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懐かしのヴィルヘルム

元最強騎士、フィッシングをする

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 船尾まで移動していたガレイトは、カンカンに照り付ける日差しの下、釣竿を握りしめながら、船が通った後に出来る航跡波を睨みつけていた。


「──あっ! また来た!」


 不意に、ブリギットが声をあげる。
 ガレイトから見て船の横。
 そこで同様に釣り糸を垂らしていたブリギットの竿が、ぶるぶると振動し、魚が食いついたことを知らせる。
 麦わら帽をかぶっていたブリギットは急いで立ち上がると、ゆっくりと、それでいて大胆にリールを回し始めた。
 カリカリカリカリ……。
 魚が水面から飛び上がり、やがて視認できるまで船の近くまでくると、ブリギットは近くに置いてあったタモを手に取り、慣れた手つきで魚を掬い上げた。
 釣れたのは、体長三〇センチほどの、綺麗な桃色の波紋があるサバだった。


「わぁ……やった! アマサバだ!」


 ブリギットは暴れるアマサバの口から丁寧に針を外すと、氷と魚で敷き詰められた箱の中に押し込み、蓋を閉じた。
 しばらく待って、アマサバが仮死状態になっているのを確認すると、ブリギットは包丁とまな板を取り出し、アマサバをそこへ置いた。
 鱗、内臓、血合い、頭の順に下処理を行うと、三枚におろして、腹骨を取り除き、身を等間隔に切り分け、刺身を作った。


「……新鮮なうちにどうぞ、ガレイトさん」


 ブリギットが、まな板にのせたまま、ガレイトに差し出す。


「おお、サシミですか」


 ガレイトは持っていた竿を一旦床に置くと、ブリギットの差し出した刺身をつまんだ。


「いただきます」


 ガレイトは小さく呟くと、そのまま口の中へ放り込んだ。
 ぐにぐに。
 もむもむ。
 ガレイトは目を閉じ、味を確かめるようにゆっくりと咀嚼する。


「ど、どうかな? お醬油はなかったけど、アマサバならお塩だけで……」

「十分美味しいです」

「ほ、本当ですか……?」

「はい。釣れたばかりなので全く臭みもないですし、それに、身の弾力がすごい。脂も適度に乗っているお陰で、アマサバ特有のほんのりとした甘さと相性がいいです。飲み込んだ後も、口の中に嫌な感じが残らない……というか、これ、たぶん塩がなくても十分だと思いますよ」

「お塩なしで……?」

「はい。ブリギットさんが丁寧に切ってくれたおかげで、筋肉と脂肪の比率もいいですし、これはこれで、ひとつの料理ですね」

「ちょっと失礼……」


 サングラスをかけ、いつの間にかビキニ姿・・・・・・・・・・になって・・・・小麦色に日焼けした・・・・・・・・・水着姿のイルザードが、刺身をつまんで食べる。


「うん、うまいですな」

「……イルザード、おまえはもう少しまじめにやってくれ」


 ガレイトが呆れたような、責めるような視線でイルザードを見る。
 イルザードはサングラスを上に少しずらすと、ガレイトを目を見ながら口を開いた。


「……あの、他になんか、感想とかないんですか?」


 イルザードはそう言って、うっすらと汗ばんでいる小麦色の胸を、強調するようにガレイトに近づけるが──


「感想? サバの事か?」

「……う~ん、褐色が好きなわけでもないのか~……」


 イルザードは再びサングラスをかけると、腕組みをしてうんうんと唸り始めた。


「……真面目にやれ、と申されましても、釣れないものはしょうがないですよ」

「だからと言って、本気で日焼けしようとするな」

「他にやることもないですし」

「俺たち、今、釣りをしているんだよな……?」

「何時間もじっと待つだけとか、ただの拷問じゃないですか。そもそも、ガレイトさんは何も釣れてませんし」

「おまえだって一匹だけだろう」

「一匹とゼロ匹とでは全然違うと思いますよ」

「やかましい。俺の餌はセブンスカジキ用の特大ルアーだ。一匹でも釣れれば、それで目標が達成されるのだ」

「でも、釣れる気配はないですよね。けっこうな時間、こうしていますが……」

「まあ、そもそもイケメンさんも言っていただろう。釣るのも難しいが、かかるのはもっと難しいと。つまりそういうことだ」

「……どういうことですか?」


 ガレイトはため息をつくと、ひらひらと手を動かした。


「わかったから、もう適当にそこらへんで日焼けでもしてスルメにでもなっておけ。おまえの助けは借りん」


 イルザードは「は~い」と返事をして踵を返すが、何か思い出したように、もう一度ガレイトの所までやって来た。


「あの……提案なのですが、一度ブリギット殿にその竿を渡したらどうでしょう?」

「なんだと?」

「ああ、いえ、竿と言ってもガレイトさんの立派な竿ではなく──」

「わかっとるわ! 本当におまえの頭の中はそんなのばっかりだな!」

「いやあ、申し訳ない」

「……というか、なんで、ブリギットさんに持たせるんだ。意図を言え」

「だって、さっきからブリギット殿、ひっきりなしに魚を釣り上げているでしょう?」

「それは……そうだが……」

「ここまで釣れるのって、おそらく何か持ってるんですよ、ブリギット殿はもしかして、料理の天才でもあり、釣りの天才でもあるのかもしれません」

「釣りの天才……か」

「はい。現在、この船に釣り人がいっぱいいるのに、ブリギット殿ばかり釣れるというのも、妙な話でしょう?」

「それは……そうだな」

「でしょう? だったら一度、ブリギット殿の、その運に便乗させてもらえばいいのでは、と言っているのです」

「まあ、言い方はわるいが、たしかにおまえの言う事も一理ある。同じポイントで釣っているのに、片方にだけ魚が集中する……という話もよく聞く。──だが、なぜだろうな……」


 ガレイトはそう言うと、イルザードから空へと視線を移した。


「なにがですか?」

「おまえに意見を通されると、そこはかとなく癪に障る」

「ふふ、それが恋というやつですよ」


 イルザードはそう言うと、ウインクをしながら、指先でガレイトの鼻先に触れた。


「なるほど……これが恋なのか。なんというか、胃がむかむかするな」


 そう言って真顔で流すガレイト。


「……ブリギットさん」


 もぐもぐもぐ。
 ガレイトが振り返ると、そこにはハムスターのように口を膨らませている、ブリギットの姿があった。
 手元のまな板の上には、すでに何もない。


「は、はい。聞いてました。えと、私が、ガレイトさんの竿を持てばいいんですよね……?」

「……言い得て妙だな」


 イルザードが深刻そうな顔で、誰にも聞こえない声量で呟く。
 ガレイトはガレイトで、少し困惑したように、ブリギットの手元と口元を見比べている。


「ど、どうかしました? ガレイトさん?」

「いえ、全部食べてしまったのですね」

「あ、ごめんなさい。美味しくって……つい。食べたかったですよね……?」

「いえ、そういうわけでは……まあ、そうですが……とりあえず、こちらをお願いします」


 スッと自身の釣り竿を差し出すガレイト。


「迷信と言うか、オカルトじみてはいますが、このまま何もしないよりも、ブリギットさんに頼んだほうが良い気がしますので。もしかかったら、俺が代わりますので、それまでは、どうか……」

「はい、任せてください!」


 ガレイトに頼られて嬉しかったのか、ブリギットは意気揚々と、差し出された竿を握ると──
 そのまま海中へと引きずり込まれてしまった。


「ええええええええええええええええええええええええッ!?」


 あまりに突撃の出来事に、ガレイトとイルザードが大声を上げる。


「が、ガレイトさん……これはなんとも……!」

「ま、まさか、ブリギットさんの運がこれほどまでとは──て、言っている場合ではない!」


 ガレイトは急いで着ていた服を脱ぎ捨てると、すばやくパンツだけになった。
 鋼のような肉体を白日の下に晒すガレイト。
 それを見て、小さくガッツポーズをとるイルザード。
 しかし、ガレイトはそんなことは意に介さず、続けた。


「俺はいまからブリギットさんを助けに行く。イルザード、おまえはすぐに船を止めるようイケメンさんに言ってくれ」

「了解しまし──」


 バチャアアン!!
 ガレイトはイルザードの返事を待たず、そのまま海へ飛び込んだ。
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