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アルバイターガレイト

元最強騎士とフェアの準備

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 のし、のし、のし。
 グランティ市内にて、重い足取りで歩くガレイトとグラトニー。


「あら、ガレイトさん。どこへ行ってらし……」


 たまたまそこを通りかかったモーセが、ガレイトに声をかけようとするが、二人が背負っている・・・・・・その熊肉の量に、目を丸くさせ絶句している。
 今回、魁が仕留めた変異種グランティ・ベアの体重は約一トン超。
 可食部だけでも軽く六〇〇キロを超える大収穫であった。
 ある程度、量を選別してはいるものの、それはもはや肉の山・・・とも呼べるような代物。
 ガレイトは相変わらず、涼しい顔で肉を運んでいるが、グラトニーに至っては奥歯が砕けそうなほどの必死の形相で肉を運んでいる。


「……ああ、こんにちは、モーセさん」


 モーセに気づいたガレイトが、にこやかに答える。


「こ、こんにちは……早速、仕留めに?」

「いえ、これはサキガケさんのを頂いただけです」

「ということは、こんな大きな熊をサキガケさんが……? すごい……」

「はい。……俺も、サキガケさんの力を見誤っていたようです」

「そ、そうなんですね……う~ん、ガレイトさんにここまで言わせる人材か……」

「ところで、モーセさんはここで一体何を……?」

「え? ああ、はい。次の定例会の開催場所が決定されたので、ガレイトさんやサキガケさんにお知らせしようと……」

「そうでしたか。ありがとうございます。ちなみに、その場所は……」

「あれ? 知らないんだ……」


 モーセが、ガレイトに聞こえないような声量で呟く。


「ああ、すみません、ヴィルヘルムです」

「……え?」

「今回の波浪輪悪定例会は、ヴィルヘルムで開催されることが決定しました」

「ヴィルヘルム……」

「ガレイトさんの祖国ですよ」

「そ、そう……ですね」

「はい。……どうかしましたか? ボーっとなさって……」

「い、いえ……その、俺が在任中は、そういったイベントは一度もなかったので……」

「あー、そうですよね。あたしも詳しい事はよくわかりませんが、ヴィルヘルムも、国王が統治するように・・・・・・・・・・なってから・・・・・、他の国と積極的に関係を持つようになってきましたからね。今回のこれも、その一環なのかも……と、我々の間では考えています」

「そうですね。皇帝陛下が第一線を退・・・・・・・・・・かれてから・・・・・、ヴィルヘルムはガラリと変わりましたから……」

「でも、伝えに来ててなんですが、ガレイトさんはてっきり知っているものかと」

「いえ、そんなことは……あっ」


 何か思い当たったのか、ガレイトが声を上げる。


「どうかしました?」

「もしかすると……イルザードのせいかもしれません」

「イルザードさん、ですか?」

「はい。おそらくあいつが、俺への情報を制限していたのだと。……実際、俺が王へ宛てた手紙もほとんど自分で持って行ったようなので」

「な、なんというか……すごい方ですね」

「──お、おい……! パパよ……! いつまで雑談しとるんじゃ……! もう限界じゃぞ、妾……!」

「ああ、すみません、グラトニーさん」


 ガレイトはグラトニーに謝ると、再びモーセのほうを見た。


「では、俺たちはこれで。情報、ありがとうございました。……サキガケさんですが、あの方はまだ山中にいると思いますよ」

「さ、さんちゅう……山の中、ですか」


 それを聞いて、あからさまに面倒くさそうな顔をするモーセ。


「さきほど、俺が焚火のやり方も教えたので、煙が上がっている場所を目印にすればすぐに探せるかもしれません」

「わかりました。こちらこそありがとうございます。……まあ、伝達役は、冒険者さんに押し付けます」


 片腕を抱き、遠い目をしながら「ははは……」と力なく笑うモーセ。


「では……」

「はーい、お気をつけて」


 モーセが大きく手を振り、ガレイトが小さく会釈し、グラトニーがカッと目を見開く。
 そして──ずん、ずん、ずん。
 二人はモーセと、ぽかんと口を開けたまま硬直している通行人に見送られながら、また重い足取りで、帰路へと就いた。


「……あっ!」


 手を振っていたモーセが、何か思い出したように、ピタッと止まる。


「最近、グランティ近海に海賊が出るようになったんだけど……まあ、ガレイトさんが行くわけじゃないし、べつに伝えなくてもいっか」


 モーセは一人で納得すると、そのままギルドへ戻るべく、歩き始めた。


 ◇


「ただいま戻りました!」


 オステリカ・オスタリカ・フランチェスカの厨房にガレイトの声が響く。


「あ、ガレイトさん、グラトニーちゃん、おかえ──」


 ドスン!!
 モニカの声をかき消すように、厨房内に重いものが落ちる音が響く。
 ブリギットとモニカは紐で縛られた肉塊を見るなり、驚きの表情を見せた。


「が、ガレイトさん、もしかして(お肉)全部持って帰ってきたの?」

「いえ、(骨以外の)可食部のみを持ってきました」

「そ、そっかぁ……全部かぁ……」


 モニカがちらりと、ガレイトたちが持ってきた熊肉を一瞥する。


「──と言っても、俺の独断なので、本当に食べられるかどうかはわかりませんが……」

「じゃからこんなに重かったんか! あれほど、その場に捨て置けと言ったのに!」


 そう言って、プリプリと地団太を踏んで、ひとり怒るグラトニー。


「ははは、グラトニーちゃんもご苦労様。……でも、肉に関しては問題ないと思うよ」

「なに。そうなのか……?」

「うん。熊の肉って、基本的に捨てる所がないって言われてるくらいだからね」

「そうだったのですね。なら、もう全部持って帰ったほうがよか──」

「よかないわ! やるんなら、ひとりで持ち帰れ!」


 グラトニーが声を上げる。


「ま、まぁ……でも、それは普段、野草や木の実なんかを食べてる熊に限った話なんだよね。でも、モーセから聞いた話だと……」

「肉食、でしたね。この熊は」

「そう。実際、季節が違うだけで、熊の肉の味って変わるみたいだし、だから……う~ん、食べ物まで変わるとなると、まずはこの肉が、どんな感じか食べてみる必要があるかも。ブリ、捌けるよね?」

「え? うん。……でも、改めてみてもすごい量……捌き切れるかな……」


 ブリギットが感心するように生肉に触れようとするが──


「あっ、待ってください!」


 ガレイトがそれを制すると、ブリギットはびっくりしながら手を引っ込めた。


「……え?」

「すみません。ですが、その肉には毒が回っているらしいので、取り扱いは慎重にお願いします」

「ひっ、……そ、そうなんですか? でも、それじゃあ食べられないんじゃ……」

「いえ、サキガケさんは熱を通せば消えるとも言っていたので、そのまま口にしたり、傷のある手で触らなければ大丈夫だと思いますよ」

「あ、はい……そうですね。じゃあ、調理するときは手袋がいるね、モニモニ」

「……だね。それはそうと、ガレイトさんたちは素手でこれを運んできたんだろう? 大丈夫だったの?」

「ああ、我々も、これから手を洗ってきますので……」

「はい、了解。ガレイトさんたちが手を洗っている間に、この熊肉がどういう味なのか、調べておくよ。それによって調理法も変わってくるからね」

「ん? ……ということは──」


 ガレイトが期待のこもった眼差しでモニカを見ると、モニカもそれに応えるように、力強くうなづいてみせた。


「そ。ご当地鴨熊フェア開催だね。忙しくなるよ」


 ──しかし、祭り前夜のような興奮冷めやらぬ日の夜。
 なぜかサキガケが、半べそをかきながら、オステリカ・オスタリカ・フランチェスカへとやってきた。
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