73 / 147
懐かしのヴィルヘルム
元最強騎士、フィッシングをする
しおりを挟む船尾まで移動していたガレイトは、カンカンに照り付ける日差しの下、釣竿を握りしめながら、船が通った後に出来る航跡波を睨みつけていた。
「──あっ! また来た!」
不意に、ブリギットが声をあげる。
ガレイトから見て船の横。
そこで同様に釣り糸を垂らしていたブリギットの竿が、ぶるぶると振動し、魚が食いついたことを知らせる。
麦わら帽をかぶっていたブリギットは急いで立ち上がると、ゆっくりと、それでいて大胆にリールを回し始めた。
カリカリカリカリ……。
魚が水面から飛び上がり、やがて視認できるまで船の近くまでくると、ブリギットは近くに置いてあった網を手に取り、慣れた手つきで魚を掬い上げた。
釣れたのは、体長三〇センチほどの、綺麗な桃色の波紋がある鯖だった。
「わぁ……やった! アマサバだ!」
ブリギットは暴れるアマサバの口から丁寧に針を外すと、氷と魚で敷き詰められた箱の中に押し込み、蓋を閉じた。
しばらく待って、アマサバが仮死状態になっているのを確認すると、ブリギットは包丁とまな板を取り出し、アマサバをそこへ置いた。
鱗、内臓、血合い、頭の順に下処理を行うと、三枚におろして、腹骨を取り除き、身を等間隔に切り分け、刺身を作った。
「……新鮮なうちにどうぞ、ガレイトさん」
ブリギットが、まな板にのせたまま、ガレイトに差し出す。
「おお、サシミですか」
ガレイトは持っていた竿を一旦床に置くと、ブリギットの差し出した刺身をつまんだ。
「いただきます」
ガレイトは小さく呟くと、そのまま口の中へ放り込んだ。
ぐにぐに。
もむもむ。
ガレイトは目を閉じ、味を確かめるようにゆっくりと咀嚼する。
「ど、どうかな? お醬油はなかったけど、アマサバならお塩だけで……」
「十分美味しいです」
「ほ、本当ですか……?」
「はい。釣れたばかりなので全く臭みもないですし、それに、身の弾力がすごい。脂も適度に乗っているお陰で、アマサバ特有のほんのりとした甘さと相性がいいです。飲み込んだ後も、口の中に嫌な感じが残らない……というか、これ、たぶん塩がなくても十分だと思いますよ」
「お塩なしで……?」
「はい。ブリギットさんが丁寧に切ってくれたおかげで、筋肉と脂肪の比率もいいですし、これはこれで、ひとつの料理ですね」
「ちょっと失礼……」
サングラスをかけ、いつの間にかビキニ姿になって、小麦色に日焼けした水着姿のイルザードが、刺身をつまんで食べる。
「うん、うまいですな」
「……イルザード、おまえはもう少しまじめにやってくれ」
ガレイトが呆れたような、責めるような視線でイルザードを見る。
イルザードはサングラスを上に少しずらすと、ガレイトを目を見ながら口を開いた。
「……あの、他になんか、感想とかないんですか?」
イルザードはそう言って、うっすらと汗ばんでいる小麦色の胸を、強調するようにガレイトに近づけるが──
「感想? サバの事か?」
「……う~ん、褐色が好きなわけでもないのか~……」
イルザードは再びサングラスをかけると、腕組みをしてうんうんと唸り始めた。
「……真面目にやれ、と申されましても、釣れないものはしょうがないですよ」
「だからと言って、本気で日焼けしようとするな」
「他にやることもないですし」
「俺たち、今、釣りをしているんだよな……?」
「何時間もじっと待つだけとか、ただの拷問じゃないですか。そもそも、ガレイトさんは何も釣れてませんし」
「おまえだって一匹だけだろう」
「一匹とゼロ匹とでは全然違うと思いますよ」
「やかましい。俺の餌はセブンスカジキ用の特大ルアーだ。一匹でも釣れれば、それで目標が達成されるのだ」
「でも、釣れる気配はないですよね。けっこうな時間、こうしていますが……」
「まあ、そもそもイケメンさんも言っていただろう。釣るのも難しいが、かかるのはもっと難しいと。つまりそういうことだ」
「……どういうことですか?」
ガレイトはため息をつくと、ひらひらと手を動かした。
「わかったから、もう適当にそこらへんで日焼けでもしてスルメにでもなっておけ。おまえの助けは借りん」
イルザードは「は~い」と返事をして踵を返すが、何か思い出したように、もう一度ガレイトの所までやって来た。
「あの……提案なのですが、一度ブリギット殿にその竿を渡したらどうでしょう?」
「なんだと?」
「ああ、いえ、竿と言ってもガレイトさんの立派な竿ではなく──」
「わかっとるわ! 本当におまえの頭の中はそんなのばっかりだな!」
「いやあ、申し訳ない」
「……というか、なんで、ブリギットさんに持たせるんだ。意図を言え」
「だって、さっきからブリギット殿、ひっきりなしに魚を釣り上げているでしょう?」
「それは……そうだが……」
「ここまで釣れるのって、おそらく何か持ってるんですよ、ブリギット殿はもしかして、料理の天才でもあり、釣りの天才でもあるのかもしれません」
「釣りの天才……か」
「はい。現在、この船に釣り人がいっぱいいるのに、ブリギット殿ばかり釣れるというのも、妙な話でしょう?」
「それは……そうだな」
「でしょう? だったら一度、ブリギット殿の、その運に便乗させてもらえばいいのでは、と言っているのです」
「まあ、言い方はわるいが、たしかにおまえの言う事も一理ある。同じポイントで釣っているのに、片方にだけ魚が集中する……という話もよく聞く。──だが、なぜだろうな……」
ガレイトはそう言うと、イルザードから空へと視線を移した。
「なにがですか?」
「おまえに意見を通されると、そこはかとなく癪に障る」
「ふふ、それが恋というやつですよ」
イルザードはそう言うと、ウインクをしながら、指先でガレイトの鼻先に触れた。
「なるほど……これが恋なのか。なんというか、胃がむかむかするな」
そう言って真顔で流すガレイト。
「……ブリギットさん」
もぐもぐもぐ。
ガレイトが振り返ると、そこにはハムスターのように口を膨らませている、ブリギットの姿があった。
手元のまな板の上には、すでに何もない。
「は、はい。聞いてました。えと、私が、ガレイトさんの竿を持てばいいんですよね……?」
「……言い得て妙だな」
イルザードが深刻そうな顔で、誰にも聞こえない声量で呟く。
ガレイトはガレイトで、少し困惑したように、ブリギットの手元と口元を見比べている。
「ど、どうかしました? ガレイトさん?」
「いえ、全部食べてしまったのですね」
「あ、ごめんなさい。美味しくって……つい。食べたかったですよね……?」
「いえ、そういうわけでは……まあ、そうですが……とりあえず、こちらをお願いします」
スッと自身の釣り竿を差し出すガレイト。
「迷信と言うか、オカルトじみてはいますが、このまま何もしないよりも、ブリギットさんに頼んだほうが良い気がしますので。もしかかったら、俺が代わりますので、それまでは、どうか……」
「はい、任せてください!」
ガレイトに頼られて嬉しかったのか、ブリギットは意気揚々と、差し出された竿を握ると──
そのまま海中へと引きずり込まれてしまった。
「ええええええええええええええええええええええええッ!?」
あまりに突撃の出来事に、ガレイトとイルザードが大声を上げる。
「が、ガレイトさん……これはなんとも……!」
「ま、まさか、ブリギットさんの運がこれほどまでとは──て、言っている場合ではない!」
ガレイトは急いで着ていた服を脱ぎ捨てると、すばやくパンツだけになった。
鋼のような肉体を白日の下に晒すガレイト。
それを見て、小さくガッツポーズをとるイルザード。
しかし、ガレイトはそんなことは意に介さず、続けた。
「俺はいまからブリギットさんを助けに行く。イルザード、おまえはすぐに船を止めるようイケメンさんに言ってくれ」
「了解しまし──」
バチャアアン!!
ガレイトはイルザードの返事を待たず、そのまま海へ飛び込んだ。
0
お気に入りに追加
211
あなたにおすすめの小説
僕の兄上マジチート ~いや、お前のが凄いよ~
SHIN
ファンタジー
それは、ある少年の物語。
ある日、前世の記憶を取り戻した少年が大切な人と再会したり周りのチートぷりに感嘆したりするけど、実は少年の方が凄かった話し。
『僕の兄上はチート過ぎて人なのに魔王です。』
『そういうお前は、愛され過ぎてチートだよな。』
そんな感じ。
『悪役令嬢はもらい受けます』の彼らが織り成すファンタジー作品です。良かったら見ていってね。
隔週日曜日に更新予定。
量産型英雄伝
止まり木
ファンタジー
勇者召喚されたら、何を間違ったのか勇者じゃない僕も何故かプラス1名として召喚された。
えっ?何で僕が勇者じゃないって分かるのかって?
この世界の勇者は神霊機って言う超強力な力を持った人型巨大ロボットを召喚し操る事が出来るんだそうな。
んで、僕はその神霊機は召喚出来なかった。だから勇者じゃない。そういう事だよ。
別なのは召喚出来たんだけどね。
えっ?何が召喚出来たかって?
量産型ギアソルジャーGS-06Bザム。
何それって?
まるでアニメに出てくるやられ役の様な18m級の素晴らしい巨大ロボットだよ。
でも、勇者の召喚する神霊機は僕の召喚出来るザムと比べると月とスッポン。僕の召喚するザムは神霊機には手も足も出ない。
その程度の力じゃアポリオンには勝てないって言われたよ。
アポリオンは、僕らを召喚した大陸に侵攻してきている化け物の総称だよ。
お陰で僕らを召喚した人達からは冷遇されるけど、なんとか死なないように生きて行く事にするよ。量産型ロボットのザムと一緒に。
現在ストック切れ&見直しの為、のんびり更新になります。
ゴミスキルでもたくさん集めればチートになるのかもしれない
兎屋亀吉
ファンタジー
底辺冒険者クロードは転生者である。しかしチートはなにひとつ持たない。だが救いがないわけじゃなかった。その世界にはスキルと呼ばれる力を後天的に手に入れる手段があったのだ。迷宮の宝箱から出るスキルオーブ。それがあればスキル無双できると知ったクロードはチートスキルを手に入れるために、今日も薬草を摘むのであった。
底辺から始まった俺の異世界冒険物語!
ちかっぱ雪比呂
ファンタジー
40歳の真島光流(ましまみつる)は、ある日突然、他数人とともに異世界に召喚された。
しかし、彼自身は勇者召喚に巻き込まれた一般人にすぎず、ステータスも低かったため、利用価値がないと判断され、追放されてしまう。
おまけに、道を歩いているとチンピラに身ぐるみを剥がされる始末。いきなり異世界で路頭に迷う彼だったが、路上生活をしているらしき男、シオンと出会ったことで、少しだけ道が開けた。
漁れる残飯、眠れる舗道、そして裏ギルドで受けられる雑用仕事など――生きていく方法を、教えてくれたのだ。
この世界では『ミーツ』と名乗ることにし、安い賃金ながらも洗濯などの雑用をこなしていくうちに、金が貯まり余裕も生まれてきた。その頃、ミーツは気付く。自分の使っている魔法が、非常識なほどチートなことに――
異世界転生は、0歳からがいいよね
八時
ファンタジー
転生小説好きの少年が神様のおっちょこちょいで異世界転生してしまった。
神様からのギフト(チート能力)で無双します。
初めてなので誤字があったらすいません。
自由気ままに投稿していきます。
システムバグで輪廻の輪から外れましたが、便利グッズ詰め合わせ付きで他の星に転生しました。
大国 鹿児
ファンタジー
輪廻転生のシステムのバグで輪廻の輪から外れちゃった!
でも神様から便利なチートグッズ(笑)の詰め合わせをもらって、
他の星に転生しました!特に使命も無いなら自由気ままに生きてみよう!
主人公はチート無双するのか!? それともハーレムか!?
はたまた、壮大なファンタジーが始まるのか!?
いえ、実は単なる趣味全開の主人公です。
色々な秘密がだんだん明らかになりますので、ゆっくりとお楽しみください。
*** 作品について ***
この作品は、真面目なチート物ではありません。
コメディーやギャグ要素やネタの多い作品となっております
重厚な世界観や派手な戦闘描写、ざまあ展開などをお求めの方は、
この作品をスルーして下さい。
*カクヨム様,小説家になろう様でも、別PNで先行して投稿しております。
田舎暮らしと思ったら、異世界暮らしだった。
けむし
ファンタジー
突然の異世界転移とともに魔法が使えるようになった青年の、ほぼ手に汗握らない物語。
日本と異世界を行き来する転移魔法、物を複製する魔法。
あらゆる魔法を使えるようになった主人公は異世界で、そして日本でチート能力を発揮・・・するの?
ゆる~くのんびり進む物語です。読者の皆様ものんびりお付き合いください。
感想などお待ちしております。
『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる
農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」
そんな言葉から始まった異世界召喚。
呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!?
そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう!
このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。
勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定
私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。
ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。
他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。
なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる