブリギットが男性に向け、お辞儀をする。
「……え? なにが?」
毒気を抜かれてしまった男性が、驚いたようにブリギットを見る。
「あ、あの、毒があるという事を教えてくれて……そのお陰で、その部分だけを取り除いて、食べることが出来ました」
「あ、そうね。うん」
「だから、もう大丈夫です。このままさっさと消えるか、大人しく列後方に並んでください。もしくは船から飛び降りてください」
「……へ?」
突然の暴言に男性もぽかんと口を開ける。
──ガツン。
ガレイトが、ブリギットの真後ろにいたイルザードの頭を殴る。
「な、何するんですか、ガレイトさん!?」
「ブリギットさんはそんなこと言わん」
「──それにしても、ティムさん。あんたが他人にそこまで肩入れするのは珍しいな」
ふらりと、どこからともなくやって来たイケメンが、ティムと呼ばれたその男性に声をかける。
「何か訳ありなのか?」
「いや、なんつーか……」
ティムはしばらく考えた後──
ブリギットを指さして言った。
「チラッと耳に入ったんだが、あんた、ダグザさんのお孫さんなんだろ?」
◇
ガレイト、ブリギット、イルザードの三人は場所は移し、船内にある厨房へ。
そこはオステリカ・オスタリカ・フランチェスカの厨房とは、比べることがおこがましいほど、雑多で、物にあふれていた。
厨房内のいたるところに鍋や、フライパン、おたまなどの調理器具が散乱している。
「汚っ……」
イルザードが臆面もなく言うと、ティムが小さく、皮肉るように鼻を鳴らした。
「……まあな。元々、ここは海賊の調理場だったんだが、それを俺が今、使えるように整理してる所なんだ」
「あいつら、ということは、ティムさんは……?」
「ああ、俺はここの乗員じゃねえ。俺は、雇われ料理人だ」
「雇われ料理人ですか」
「そうだ。聞いてなかったか? いつか、船でとれた魚を、そのまま船で食えるようにするって」
「聞きましたが……てっきり、もうそのシステムは完成されているものと」
「はは。見ての通り、まだだよ。だがまあ、この状態でもなんか作れって言われたら、それなりのもんは作るけどな……」
「あの……ティムさんは、その、おじいちゃんとお知り合いなのですか?」
ガレイトの陰に隠れながら、ブリギットがティムに質問する。
「ん? ああ、まあ、あの人の知り合いなら世界にかなりの数いそうだけど、それでも知り合いかって言われれば、知合ってはいるよな」
「……どうしましょう、ガレイトさん」
こそこそと、イルザードがガレイトに小さく耳打ちをする。
「……なにがだ」
「これは、面倒くさいタイプの人間です」
「いや、おまえのほうが面倒くさいだろう」
「ええ~……」
「それで、ティムさんはダグザさんとはどこでお知り合いに……?」
ガレイトはイルザードを無視すると、ティムに質問を投げかけた。
ティムはそれを聞くと、ガレイトとブリギットの二人をじっと見た後、気が抜けたように肩をすくめてみせた。
「──いや、あんたらが期待してるほど、ドラマチックな感じでもねえよ。……ただ、あの人のお陰で、料理とまた真摯に向き合えるようなったってだけだな」
「な、なるほど……」
「だから、わざわざ取り立ててここで話をするまでもねえんだ」
「そうなんですね……」
「そう。いまはただ、ダグザさんは俺の恩人だということだけ知ってくれればいい」
「わかりました……」
「そう。……俺は、まだ未熟だった頃の俺は、今と同じように、船上を舞台に食材どもと死闘を繰り広げていた」
「いや、するんかい。話」
イルザードが珍しく、素早いツッコミを入れるが、ティムの口は止まらなかった。
「俺は前まで、この船よりももっと小さなところの船で料理人をやってたんだ。それまではそこそこ有名な店で長い間、料理の修業しててよ。そこで働くのが決まったときはすげえ嬉しかったんだ。ここから成り上がってやる。ビッグになってやるぞってな。けど、そこのクルーも客も本当にどうしようもないくらい、食に興味がなかったんだ。こっちがいくら繊細で、奥深い味つけの料理を提供してやっても、すぐにテーブルに備え付けられてる、濃い味の調味料けで上書きしてきやがる。挙句の果てに、味が薄いだの食った気がしないだと厨房にまで怒鳴り込んでくる輩も出る始末。俺も、ひどいときには客と殴り合いの喧嘩をした時もあった。でも、あの時の馬鹿な俺は信じていた。いつの日か、俺の料理の味をわかってくれるだろう。いつの日か、俺の料理を認めてくれるだろうとな。だが、現実はそう甘くはなかったんだ。ある日、魔が差して俺は手抜きをした。いつも真剣に作っていた料理に対して手抜きをした。そんな日々が続いたんだ。心がすれちまう日だってある。わかりやすい味付け、わかりやすい香り付け、美味とはとても言えないような、そんな料理を提供した。だが、結果、あいつらは満足しやがったんだ。しょうもない料理で。いくら俺が修業時代に培った技術を使っても、美味いと言わなかったやつらが、また食べたいと言ってきた。ここで馬鹿な俺は目が覚めたよ。そもそもこの船には食事を楽しもうという人間は乗らないんだとな。普通に考えれわかる事に気が付いた時には、もう取り返しの付かねえ年齢になってた。そっからはもうただ無心だ。無心で不味い料理を、わかりやすい料理を提供し続けた。来る日も来る日も……そして、そんな荒んだ日々の中、あの人に出会ったんだ。あの小さくて汚い船で。……叱られたよ。なんで基礎はしっかり出来ているのにそんな味付けにするんだと。それで俺は言った。おまえに何がわかるんだと。俺の苦悩の一割もわからねえやつが、俺に軽々しく意見してるんじゃねえぞって。そこでダグザさんは俺に料理を作ってくれた。何も言わずにな。だが、その一皿で十分だった。──美味かった。これまでに食べた何よりも。さらに驚いたことに、ダグザさんの料理を食べた乗員乗客も、皆一様に感動していたんだ。そこで俺はやっと悟ったんだ。客が、料理を食べる奴が未熟ではなく、俺が未熟だったんだと。俺が、自分の力を過信しすぎて、勝手にふてくされていただけなのだ、と。途端に俺は、そんな俺が情けなくなった。でも、ダグザさんは俺に言ってくれたんだ。『俺もまだ勉強中』だってよ。目から鱗が落ちたよ。ここまでの料理を作れる人が、まだまだ道途中だなんて、俺は今まで一体、何をしてきたんだとな。俺はひたすらに、俺の傲慢さを恥じた。そして、そこからはまたひたすらに邁進した。あの頃と同じように、いや、あの頃以上にガムシャラに。ただ、美味いとは何かを研究した。そして、俺の料理がそこでやっと認められたんだ。あいつらはわかりやすい味を好いていたんじゃない。あいつらが好きな味を好いていただけだったんだとな。そこに上も下も、美味いも不味いもなかったんだ。変に聞こえるかもしれんが、これが俺のたどり着いた……いや、あの人に、ダグザさんに教えられた境地だ。だから、俺はここにいる。まだまだ俺は、進化し続けられると思った。そして、そんな俺の前にブリギットが現れた。ダグザさんには恩を返すことは出来ないが、あんたになら返すことが出来る。だから、俺が伝えられることはあんたに伝えるつもりなんだ。これが、俺のせめてもの恩返しってわけだな」
ティムが一通り語り終えると、イルザードは閉じていた目をゆっくりと開けた。
「ごめん寝てた」
「おい」
「──おっと……!」
ティムのツッコミに、うつらうつらと船を漕いでいたガレイトも目を覚ます。
ガレイトは、隣で同じように寝かけていたブリギットを優しくゆり起こす。
「ぶ、ブリギットさん……!」
「え、あ……」
ごしごしと目をこするブリギット。
ガレイトは申し訳なさそうな顔で、ティムの顔を見た。
「──と、いうわけだ。私も、ガレイトさんも、ブリギット殿も、どうやらうたた寝してしまっていたらしい。わるいが、もう一度、最初から話してくれないか?」
「なんでだよ!」
「ならもう十文字で要約してくれないか」
「は、はあ!? じゅうも……!? てかなんで話を聞いてなかったほうがイライラしてんだよ」
「はいスタート」
「……おりょうりてつだうよ」
0
お気に入りに追加
210
あなたにおすすめの小説
【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?
つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。
平民の我が家でいいのですか?
疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。
義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。
学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。
必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。
勉強嫌いの義妹。
この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。
両親に駄々をこねているようです。
私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。
しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。
なろう、カクヨム、にも公開中。
魔導書転生。 最強の魔導王は気がついたら古本屋で売られていた。
チョコレート
ファンタジー
最強の魔導王だったゾディアは気がついたら古本屋に売られている魔導書に転生していた。
名前以外のほとんどの記憶を失い、本なので自由に動く事も出来ず、なにもする事が無いままに本棚で数十年が経過していた。
そして念願の購入者が現れることにより運命は動き出す……
元最強の魔導書と魔導が苦手な少女の話。
「不細工なお前とは婚約破棄したい」と言ってみたら、秒で破棄されました。
桜乃
ファンタジー
ロイ王子の婚約者は、不細工と言われているテレーゼ・ハイウォール公爵令嬢。彼女からの愛を確かめたくて、思ってもいない事を言ってしまう。
「不細工なお前とは婚約破棄したい」
この一言が重要な言葉だなんて思いもよらずに。
※約4000文字のショートショートです。11/21に完結いたします。
※1回の投稿文字数は少な目です。
※前半と後半はストーリーの雰囲気が変わります。
表紙は「かんたん表紙メーカー2」にて作成いたしました。
❇❇❇❇❇❇❇❇❇
2024年10月追記
お読みいただき、ありがとうございます。
こちらの作品は完結しておりますが、10月20日より「番外編 バストリー・アルマンの事情」を追加投稿致しますので、一旦、表記が連載中になります。ご了承ください。
1ページの文字数は少な目です。
約4500文字程度の番外編です。
バストリー・アルマンって誰やねん……という読者様のお声が聞こえてきそう……(;´∀`)
ロイ王子の側近です。(←言っちゃう作者 笑)
※番外編投稿後は完結表記に致します。再び、番外編等を投稿する際には連載表記となりますこと、ご容赦いただけますと幸いです。
晴れて国外追放にされたので魅了を解除してあげてから出て行きました [完]
ラララキヲ
ファンタジー
卒業式にて婚約者の王子に婚約破棄され義妹を殺そうとしたとして国外追放にされた公爵令嬢のリネットは一人残された国境にて微笑む。
「さようなら、私が産まれた国。
私を自由にしてくれたお礼に『魅了』が今後この国には効かないようにしてあげるね」
リネットが居なくなった国でリネットを追い出した者たちは国王の前に頭を垂れる──
◇婚約破棄の“後”の話です。
◇転生チート。
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇なろうにも上げてます。
◇人によっては最後「胸糞」らしいです。ごめんね;^^
◇なので感想欄閉じます(笑)
追放された聖女の悠々自適な側室ライフ
白雪の雫
ファンタジー
「聖女ともあろう者が、嫉妬に狂って我が愛しのジュリエッタを虐めるとは!貴様の所業は畜生以外の何者でもない!お前との婚約を破棄した上で国外追放とする!!」
平民でありながらゴーストやレイスだけではなくリッチを一瞬で倒したり、どんな重傷も完治してしまうマルガレーテは、幼い頃に両親と引き離され聖女として教会に引き取られていた。
そんな彼女の魔力に目を付けた女教皇と国王夫妻はマルガレーテを国に縛り付ける為、王太子であるレオナルドの婚約者に据えて、「お妃教育をこなせ」「愚民どもより我等の病を治療しろ」「瘴気を祓え」「不死王を倒せ」という風にマルガレーテをこき使っていた。
そんなある日、レオナルドは居並ぶ貴族達の前で公爵令嬢のジュリエッタ(バスト100cm以上の爆乳・KかLカップ)を妃に迎え、マルガレーテに国外追放という死刑に等しい宣言をしてしまう。
「王太子殿下の仰せに従います」
(やっと・・・アホ共から解放される。私がやっていた事が若作りのヒステリー婆・・・ではなく女教皇と何の力もない修道女共に出来る訳ないのにね~。まぁ、この国がどうなってしまっても私には関係ないからどうでもいいや)
表面は淑女の仮面を被ってレオナルドの宣言を受け入れたマルガレーテは、さっさと国を出て行く。
今までの鬱憤を晴らすかのように、着の身着のままの旅をしているマルガレーテは、故郷である幻惑の樹海へと戻っている途中で【宮女狩り】というものに遭遇してしまい、大国の後宮へと入れられてしまった。
マルガレーテが悠々自適な側室ライフを楽しんでいる頃
聖女がいなくなった王国と教会は滅亡への道を辿っていた。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
大切”だった”仲間に裏切られたので、皆殺しにしようと思います
騙道みりあ
ファンタジー
魔王を討伐し、世界に平和をもたらした”勇者パーティー”。
その一員であり、”人類最強”と呼ばれる少年ユウキは、何故か仲間たちに裏切られてしまう。
仲間への信頼、恋人への愛。それら全てが作られたものだと知り、ユウキは怒りを覚えた。
なので、全員殺すことにした。
1話完結ですが、続編も考えています。
あなた方はよく「平民のくせに」とおっしゃいますが…誰がいつ平民だと言ったのですか?
水姫
ファンタジー
頭の足りない王子とその婚約者はよく「これだから平民は…」「平民のくせに…」とおっしゃられるのですが…
私が平民だとどこで知ったのですか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる